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らばーず・いん・きゃんぱす

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らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション


●魂の叫び((Rattle and Hum) 

 大学見学会を楽しんでいた姫宮 和希(ひめみや・かずき)ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)、手をつなぐのももどかしいほどに初々しい恋人同士の二人である。空は二人を祝福するかのような好天、ところが肝心のキャンパス内は騒然としていた。
「姫やん、やっぱ、騒がしいのには原因があるみたいだぜ。ゴムっぽいヤツが大量発生しているらしい」
 事情をキャッチし、ミューレリアが和希のところへ駆け戻ってきた。
「やっぱそういうことか」
 義侠心あふれる和希に、静観という選択肢はない。ぐいと腕まくりして気炎を上げた。
「なら、退治するなり捕まえるなりして騒ぎを収めねぇとな!」
「おう、やってやるぜ……でも」
 威勢よく応じたものの、途中でミューレリアは言い淀んだ。
「でも、どうした?」
「何種類かゴム怪物がいるらしいんだが……連中は隠れていて追うのが難しい。ただしおびき寄せる方法があるって言うんだ。だけどその方法、ピンクのやつしかわからなかった」
「いいってことよ。ならピンクを集中して捕まえるとしようぜ」
「その方法ってのが……」
 気恥ずかしげにポニーテールをゆすって、急にミューレリアはもじもじしはじめた。
「……それ、『マジでそんな方法で!?』って言いたくなるような内容なんだ」
「気にするな。俺とミュウの仲じゃねぇか。少々のことじゃ驚かねぇからはっきり言ってくれ」
「じゃ、耳を貸してくれ」
 ミューレリアは和希の肩をつかんで耳打ちした。
「リア充の演技をする、だって!」
 動じない自信があった和希だが、さすがにこれは想像の斜め上すぎた。せいぜい頭上二メートルほどの斜め上具合かと思いきや、成層圏までつっこむほどの高みにある内容だったのだ。
「お天道様の下でやるってのは恥ずかしいけど……私は、いいぜ。なにせ相手は和希なんだからな」
「俺だって……」
 和希の頬はたちまち熱っぽくなり、背中には緊張の冷や汗が浮き始めていた。
 それでも二言はない。互いにひしと手を握り合い、木陰まで移動する。ミューレリアは自然に歩んだものの、和希はロボットのような硬い動きだ。
「あのベンチに座ろうか、姫やん。肩を寄せ合って、な」
「お、おう……」
 普段の威勢の良さと比せばなんというギャップ、ベンチにちょこんと腰を下ろし両手を膝に置いた和希は、まるでペットショップの子兎だ。対して、肝が据わってきたのかミューレリアは堂々としたもので、瞳を伏せて和希の背に体をもたれかけさせた。
「出てこないな」
 ミューレリアは溜息し、むむむ、と唸って、
「もっと愛をアピールしなきゃダメみたいだ」
 と告げて、一段、声を絞って続けた。
「普段より積極的になっちゃうけど、こ、これはピンクゴムをおびき出すためなんだぜ! ……ホントだよ?
 ミュウは和希の両肩に手を置き、優しく自分に引き寄せていた。
「姫やん。私は姫やんのこと、大好きだぜ。だから……」
 その先は、言葉ではなく態度で証明する。
 桜色した唇と唇、ミュウと和希は触れあった。
 右手で和希の左手をとらえ、左手で和希の右手を握った。指と指を編み糸のように絡め合う。
(「事件解決のためには迫真の演技をしないと……」)
 和希も覚悟はできている。目を閉じてミュウのリードを迎え入れると決めたのだ。
 和希の体から、すっ、と力が抜けた。和希が身を任せてくれたことが、ミュウにはなにより嬉しかった。
 そして彼女は、そんな和希を愛おしいと思った。
 ――体の芯が熱くなる。
「……っ」
 ミューレリアは和希を求めた。重なった唇の深度を深め、むさぼるように押しつける。唾液でたっぷり湿らせた舌を、唇の間から割り入れ、拒もうとする和希の舌を搦め取ってしまった。さらに右手をはなすと、和希の左肩からまわして右肩をつかんだ。爪が立つくらい、強く握った。
 キスを「ちゅぅ」と表現することがあるがあれは嘘だ……いや、少なくとも「ちゅぅ」だけが真実ではない、と和希は思った。いま、自分がミュウと味わっている甘い果実は、もっと瑞々しく、もっと、溺れてしまうくらいに水気が多い。
 胸の奥でぽっと燃えた火種が、いつしか全身を焼き尽くすほどに広がっていることをミュウは感じる。鼓動は加速し耳鳴りがするが、和希の舌を味わうことに夢中でそれどころではなかった。いっそこのまま押し倒し、彼女の全てを奪ってやろうか、とまで思った。
 夢想は、中断された。
「リーアージューウウウウウウウ!!」
 シネー、という狂気の叫びが雷鳴の如く降り注いだ。一枚二枚三枚四枚、降るわ降るわ桃色ゴムが、雪崩のように二人を襲った。五枚六枚それとも十枚? ゴムの数はもう把握できない。
「てめぇら!!」
 和希の叫びは怒りの叫び、ゴムが来るまで溜めていた気恥ずかしさの爆発か、それとも愛の営みを断たれた赫怒か、ちぎっては投げちぎっては投げ、即座にゴムの山から脱すると、鬼神の如き強さで戦う。
「ようやく出やがったな……っていうか見物してただろお前らっ!」
 オラオラムード全開でミューレリアも続く。ただ、ミュウは怒りよりも満足感を覚えていた。
(「変な怪物だったけど、姫やんとらぶらぶできて、幸せだったかも……」)
 その点は、ピンクゴムに感謝をしたい。

 空京大学の名物のひとつが、近代的設備に満ちた大図書館だ。歴史と伝統、それに蔵書数ではイルミンスール魔法学校の図書館には及ばないものの、なんとビル一つという威容を誇っていた。内部には最新鋭のネットワークシステムが張り巡らされており、所蔵する本のジャンルの豊富さも世界有数といっていい。清潔さにおいても他に並ぶものはないだろう。
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は図書館の大開架コーナーを見渡し、果てが見えないほどの壮大な光景に感無量となっていた。
「大学、そこはまさに知識の殿堂と呼ぶべきでしょうか……」
 このとき傍らの霧島 玖朔(きりしま・くざく)の微笑みに気づき、恥ずかしげに言い加えた。
「……ぁ、いえ、かっこつけすぎですねごめんなさい」
「そう言いたくなる気持ち、わかるぜ。流石はパラミタの最先端たる空京大学……良い場所じゃないか」
 玖朔は軽く笑って睡蓮の腕を取った。
「私好きなんですよ図書館。ここにいるだけで色んなことがわかるし……」
 そういえば前もこんな感じでデートしましたよね、と彼女は彼を見上げた。
「だな。俺は悪くないと思うよ、二人で図書館ってのもさ」
(「学生諸君としてはデートスポットに使われるのが嫌かもしれないがね」)
 と思いつつも、しれっと玖朔は歩き出す。本の匂いに満ちたアカデミックな空間、それが図書館というものだ。しかし大きすぎる図書館は同時に、恋人同士が睦みあう『秘所』を多数もつ素敵スポットでもあった。
(「まぁたまのデートなんだから、俺達の熱々っぷりを大学の奴らに見せつけても悪く無いだろう、ヒッヒッヒ」)
 などとミスターリア充の玖朔は考えていたりするのだが、それも若さのなせる技。
 なお、二人から少し離れた位置から、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が付いて来ていることを記しておきたい。まるで守護神、九頭切丸は一切言葉を発しないが、仮に二人に何かあれば、全力をもってこれを護るであろう。
 睡蓮の求めで、二人は図書館内のエレベーターを使って七階、機械工学のフロアへと移動していた。
「やっぱり最近はイコンの関連の本が気になりますね。新しい話題だし、いいのが見つかるかは分かりませんけど」
 さすが最高学府、睡蓮は気になる書物を次々と見出すことができた。まさしく叡智の殿堂だ。
「この本、すごく詳しいですね。帯出許可を頂いて学内のカフェにでも行きましょうか〜」
 眼を輝かせ玖朔を見上げる。
 このとき玖朔も眼を輝かせていた。なんて好都合、置かれた書物がいずれも高レベル、なおかつ奥まったこの場所に人の気配はなかったのだ。
「カフェテリアも悪くないけどさ、せっかくだし、ちょっと楽しい事してみようぜ?」
 と言って彼女の腕を取り、書棚に押しつける。
「えっ、でも玖朔さん?」
「俺に任せとけ、って」
 玖朔は睡蓮の目を見つめた。大量の書物がもたらすアカデミックな香に、彼女の甘い匂いが混じってなんともそそる。
「ここ図書館、公共の場所だし……」
 睡蓮は抵抗しようと身を捩るがその力は弱い。本気でないのはすぐに判った。玖朔は彼女に体を密着させると、
「知的な空間、知的好奇心にあふれる水無月……そんな状況でこんな背徳的なことをするのが、なんともいえず燃えるんだよなぁ……さぁて」
 育っとるかぁ? などとからかうような言葉を弄しつつ、膝で睡蓮の躰を固定し、両手で彼女の実りを確かめる。わしわしと握って開いてを繰り返すと、やや硬さのあったものはすぐにほぐれた。
「ダメですって、ダメっ……やんっ、誰かに見られたら……」
 もはや拒絶はポーズでしかない。睡蓮は甘えるような目をしていた。もっと、と口では言わないものの、蕩けるような女のフェロモンをほとばしらせている。ついには太股を、彼の脚にこすりつけはじめた。
「見られ……」
 うっとりするような表情のまま、ふと視線を横に流し睡蓮は硬直する。
「……な、何か出ましたよ!?」
「いいね、その何かをどんどん出してくれ。溢れるくらい」
「違っ、そういう意味じゃなくて……ゴムみたいな姿が……」
「今日はゴムなんて要らなさそうだな?……フヒヒ」
「そういう意味でも……あっ!」
 桃ゴムが書棚を伝い、ボール状に丸くなって「リアジュウシネー!」と飛びかかったそのとき、本棚から本をバサバサと落ちた。九頭切丸のブースター、その風圧に薙ぎ飛ばされたのだ。鋼鉄の守護神は桃ゴムに突進、疾風突きで串刺しにした。しかも剣ごと壁に固定して、昆虫標本のようにしてしまう。
 ぴくぴくとゴムはのたうつも、まだ活動はできるらしい。
「よーし、でかしたでかした。それ以上はやらなくていいぞ」
 玖朔は口の端を吊り上げた。
「さ、水無月、続きをしようぜ」
 というなり彼は睡蓮にキスをしたのである。
「えっ?」
「観客あり、ってのもたまにはいいもんだろ。ほーら、見てみろよ。あそこの可愛いのが俺らを見てるぜ、フヒヒヒヒ」
 戸惑う睡蓮にかまわず、彼は彼女のブラウスに手をかけ、たくしあげたのだ。
「あ、あの、玖朔さん……」
 ところが睡蓮はそこまで大胆にはなれなかった。
「……帰ってからに、しますか?」
 と、彼の手を振りほどくと、上目づかいに告げて裾を掴んだのだった。
「え? そう?」
「はい。ごめんなさい。でも、帰ってからなら」
「よーし、それならそれでいいぜ」
 ぐっと腕を肩に回し、玖朔は睡蓮を抱くようにしてエレベーターを目指した。
 影のように九頭切丸が続く。剣を引き抜いて、衰弱した桃ゴムをそこに残して。
 エレベーターが唸りながら地上階へ滑り降りていった。
「リアジュウ、マジ、シネ……」
 悔しさのあまりすすり泣きをしているような声で、ぽつんと一匹、桃ゴムは震えていたが、突如その場で四つに断ち切られる。次の瞬間にはそれが八つになり、さらに十六に裁断された。
 軽蔑したような目でゴムの残骸を見おろすと、一人の少女が姿を見せ、左腕に義手を填め込んだ。二三度左手を開閉して、腕が元に戻ったのを確かめている。さっきまでその場所には、日本刀のような刃が剥き出しになっていた。
 黒い。少女の身につけているものは、やや大きめの尖り帽子からフリル飾りのワンピース、靴の甲のリボンに至るまですべて漆黒なのだった。これに比して肌は病的なまでに白く、気味が悪いほどのコントラストを形成している。
 少女はエレベーターではなく、窓につかつかと歩み寄った。上下開式の窓に手をかける。途中で金具が止まるが構わず、バキッと部品が飛ぶまで押し上げると、そこから階下へ、ひらりと身を躍らせた。
 かくて黒衣の少女――クランジΟ(オミクロン)は図書室を後にしたのだった。
 端末から必要な情報は入手した。あとはこれを、実地検証するだけだ。