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らばーず・いん・きゃんぱす

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らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション


●文化的イトナミ 

 さて一方、別にリア充でもないのにひたすら桃ゴムに目の仇にされるという、あまりに可哀想なエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)もいた。
「リアジュー! リアジュー!」
 ぺたぺたぽよんと桃色ゴムが追ってくる。
「いったい何事だい? その『リアジュウ』とかいうのはどういう意味なんだろう?」
 名門空京大学では、優秀な学生が日夜勉学に励んでいると聞いていたし、いつかは自分も……と憧れの気持ちをエミンは抱いていた。アクリトの説明会でその意識はますます高まったくらいだ。事実、最初のうちは期待通りの光景を目にすることができていたエミンなのに、どこからか歯車が狂い始めたのである。
 考えてみると、セルマ・アリス(せるま・ありす)に道を聞いたときが最初だったように思う。そのとき、
「俺も見学者だから詳しいことはわからないんですが、その建物ならさっきまでいたので覚えてます」
 と丁寧に教えてくれたセルマに対し、エミンは胸を詰まらせていた。
「あなたは優しいのですね。それに、とても澄んだ金色の目をしている……きっとそれは、あなたが黄金の心を胸に抱いた人物である証拠なのでしょう」
 大袈裟に言っているのではない。ロマンチストにして感激症のエミンは、そこまで述べずにはいられない体質なのである。それがたとえ初対面の相手であろうとも。
「え……そ、そうですか? でも、そこまで大層なことはしてないと思いますけど……」
「いいえ。自分にはわかります。あなたはきっと、世界の歴史に残るような偉業をなしとげるでしょう。申し遅れました、私、エミン・イェシルメンと申します。教導団に籍を置いています。素敵な方、あなたのお名前は?」
「セルマ・アリス、蒼空学園所属です。あ、でも歴史に残るような、というのはいくらなんでも」
 というセルマはいつの間にか、エミンに両の手を握られ、間近で見つめられていた。
「ああ、お名前も素敵だ。セルマさん、よろしくお願い申し上げます」
「は、はい、よろしくお願いします」
 もしかして迫られているのかな――ちょっと大袈裟なところがあるが麗人にこのような行動を取られ、そのように感じない者はあるまい。しかしセルマは最近恋人ができたばかりなので、変なところでこじれたくはなかった。無礼にならぬよう気をつけつつ、エミンの手を振りほどいて、
「でも俺……」
 と言いかけたところで「リアジュウシネー!!」が飛んできたのである。
 その場はなんとか撃退したものの、セルマと別れた後も次々、会う人会う人にエミンは同様の接し方をした。カフェテリアの場所を聞いて神代明日香の手を握り、戦う姿が格好いいといってラルク・クローディスに跪き、さらには、学長先生のお話感激しましたと言ってアクリト・シーカーに抱きついて……かくて、いつの間にやらエミンは、存在しているだけで桃ゴムの攻撃対象になってしまったかのようである。
「あちこちで悲鳴が聞こえるな……助けに行きたいのだがピンクのこんなのを引き連れていけば余計迷惑な気がするし……困ったものだ……」
 エミンは、それほど困っていないような表情で……困った。

 さて大学の外れにある文化人類学研究室では、ものものしい集会が開かれていた。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
 一礼するその人は、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)、空大生である。彼女は現在、魂の友であり彼女に干し首のテクニックを教えてくれた師でもある首狩り族の面々をここに招待し、高等教育がいかに首狩りライフを充実させるか説くことにしたのだ。
 彼らとて、戦いの場でもなければ礼儀正しい人々である。無闇に暴れたり畏怖したりすることはなく、むしろ、特殊な品ものが大量に並ぶ研究室を楽しんでいるようだった。なお、展示品には優梨子の私物たる干し首の数々もさりげなく入っていたりする。
「せっかく遠路はるばるおいでになったのですから、お楽しみ下さい」
 歓待としてさくらんぼが出た。団子も、出た。さらには酒と、大荒野風のオツマミも出た。
 部族の戦士たちもこれには満足で、酒に弱い者はもう顔を紅くしている。そんな中、
「たとえば化学について学べば、首を保存する手段や方法に詳しくなれるはずです。それに……」
 熱弁をふるう優梨子の言に、熱心に耳を傾けている者も少なくなかった。実際に、子息を大学で学ばせたい、という古老も現れている。知的好奇心というものは、あらゆる人が抱くものなのだ。
(「観光して帰っていただくだけでも光栄でしたが、こうやって喜んでいただけるとやりがいを感じますね」)
 優梨子は胸を熱くしていた。彼らに学んだ知識、その何分の一かでもお返しがしたいと思った。
 小休止して彼女が、
「そうだ、お酒に飽きたかたには、日本風の甘いものもありますよ」
 カラメルクッキーやプリンを含むお茶菓子を用意し始めたときのことである。
 大切なケースが、ぱりんと音を立てて割れた。そこにはインカ帝国の神殿で、生け贄を捌くのに使うナイフが収められているのだった。さらには清朝の拷問器具のケース、ネイティブアメリカンの武器が入ったケースも割れ、中身が飛び出してしまった。破損したものもある。
「わぷ! なんです、あなたがたは?」
 優梨子が険しい視線を向けるも、窓を破ったり天井から染みだした褐色のゴムたちは応えず、彼女の手元のお菓子に飛びかかってきた。
「質問に答えなさい」
 ぴしゃりと優梨子は手刀でゴムを払った。ところが相手はその腕に組み付き、優梨子が手にしていたお菓子をぼりぼりとむさぼった。さらに数匹が跳んでくる。
「……!」
 しかし優梨子は危険な状態ではなかった。むしろ、この上もなく安全だった。
 なぜなら首狩り族の面々が、一斉に戦闘モードに入ったからである。古老が槍で怪物を貫いた。まだ子どもの戦士たちも数人がかりで、一体を取り囲んでめった刺しにしていた。次から次へゴム怪物が出てくるも、そのたびに切り刻まれていった。
「ふむ、この状況でわざわざ襲い掛かってくるとは、その意気や良し」
 優梨子自身、隠し持った無光剣を抜いて腕の一体を削ぎ落としたのである。
「どうしましょう。ゴムさん、勇ましくて好ましいことですし、形を整えてゴム製干し首型にでもしましょうか?」
 凄艶な笑みを浮かべ優梨子が宣言すると、戦士たちは一斉に声を上げて応じた。