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らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション公開中!

らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション


●リア充爆発させたい人この指止まれ 

 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は上機嫌だ。
「今日は天気も良く、この季節にしては日差しも少し暖かい。整えられたキャンパスの敷地をこうして歩くのも、悪くは無いな」
 と、同行の黒崎 天音(くろさき・あまね)に問いかける。
「医学部近辺以外を行くのは初めてだしね。まぁ、医学部にも……もうあまり行かなくなるかもしれないけれど」
 彼が空京大学に入るのは初めてではない。時折、砕音・アントゥルースを見舞っていたことがあるため、医学部やその研究棟には何度か訪れていた。
「それにしても、学長のアクリトというのはなかなかの人物だったな」
「説明会直後に軽く立ち話しただけだけど……すぐれた学識と見解、判断力を有した御仁みたいだね。機会を見てもっと親しくなっておきたいな」
 などと言葉を交わしつつ、空大図書館に近づいたところで、
「あれは何だ」
 ブルーズが声を上げ頭上を指した。
 図書館中腹にある窓が開き、そこから黒いものが落下してくる。
 黒いものは……人だ。軽く曲げた状態でぴたり揃えた両脚、それに、頭の帽子を押さえる手が見える。
「見覚えがあるね、彼女」
 反射的に駆け出しながら天音は言った。
「彼女?」
 男女の区別まではブルーズにも判らなかった。駆けながら問う。
「ああ、モノトーンのゴスロリ姿、見覚えがある。入学説明会で前の方の席に座っていた子だ」
 天音が回答したときにはもう、黒い人影は着地し姿をくらませていた。白いテーブルクロスのようなものが何枚も、人影が消えた方角へ飛んでいくのが見えた。
「あれは一体……?」
 しかしこのとき、天音自身、数限りない茶色のテーブルクロスに襲われてしまったのである。
「なんだ、これは」
 茶色い存在はゴム状の生物(?)だった。何体かいる。機械な声を上げながら、天音ばかり狙って飛びかかっていた。
「参ったな。白いのも来た」
 言葉とは裏腹になんとなく楽しそうな口調で天音は彼方を見た。少女を追っていたのと同じ、白いゴムまで飛びかかってくる。茶色は天音しか追わないが、白い存在はブルーズも狙っていた。天音もブルーズも黒衣である。
 さざれ石の短刀が閃く。天音を取り囲んだゴムは、その攻撃で次々と石化し撃墜された。
 やはり白ゴムをあらかた片付け、ブルーズは天音を助けながら唸った。
「褐色のやつは天音しか狙わないな……なぜだ?」
「なんとなくだけど、見当がついたよ」
 天音は左胸のポケットに手を入れ、最近の冒険で入手した生キャラメルを振りまいた。
「ほら、これだよね?」
 予感的中、三枚の褐色ゴム怪物は、落ちたキャラメルに群がったのである。
「白いほうはわからないけど、こっちのはキャラメルが欲しかっただけみたいだよ。よく見ると愛嬌ある姿じゃないか」
「愛嬌? あまりそうは思わないが」
 警戒を解かぬブルーズだが、天音はもうすっかり心を許して、屈み込んでキャラメルを配り、三匹の怪ゴムを手なずけていた。
「君……これが好きなの? ふふ、もっと欲しがりなよ」
 生キャラメルを一粒とりだして、揺らしてみたり投げる振りをしたり。その都度、子犬のようにゴムたちは素直な反応を示すのである。もう戦闘の意志はないようであった。
「可愛いなあ。連れて帰って家で飼おうか?」
 などとゴムをかまいっぱなしの天音なのだが、ブルーズはそれが気に入らないようだ。
「……楽しそうだな」
 と腕組みし、口を『へ』の字に結んでいる。ブルーズはあのゴムたちのように天音に構ってもらったことはない。決して口には出さないものの、それが大いに不満な彼なのである。
 しかし、天音はそんなブルーズの心などお見通しだ。
「ふふ。拗ねてるのかい? ブルーズの事も忘れてなんかいないよ」
 と言って、立ち上がるやブルーズをハグしてくれた。
「な、僕とブルーズの仲じゃないか?」
「お、おい……いきなりなんだ。恥ずかしいヤツめ」
 ぷりぷり怒っているが、それはただの照れ隠しなブルーズなのである。ところが、
「リアジュウハケーン! シネー!」
 そんな彼らに第三のゴム……つまりピンクが飛びついてきた。
 天音は反射的に回避したものの、嬉し恥ずかしで呆然としていたブルーズはこれをまともに顔面に受ける。
「ぐはっ! なんだこれは!」
「なんだろうね」
「取れ! 取ってくれ! 苦しい!」
「ああ、悪い悪い。おや、いけない子だね」
 桃ゴムを手にぶら下げ、石化した白ゴム、そして、足元でキャラメルをねだる褐色ゴムへと順に視線を移すと、
「この三種、くっつけてみたら進化とかしないかな」
 天音は微笑を浮かべるのである。
「やめとけ。本当に進化されたら困る」
 とブルーズが言ったそばから天音は実際に思いつきを行動に移したのだが……何もなかったとか。

 キャンパスのほうぼうを巡って、佐野 亮司(さの・りょうじ)は一般学生や見学者の救助に精を出している。とりわけ、黒い服を着た少年少女が、服を引っぺがされるアクシデントには心が痛んだ(逆に言うと命の危険はなくそれだけですむのだが)。
 このときも、下着姿になってしまった少女の肩に、サンタクロースのような赤い上着をかけてやっている。
「黒い服はやめておくんだ。しばらくはこれを着て行動するといい。料金? 同じ空大生や、将来空大生になるかもしれない見学者からそんなもの取れるわけないだろう。気にせずもっていってくれ。いや、裏なんかないって、だから闇商人いうなと……」
 純粋に人助けをしているのに、どうも過去の悪評(闇商人)のせいであらぬ誤解を受けてしまうのが哀しい亮司であった。しかしこうした地味な努力が、いつか悪評を消し去ることであろう。多分。
 しかし騒ぎは徐々に拡大しているようだ。亮司はサンタクロースよろしく服を入れた袋を担ぎ、キャンパス内を駆け巡るはめとなっていた。
(「まったく、何が原因なんだこの騒動は。もともと空大は人数が少ないっていうのに、見学会で問題が起きたりなんかしたらまた入学する人が減るじゃないか、それは流石にまずい……」)
 学校のイメージアップのため、亮司は一人、奮闘していたのだった。
「それに、出来る限りばれないように処理してほしいとは、うちの学長も無茶なこと言ってくれるよなぁ……」
 ぼやく亮司だがアクリトの『無茶』も、相手を亮司と見込んでの期待の表れなのだ。そのことは内心気づいているし、期待には応えたいと思う。
 そのときまた男女の悲鳴が、彼の後方から聞こえた。
「おっと、また怪ゴムか! 待ってろ」
 今行く、と心に誓って光学迷彩を発動する。さらに隠れ身の特技も活かして接近……してわかったのだが、それは桃色のゴムに襲われる、いわゆるリア充カップルなのであった。トウモロコシみたいな色の髪をした派手目の男女が、桃ゴムに追いかけ回されて逃げまどっている。
「ふっ……リア充とか滅びればいいのに……。 ……はっ! 何を言ってるんだ自分!」
 立ち尽くしたまま亮司は、くるりと方向転換した。
(「まああれだ、ピンクに襲われるようなリア充はきっと愛の力でなんとかするはずだから放置でいいよな。ゴムの攻撃はせいぜい気絶させるだけと聞いているし、あと、所構わずいちゃつく連中は、いっぺんボコボコにされておいたほうが薬になっていいはずだ」)
「はは……」
 亮司は姿を消したまま、足早にそこを立ち去っていた。いつの間にか口から笑いが洩れていた。
「そしてそのまま別れてしまうがいいさ! そしてクリスマスは一人で過ごすんだ! ははははははは! リア充なんて爆発しちゃえばいい! ははははははは!」
 おっと、と急に我に返って亮司は立ち止まった。
「お、俺はいま、あまりに悲しいことを口にしなかったか!? なんだこの感情は!?」
 彼は思った。まさかこれが、ピンクゴムの真の能力ではないのか、と。

 クロス・クロノス(くろす・くろのす)は空大生となったばかりだが、やはりアクリトの密命を帯び、黒い衣装に身を包んでいた。
 クロスがまとうのは、すらりとした立ち姿によく似合う、レースをあしらった上品なワンピースだった。大人びたシルエットにかかる、丁寧に編んだ長い三つ編みが絶妙である。美しきクロスゆえ、いま、このまま舞踏会や式典の類に出席しても違和感はないだろう。ところがクロスが赴くのは学内だった。それも、怪しい気配の感じられるところばかり選んでいた。白ゴムをおびき寄せんがためであるのは言うまでもない。
(「本当に黒い服を着ているだけで変なゴムが襲って来るのか……と思っていた頃が私にもありました」)
 やや色素の薄い、銀色の虹彩をクロスは足元に向けた。実際、面白いくらい白ゴムが『釣れた』のだった。現にこのときも、数体に囲まれて撃退したばかりだ。クロスの足元には、氷術で固めた上に槍で粉砕したゴムの破片が散らばっていた。あんなに白かったのに黒く変色し、縮んで、木炭のようになっている。
「固めて砕くのが一番てっとり早いようですね」
 ふぅとクロスが息を吐くと、白い色が付いていた。
「空が……」
 見上げると、あれほど晴れていたのにいつの間にか太陽は姿を消し、天は灰色に変わっていた。ためにか急激に温度が下がり始めているのだ。かつて属していた教導団にそれほどの未練はなく、そもそも軍属は自分には向いていなかったと考えるクロスではあるものの、あの頃の制服を、防寒着という意味でだが懐かしく思った。
 しかし思いは唐突に途切れた。
 黄色い悲鳴が聞こえる。見学者か学生か、いずれにせよ誰かがゴムに襲われているのだ。ワンピースの裾をなびかせ、長い髪を躍らせて、長柄の槍を手に、クロスは疾風のように馳せた。
「いますぐ助けに……」
 ところが、はたと足を止める。
「リアジュウシネエエエ……」
 確かにいた。怪ゴムがいた。しかしそれはピンクのゴムであった。そして襲われているのも空大生と思わしきカップルであった。
「……」
 無言でクロスは首を振る。桃色の変なゴムはなんというか、さまざまな人の想いの結晶のような気がして、倒すのは忍びない。穂先を付きだした槍を半回転させ収めて、リア充な人々に向かってクロスは声をかけた。
「そこのカップルさーん。すいませんがご自分達でその桃色の変なゴムの対処お願いしまーす」
 カップルに聞こえたかどうかは謎だが、そのとき「リアッ!」と桃ゴムが声を上げたように聞こえた……まるで「ありがとう」と言っているかのように。
 晴れ晴れとした表情でクロスは目の前の光景を放置し、迂回して先に進んだ。
 それにしても、寒い。薄着のせいもあるが、ますます空が曇ってきたせいだろう。こらえきれなくなり、クロスは両腕を組んで擦った。
(「こんなことになるんだったら、カインと来ればよかったかな……」)
 なぜだかそんなことを思った。カインがここにいれば、蛍を見に行ったあの日のようにさりげなく「手を握って歩かないか」と言ってくれたかもしれない。「手をつないでいるほうが寒さがマシだろ」と、多少ぶっきらぼうな口調で告げる様子が目に浮かぶようだ。肌を打つ寒さとはまた違う、冬の冷たさをクロスは感じていた。
 そのとき、
「ははははははは! リア充なんて爆発しちゃえばいい! ははははははは!」
 前方、何もないところからいきなり痛烈な笑い声がして、クロスは槍を構え切っ先を向けた。
「お、俺はいま、あまりに悲しいことを口にしなかったか!? なんだこの感情は!?」
 光学迷彩が解け振り向いた亮司と、クロスの視線が合う。
「あ……いや、これは独り言だ。決してリア充死ねとか思っていたわけではない! ていうか君、そんな装備で大丈夫か? 白いゴムが……」
「大丈夫です。私もゴム退治に出た空大生ですから」
 そういえば、互いに面識があるような気がする。改めて名乗りあったのち、亮司は、
「それならよかった。だがいい加減寒いだろう。サンタ衣装が余っているから着ておくといい」
 と、背嚢から赤い上着を出してクロスにこれを手渡したのである。ここで慌てて言い足す。
「言っておくが無料(タダ)だからな、俺は闇商人じゃないからな!」
「闇商人……? ありがとうございます」
「いや、知らないんならいいんだ」
 闇商人呼ばわりされず、妙に嬉しげな亮司なのである。
 上着はいかにもといったパーティコスチュームだったが温かかった。
「目的は同じなのですから一緒に行動しません? まだまだ怪ゴムはいるようですし」
「願ってもないことだ。そうしよう……あ、でも」
 亮司は言い淀んだ。やがて、申し訳なさそうに付け加える。
「退治するのは白いのと褐色だけ、ってことでいいかな……ピンクは……なんだか気の毒で……」
 拒否されるかと思い不安を感じた亮司の、心はすぐに安堵する。
 クロスはうっすらと笑顔でこう応えたのである。
「同感です。桃色の変なゴムってなんか倒しちゃいけないような気がしちゃって……あの悲しい哀しい叫びを聞いちゃうと倒せないです」
「おお!」
 亮司は小躍りしそうになった。空は暗いが心は明るい。クロスとは、いいチームが組めそうだ。