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リアクション
序章 変態の予感
そもそもが胡散臭い話であった。
「事の情報源があいつっていうのが、まず、怪しいところよね」
だからこそ、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は顔をしかめてそう呟いた。普段から冷静である御凪 真人(みなぎ・まこと)が同調すると、なおさらそれは当然の懸念と言えた。
「噂話に過ぎないですからね。確証は特にありませんし」
「お金のためなら平気で嘘つきそうな夢安京太郎よ? 確証がないどころか、8割増しで胡散臭いわ」
つまりは、胡散臭い話に乗っているのであった。
目の前に広がるは、広大な岩と石の塊や砂漠だけの続くシャンバラ大荒野。緑の影はほとんど見かけることなく、荒れ果てた大地だけが視界を支配している。
そんな荒野の地下に巣くうサンドワームの巣の中に、伝説と謳われる「太陽のキノコ」があるという話だ。胡散臭くなければなんだというのか。とはいっても、世の中には可能性を捨てきれない者が数多くいるのも事実である。
「これがサンドワームの巣か」
巨大な落とし穴のような巣の入り口を見下ろして、コック帽の若者が感慨深げに呟いた。
「見たことない食材が奥にあると思うと、わくわくするな!」
「あんまりはしゃぎ過ぎて、落ちないようにしないとね」
子供のように鳶色の瞳を輝かせる若者――マルコ・ポックをたしなめるように、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は苦笑していた。
「ああ、わかってる。だけど、わしかて料理人のはしくれ。どんな料理を作ろうかと、今から楽しみなんじゃ」
「……まあ、それはわからないでもないけど」
弥十郎はマルコだけでなく、自分の胸の内でも湧きあがっている高揚を理解していた。
なにせ、伝説の食材である。同じ料理人であれば、興奮冷めやらぬのはきっと仕方のないことだろう。
「それにしても、その服で料理するつもり? 服を常備してるのはすごいけど、そんな汚れたコックコートで食べたいと思うかな?」
「なーに、心配せんでも、ちゃんとわしの荷物には予備の服が何着もはいっとる。……それに、綺麗な場所と料理場でしかめしを食えん、作れんってのは、わしは嫌いじゃ」
「ポリシーってやつ? ……まあ、でも……火傷の跡は嘘つかないよ。君は良い料理人だね」
「……あ、あんたみたいな料理人に言われると、恥ずかしいわ」
褒められ慣れていないのか。マルコは顔を真っ赤にして、鼻をぽりぽりとかきながらそっぽを向いた。
そんなマルコに、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はくすっと声を漏らして口を開いた。
「それにしても、やっぱり珍しいものには違いないみたいだな。佐々木さんでも、見たことないわけだろ?」
「残念ながら」
薬学、料理人、詩人……数多くの顔を持つ佐々木でさえも見たことがないとなれば、少なくとも「伝説」という部分だけは信憑性が深まるところである。涼介も、マルコではないが料理人の一人だ。「伝説の食材を調理する」という言葉の響きだけでも、心の疼きを止められないところだった。
「よっしゃ、絶対見つけて、さくっと料理してやろうぜ」
「それはもちろんなんですが……」
涼介の声に不安げな反応を示したのは、真人であった。巣の中を見下ろして熟考していた彼は、なにやら困ったように眉をひそめている。
「どうしたんじゃ、御凪さん?」
「いや、太陽のキノコを探しに行くのは良いのですが……何か不測の事態が起こった時のために、ここで待機しておく人も必要かな、と。規則的に計算されて作られた穴というわけじゃないですから、何が起こるか分かりません」
一同も納得の意見である。
しかし、もしそうなれば、この荒野の何もない熱気の中で待ち続ける必要があるということになる。そんなことを自ら進んでやりたいと思う人がいるかどうか……
「わーっはっはっ!」
悩み始めた一同に降り注いだのは、いかにも頭の悪そうな高笑いだった。皆の視線が荒野の岩山を見上げると、そこに立っていたのは銀髪の美しき貴公子だった。
「伝説のキノコを狙う奴が他にもいるかもしれんな! その役目、俺様が買ってやろう! とう!」
掛け声を口にして、装飾をちりばめた薔薇学マントを靡かせた貴公子は、マルコたちの前へと降り立った。
で、女性陣の悲鳴が上がる。
「いやあああああぁぁぁ!」
「はーっはっはっはっ! 俺様の裸がそんなに美しいかっ! うむ、存分に見るがよい!」 貴公子の服は、薔薇学マントのみであった。
つまり……下半身どころか、上半身も含めて綺麗な全裸なのである。なまじ顔がモデル並みに美しいだけに、全裸の鎧は変態レベルが格段に上昇している。しかも、女性の悲鳴を聞くと、なぜか得意げだ。
「さあさっ! 俺様の全てを見るがよい!」
「きゃああああっ! こっち来ないでっ!」
「ははははははっ! 何を恥ずかしがることがあろうかっ!」
標的は決まったらしい。
追いかけられるセルファと追いかける変態。あまりの展開にマルコたちは呆然だった。
「えーと、あれは?」
「へ、変熊 仮面(へんくま・かめん)君です。一応、あれでも依頼を受けた冒険者の一人なんですけどね」
マルコの質問に、苦笑しつつも、真人は冷静に答えた。どうやら、その認識は変態ではあるものの、悪い人ではない、ということらしい。
「冷静に答えてないで、たすけてよ!」
「俺様の裸は一級品!」
こうして、ようやく巣への突入準備は出来た。
「しっつこい!」
「ベブッ……!」
変態の追いかけっこが終わったのは、しびれを切らしたセルファの右ストレートが見事に顔面にめり込んだからであった。
変態が女性陣を追いかけている最中、岩山の影でそれを見つめる影があった。
「うぬぬ……先を越されてしまいましたわ」
悔しそうに、荒野には似合わぬほどの鮮やかな金髪を靡かせる少女が食いしばる。そんな令嬢へ、長身の男が声をかけた。
「お嬢さま、ここは別の入り口を探すのが得策かと」
しかして、無駄に目立つ一行は別の入り口を探し始めた。
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