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リアクション
第2章 ワーム騒動勃発 2
「どこだぁ!! 太くて逞しくて食べるとビンビンになる伝説のキノコは!!」
どこぞの馬鹿が声を荒げている姿がいかに滑稽かつ冷ややかに見られるものかは、彼こそが体現してくれるに違いない。そんなことを思いながら、七刀 切(しちとう・きり)は変態紳士ことセーラー服に身を包む鬼のような豪傑――天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)を見やっていた。
ぼさぼさの乳白金の下は適当そうな顔で、切はもののみごとに適当さを口を出した。
「なるほど、それは男としては見逃せねぇキンノ……おっと違う、キノコだねぇ」
「そりゃそうだぜ! 男としてはそれは一大の夢。外国人なんかにゃまけねぇぜ!」
切の言葉に熱血さたっぷりで答えて、鬼羅はとにかくキノコを求めて叫び続けた。
どうやら、探索のための策は特にはないようで、悪く言えば無計画、良く言えば手当たり次第に探していくつもりらしい。夢を追い求めるロマンは誰にも逃れないものというわけだ。それがセーラー服の白髪鬼であることは別として、だが。
「くっそぉ、しかし、キノコの影も欠片もねぇなぁ」
「あれだな。普段の行いが悪いからだな」
「……だからってなぜ鞘を使ってオレをなぐるっ!」
平坦に言いながら、ばしばしと鞘の先で鬼羅を殴る切。理不尽すぎる攻撃だが、切にとってはむしろ当然らしかった。
「あれじゃねーかねぇ。神様のお告げ」
「なに、電波、てめぇ電波なの?」
「誰が電波だ自分このやろう。わいだってしまいにゃぶん殴るぞ」
「なに、この逆ギレ!?」
どうやら今日の切にとっては鬼羅をいじめる日が確定しているらしかった。
そんないじめられっこ鬼羅が切に反論している最中であった。突然、のそっと巨大な影が彼らを覆ったのは。
「ん……?」
さすがに変だと思った切も一緒に、鬼羅は頭上を見上げた。
そこには、ぬめぬめっとよだれを垂らす、いかにも軟体生物的な怖気を誘うフォルムが。よだれはどろっとかかりそうになるのを、鬼羅はなんとか避けた。
「な、なんだこの卑猥な生き物は!? こいつがサンドワーム? すごく……大きいです……って言ってる場合じゃねー!」
「こりゃまあ、確かにでかいなぁ。何メートルあるんだろ?」
「ふっふっふ! たとえどれだけでかくとも、こんな卑猥な奴にオレが負けるはずがねぇ!! 下半身的ないろんな意味で、かかってきやがれ!!」
悠々とサンドワームを見上げる切に対し、敵対心をむき出しにする鬼羅。
お互いの面子をかけた男の勝負が幕を開ける――かに思われたそのとき、巨大な鬼羅曰く卑猥生物の背後に、数体の仲間たちが顔を出した。
冷や汗。
鬼羅は茫然として、恐る恐る口を開いた。
「……あ、あっちに美人なサンドワームが!! うっわー美人だったなぁ! 超美人だった! ほら? てめぇら急がねーと見失っちまうぜ? だからほら……」
ワタシ、ニホンゴワカリマセーン。
サンドワームたちはまるでそんな外国人のように獰猛な声をあげて鬼羅を見下ろしてくるわけで。
「ほ……ほら……ほらってばぁ!」
半泣きになって叫ぶ鬼羅へと、サンドワームは徐々に近づいてきた。
これは、もう彼にはどうしようもない問題だと理解できた。だから、回れ右。
――グオオオオオォォ!
「き、きたああああぁぁ!」
突如襲い掛かってきた巨大な影――サンドワームに背を向けて、鬼羅は脱兎のごとく駆け出した。神速、軽身功を巧みに発揮して、ご近所さんであれば通報されそうなセーラー服の変態紳士が巣の中を駆け抜ける。
と、あれ……?
ふと、鬼羅は気づいた。
「あいつ……どこ行った?」
いつの間にか忽然と姿を消していた切を探して、鬼羅はあたりを見回した。右にはおらず、左にもおらず。どうにも進行方向には見えない。
すると、突如後ろのほうから火炎放射のような豪炎が鬼羅を襲った。
「うわちゃちゃちゃちゃっ! な、なに、なにっ!?」
思わず振り返った鬼羅の目は、文字通り点になった。
なぜなら、炎を操った主はサンドワームの上で乳白金の下ににこやかな笑顔を浮かべていたからだ。
「切っ!? てめぇ、なにやってやが――あちゃちゃちゃちゃっ!」
「いやー、あれだよな。逃げる群衆を追いかける王の気分を味わってみたかったってやつだな。……まあ、単純にいじめたかっただけなんだが。面白いし」
「おい、本音がこぼれてるぞ!」
「とりあえず死んでわびろこのやろう」
「なんのことだあああぁぁぁ!」
怪獣に乗って徘徊するかのよう、切の怒りの笑顔で鬼羅を追い掛け回した。
とはいえ――その途中で意外な顔に出会ったことは二人ともに予想外であった。
「お、おい、ありゃあクドじゃねぇかっ!?」
「ありゃ、なんであんなところに?」
視線の先にいるもさっとした白髪のクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は、二人に気づくと、まるで買い物ついでに出会ったかのように手を振った。
「おんやぁ、二人とも、こんなところでなにを……わっととととととっ!」
「馬鹿、遊んでねぇで逃げるんだよ! ってぐわしゃああぁぁ! てめぇ、なんでオレにだけ電撃なんだよ!」
「面白いからに決まってるじゃないかぁっ!」
「自信満々に答えんなぁ!」
「なんか楽しそうですねぇ、二人とも」
逃げ続ける鬼羅と隣合って、クドもともに逃走に付き合うことになった。そうでなくても、サンドワームの群れがこっちにやってくるのだ。逃げなくてはどうしようもない。
しかして――大逃走は始まった。
どうやら、サンドワームの穴に落ちるのは本日に限っては稀なことではないらしい。なぜなら、穴に落ちることそのものを楽しむ者がいるからである。
「キノコ!? なに、そんなもんのために俺たちを連れ出したわけ? 馬鹿なのかお前はっ! ここ、サンドワームの巣じゃないか!」
「それもまた一興ってわけだな。キノコを肴に酒を飲んでみてぇとはおもわねぇか?」
「キノコなんかよりも生きて帰る事のほうが重要だろーがよー!」
まったく反省の色の見えない天ヶ淵 雨藻(あまがふち・あまも)に、境野 命(さかいの・みこと)は頭を抱えて叫んだ。
常にと言っていいほど酒と飯の話しかしない目の前のパートナーは、平然として命の言うことを受け流す程度しかしない。ただただ平穏に暮らしたい命にとっては、こんな危険と隣り合わせのペットショップなど、ご勘弁願いたいところなのだ。
「ま、まあまあ命さん。伝説とまで言われるキノコに興味がないと言えば嘘になりますし、もうここまで来てしまったんですから、まずは無事に脱出する方法を考えましょうよ」
怒り心頭の命へと、もう一人のパートナーである古ノ 館(いにしえの・やかた)がなだめるよう声をかけた。見た目は女の子っぽいおっとりした館に言われると、さすがに命もこれ以上声を荒げるわけにもいかなかった。それに、いろいろと納得がいかないところはあるが、確かに彼の言うとおりである。
「しょうがないな。……とりあえずは出口を探すか」
「そうそう。怒ってばっかじゃ何も解決しねぇぜ?」
「お、ま、え、が、言うな!」
飄々と軽く言う雨藻にまともに付き合っていると、命は骨が折れるばかりだった。それでも、文句を言いながらも、なんとか出口を探そうと彼らは動き始める。
そのときであった。
「ん、なんの音だ……?」
命は耳に届いた音に、はたと振り返った。
なにやら地鳴りのような音とともに、地響きもこちらまで伝わってくる。これは、もしかして自分の嫌な予感が的中しているのではないか。
「まさか……」
「命さん……そ、そのまさか!」
呆然とつぶやいたそのとき、通路の向こう側から馬が駆けるようにドドドドとやって来たのは、セーラー服の変態丸出し男と飄々としたどこか雨藻に似ている青年――そして。
「サンドワームだあああぁぁ!」
命たちは、わけも分からずに襲い掛かってくるサンドワームから逃げ出した。
「な、なんで突然こんな目にいいぃ!?」
「ほー、あれがサンドワームか。でかいな」
「悠長なこと言ってるばあいか! それもこれもお前のせいなんだぞ!」
「酒に酔うとたまにはこういう余興もしてみたくなるもんさ」
「この馬鹿男女! 酒癖悪すぎるんだよ!」
おびえるところか、むしろ楽しんで逃げる雨藻と言い合いながら――というよりは、一方的に命がガミガミ言ってるだけなのだが――なんとか逃げ続ける一行。
隣で逃げる見知らぬ人にようやく気づいて、鬼羅が声をあげた。
「お、な、なんだてめぇらもワームに襲われてんのか!」
「あんたらが連れてきたワームだろ!? 好きで襲われてるんじゃねぇ!」
「まあま、お二人さん、気を荒げないこって」
鬼羅と命の間に割って入って、クドは胸を張って答えた。
「お兄さんの尊敬するレン・オズワルドさんは言いました。何事も多角的な視点で見つめる事が重要であると。成る程。確かに胸ってヤツはその大小よりも見る角度が重要ですよな、流石レンさん。その道理でいえば、このサンドワームだって見る角度次第では……あら、本当だ。意外と可愛い気がする。愛嬌ありますね、なんか」
顔だけ振り返りつつ、にこにこと笑いながらサンドワームのペット産業に新たな光を差し込むクド。そんな彼に、鬼羅と命は同時に叫んだ。
「何の話だああああぁぁ!」
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