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伝説キノコストーリー

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第2章 ワーム騒動勃発 6

「ふむここはサンドワームの巣か、また難儀な所に迷い込んだものじゃ……恐るべき方向感覚」
「いやあ、照れるなぁ」
「誰も褒めとらんわ」
 漫才のように、言葉を履き違える緋雨にツッコんで、再び麻羅はマルコたちと向き直った。
「しかし、太陽のキノコか……なかなか面白そうな話じゃの」
 眼帯で隠された右目はうかがい知ることができないが、少なくとも、紺碧の左目は楽しげに色づいた。マルコとしては、手伝う人材は多ければ多いほど助かるところである。
「もしよかったら手伝ってもらえんじゃろうか」
「んー、しかし……わしらは帰路に着いてる最中なんでなぁ。その相談はなかなか難しいの……」
 麻羅は後ろ髪引かれる思いで唸った。
 そんなマルコと麻羅が話している最中に、麻羅のペットであるペンギンたちが、暇をもてあましてペンギンショーを開催している。
 ペンギンショーをノーンや終夏が楽しんでいるそのときであった。遠くから聞こえてきた地鳴りの音が耳に届いてきて、ペンギンたちが慌てて騒ぎだしたのである。
「な、なんじゃ……!」
「これは……いやーな予感がするのぉ」
 麻羅がそう呟いたころ――振り返ったマルコたちの視線の先で、なにやら大きな影が逃げ惑う小粒を追い掛け回していた。それは、どんどん近づいてきてやがてマルコたちのほうへとやってくる勢いだ。
「ね、ねえ夜果さん。あれって……もしかして」
「もしかしなくても、そうだろうなぁ…………逃げるぞ、お嬢ちゃん!」
 それは――サンドワームだった。
 しかも、なぜか別行動でキノコを探していたエースたちが追い掛け回されている。怒涛の勢いでやってきたサンドワームたちは、マルコたちさえも巻き込んでいった。
 思わず、麻羅と緋雨を含めて、マルコたちは逃げ出すしかない。
「ぬあああああぁぁぁ!」
「エ、エース、な、なにやっとるんじゃぁ!」
「知らないっての! 突然こいつらがやってきたんだって!」
「鬼羅、こっちが安全だよー」
「サンドワームから降りてもこりねぇのかてめぇは!」
 走りながらエースと言い合う横で、サンドワームから降りていた切が変態紳士をだまそうと必死になっている。そんな誰も彼もが文句を言い合う様子を、クドは穏やかに呟いた。
「にぎやかだぁね」
 そんなことを言ってる場合ではないのだが、もはや解決策は見出せない。とにかく必死で逃げなくては、サンドワームに押しつぶされてしまうからだ。
 追いつかれた者は容赦なく――ぱっくん。
「きゃあああぁぁっ!」
「おいおいおいおい! アリアが食われたぞ!」
 先頭のサンドワームに丸呑みされたアリアを見て、エースが騒ぎ立てた。
「彼女の犠牲を無駄にするなあああぁ!」
「まだ死んだとは決まってねぇだろ!」
 どこぞの料理人が無責任なことを言ったのに、命が思わずツッコむ。
 逃げる、追いかける。逃げる、追いかける。逃げ――以下略。
 そんなとき、サンドワームの横合いから飛んできたのは火炎の玉であった。
 うねりをあげて飛んできた火炎はサンドワームにぶつかる。すると、サンドワームは人間たちを追いかけるよりもそちらのほうに向いたようだった。
「成功……かな」
 その先にいたのは、人知れずチャンスを窺っていた音井 博季(おとい・ひろき)だった。手のひらからこぼれた火の粉は、まさに彼がいま火炎を放ったということを物語っている。
 サンドワームの意識が、博季へと向いた。
 こうすることで、サンドワームを無闇に傷つける必要はなくなるはずだった。あとは、自分さえ彼らの注意を引いて逃げられれば良い。
 たとえ、どれだけ凶暴であったとしても、命は命だ。それに、太陽のキノコのために巣の中に入り込んだのは自分たちである。一匹でも多くのサンドワームを救うことが、博季の目的であった。
「さぁ……こっちだ!」
 博季の声に反応して、サンドワームたちは彼を追いかけていった。
 時々、意識がマルコたちに向こうとすると、再度炎で刺激してこちらに振り向かせる。軽身功と神速を使って、なんとか逃げ切る博季を、サンドワームが鬼ごっこの要領で追った。
 魔術士といえども、魔法に頼るだけではいずれどこかで足元をすくわれる。魔術に頼り切るだけではいけない。博季のその信念は、いままさに形となって役立っていた。

 追う、逃げる。追う、逃げる――そうしているうちに、はたと振り返ると、いつの間にかサンドワームの群れがいなくなっていることにマルコたちは気づいた。
「はぁはぁ……し、しんど……」
「な、なんでわしらまで逃げないといかんのじゃぁ……」
 完全に巻き込まれた形の麻羅と緋雨も、ぐったりとして愚痴をこぼした。落ち着きを取り戻し始めたところで、ふとリリィが気づいた。
「そ、そういえば……ア、アリアさんは、アリアさんはどうなさったのですか!」
 サンドワームに飲み込まれたアリアの行方を探そうしたそのとき、マルコたちはのそっと出てきたサンドワームに驚いた。再び、逃走しようかと思って翻るが――
「待つんじゃ!」
 麻羅の声に、引き止められた。
「こやつ、もしや……」
 麻羅がそう怪訝そうに呟いたとき、マルコたちもようやく気づいた。なにも、突然襲ってくるというわけでもないらしい。
 もごもごと口を動かすサンドワームは、マルコたちに向けてぺっと何かを吐き出した。
「アリア!?」
「もう……ひ、酷い目に遭ったわ……」
 吐き出されたアリアはべとべとの粘液に絡まった状態で、衣服もなぜか溶けて半裸状態だった。滑らかな輝く太ももがあらわになり、こぶりな白肌の胸がちらりと見える。
 気づけば――
「……?」
 男たちの視線は彼女に釘付けなわけで。
「きゃあああああぁぁ!」
「なぜ俺ぶほぉぁ!」
 瞬殺の右ストレートが、鬼羅の頬に炸裂した。とっさの判断で切がひょいと差し出したせいで、たった一人犠牲になる鬼羅。ばたりと倒れる彼に、男たちは敬礼を忘れないだろう。
「まったく、何をくだらんことをやっとるんじゃ」
 そんな男たちを呆れた目で見やって、麻羅はサンドワームと向き直った。
 アリアを吐き出したサンドワームは、決して襲い掛かってくるということはないが、ないやら一点を見つめているような気がする。そこには……
「パ、パックン……?」
 アスカの抱いていた子ワームは、彼女の腕の中でぐいぐいと暴れた。
 思わず手を離すと、パックンこと子ワームは、サンドワームのもとへと駆け出していった。サンドワームの身体にすりよって鳴く子ワーム。
「どうやら、親子じゃったようじゃのう」
「だから、ずっと追いかけてきたのかな?」
「かもしれんのう」
「パックン……」
 麻羅と緋雨が合点がいったよう話す中で、アスカは子ワームの名前を呟いた。ほんの少しの間だけであったが、唯一無二の理解者であったのかもしれない。そう思うと、もの悲しくなって、感傷にひたる気持ちになった。
「サンドワームに追いかけられるのは、これでひとまず終わりか? なんかもう、しっちゃかめっちゃかじゃったわ」
「……いや、もしかすると、先ほどの太陽のキノコ探しも終わるかもしれんぞ」
 マルコにそう言うと、麻羅はサンドワームへと向き直った。
「わしはドルイドじゃからな。動物やモンスターの気持ちはよく分かるつもりじゃ」
 彼女の目が真摯な色を持ってサンドワームを見つめた。
「わしの言葉はわからんかもしれんが、もしキノコの場所を知っているなら、こやつらに教えてやってくれんか?」
 それに、サンドワームが何を思ったかは分からない。
 ただ、まるで悩むように立ち止まっていたサンドワームが、子ワームの鳴き声を聞いてのそっと身を翻したことは驚きに値した。そして、まるでついてこいと言わんばかりに、マルコたちが歩き出すのを待っている。
「パックン……」
 きゅーきゅーと鳴く子ワームは、アスカの足を軽く小突いてくる。
 本当に大丈夫なのか。怪訝な気持ちも抱えながら、一行はサンドワームの背についていった。
「おい、嬢ちゃん? どうしたんだ?」
「……うん、ちょっと」
 最後尾で、終夏は何かに引かれるように背後を振り返っていた。
 あのとき、サンドワームが傷つくことがないように注意を引いていた人の影。モンスターを守るために、あれだけのことをする人がいることに、終夏は少なからず感動を覚えていた。誰も傷つけたくない。そんな、理想かもしれない小さな願いを叶えてくれる人。
「嬢ちゃん?」
「……なんでもないです。さ、行きましょう、夜果さん」
 かすかに見えた太陽の髪は、希望を照らす色であったに違いない。