リアクション
第2章 お嬢様は変態を連れて 2
「面白いことになりそうですね……」
エッツェルが身体に纏う闇の瘴気は、ある意味で悪役にふさわしい。そんな彼の攻撃を捌きながら、ピクシコラは剣を振るう。
「私の楽しみを邪魔するのであれば、誰であれ遠慮はしませんよ?」
「それは……こっちの台詞よ!」
エッツェルの刀とピクシコラの剣がぶつかり合い、打ち鳴らされた刃の音が響き渡った。
その横からニャンオレンジこと娘子の拳がエッツェルへと叩き込まれそうになる。が、それを防いだのはエッツェルのパートナー――ネームレス・ミストだった。
「主公を……守る……」
ぼそりとした一言とともに身体のうちから溢れる瘴気が、獣や毒虫と化す。見た目は幼女でロウにハァハァ言われているが、その力は計り知れなかった。思わず、娘子はその場を飛び退く。
すると――後衛援護をするはずのディオネアが自分も戦おうと前に飛び出してきた。
「ちょ、ディオ邪魔ニャ。ディオは補佐なんだから、前出てこないでいいニャ」
「な、なんだよ、いいじゃん。ボクだって戦えるよ!」
娘子がそう言うと、癇に障ったのかディオネアはぶすっとして言い返した。
「今日はニャンコのバニーとしての初仕事だから、邪魔しないでほしいニャ」
「な、なにさ、邪魔って! ボクはナyンコがバニーに入る前から、ずっとたたかってるんだよ! ニャンコは猫じゃん! それに、バニーのくせにニャとか言うし!」
「えっ、ニャなんて言ってないニ……ないうさ」
ディオネアは、憤慨して娘子に怒りをぶつけた。そもそもが、娘子がバニー☆スリーに入るのをあまり納得していなかった彼女である。邪魔と言われたことで、それまでのうっぷんが一気に出てしまったのだろう。
しどろもどろになる娘子の攻撃の手は、休まざる得なかった。
「ちょっとニャンオレンジとディオイエローなに喧嘩してるの?」
そこに春美の声がかかるが、二人の耳にはもはや届いていないようであった。
が――それが悪かった。
ネームレスの瘴気が変化した獣が、ディオネアへと襲い掛かったのである。
「ニャウ!?」
「ニャ、ニャンコ!?」
しかし、ディオネアは無事であった。
身を挺して、娘子が彼女をかばったのである。ばた……と床に倒れこんだ娘子を、ディオネアが涙を流して介抱した。
「いやー、ニャンコー死なないでー!」
憎まれ口を言いつつも、それはディオネアにとってはただ素直になれないだけのことだった。それが、こんな結果を招いてしまうとは。慌ててハーモニカを吹いて癒しの力を注ぎ込むが……涙がとまらず、しゃくりあげてしまって上手く吹くことができない。
「ディオ、泣かないで。ディオは後ろにいてくれればいいニャ。ディオの歌でニャンコも春美もピクシーも安心して戦えるんだから」
ふるふると震える手でディオネアの頬をなでて、娘子は彼女をそう励ました。
ぱた――と娘子の手が落ちる。
「ニャンコオオオオォォォ!」
こうして、バニー☆フォーの新メンバーは加入してまもなく亡くなり……
「ってちょっと待ちなさいよ!」
春美は娘子を掴みあげた。
「ニャンコ、ほとんどダメージ受けてないじゃない!」
「あれ……? ホンとだニャ」
…………腹部に傷は走っているが、かすり傷程度だ。まあ、確かに、直撃を受けたとはいえ、向こうも本気で殺そうとしていたわけでないわけで。
「てへ」
「てへっじゃなーい! …………で、でもニャンコー! よかったー!」
ディオネアは、嬉し涙を浮かべて娘子と抱き合った。こうして、新たな絆を深めたバニー☆フォーたちは改めて敵と戦うのだった。
が――それまでのコメディ補正を砕くほどの力が、バニー☆フォーを、いや、その場にいる全員を襲った。
突如、巣の壁が爆発でも起こしたかのように砕かれたのだ。
「おらあああぁ!」
「だ、誰……!」
現れたのは、燃え盛る焔の髪を靡かせた獣人――羽皇 冴王(うおう・さおう)だった。それだけではない。砕かれた穴から顔をのぞかせたのは、九段 沙酉(くだん・さとり)とドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)だった。
「な、なんじゃ……!」
マルコは見知らぬ顔に驚きを隠せないが、どうやら、冒険者たちの中には彼らをよく知る者もいるようだった。
にやりとした不敵な笑みを浮かべた冴王が、口を開く。
「また結構な顔ぶれがそろってんじゃねぇかよ。んで……問題のキノコってのはどこだ?」
「あれ……」
冴王に応えた沙酉の指が、麗華の持つキノコを示した。
「へっ……上等だ。いくぜドライア!」
「おまえが指図すんなよ!」
飛び掛った冴王、そしてその後ろから、ドライアが続いた。ドラゴニュートと獣人の二人は、お互いの動きを分かっているように適度な距離を保って麗華へと襲い掛かる。
それを、すでに予測していたらしいレン・オズワルド(れん・おずわるど)が防いだ。
「……またあんたか」
「今回は三道 六黒(みどう・むくろ)ではないというわけだな」
「はっ、六黒のヤツがいなくったってなぁ……オレだけで十分なんだよ!」
レンの銃に拳を阻まれた冴王は、身を翻して回転蹴りを放った。俊敏な動きだ。だが、レンとてもそれに負けてはいない。彼の腕が冴王の蹴りを受け止めた。
「なぜ、太陽のキノコを狙う!」
「野郎の力を蓄えるためってなぁ……沙酉が言い出したんだよ。ま……そんなことオレはどうでもいいんだけどな……たまには、こういうのも悪くないってこったぁ!」
冴王はそのまま蹴りを押し込もうとするが、横から飛び込んできた銃弾に気づいて咄嗟に飛び退いた。
「ちっ、援護か」
「……アンタみたいな悪党、同じ獣人として恥ずかしいっスよ!? どっかに行ってしまえっス!」
「同じ獣人だぁ? おまえはおまえだろうがっ! 勝手なこと抜かすんじゃねぇ!」
シグノーの言葉に、冴王は自分でも驚くほど怒りを覚えた。無論――短期なのは今に始まったことではない。
レンの声が、苛立った冴王の頭を冷やした。
「おまえは六黒ほどではない。残念ながらな……」
「…………どうかねぇ」
にや……と冴王は笑みを浮かべた。
それが意味するところに気づいたときには、すでに遅かった。
「しまっ……」
振り返ったとき、ドライアはヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)の拳と対等に渡り合っている。
「帝王ブレード! 受けてみよ!」
「くっそ、こいつ、ふざけてるくせに強ぇ!」
だが、沙酉は――先ほどまでの場所にいなかった。
「もらう。むくろのみらいをつなげるために……」
麗華の前に飛び出していた沙酉の手が、麗華の視界を遮った。同時に、ヒプノシス――催眠術が、彼女の意識を奪う。
冴王たちと仲間といえども、沙酉の目的はキノコを奪うことだけだ。無闇に傷つけようとはしなかった。
ぽとりと麗華の手から落ちるキノコを手に入れると、沙酉は冴王に目配せした。
「じゃあな、冒険者ども!」
瞬間。
冴王の手にいつの間にか握られていた拳銃がレンへと咆哮した。銃弾を避けたとき、すでに冴王は沙酉たちとともに元の破壊した壁へと舞い戻っている。
「ぐ、まて……!」
「大丈夫、待ってやるよ。……崩れるまでな」
カチ。
冴王が取り出した赤いボタンのスイッチが押されると、不気味な音がかすかに鳴った。続いて、地鳴りとともにゆれるサンドワームの巣。これは、もしかしなくとも――
「じゃあな。また会えるときを楽しみにしとくぜ」
冴王の声が聞こえたのはそれまでだった。
視界のサンドワームの巣が崩れてゆき、マルコたちの目の前は光を持たなくなった。
●
銃型HCが映し出す地図の上で、一つの点が発光していた。
暗がりに浮かぶそれを見下ろして、レンは次に辺りを確認する。どうにも……状況は困難だった。
「ここからなら、地上までそう遠くはなさそうだが……」
「手で彫れるぐらいの距離か……?」
「分からん。位置は分かっても、地下と地上の距離まではな」
ヴァルの問いに、レンは静かに答えた。
冴王の仕掛けた爆発でサンドワームの巣に閉じ込められて、そう時間は経っていなかった。それでも、地下に閉じ込められたという現実が、冒険者たちに不安となって圧し掛かっていた。
そもそもが、地下ともなれば空気の問題も浮上する。
魔法でなんとかしようかとも考えたが、下手に衝撃を与えると、余計に崩れてしまう恐れもあった。
「くそ……せっかく見つけられたっていうのに、なんでこんなことになるんじゃ」
マルコの悲痛な声が響いた。
このまま、地下に閉じ込められたままで終わってしまうのか。そんな不吉な未来も頭を過ぎる。
だが――諦めない者もいた。
「お、おい、レン……!?」
ヴァルの声に目を向けると、そこではレンが素手で土を掘り起こそうとしていた。
彼の左手は義手だ。残された右手を使って、彼は必死で地上へ向けて土を掘っていた。右手は悲痛なまでに赤みを帯びて傷ついてゆく。爪がはがれそうになるのもかまわず、彼は彫り続けた。
「レンさん、そんなことしても……」
「俺たちには帰りを待っている者がいる……」
それは、サンドワームの巣へ赴く前に街に残ったパートナーのことを思ってか。誰しもが持つ家族、そして兄弟、もしくは恋人、友達。
「笑顔でアイツらの元に帰る為にも、こんな所で諦めてる場合じゃない」
声は静かに、それでも深く地下の部屋に響いた。
マルコの手が、ゆっくりと動き出した。レンと同じように、土を掘って。
「わしは、帰って、そして料理を作るんじゃ。この太陽のキノコの料理を……!」
冴王たちに奪われずに残っていた数少ない太陽のキノコは、彼のふところにある。それを握り締めるような思いで、マルコは土を掘った。ヴァルの手がそれに加わった。
「ふ……この帝王。おまえのその思いを守るためならば、いくらでも土にまみれてやるさ」
そして、みんなの手も。
「自分もやるっス! 諦めるなんて、絶対に嫌っス!」
「生きて帰って、美味い料理を作ろうぜ」
「やれるだけ、やります」
「みんな……」
それまでは敵対していた――というより敵対させられていたわけだが――司やエッツェルも加わって、皆の手は土にまみれていった。あの麗華お嬢様でさえも……無言で土を掘るのを手伝っている。
「……わ、わたくしだってここからは脱出したいのですから! て、手伝いのは当然のことですわ! か、かんちがいしないでくださいませ。これは、あくまでわたくしのためなのですから」
「お嬢様、見事なツンデレっぷりです! 不肖、このロウ・リータもネームレスたんとノーンたんという二大幼女のためにひと肌脱――へぶっ!」
「さーて、やりましょうか、麗華さん、ニート。……最後に笑えればいい。諦めなければ大丈夫。必ず脱出して、キノコを手に入れましょう」
「……ええ」
「……おけ」
幼女を愛でる変態は殴り飛ばして排除しておくとして、政敏は麗華とニートとともに土を掘る。もちろん、麗華の負担は、気づかれぬように軽くしつつ……。
「男だったら大人しく格好つけた諦め顔は見せるもんじゃない」
「……そうじゃな」
レンに笑みを返して、マルコの手が強く、そして決意を込めた力で土を掘る。
そのうち、どれだけ彫っただろうか。やがてかすかに――声が聞こえた。
「なんの声じゃ……?」
「これは……閃崎か!?」
声の主に気づいた直後、土に割れ目が入った。
ガン、という外側からの衝撃とともに、レンたちが彫っていた壁に、穴が空く。それは、ごくわずかな穴だったが――やがて、割れ目と連動して徐々に割れ目が広がっていった。
そして――
「おーい、大丈夫だったか?」
地上へと続く穴とともに、
閃崎 静麻(せんざき・しずま)が顔を覗かせた。
太陽の光は、マルコたちへと降り注いでいた。