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なし

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カノン大戦

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カノン大戦

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あなたの首を斬らせて、とカノンは言った。




 カノン大戦




第1章 カノン、作戦会議を開く


 人工の海上都市、海京。
 その海京を取り巻く海を見渡せる人工の砂浜を、一人の不審人物が歩いていた。
 泣く子も黙るパラ実の国頭武尊(くにがみ・たける)である。
「あれがセンゴク島か!」
 国頭は足を止めると、海原の波に飲み込まれそうな小さな島を彼方に認めて、呟く。
 センゴク島。
 そこに出現したゴーストイコンの討伐のため、天御柱学院が派遣したイコン部隊の第一陣は、あっけなくも壊滅した。
 海京はもちろん、パラミタ全土を震撼させたショッキングな事件を伝え聞いた人々はみな、小さな島に突如として現れたゴーストイコンが謎めいた力によって活性化している不気味な様に、懸念を表した。
 しかし、学院も、このまま手をこまねいているはずがない。
 第一陣壊滅の報を受けて間もなく、学院の校長コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)は、学院所属の強化人間設楽カノン(したら・かのん)を隊長とした特攻チームの派遣を決定した。
 まさに矢継ぎ早の指示であり、電撃的な決定であった。
 なぜ、精神的に不安定なカノンが部隊の隊長に任じられたのか、国頭は詳しい経緯を知らない。
 だが、興奮しているカノンは、恐るべきスピードで隊員を呼び集めて部隊を編制し、1、2日のうちにも出撃しようとしているのだ。
 第一陣壊滅から1週間も経っていないことを考えると、背筋が凍るほど手早い所業であるといえる。
 kanon38と呼ばれる動画ファイルを使って他校の生徒まで呼び集める手腕は、見事としか言いようがなかった。
 だが、実は、国頭にとって、そんなことはどうでもよかったのである。
 国頭の関心は、ただ一つ。
 カノンのパンツを奪うこと。
 ただそれだけを、彼は考えていたのである。
 自分がパンツを奪うまで、カノンは死なせない。
 国頭は、重大な決意を秘めてセンゴク島に向かおうとしていた。
 カノンを襲ったことのある国頭が部隊に参加できるはずもなく、あくまでも単独で行動していくつもりだった。
 と。
「うん?」
 国頭は、砂浜に立っている自分の側に、いつからかはわからないが、異様な存在が現れていることに気づいた。
 闘争に明け暮れるパラ実生の一員である彼に気配を悟らせないところをみると、それなりの相手とみなければならない。
 国頭は、緊張した面持ちで、その相手をみつめた。
 その相手は、車椅子に乗って、口からよだれを垂らし、虚ろな目で宙をみつめているという、意表を突く外見であった。
 国頭は、男が乗る車椅子の車輪の跡が砂浜の上に見当たらないことに、不吉な予感を覚えた。
「あっ、君か。久しぶりだな。って、あれ?」
 思わずそういってしまった後で、国頭は眉をひそめる。
 遠い昔に、どこかで男をみたことがあるように思うのだが、どこだったか想い出せない。
 国頭が記憶を探っていると、突如、視界が闇に包まれ、脳裏に、深い海の底の光景が広がった。
「な、なんだこれは!?」
 慌てふためく国頭の脳裏に、落ち着き払った男の声が響きわたる。
(国頭武尊。あの島に渡るのはやめるんだ。生命を落とす可能性がある)
「精神感応か。なるほど。学院の強化人間だな。オレを脅してどうしたい?」
(君はいつも、欲望の赴くままに動きすぎているが、今回ばかりはやめた方がいい。これは、警告だ)
「ざけんなよ。あの島に行けば生命を落とすかもしれないなんて、そんなことは百も承知だからな! そんな理屈でオレを止められると思うな!」
 国頭は歯を剥き出して怒っていた。
(僕には君の未来がみえる。女性の下着に執着したいなら、それでもいい。だが、君は、パンツの海で生命を落とすことになるだろう)
 男のその言い方に、国頭は思わず笑ってしまった。
「パンツの海、か。はっはっは! 面白いことをいうな。だがな、君、パンツ・オア・ダイ、って言葉を、知ってるかい?
 国頭のその問いに対して、男はこういうのみだった。
(どうやら、一度痛い目をみなければわからないようだな)
 その言葉に、パラ実生である国頭は、喧嘩を売られたと感じた。
「面白ぇ! ここまでオレをコケにしたんだ。車椅子だからって容赦はしねえぜ! いっとくがオレは、カノンとも本気でやりあったことがあるんだからな! って、あああ!?」
 拳を振り上げようとした国頭は、息をのんだ。
「か、身体が動かない! すごい力だ! 何だこいつは!」
 さすがの国頭も背筋がゾッと凍るほどのすさまじい力が、全身を締めつけていた。
(無理に君を止めるつもりはない。だが、無駄に生命を捨てるべきではない。覚えておくことだ)
 それっきり、男の声は聞こえなくなり、国頭は、男がその場を去ろうとしていると感じた。
「待ってくれ。君、昔、パラ実にいなかったか?
 国頭のその言葉は、虚しく宙に消えていく。
 気がつくと、国頭は、もとの砂浜の上に立っていた。
 全身が、冷や汗でびっしょり濡れている。
 側にいた車椅子の男は、どこかに消えてしまっていた。
「くそっ。どこかでみたことある奴なんだが、想い出せないな。それにしても、すごい力だった! カノンをさらに上回っていたのは事実だ。学院には、とんでもないバケモンが隠れているんだな」
 国頭は、深い息をつくと、再び歩き始めた。
「一度痛い目を、か。ざけんなよ。何度みたって変わらないぜ。パンツ・オア・ダイ!
 そして、国頭は、車椅子の男のことを、意識から締め出してしまったのである。

(生徒諸君、よく集まってくれた。さっそく協議を開始しよう)
 天御柱学院の校長室では、コリマ・ユカギールと、呼びかけにこたえて集まった生徒たちの間に、今回のカノンの出撃に関する協議が開かれようとしていた。
 この協議は、カノンが知らないところで開かれる、原則非公開の密議であった。
 だが、生徒たちとしては、作戦のことよりもまず、聞かなければならないことがあった。
「校長。なぜカノンが放送をジャックできたんですか?」
 御空天泣(みそら・てんきゅう)が、問いただした。
(ジャックというのは不適当だ。設楽隊長の出撃を許可した私は、彼女が部隊の隊員を募集するためにニュースを流すことも認めた。放送で彼女は興奮して羽目を外したが、あれは予定されていた内容とは違う)
「では、質問を変えます。校長は、そして教官たちは、やはり、彼女を特別だと思ってるのでしょうか?」
 御空は、真っすぐな視線でコリマをみすえて、いった。
 だが。
(その質問は、意味がわかりかねるが?)
「う……つまり……その……」
 コリマの言葉に、御空は口ごもってしまった。
 男を前にするとパニクる御空は、そろそろ限界であった。
 そのとき。
「ねえ、校長。カノンおねえちゃんが、いなくなっちゃうのはいやだよう!」
 ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)が幼い口調で騒ぎ出す。
(ほう。子供っぽい外見だが、「いくさ1」の勝利者であるおぬしの方が、肚はすわっているようだな)
 コリマは、一見無邪気にみえるラヴィーナが、御空のいいたいことを要約して伝えようとしているのだと気づいた。
「僕らが態度を変えたからといって、上は動くのですか?」
 ラヴィーナの加勢を得て、少し威勢を取り返した御空が、何とかそれだけいった。
(動く、とは?)
 コリマが問い返す。
「校長。本当はわかってるんでしょ。カノンは、そしてボク達は、ただの駒でしかないの? 与えられた役割以上のことは認められてないの?」
 ラヴィーナは、幼い声で鋭い言葉を放った。
(おぬしがそういうなら、答えよう。我々は、そこまで狭量ではない。意見があれば、もちろん聞くし、妥当な指摘であれば方向の修正もありうる。だからこそ、この場が設けられているとは思わないのか? もちろん、我々は教師だから、諸君が著しく妥当性を欠く考えを持ったなら、そのときは導かねばならないぞ)
「う……それは、そうでしょう。でも……」
 御空は、口ごもりながら反論しようとする。
(設楽くんも、諸君も、大事な教え子であることに変わりはない。私を信じられないなら、去るのは自由だ。だが、私はこれまで、運命を乗り越える強い力を持つよう、君たちに教えてきた。その教えは間違っていないはずだ)
 コリマにまくしたてられて、御空は黙りこんでしまう。
「うまい言い方するなー。まっ、教師・生徒の立場ってのは確かにそうだし、いまの言葉の中に矛盾はないね。でも、校長のその教えが間違ってるって話じゃないでしょ? 天ちゃん、方向の修正はありうるって、まずはそこまで聞けたんだから、いいんじゃない。どうなの?」
 ラヴィーナはそれだけいって、御空を促すが、御空も考え込んでしまったのをみて、退屈そうにあくびをもらした。
 ラヴィーナとしては、御空にもう少し自分で語ってもらいたいという気持ちがあったのである。
「私は、とにかく、今回は校長を信じます。校長の教えは確かに間違っていないし、こうした話し合いの場をじきじきに設けたことは、素晴らしいと思います。私たちを本当に駒だと考えているなら、こういう協議はしないでしょう。少なくとも、今回のカノンさんよりは、校長の方がずっと理性的で、的確な判断をしようとしています」
 長谷川真琴(はせがわ・まこと)が、御空に言い聞かせるようにいった。
 御空は、無言のまま、うつむいている。
 長谷川の言葉に、うなずく生徒は多かった。
 みな、もともと、校長が完全に嫌いではないから、この場に集まったのである。
 校長は、困っているから生徒を呼んだのであり、そのことは、信頼関係というより利害関係の一致を思わせるが、いま、お互いに必要以上に不信感を持つことは、よくない結果をもたらすように思われた。
 状況が状況なだけに、まず行動が求められるのだ。
(信じてくれるのは嬉しい。だが、繰り返すが、設楽隊長の出撃を認めたのは私だ。設楽くんのスピードと獰猛さは、この状況に有効なのだ。他の者に任せられない作戦なのは事実である)
 コリマの言葉に、長谷川はうなずいた。
「そうですよね。その判断の的確さも素晴らしいです。でも、カノンさんに完全に任せていいとは思っていない。だからこの場があるわけです。私はカノンさんが嫌いではないし、カノンさんの暴走を修正して、助けたいと思っています。みなさんもそうですよね」
 長谷川の言葉に、異議を唱える者はいない。
「では、私の考えた作戦を説明します。まず、海中に自ら特攻するというカノンさんの作戦の代替案を考えたいです。親玉格が海中にいるのであれば、特攻なんてもってのほか。正直、そんな作戦は無理です無茶です無謀です。イコンは水中での行動を想定していません。それにビーム兵器が主体のイコンでは海中に攻撃しても効果が薄れます。なので、私から実弾による狙撃作戦を提案します」
(ほう。海中を狙撃するか)
 コリマが感心したような目を長谷川に向ける。
「はい。スナイパーライフルによる超長距離射程からの攻撃です。本来なら水中銃のようなカスタマイズがされていればいいのですが、贅沢はいえません。狙撃のチャンスは一度きりだと思います。なぜなら、一度気づかれると敵に包囲されてしまう可能性があるからです。それを考慮しての一発勝負と思ってください。これには相手の急所を一撃で撃ち抜くだけの腕のスナイパーとそれをサポートできるスポッターが必要です」
(そこが問題だな。面白い案だが、いまここに集まっている中に、この案を実行したいという者はいるか?)
 校長が尋ねたとき、柊真司(ひいらぎ・しんじ)が颯爽と歩み出た。
「俺にやらせて下さい!」
「柊さん?」
 長谷川が、表情のうかがえない目で柊をみつめる。
「俺、今回の代替案の実行役に立候補したいと思っていたんです。指示に従いますから、是非!」
 柊は、校長にいった。
(いいぞ。素晴らしい! 決定だ)
 校長は、即決を下した。
「え……! そ、そうですか。はい」
 ひたすら理詰めで話していた長谷川としては、呆気にとられる想いだった。
 コリマ校長には、冷静冷徹に状況を分析する理性的な側面と同時に、即断即決を旨とする力強いリーダーシップも備わっていたのである。
(やりたいというなら、やってもらおう。可能性を感じる展開だ。実に面白い。作戦用のスナイパーライフルは我々が用意しよう。がんばるんだぞ)
 コリマは、柊を激励した。
「ありがとうございます! 必ず期待にこたえます!」
 柊は、異様に感動するものを覚えて礼をいう。
「お、面白い、ですか。ええ」
 長谷川はコリマの懐の大きさにはかりしれないものを感じ、畏怖の念にうたれた。
 が、すぐに我に返って柊に語りかける。
「私たちも、作戦に使う機体を整備します。何もかも完璧とはいえないでしょうが、それでも、状況の許す限りベストの状態でいきましょう」
「おう! じゃ、機体を預けるぜ。よろしくな!」
 柊は、笑って長谷川に片目をつむってみせた。

「はーい、今回の作戦に参加してくれたみんな、どうもありがとう! 今日は、みなさんと楽しくお食事しながら、当日の詳細を話しあってみたいと思いまーす!」
 校長室で密議が行われていたのと同じ時間に、学院の食堂では、今回部隊を率いることになる設楽カノンが、部隊に参加する生徒たちを集めて食事会兼作戦会議を開いていた。
 自分の扱いについて校長室内で真剣な話し合いが行われているとはゆめにも思わないカノンは、非常に上機嫌で、まるで、これからお祭りにでも出かけるつもりでいるかのようなはしゃぎぶりだった。
「パンとスープ、カレーにサラダは行き渡りましたか? それでは、まず最初に。部隊名はどうしましょうか? ゴーストイコンバスターズでいい人、手をあげて!」
 しーん。
 誰も、カノンの言葉を聞いてはいるものの、異様なテンションにひいてしまったのか、口を開けてぽかんとしていて、手をあげる者はいない。
 と、そこに。
「隊長、提案なんだけど。『撫子小隊』という名前はどうかしら?」
 茅野茉莉(ちの・まつり)がいった。
「あっ、いいですね、それ。『なでしこしょうたい』って、大和撫子という感じで、和風で、清楚な感じがしますね。隊員には男性もいるけど、素敵な響きだし、茅野さんの案でいきたいと思うんですが、みんな、いいですか?」
 しーん。
 カノンの言葉に、特に、異議を唱える者はいなかった。
「じゃ、部隊名は、撫子小隊に決定! 校長にも伝えておきますね。アハハハハ!」
 部隊名が気に入ったのか、カノンは一人ウンウンとうなずいて、笑い声をあげている。
「あの、採用してくれて嬉しいんだけど、あたしとしては、『なでこしょうたい』と読んで欲しいんだけど」
 茅野がボソリといったが、カノンには聞こえていない様子だった。
「うーん。まっ、いっか」
 茅野は、周囲の空気も「なでしこしょうたい」でいきたいという感じだったので、それ以上はいわなかった。
 こうして、設楽カノンを隊長として今回センゴク島に派遣される部隊は、撫子小隊(なでしこしょうたい)と呼ばれることになったのである。