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第8章 カノン、出撃する

「撫子小隊、出撃!」
 学院の敷地内の滑走路から次々にイコンが出撃し、センゴク島目指して飛び立っていく。
 まず、隊長である設楽カノンのイコンが。
 次に、隊員たちのイコンがそれぞれ出撃していった。
 今回は、他学のイコンもいったん学院内の格納庫に搬入されたうえで、学院の整備班のチェックを受け、カノン印の大鉈を装備したうえで、出撃していっている。
 大鉈の装備は強制ではなかったが、それでも大多数のイコンが大鉈を携えていった。
「みなさん、がんばってきて下さいね」
 長谷川真琴(はせがわ・まこと)は、自分たちが整備したイコンの出撃を、滑走路の側で見送っていた。
 防水対策も含め、最後の最後まで調整を続けた機体もあり、長谷川としては何とか送り出せてひと安心なのである。
「早朝に出発して、今日の夕方には帰還の予定ね。さて、真琴ちゃん、みんなで食材を買いに行きましょう。帰還した生徒たちの夕食をつくっておいて、機体が帰還次第私たちはまたフルチェック・フルメンテナンスに入るのよ。作戦が今日一日で終わるとは限らないし」
 カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)は、長谷川を促した。
 今回、活性化しているゴーストイコンは、夜になって勢いづく前に殲滅しなければならないとされていた。
 また、数日にわけて攻撃を行えば、その間にゴーストイコンが襲撃への対応を考え始める可能性があるため、1日で殲滅が原則なのだ。
 まさに一撃必殺、後戻りがきかない電撃作戦だった。
 何機が戻ってきて、何機が戻らないのか、などとは、誰も考えていなかった。
 見送ったのと同数の機体が帰還することを前提に整備の計画をたてている。
 時間的な制約から、完全な整備を行えた機体はほとんどなかったが、それでも、無茶をしなければ、十分闘えて、問題なく帰還できるはずなのだ。
「あっ、でも、帰還したときの整備の計画もたてておかなければいけないですし」
 長谷川は買い出しに行くのを躊躇したが、整備もチームで行われており、女性メンバー全員で出かけるのを拒否するわけにはいかなかった。
「後は、コリマ校長と協議した人たちが、カノンさんの暴走をいかに抑えてくれるかですね。私が提案した海中への長距離射撃も、カノンさんは知らないことだし、実際の現場でどういう展開になるかは、予断を許さない状況なのは事実ですね」
 長谷川は、出撃した機体の健闘を願ってやまなかった。
「それにしても、聞いた? 昨日のお風呂会の後で決まったことらしいけど、女性隊員たちは統一デザインの勝負下着を履いていったんですってよ。学院に忍び込んできたパラ実生の提案らしいけど、透け透けの下着を履いて士気上昇なんて、ずいぶん悪趣味な話よね。よく、カノンが許可したわね」
 クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)が、呆れたような口調でいった。
「いいじゃない。透け透けの下着、風通しがよくてやる気が出ると思うよ。どうだい、整備チームの女性陣も履いてみたら? 『整備の女神』ちゃんにも似合うと思うけど」
 佐野誠一(さの・せいいち)が、ニヤニヤ笑いながらいった。
「わ、私は、そういうのは、ちょっと」
 長谷川は、顔を真っ赤にした。
「ちょっと! 佐野のいうことに真面目に答えなくていいよ」
 クリスチーナが、佐野を白い目で睨んで、いった。

「それじゃ、お願いね。島に先行しているレンさんに、校長との話でわかったことを伝えてね」
 水心子緋雨(すいしんし・ひさめ)は、小型飛空艇アルバトロスに乗り込む天津麻羅(あまつ・まら)火軻具土命(ひのかぐつちの・みこと)にそう頼んで、道中の安全を祈った。
「おお、任せんかい。活性化の原因についてだいぶ具体的なことがみえてきたようじゃからの。ナラカ化の危険についても伝えておいた方がいいじゃろうな」
 天津は請け合った。
「それじゃ、うちらも出発しよか」
 命が、眠そうな目をこすりながらいった。
 できれば早朝にイコンが出発する前に行きたかったが、うまく起きられなかったのである。
「命、大丈夫かいの。そんな寝ぼけまなこで、アルバトロスの運転なぞできるのか?」
 天津が、不安そうな口調でいった。
「大丈夫や。うちがやるんやないさかい」
 命は、運転席についてるパラミタペンギンを指していった。
「ペンギンが運転するの?」
 水心子が驚いていった。
「ちゃうちゃう。うちのフラワシがとりついてんのや。ついたら起こしてくれることになってるさかい。ほな、行こか」
 命は、あくびをかみ殺しながら乗り込んでいく。
「本当にあれに生命を預けていいのかのう? 島にはゴーストイコンもいるし、危険を避けて着陸して欲しいのだがのう」
 天津は、不安そうな顔で続いた。
 天津たちの出発のことを、カノンの部隊は知らない。
 戦闘に巻き込まれないよう、センゴク島に着いたら、イコン部隊が到着したのとは反対側に上陸する必要があった。
 だが、命はフラワシを信用していたし、水心子も大丈夫だろうとたかをくくっていた。
 とにかく、一刻も早く、島で第一部隊の遺体の回収を始めている人たちに知らせておきたいことがあるのだ。
 アルバトロスの出発を、水心子は緊張した面持ちで見送っていた。

「レイズ。はじめての部隊戦ですし、がんばっていきましょうね」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が、搭乗しているワイバーンに話しかけた。
 ロザリンドは、カノンのイコン部隊とともに出撃したが、イコンではなくワイバーンに1人で搭乗していたのである。
 無論、海中戦は無理だから、カノンたちが海中のボスと闘うまで護衛を務めるつもりでいた。
 ロザリンドのワイバーン【レイズ】のほか、神裂刹那(かんざき・せつな)ノエル・ノワール(のえる・のわーる)の搭乗するアルマイン・ブレイバー【ファントム】と、祠堂朱音(しどう・あかね)シルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)の搭乗するイーグリット【フォーチュン】とが、カノン搭乗のイーグリットを取り囲むように移動している。
「カノンさん、センゴク島がみえてきました」
 神裂の通信がカノンに入る。
「了解。予定どおりですね。島の状況を詳しく解析して下さい」
 カノンが指示を出す。
「了解!」
 各機がそれぞれの視点から島に存在するゴーストイコンの位置等を把握のうえ、解析を始めていく。
「あっ、これは、すごいことになってるよ!」
 祠堂が驚愕の声をあげた。
 ゴーストイコンの数が、事前の予測よりも増えているのだ。
 だいたい20〜30機と予測していたのが、いま確認すると、少なく見積もっても80機ほどが確認された。
 活性化によりゴーストイコンの増殖が、急ピッチで進んでいるのだ。
 一つの島におさまりきれる数ではなく、すぐに海上に出て、海京に押し寄せてもおかしくない数だった。
「動き方も、何だか、ボクたちが知ってるゴーストイコンとは違うなー」
 祠堂は首をかしげた。
 ゴーストイコンたちは、全部が島内にバラバラに存在するのではなく、いくつかの集団を形成しているようだった。
 その集団は、だいたい6つぐらい存在するように思えた。
「なるほど。活性化の程度が思った以上ですね。みなさん、各自把握しているように、ゴーストイコンたちはグループを形成して、それぞれのリーダー格のゴーストイコンに統率されて動いているようです」
 カノンが各機に通信を送る。
「統率されて? どういうことですか?」
 ロザリンドが尋ねた。
「活性化が進み、何体化のゴーストイコンに知性が宿ったのだと思われます。もしかしたら、それらのリーダーは、中ボスクラスだと思いますが、言葉を話せるようになっている可能性もありますね」
 カノンの言葉は、隊員たちに衝撃を与えた。
「知性が宿ったって、本当? マイナスエネルギーが増大すると、そこまでゴーストイコンは進化するの? かなり予想外の事態じゃないの? どうしよー」
 祠堂は彼女なりに戸惑っているような声をあげた。
「朱音。落ち着いて下さい。私たちは脅威を取り除くためにきたのですから。私たちの行動いかんで、海京の、いや、もしかしたら世界全体の脅威への対応が決まるのです」
 シルフィーナが、パートナーをなだめた。
「それにしても、カノンさんは、すごいですね。それだけのデータで、何体かの知性化傾向を見破るなんて」
 ロザリンドが感心していった。
「いえ、たいしたことではありませんよ。でも、知性化しているのは、間違いないです。かなり高度に知性化していると思います。なぜわかるかというと」
 カノンは、言葉を切って、何かに耳をすませている様子だった。
「私は、さっきから、島のゴーストイコンたちの思考を精神感応で拾っているからです! 一部は超能力さえ使えるようです。みなさん、気をつけて! ゴーストイコンたちは私たちに気づいて、いくつかのグループが迎撃態勢に入っています! じきに攻撃がきますよ! さあ、死神とダンスする覚悟はできましたか?
 カノンの言葉に、隊員たちに緊張がはしる。
 その時点で、まだレーダーには攻撃が捉えられていなかったが、じきに、カノンの言葉が現実となった。

「島内のゴーストイコンが発射したミサイルを確認しました。かなりの数です!」
 神裂が、緊迫した声をあげる。
 このとき、一部の隊員が考えていたことがあった。
 ゴーストイコンの数は予想を越えるものであり、知性化傾向もまた、予想外の事態である。
 ここは、いったん退却して、形勢をたて直すべきではないか?
 だが、カノンの判断にはためらいがなかった。
「各機、ミサイルを迎撃しつつ、敵を圧倒するスピードで島への上陸を強行して下さい。上陸後は、周囲のゴーストイコンを手当たり次第倒して、数を減らし、まず足場を確保しましょう」
(え、やっぱりいくんですか?)
 一部の隊員がぼやきそうになったとき。
「了解しました!」
「了解! 隊長の指示に従い、上陸を強行します!」
 次々に、部隊の隊員たちが了解の意を伝える。
 ゴーストイコンの活性化が予想以上であったなら、いったん退却したところで、さらにまた勢力が増大し、歯止めがきかなくなるのがオチである。
 ここは何が何でも、今回の作戦で殲滅を強行し、将来の不安の芽を払拭する必要があるのだ。
 殲滅を「試みる」ではなく、殲滅を「する」という覚悟が必要なのである。
 ここで退却するなどとは、コリマ校長でさえ許可しないことだった。
「拙速で構いませんので、できる限り急いでお願いします。この作戦で相手に勝つポイントはスピードです! 相手の意表を突くスピードで懐に潜り込み、考える間も与えずスピードで殲滅するのです! スピードこそが鍵です! よく覚えておいて下さい!」
 カノンは、スピードという言葉を何度も繰り返した。
 そして、自身が手本を示すといわんばかりに、ものすごい勢いで機体を島に接近させていく。
 まるで、ミサイルなど目に入っていないかのようである。
 ロザリンドの【レイズ】も、神裂の【ファントム】も、祠堂の【フォーチュン】も、慌ててカノンを追っていった。
 実は、カノンがいうように、この状況ではスピードこそが肝心であり、じっくり踏みとどまっていたら知性化傾向を示す敵に入念に迎え撃たれてしまうのである。
 そして、コリマがカノンを隊長として出撃を許可した背景には、カノンの誇るこのスピードこそが事態の打開に必要であると見抜いたからだった。
 だが、続くカノンの言葉が妥当かどうかは、判断に迷うところだった。
「みなさん、大鉈を取り出しておいて下さい! ゴーストイコンさんの首をどんどん狩っていきましょう!」
 この期に及んでもまだ鉈での接近戦にこだわるカノンのスタイルを肯定すべきかどうかは、隊員によって判断が別れることだろう。
 そもそも、鉈で相手機体の首を斬り落とすなどというのは、パイロットの教科書ではおよそ推奨していないことで、一撃で斬り落とすのは非常に困難なうえ、機体にとって首がそんなに大事かと考えると、破壊効率としては非常にまずいやり方であるといえるのである。
 ともかく、後世の歴史家に「カノン大戦」と呼ばれることになる作戦は、いま始まったのである。

「じゃ、迎撃するよ! ミサイル、たくさんきてるもんね!」
 高峯秋(たかみね・しゅう)が戦闘序盤の緊張を払拭せんという勢いで、元気な声を張り上げる。
 高峯とエルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)の搭乗するコームラント【ジャック】は、センゴク島から部隊に向けて放たれた多数のミサイルを迎撃するべく、大型ビームキャノンの発射準備に入っていた。
「機体の位置調整は任せるよ、エル」
「うん! ボク達がカノンさんを守らないとね。がんばろう、アキ君」
 エルノは、パートナーの言葉にうなずく。
「カノンさん、死なせないよ!」
 接近するミサイルの合間を縫って突撃を仕掛けているカノンに攻撃が当たらないよう細心の注意を払いながら、高峯はミサイルの位置を把握のうえ、照準をあわせていく。
「カノンも、みんなも、ここで終わっちゃダメなんだよ! こんなミサイルなんかで、俺達は止められないんだ! 俺達の想いは、ゴーストイコンなんかに、砕かれたりなんかは、断じてしないんだ! わかったか! くらえー!」
 【ジャック】が、ビームキャノンを発射。
 ちゅどどどどーん!
 狙いは誤らず、接近してきたミサイルが迎撃を受けて爆発する。
 ターゲットだったミサイルの周囲のミサイルも次々に誘爆し、センゴク島上空に炎の華を咲かせた。
 この誘爆を計算しながら効率的に迎撃を行って、できる限り早くミサイルの数を減らしていくのが後方支援のポイントだった。
 理論的には簡単かもしれないが、実戦では、一瞬のスピードで判断しなければならない。
 もたもたしてると、味方だけでなく、自機も危険にさらされるのだ。
「えーと、発射の影響で機体の位置若干後退、微調整開始、次弾、続いてどうぞ! 是非どうぞ!」
 エルノも、機体の位置調整の計算に大わらわになっていた。
 矢継ぎ早の間隔でビームキャノンを撃つためには、位置調整を高速で行う必要がある。
「カノン、俺達が全力でサポートするから、速く! 速く! 光よりも速く!」
 叫びながら、高峯はビームキャノンを1発、2発、確実に撃ち込んでいく。
 1度迎撃に成功して間隔をつかめば、後はエルノとの阿吽の呼吸で、比較的リズミカルに進んでいく作業だった。
 それでも、ミスは許されないから、極度の緊張がたちこめている。
 だが、高峯は、その緊張に負けなかった。
「さあ、とっておきの1発だ! 朽ちたイコンをあの世へ送る弔いの火が、この暁の空を紅に染めあげるよ!
 ちゅどどどどどーん!
 高峯の放った一撃が、敵の放ったミサイル群の中心にクリティカルヒットして、ひときわ大きな爆発を巻き起こした。
「何だ、この程度の弾幕か! まだまだ足りないよ!」
 高峯は吠えた。
 カノンは、既に上陸したようだ。

「はい、隊長機、島に上陸を果たしました!」
 カノンのイーグリットが、稲妻のような勢いの降下の果てに、センゴク島の地面に着陸し、着陸と同時に身をひねらせていた。
 というのも、着陸と同時に、周囲にたむろしていたゴーストイコンが襲いかかってきたからである。
「勝負は一瞬! 一撃で息の根を止めます!」
 カノンの目が鋭い光を放つと同時に、イーグリットは巨大な鉈を振りかざして、跳躍と同時に、襲いかかるゴーストイコンの首根に電光石火の斬撃を食い込ませていた。
 鈍い音が響き、斬り落とされたゴーストイコンの首が地面を転がる。
 カノンはそのまま機体を低空飛行させて、倒れた敵の向こうに控えていた敵に突っ込ませた。
 神の速度で鉈の刃が閃き、控えていた敵がやっと動こうとしたときには、もう首がこぼれ落ちている。
 背後から忍び寄る敵機にも、カノンの機体は振りかえりざま、鉈を食いませていた。
 探知機などはみておらず、カノンの直感的操作だけで動いているのである。
 活性化して勢いを増しているはずのゴーストイコンたちも、さすがに攻撃の手が止まって、様子をうかがうようなかたちになる。
 今日、最初に上陸してきたイコンがあまりにも凶暴な攻め方をするので、ひいてしまったようである。
「おりゃあああああああ! なに、止まってんですか! やる気あるんですか?」
 カノンは吠えながら、斬撃の動きを繰り返させる。
 そして、脳裏では、周囲のゴーストイコンの思考を精神感応により拾っている。
「八将軍? なるほど。わかりました。各機に告ぐ! ゴーストイコンたちの部隊は合計で8機の中ボスクラスに率いられている模様です! 一般のゴーストイコンを蹴散らしながら、できる限り速やかに中ボスクラスを撃墜して下さい! その中ボスクラスは、彼らの間で、『八将軍』と呼ばれています! ゴーストイコン八将軍です! 首を取った人はカノン隊長がほめてさしあげますよ!」
 カノンは通信を切って、反応を待つ。
 ただちに。
「了解! 八将軍を優先的に撃墜します!」
「了解しました! 上陸後、それぞれのグループの中核に切り込みます!」
 いまだ上陸していない隊員たちの機体から、次々に応答が入ってくる。
「緒戦はいい感じですね。ここからいかに気を緩ませずにいくかです!」
 カノンは、いつしか、笑いながら闘っている自分に気づいた。
「アハハハハハハ! 楽しい、楽しいですよ! アハハハハハハハ!」
 ゴーストイコンたちは、カノンの機体の猛攻を前に、戦意を喪失しているようにも思えた。