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第七章 アヴェマリアはかく祈りて
「ほら、寒いから雪が降って来たじゃないか。お兄さんはそろそろ、帰っておこたでゆるりとしたい訳ですよ」
 数刻前の自分のセリフを緋山 政敏(ひやま・まさとし)は思い出していた。
 そう……あの時にお家に帰っていたら今、こんな風に凍える事もなかったんだろうな、とちょびっとだけ思う。
「でもね、それは無理なんだって悟ってます。だって、両サイドがっちり固定されている訳で」
「先ずは原因を突き止めましょう。行きますよ! 政敏!」
 だけどそれはカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)、しっかり者のパートナー達が許してくれなかった。
 菜織に連絡したり火術で道を開いたり、まったくもって働き者のパートナー達である。
 少し前の政敏なら、事この場に及んでもサボる機会を窺っていたかもしれない、けれども。
「……ま、少しは俺も変わったし」
 言って、今の政敏は機械をじっと見据えるのだった。
「精霊もだが、あの機械……あいつも泣いてるみたいだな」
「本来クリスマスに雪を降らせて皆を喜ばせたいっていう目的で機械が作られたのよね」
「そうじゃな。そこの技術屋もホワイトクリスマスをプレゼントしたい、好意が根本にあったのじゃし」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)もまた機械に思いを馳せ、そっと目を伏せた。
「それじゃ機械を壊して災害を止めただけじゃ、ルルナちゃんの代わりに責任を取った事にならないよね」
「出来る事ならルルナに嫌な思い出を残させてやりたくはないのじゃが」
 出来れば壊したくない、そう思うけれど。
「そうかもしれません……ですが、いまは精霊を解放してあげなければ。それにルルナとて限界です……精霊の勢いが抑えられている今がチャンスなんです」
「一部のラインから負の感情が流れ込んで『逆流』を起こしているのね。機械とルルナさんが繋がって、その『痛み』が精霊に繋がっている」
 藤枝 輝樹(ふじえだ・てるき)の言葉は正しい……読み取ったリーンは痛ましげに唇を噛みしめた。
 ルルナと精霊の限界は近い。
 機械を止めなければおそらく、危険だろう。
 輝樹は一度目を伏せてから、クロードを振り返った。
「どうやったら停止するのですか?」
「正常起動しなかった為、確実とはいえませんが、動作部位を破壊すれば停止するはずです」
「問題は時間ですか」
「そこは俺に任せな。小雪の痛み、俺が受け止めてやるよ」
 輝樹に告げ、政敏は歯を食いしばるルルナを夜魅をそして、小雪と命名した機械を順繰りに見つめた。
「このままじゃあいつ、誰にも愛されないまま、誰の役にも立たないまま、だもんな」
「そうね。機械は人の幸せを選択を広げる為にあるのだから」
 リーンは悲しげに言うと、手を握りしめた。

「まったく、人騒がせというかトンデモないことになっているな」
 件の機械装置を眺めたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と肩を並べた。
「いっそあっ晴れだが……そろそろ、このバカ騒ぎも終わらせてもらうぞ!」
 次の瞬間、コートの裾を翻しセレンフィリティは跳躍した。
「レッツ・ストレス発散タイムと行きますか。それこそ、粉々にな」
 ニッとやはり物騒な笑顔を刻んだのは、比賀一であった。
「ヒゲー、俺が機械に突っ込むから、後ろからファイアストームやら禁猟区やら援護よろしくー」
 そして、返事も聞かずに駆けだす一に、ハーヴェインは苦笑をもらしつつフォローするべく意識を集中させた。
「視界は悪いが、他の者達とタイミングを合わせていかねばな」
 たっ、と雪を蹴った辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の背を見つめ、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)は口を開いた。
 流れる旋律。
「ボクには戦う術はないけれど……」
 アルミナは雪に負けまいと歌声を張り上げた。
 脳裏に浮かぶ、孤児院の子供達。
 それは否応なく昔の自分を……刹那と出会う前に自分を思い出させた。
 だからこそ、込み上げてくる思い。
(「ボクはルルナや『ホーム』の子供達を護りたい、護ってやりたいんだ!」)
 その気持ちを勇気に変えて。
 アルミナは刹那達へと思いを乗せた。
「虹七ちゃん! 剣を!」
「お姉ちゃん、頑張ってなの!」
 そんな仲間達を見やり、アリアは虹七から光条兵器を受け取り、意識を集中させた。
 −斬るのは風だけ、雪の精霊さん達を傷つけない様に−
「剣の光よ! 道を拓いて!」
 願いと決意を込めた【女王の剣】は雪を吹き飛ばし、道を拓いた。
 仲間達の為の、機械装置へと続く道を!
「行ってみようぜ。なあ、『小雪』」
 そして、機械とラインを繋いだ政敏が、吼える。
 全身に駆け廻る痛みを無理やり押し留め、口の端を釣り上げる。
「テメェには、血が通ってんだ。作った奴らの願いと想いって血がな。だから、根性見せろ!」
 瞬間、風が凪いだ。
 確かに、吹雪が止まった。
「起動部分だけを破壊出来ればいいんだけど……壊し過ぎたらゴメン」
 突っ込みながらセレンフィリティは、アサルトカービンの弾を一点に集中させた。
 同時にセレアナの振るう槍が、機械へと突き刺さる。
 響く歌は高らかに。
 銃声が剣戟がケンリュウガーの攻撃が機械へと吸い込まれ。
「これで、フィニッシュ!」
 そのセレンフィリティの一撃で、既に残骸と化した機械は文字通り、木端微塵になった。
「セレン、やりすぎじゃないの……?」
「……あ」
 セレアナの冷静な突っ込みに、小さくもらしてから誤魔化すように胸を張った。
「うん、まぁ『壊し屋セレン』としては、これぐらいは派手にやらないと☆」
 その眼前で、砕け散った機械から細い煙が伸び。
 パタリと消え去った吹雪の代わりに、チラリホラリと細かな雪が優しく舞い降りていた。
「精霊達も多分喜んでいるようだし、オッケー……くしゅっ☆」
 と、セレンフィリティは気付いた、自分の格好に。
 今まで暴れ回ってたので気付いていなかったが、この季節にコートにメタリックブルーのビキニ……というまったくもってあり得ない格好してました!
 なのでとりあえず暖をとる事にした。
「……セレン、重いわ」
 驚いたのは、いきなり抱きつかれたセレアナだったが。
 ひっぺがされまいと子供のようにイヤイヤするセレンフィリティに、不意にその口元に淡い笑みが浮かんだ。
「キレイ……でも少しだけ、切ない光景だよね」
 積もる事無く消え逝く雪は、ルミナスホープとの別れの時と重なり、アリアは暫し佇んだ。
 そうしてから、光条兵器の剣を天に掲げ、友に言葉を捧げた。
「貴方にも……メリークリスマス」
「メリークリスマスなの!」
 重なる声が言祝ぎが、静けさを取り戻した森に響き渡った。
「そういえばクリスマスだったんだっけ……何とも風情がないけどね」
 その声を耳にしたセレンフィリティは思わず、苦笑していた。
 何せ雪の中、ビキニ姿で機械を破壊、である。
 それでも。
 こうして二人でいられる時間が少しでも長く続く事を、互いに願い。
 二人はどちらからともなく口付けを交わしていた。
 精霊達の喜びと感謝、舞い降りる雪は不思議と冷たく感じられなかった。