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第五章 荒野の果てに
「ルルナちゃぁぁぁぁぁん!」
 火村 加夜(ひむら・かや)は宮廷用飛行翼を駆りながら、ルルナを探していた。
 目的地へ近付けば近付くほど激しさを増す雪。
 猛吹雪にともすれば吹き飛ばされそうな身体を堪え、人工翼を必死で制御する。
「さすがに森の中じゃイコンは使えないしね」
「無駄口叩いてる暇があったら……ッ!」
 やはり吹雪に苦戦しつつレビテートを操る、オルフェと六花。
 身体に叩きつける雪は容赦なく。
 それでも二人とも、退こうとはしなかった。
「ルルナ! ルルナ!!」
 カワイイサンタさん……サンタ服に身を包んだルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、飛行魔法で低空飛行しながら風に抗っていた。
「こういう岩陰で雪を凌いでくれていたら良いのですが……」
 そのルカルカの婚約者たる鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は、空の死角になりそうな場所を重点的に探しながら、不安を強めていた。
 熟練の傭兵として腕に覚えのある真一郎でさえ、ともすれば足を取られそうになる雪である。
 もし小さな子供がこの雪に足を取られ転倒でもしたら……危険だった。
 だが。
「暗くても見える眼、寒さに勝つ装備と体力、仲間もいる。絶対に助ける!」
 そう言い切ったルカルカの強い眼差しが、鮮やかに蘇る。
「俺も、ルカルカを……そして、仲間を信じます」
 バースタダッシュで半ば無理やりに移動しながら、真一郎は微かな息吹を捉えるべく意識を集中した。
「蒼い空からやってきて、子供の笑顔を護る者! 仮面ツァンダーソークー1!」
 銀の仮面に赤いマフラーを身につけて、仮面ツァンダーソークー1に変身した風森 巽(かぜもり・たつみ)
「あまり無理するなよ!」
「あぁ、分かってる!」
 【軽身功】で雪の上や木々の上を駆けながら、周囲を窺った。
 この吹雪のせいか、危険な動物の気配は感じられない。
 いや、吹雪がどうのこうのというより、怒り苦しむ精霊達を恐れているのかもしれない。
「生き物の気配がないのは、有難いけどな」
 【超感覚】で強化した視覚・聴覚を研ぎ澄ませ、仮面ツァンダーソークー1はひたすら生命の息吹を探し求めた。
「ペンギンちゃん達、お願いね」
 三匹のパラミタペンギンに手伝ってもらい、捜索する美羽。
「随分と騒がしい夜ですね」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は「やれやれ」と溜め息をついた。
 雪に視界を塞がれ、森を彷徨う。
 幸い、ネクロマンサーにしてアンデッドなエッツェルは寒さに凍える事もないのだが。
 聖夜である事に感慨も恐れもない。
 ただそう……視界の悪さだけが困りものだった。
 それともう一つ。
「怒り、不満、哀しみ、渦巻く負のエネルギーと、引きずられる精霊の悲痛な叫び……全く、騒がしいものです」
 サクリ、雪を踏みしだいたつま先がふと、何かに当たった。
「死体……ではないようですね、まだ」
 それが小さな小さな少女のものだと悟ったエッツェルは、雪に膝をついた。
「さて、どうするべきでしょうか」
 呟いた時、風を縫って声が聞こえた。
「こっちみたいだな」
「あぁ、間違いない」
 瀬島壮太は仮面ツァンダーソークー1に頷き、微かな反応を頼りにスコップで雪を掘り進めていた。
 そして見つける、赤。
「その子をどうするつもり!?……いえ、敵意はない、のね?」
 空から舞い降りたサンタは鋭くエッツェルを見てから、確認した。
 身体半分異形と化していても、生命力を感じさせなくても、見返してくる眼差しは理性的で敵意は感じられなかった。
「お迎えがきたようですよ」
 エッツェルの呼びかけに応えるように、白く凍りついたまつ毛がふるりと震えた。

「ルルナさんを発見しました!」
「皆、気付いて!」
 直ぐ後、ザカコの打ち上げた火術が、ルカルカのキャノン連射が、ルルナ探索についた者達へとその無事を知らせ。
「中で火も焚ける、暖をとるには都合もよかろう」
 そのままルルナが運ばれたのは、顕仁とフランツが作ったイグル―(エスキモーの氷の家だ)だった。
 そこを起点に美央のかまくら等も寄せて、吹雪を避ける。
「脇の下や手足の末端から温めてくれ」
 イグルーの中では仮面ツァンダーソークー1の指示が慌ただしく飛んでいた。
「凍傷までは、なってないみたいですね」
 光術で作りだした光の下、加夜はルルナの身体を調べつつヒールで治療した。
 火術で周囲に暖があたるようにと、ガードラインでルルナさんを守る真言のおかげで温かさは保たれている。
 命のうねりでもって回復させるのは、レミ。
「ルルナ、寝たらアカンで?」
 その間、優夏は必死な面持ちでルルナに話掛けていた。
「話を聞いて、ちょっと気になって探しにきたんや、お前俺によー似とるな。俺もクリスマスは嫌いやね。ロクな思いであらへん、親父は仕事で殆どおらんし、つまらん事ばっかしや」
 たわいもない話だ。
 だが、ここでルルナに意識を失わせたらマズい、それ故に懸命に口を動かし続ける。
「しっとるか、クリスマスには嫉妬団っちゅーヘンなマスク被って幸せな連中ぶち壊すヤツラおるんやて。まぁルルナもそこまではいかんかっても、あと数年したら俺みたいにHIKIKOMORIになりそうやね」
「……ひき?、なぁに?」
「優夏はこんな事言ってるけど、ルルナちゃんの事、心配してるのよ」
 薄く目を開けたルルナに安堵しつつ、フィリーネはそっと微笑んだ。
「いろいろあるだろうけど、美味しいもの食べに戻ろうよ?」
「あなたが無事で良かった」
 涙ぐみ抱きしめたコトノハの言葉は、おそらく皆の共通の思いだっただろう。


「よく頑張りましたね」
 オレグは魔法瓶から出したホットミルクを、ルルナに持たせてやってから、頭を優しく撫でた。
「オレグ様も皆様も、温まって下さい」
 翔もまたルルナ捜索の仲間達へとお茶を振舞う。
 ルルナだけでない、皆この寒さの中で身体が冷え切っている。
「寒さは体力をかなり奪いますから、少しでも温まる努力をするべきです」
「ありがとうございます……帰りましょう、みんなが待っていますよ」
 翔に礼を述べ、ルルナに告げるその声もまた、優しかった。
 両手で包み込むようにしたホットミルクと同じく、ルルナの心をもじんわりと温めてくれた。
 それでも、ルルナはオレグに素直に頷く事が出来なかった。
「意地を張っている場合ですか! 無事に見つかったから良かったものの、何かあったらどうするつもりだったんですか!?」
「アグリ……?」
 アグリの怒声に、鴉は眉根を寄せ、ルルナはカップを握る手に力を込めた。
 情けなさと後悔とどうにもならない無力感を抱え、涙を零さない為に少女は強がりを口にした。
「でも、もし何かあったとしても……誰も哀しまないもの……」
 それはしかし、途中で遮られた。
バカっ! ルルナは全然分かってない! ルルナが死んだら皆、哀しむにきまってるでしょ!?」
「あぁ、はいはい、落ち着いてくれよ。……でもな、ルルナ。俺もアグリに同感だ」
「誰も哀しまないなんて、独りだなんて事、絶対ない、ですから」
 頬に痛み……なのに叩いた筈のアグリこそが痛そうで、ルルナは茫然とその泣きそうに歪む顔を見あげた。
 罵られたり蔑まれたり気味悪がられたりは今までもあった。
 けれど、こんな風に『怒られた』事は初めてだった。
「あのね、ルルナ。あたしもずっと闇の中で一人ぼっちだったんだ。でも、みんながあたしを助けてくれた」
 そして、夜魅が必死で言い募る。
 コトノハや朱里、アリア……皆が助けてくれた。
 一人じゃなかったから、皆がいてくれたからこそ今、夜魅はココにいる。
「ルルナも一人じゃないよ。みんながホームで待ってる!」
「『大人として責任を取る』とは、自分一人で全てを抱え込むことではない。己の未熟と限界を知ること。その上で『自分は決して一人ではない』と知ることだ」
 アインは諭すように、言葉を綴った。
「世界は一人ひとり違う個性を持つ、沢山の他人で出来ている。時に衝突しながらも、互いに繋がり補いあって生きている」
「人と人との関係は、自分の心を映す鏡みたいなものだと思うの。優しくすれば相手も笑ってくれるし、意地悪すれば相手も嫌な顔になる」
 そして、朱里も。
「もちろん実際はそんなに単純じゃない。何度も失敗して、経験を積まなければ分からない」
 それを今のルルナは理解できないかもしれない。
 けれど、憶えていて欲しい、いつか思い出して欲しい、と。
「嫌われることへの恐れも、恥ずかしさもあると思う。……でも、本当の気持ちは、言葉にしなければきちんと伝わらない」
「過ちを認め頭を下げること、差し伸べられた手を握り返すことは、決して恥ではない。まして死んで償うなどと、そんな悲しいことを考えてはいけない」
 朱里とアインは願いつつ、声に力を込めた。
「必ず生きて、笑顔で帰ろう。君の隣にいる人の為に、君を待ってる人の為に」
「だから一緒に、本当の気持ちを伝えに行こう。心を込めて謝れば、きっとわかってくれるよ」
「ルルナの気持ちは、分からないよ」
 ヴァルはルルナの目をじっと見つめたまま、口を開いた。
 幸福の形はどの家でも似ている。
 それでも、不幸の形は人それぞれに異なる。
 だからこそ。
「君の悲しみの深さまでは分からない。だから、聞かせてほしいんだ。君の言葉で」
 告げて、ヴァルは待った。
 知っているから、子供は自分達が思っているよりずっと聡明だ、と。
「大丈夫。ヒトは一人だけど、独りじゃないんだよ。きみ一人のために、こんなにもたくさんの人が集まってきてくれたのだからね」
 その言葉に初めて気付いたように、ルルナはヴァルをザカコを壮太を見た。
 そうこうしている間にも、次々と集まってくる、者達。
 
「そうですね……ルルナさんは大人になるということが一人でいられることだと思っているようですが、私はそうは思いません」
 視線が合った真言は一つ頷いた。
「大人になればなるほど自分一人で出来る限界を知ります。だから、いろんな方に助けられて、また自分も助けて生きていくんではと思っているんです」
 そして、少しだけイタズラっぽく、微笑んだ。
「それに、今から急いで大人になってしまうのってちょっともったいないですよ。大人になるのはいつだってなれますが、子供には戻れなくなりますからね」
「後ね、ルルナちゃん。ルルナちゃんに教えてあげなきゃいけない事があるの」
 引き継ぎ、もっともらしい顔で続けたのは琳だった。
「大人でも子供でも一緒なんだけどね……ケンカしたら、素直に謝って仲直りすればいいんだよ。そしてそれは、相手がお友達でも、精霊さんでも同じなんだ」
 そう、だから。
「精霊さんに謝って、雪を止めてもらおう! お友達に謝る予行練習だと思ってさ」
 琳は軽やかに言い放った。
「大丈夫! 私も一緒に行くし、ほら、他にもルルナちゃんを心配して来てくれたお兄ちゃんお姉ちゃん達だっているよっ。ルルナちゃんは、独りじゃないんだ」
 ニコニコと声を弾ませる琳につられるように、ルルナは顔を上げた。
「正義の味方かは判らないけど、それでも、君の味方だよ」
 その眼差しを真っすぐ受け止め、子供達のヒーローたる仮面ツァンダーソークー1は告げた。
「今、君が一番したい事をすればいい。自分の心に素直に訊いてごらん? 誰でもない君の言葉で君自身の想いを伝えるんだ」
「あたし……ちゃんとごめんなさい、したい。だから……一緒に、一緒に来て下さい」
 懸命に言葉を繰った後で、小さく頭を下げ。
「分かってる。一人が悲しくて、当たり前のように愛情を注いでもらえる子が羨ましくて抑えられなかったんだろ?」
 牙竜にそっと頭を撫でられ、ルルナの瞳からポロリと涙の雫が零れ落ちた。
「でも、本当はどこかでケンカした子供に喜んでほしかったんだろ?……ホワイトクリスマスって奴をさ」
 小さな頷きを確認し、牙竜は目を細めた。
「ルルナ。君は心優しいな……素直になれないけどな」
 だから、そんなルルナの為に牙竜が……正義のヒーローが魔法の言葉を教えるのだ。
「『ごめんなさい』、この一言だ。言うのに勇気がいるけど、その一言がきっとすべてを変えてくれる。ケンカした子供にも心配してくれた先生にも、そして怒りで暴走してる精霊にも心からの言葉は届く!」
 そして、小さな意地っ張りに信じさせる為に。
「さて、さっさと機械をぶっ壊してクリスマスパーティーに戻ろうぜ。みんな待ってる……行くぞ灯」
「カードインストール、セットアップ!」
 右手のリュウドライバーにセットした、カード。
 灯……魔鎧を装備したその姿が、変わる。
「変身! ケンリュウガー!」
 正義のヒーローへと。
 灯の奏でる歌をバックに、ケンリュウガーは不敵な笑みを浮かべた。
「本当なら止めるべきなのでしょうね」
 案じるルカルカに一つ頷き、真一郎はルルナの幼い顔を見つめた。
 精一杯の強がりだし、無茶なのかもしれない……それでも。
「俺は成長する意思は出来うる限り尊重したいと思うのです」
 だから。
「俺も共に行きます。あなたを守りますから」
 行こう……機械を、止める為に。