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第八章 きよしこの夜
「正直意外だったな、アグリがあんな風に怒るなんて、さ」
 『ホーム』に向かいつつ鴉から「どうして?」と聞かれ、アグリは僅かな逡巡の後で告げた。
「鴉達に出会う前の自分を思い出したんです。だから思ったのです。ルルナを探して、孤児院の皆のもとに連れて行って仲直りさせたい、と」
「成る程な」
 あんなに親身になれたのはアグリがルルナと同じ孤独を感じていたから。
 そして今は孤独ではないから。
 自分達と出会ったからなのだと。
 それが嬉しくて気恥かしくて、鴉は誤魔化すように両の人差し指を目に当てて。
「うん、こう目を釣り上げてるアグリってのも新鮮で結構イイ感じだったぜ?」
「……ん、もう! 何ですか、それは」
 怒っていいのか喜んでいいのか、判断に困ったアグリは頬を赤くしたまま、抗議を込めてぽむっと鴉の胸に軽パンチをお見舞いした。
 その温もりと存在に、一人ではない事をもう一度かみ締めながら。

「嬢ちゃんはクリスマスが嫌いかい?」
 一方、『ホーム』に近づくほどに口数の少なくなるルルナに、洋兵は優しく問うた。
「……そうだな、おじさんも嫌いだ。所詮は昔の偉人の誕生日なだけだろ! 浮かれてやがって! と妬んだもんだ。」
 驚いた顔を浮かべたルルナを抱き寄せると、洋兵は言い聞かせるように囁いた。
「……でもよ、嬢ちゃん? 君にはまだ一緒に祝える人達がいるんじゃないか?……おじさんみたいに祝える相手が居なくなった後に……後悔しても遅いんだぜ?」
 洋兵の微かに細められた瞳は、深い深い色を湛えていた。
 戦争孤児として生き、暗殺者や傭兵と色々な事に手を染め生きてきたあの頃、やはりルルナと同じ気持ちを抱えていた。
 しかし、愛してくれた女性やその家族、そして親切にしてくれた上司一家と出会い。
 洋兵はそれらの人のおかげでクリスマスの温かさを知り……そして、それら全てを失ったのだ、クリスマスに。
 そんな事がルルナに分かる筈はなく、また分かる必要はなく。
 ただ、洋兵の声に何かを感じたように、感じ取ろうとするように、じっと耳を澄ませ。
「だから、意地張る必要はないんだよ。君はまだ子供なんだ、甘えていいんだよ」
「家族なんて、これから作ったら良いんだぞー! ヨメ作ると良いぞヨメ! ヨメは良いぞ!」
 だが、力いっぱい主張するテディに、ビクリと目を瞬かせた。
「よ、ヨメ……?」
「おう、コレの事……ま、陽は俺のヨメだけどな☆」
「いやだからテディ、そういう冗談言うとルルナさんが真に受けるから」
 困り顔を見かわす陽とルルナを、テディはニカッとした笑顔でギュウギュウ抱きしめた。
 大昔に一度死んだテディにはもう誰も家族がいない。
 それでも、家族はまた作る事が出来るのだと。
「居場所なんてものもな、自分でココって決めればいいんだよ」
 さしずめ陽の居場所はココって事で、本気か冗談かもう一度ぎゅぅっとされて陽は困り果てた。
 それでも決して不快なだけではないのは……契約したパートナーだから、だろうか?
「嫁はともかく、言いたい事は分かるな」
 ルルナを救出した壮太は、小首を傾げたルルナに視線を合わせ、告げた。
「ルルナは家族がいなくて寂しくてホームを飛び出したみてえだけど、家族がいないならこれから作ればいいじゃねえか」
「……え?」
「家ってのは、家族が集まって暮らすための場所なんだぜ。そのための『ホーム』って名前なんだろ、きっと」
「そうだな……ホームの奴等も、おまえの大切な家族だろ」
 ヘルの声は素っ気なく、けれど温かかった。
「俺も昔は孤児だったからな、お前の気持ちもちょっと分かるぜ」
 それは多分、ヘルもまた同じ気持ちを知っているから。
「周りの奴等の笑顔を見ているのが辛くなって飛び出して、1人で生きていこうと盗みを働いた事もあったな」
「全く……ルルナさんは盗みなんてしていませんし、ヘルと一緒にしたら失礼ですよ」
 目を見開いたルルナを安心させるように、ザカコがヘルを小突いた。
「分かってるって、だから今はちゃんと……まぁ何だ、真っ当にやってるだろ」
 孤児院に寄付をしたり義賊として活動したり、な現在のヘルである。
「でもそうなんだよな、結局、あの頃の俺自身に踏み込む勇気がなかっただけなんだよな」
「……勇気?」
「ええ、自分もそう思います。先ずは勇気を持って一歩を踏み出す事が大事だと。大丈夫、素直になって自分の思いを伝えればいいと思いますよ」
 おいしいトコ持っていきやがって、というヘルの笑みを含んだ抗議に笑みを深めつつ、ザカコは続けた。
「一緒にクリスマスに笑顔で過ごせる相手がいるって、とても素敵な事ですから」
「ルルナちゃん、大人なら仲直りできるよね。その後は子供に戻って楽しもう! クリスマスは楽しんだもん勝ちなんですよ。」
 そう言って加夜が懐から取り出したのは、白いレースのリボンだった。
 雪の結晶を模したリボンで、加夜はルルナの髪をそっと結ぶと、笑顔で優しく語りかけた。
「笑顔になれるおまじないです。可愛いですね。似合ってますよ」
「先生には一緒に謝ってあげます。ですから帰りましょう、一緒に」
 そうして、緊張のほぐれたルルナの表情を見たリュースが、最後の一押しをした。
 励ましといたわりが込められた優しい抱擁と言葉たち。
 ルルナは皆の顔を見回してから、自分の意思を込めて首を縦に動かした。
「ちゃんと反省が出来る良い子に、これはクリスマスプレゼントだ」
 そんなルルナに、弥十郎は仮面の奥で優しく目を細めて、ブッシュドノエルを手渡した。
 プレゼント用のケーキは彼女に贈る筈のものだった。
 だが、彼女はきっと許してくれるだろう、そして笑ってくれるはずだから。
「一人で食べるより、みんなで食べる方がおいしいよね。メリークリスマス」
 弥十郎は優しく告げてから、ヒラヒラと手を振った。
 彼女の元へと、向かう為に。


 『ホーム』はシン、と静まりかえっていた。
「……あ」
 茫然と立ちすくむルルナの前で、だが、ドアが開いた。
「メリークリスマス!」
 ユアの企画したサプライズ演出だった。
 顔をぴょこりと出したユアや子供達に、ルルナの顔が安堵で歪む。
「ほらほら、パーティを始めようよ!」
「まっ、待って……!?」
 けれど、ルルナは頭を振った。
 ちゃんと口にしなければいけない事が、ある。
 なのに子供達を前に、上手い言葉は出てこなくて。
 ひんなルルナに、子供達もまた困惑したように立ちすくみ。
 微妙な雰囲気を切り裂くように、刀真が動いた。
 スラリと抜いた獲物に手に、ルルナに凄む。
「お前がこの吹雪の原因か……面倒な事しやがって、焼き殺してやるよ!」
 凍りつく子供達。
「ルルナを苛めるな!」
 と、どこからか飛んできた雪玉が刀真に当たった。
「……やめろッ!」
 それで呪縛が解けたように、一人の少年が飛び出してきた。
 ルルナにぶたれた子、だった。
 【煉獄斬】に怯えながら泣きそうになりながら、それでもルルナを庇おうとし。
「ルルナちゃんをいじめるな!」
「ばかばかばかぁ〜!?」
 続いて獣人の少年が、背中に羽をつけた女の子が、刀真の腰辺りにすがりついたりポカポカ殴りかかってきたり。
 その他の子供達もルルナの周りにかけよったり睨みつけたり、していて。
 刀真はさせるままにし、ルルナに視線を向けた。
「大人になれば嫌でも独りになる時があります、そんな時に助けてくれるのが今君の為に戦ってくれている友達です」
 その眼差しはやはり、温かかった。
「大人になった時当たり前のように助け合う事のできる友達を作る……それがちょっと捻くれた子供の『大人の嗜み』ですよ」
「よかったねルルナ。心配してくれる友達や、吹雪の中で探してくれる先生がいて。だから……ほら、みんなに言うことあるでしょ」
 美羽に促され、ルルナは皆を……照れたように嬉しそうに自分を見つめる『家族』を見回した。
 溢れそうな何かを必死で止め、ルルナは懸命に言葉を紡いだ。
「心配、させて……ごめん、なさい。それから……ありがっ、とう」
 言った途端、とうとう涙があふれ出た。
「それでこそ素敵なレディよ」
 コトノハは言って、ルルナの髪をそっと優しく撫でた。
 そして、思わずにはいられなかった。
(「そういえばルルナの両親はどうしたのかしら? もし、生きているのなら会わせたいけど……」)
 愛する我が子と共にいられないのは、とてもとても辛い事なのだから。
「せっかくのクリスマス。下を向いてちゃダメよ? 笑顔じゃなきゃ」
 セルファに頷き、真人はルルナの頬をそっと拭った。
「……」
 エッツェルはその光景を見届け、踵を返した。
 その口元に微笑みを刻み。
 赤い髪を翻したアンデッドは、昏い夜にとけるように立ち去るのだった。
「良かった」
 くすぐったそうに『ホーム』に入る……帰るルルナ。
 捜索した者達が続く中、ルカルカは真一郎を呼び止めた。
「真一郎さん、これ……」
 そして、ルカルカは真一郎へクリスマスプレゼント……コートを手渡した。
「サンタさんチューするかな?」
「するよ、する」
「ちゅ〜ってなぁに?」
「ほほほほ、子供がマセた事、言ってるんじゃないわよ?」
 良い雰囲気を台無しにするような子供達を小突きながら、ルカルカサンタさんは『ホーム』に向かい。
 プレゼントを大事そうに持つ真一郎を、照れた笑顔で手招いたのだった。


「ほらね、上手くいったでしょ?」
 誰もいなくなったのを確認し、月夜は白花に笑んだ。
 きっかけ……雪玉を刀真に投げたのは月夜だった。
 刀真も月夜も、信じていたのだ子供達を。
「すごいですね、月夜さんは」
 分かり合ってるんですね、微かに表情を曇らせた白花に、月夜は「私は先に帰るから」と笑んだ。
「刀真はあの時のようにお願いをちゃんと聞いてくれるから……マフラーを巻きながらキスするといいよ?」
「月夜は?」
「あっあの、何か用があるとか……すみません、嘘です。気を使って下さったんです」
「気を?」
「はい、あの……私、刀真さんに用事、がありまして……」
 寒さのせいだろうか?、頬を真っ赤にした白花を見つめ、刀真は続きの言葉を待った。
(「契約したあの時から刀真さんは私の願いを叶えてくれます……あの言葉通りに」)
 そんな刀真に白花は一度深呼吸してから、手にしたモノを差し出した。
「刀真さん、このまま帰るのは体も冷えてますし風邪を引いてしまいます、これプレゼントです」
「……?、あぁ、ありがとう」
「巻いてあげますから動かないで下さい……あと見られると恥ずかしいので、目を閉じてもらえますか?」
 小さく首を傾げながら、言われた通りに目を閉じる刀真。
「契約する時に貴方は私の剣(ちらか)になってくれると言ってくれました、ですから私は貴方の盾(ちから)になります」
 囁きは、けれど誓い。
 思いを確かめ、これからを確かめる為に。
 白花は爪先立ちでその首にマフラーを巻きながら、刀真の唇にそっと口付けた。