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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第3章 僕たちは何らかのフラワシ攻撃を受けている第1弾

 百合園女学院は男子禁制である。
 それはつまり「男は入れない」ということ。

 百合園女学院は男が一切いない、いわゆる「乙女の園」という評価を受けている。厳密にはその評価は間違いなのだが、確かに女性ばかりであるのもまた事実である。世の中の健全な男子諸君にとって、百合園というところはまさに夢の花園といったところだが、だからといって気安く立ち入ろうとすると、校門付近に常駐する百合園生によってたたき出されてしまうため、入ろうとする男子は少ない。
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)もその「入りたくとも入れない」男子の1人だった。
「にしても、俺は一体何を考えてるんだ。ヴァイシャリーはともかく、百合園女学院にゃ男の俺は入れないってのに……」
 気だるそうな表情をしながら悠司は思わず呟いた。
 彼が百合園女学院の校門前に来たのに理由は無い。いやあるにはあるのだが、それを理由といってしまっていいものかどうかは彼にもわからない。
「どういうわけか、誰かに呼ばれたような気がして、なんとなくヴァイシャリーに来ちまったんだよな」
 たったこれだけのことで、彼は今校門前をうろついているのである。
 今ここで「誰かに呼ばれたような気がした」と、警備に当たっている百合園生に持ちかけたところで、彼は校内に立ち入ることはできない。なぜなら、彼は男だからである。こっそり女装して女だとごまかすという手もあるのだが、悠司はそれだけはしたくなかった。
 だが、だからといって何もせず無駄な時間を過ごす気は無く、誰かに会わないことには「呼ばれた」というところを満足させられず、気分が悪くなる。そこで悠司は校門前をうろつき、気になる人間がいないかどうか、見回ることにした。
 それは例えば、男であるにもかかわらず百合園女学院内に入り込もうとする変質者とか……。
「そういうのをとっ捕まえたら、俺、英雄じゃね? その辺の、例えば校門付近にいる百合園生のお嬢様方からキャーキャー言われたり、……するわけないか。あほらし」
 第一そのような変質者がいたら、自分よりもまず警察――ヴァイシャリーの場合、いわゆる警察は存在しない。その代わりに警察機構を担うのは、各都市に作られた出張所に出入りするシャンバラ教導団の軍人である。ちなみにヴァイシャリーには別個の軍隊もあるが「ヴァイシャリー軍」はヴァイシャリー家の私兵集団に過ぎない――の出番だろうに。そう思った悠司はため息をついた。
(まあ最近見えるようになったフラワシ。これで悪事企んでる奴がいたら、さすがに話は別だけどな。だが……)
 だがそんなに都合よくフラワシ使いのコンジュラーが目の前に現れてくれるのだろうか。いや、現れるのはあまり歓迎したくない。
 悠司がしかめ面をしていると、そこに奇妙な人影がやってきた。百合園女学院の制服を着ているところからして、見た目はどうも女性のようだが、立ち居振る舞いがどうもおかしい。女装している、というよりも、見た目を完全に女性に作り変えているかのような……。
 その人影の名前は弥涼 総司(いすず・そうじ)。悠司があまり望んでいないフラワシ使いのコンジュラーである。
(まさか、あいつか? あの変な奴が俺を呼んだってのか?)
 基本的に面倒くさがりの悠司としては、できればあんな変質者っぽいものにはお近づきになりたくない。だがこのまま放っておけば余計なトラブルの種になりかねない。1つ決断した彼は、総司を呼び止めた。
「おい、ちょっと待て」
「ん、なんだアンタは?」
 呼び止められた総司がゆらりと振り向く。その時点で悠司は確信した。やはりこいつは見た目は女だが中身は100%男だ。
「なんだも何もねえだろ。確かにあの中はロマンでいっぱいかもしれねーけど、そういうのは知らねーでいた方が素敵なままなんじゃねーか?」
「……何言ってんだオメーは」
 声を落とし、総司は目を細める。
「オレの格好をよく見てみろ。どう見ても女だろ。オレはルールに則って百合園に立ち入ろうとしてるんだから、そこをとやかく言われる覚えはねーぜ?」
「そりゃ確かに見た目は女だが、その声からしてどう考えても男じゃねーか。それこそつまみ出されるのがオチだろーが」
「男みてーな女ぐらい何人でもいるだろ。それに、つまみ出されるとしたら、そりゃオレにとっちゃ本望ってやつよ」
「本望か知らねーが、とにかくやめとけ。余計なトラブルになるだけだ」
「そいつは大丈夫だ。オレはそんな荒っぽいことをするつもりはねーよ。なぜならオレは、『体が全体的に透けているセーラー服』を着た女生徒を見に来ただけなんだからよ」
「……いや、やっぱやめとけって。どっちにしたって男を通したとなったら、さすがに寝覚め悪い」
「だが断る」
 そう言うなり総司は自身のフラワシ「ナインライブス」を呼び出し、悠司を殴りつけようとする。だが悠司とて黙って殴られるわけではなく、こちらもフラワシを呼び出すと、総司のフラワシの攻撃をガードする。
 だがその一瞬の動きを誘うことこそが総司の目的だった。悠司が一瞬フラワシの攻撃に気を取られた瞬間、彼は悠司を振り切って、百合園女学院の校門を素早く通り抜けたのである。
「あッ!?」
「ジェイダスクリニックの美容整形技術はパラミタ一ィィィ!」
 さすがに地声を出すのはためらわれたのか、少々ハスキーな声を発しながら、総司は悠々と校内に進入を果たした。悠司も追いかけるものの、自分の外見は完全な男であることを思い出し、門をくぐるのをためらった。ためらわなかったところで、警備の百合園生に止められるのは必至だったが。
「……ジェイダスクリニック。そうかあの野郎、あそこに行ったのか。だから見た目が完全に女だったのか……。奴が俺と同じフラワシ使いだったから一瞬だけでも止められたものの――」
 もし総司がフラワシ使いでなければ、コンジュラーでなければ、自分は見咎めることなく素通りさせていたかもしれない。
 だが通り抜けられてしまった以上、もはやどうすることもできない。諦めた悠司は気だるそうにため息をついた……。