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なし

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第5章 休み時間のひととき

 1時限目の華道が終わり、静香たちは次の授業へと参加するべく、移動を開始した。
「さすが百合園女学院。普通の高校には無いものをいきなり体験するとは思いませんでした」
「喜んでくれたようで何よりだよ」
 華道を体験したという興奮が残っているのか、弓子は満足げに笑いっぱなしである。
 それは静香の方も同じ気持ちだった。自分が校長を務める学校の授業をこれほどまでに気に入ってくれるのは、やはり嬉しいものだ。
「そんなわけで、私たちは今廊下を歩いているわけですが。歩さん、これはどちらに向かってるんですかね?」
「2時間目はいつもの教室で授業だよ。確か、日本史だったかな。だから今はあたしの教室に向かってま〜す」
 自分たちがいるのはパラミタだというのになぜ日本史の授業があるのか。それは百合園女学院が、元々は地球の日本の学校だから、というのが理由である。この学校の前身となったものが存在する日本の歴史を知ることは、パラミタでも必要だと判断されたのだろう。
「なるほど〜。というわけで、前方をご覧くださ〜い。教室へ向かう廊下でございます〜」
 そんな冗談を飛ばしながら先導する美咲に、弓子はふと思ったことを問いかけた。
「ところで、美咲さん、ちょっと思ったんですが」
「はい、なんですか?」
「いえ、その……、私相手でも全然物怖じしないのが気になりまして……。幽霊が怖くないんですか?」
 校門を抜けた辺りから、弓子は様々な生徒と接してきた。中には幽霊だと知った瞬間に怯える者、それどころか攻撃を仕掛けてくる者もいた。もちろん中には逆に興味津々といった風に接してくる者もいたが。
 少々考えた後に、美咲はやはり笑顔を弓子に向けた。
「そりゃまあ怖いとは思いますけども……、生きている人にも『怖い人』っているじゃないですか。逆に言えば、死んだからといっても怖いとは限らない。そういうことですよ」
 自分は特に弓子を特別扱いしているつもりは無い。美咲はそう締めくくった。
「……百合園って、色んな人がいるんですね」
「うん、本当に色んな人がいるよ」
 互いに顔を見合わせ、弓子と静香は2人で苦笑した。
 そんな移動の最中、横合いから弓子に声がかかった。
「あの……、こ、こんにちは」
「ん?」
 見るとそこには、弓子よりも背の低い――弓子の身長は実は163cmである――銀髪の少女が立っていた。
「私、稲場 繭(いなば・まゆ)といいます。短い間ですが、よろしくお願いしますね」
「あ、これはどうも。吉村弓子です。こちらこそよろしくお願いします」
 少々震えた声を出し、繭は弓子に頭を下げる。
 彼女がこうして弓子の前に現れたのは「友達として交流する」というのが目的だからである。授業や部活を見て回るのもいいが、それよりも友達との交流が学校としては一番である。その考えがあったからだ。幽霊という存在は怖いものではあるが、聞いた話では弓子は単に学園生活を楽しみたかっただけとのこと。それなら友人になれればいいだろう。
 という思いから話しかけた繭だったが、それを邪魔するかのように別の人物が、弓子に背後から抱きついた。
「こーんにちは! ワタシ、エミリアちゃんでーす!」
「わきゃ!?」
 突然見知らぬ女性から抱きつかれ弓子は変な声をあげた。抱きついてきた人物――エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)は背伸びをした状態で弓子の背中にぴったりとくっついた。
「ねえ弓子ちゃん、何でも百合園の雰囲気を味わいたいんですって?」
「は、はあ……」
「だったらとても手っ取り早い方法があるわよ?」
「と、言いますと?」
 問われ、エミリアはニンマリと笑みを浮かべる。
「それはもちろん……、女同士のスキンシップ〜♪」
「は、はい?」
「あれ、もしかして知らないの? 百合園女学院ではね、女同士の恋愛が当たり前のようにあるのよ? ちなみにパラミタでは同性婚も認められてるって話しだし」
「え、ええっ!?」
 さすがにそのことを弓子は知らなかった。確かに1つの「ジャンル」として同性愛というものが存在するということは知っていたが、まさか現実にそのような世界があるとは想定していなかったのだ。
 ついでに、弓子は地球では共学の高校に通っていたこともあり、恋愛対象は男である。
「というわけで、いただきま〜す」
「って、な、何をするんですか!?」
「何って……、吸血?」
「はい!?」
「だってワタシ吸血鬼だし〜」
 エミリアが弓子に関わろうと思ったのは、ひとえにこの「吸血」のためである。
 弓子は幽霊ではあるが、静香に取り憑いている影響で物的干渉を受けるようになっている。静香のパンチを食らい、ラズィーヤと殴りあえるのがその証拠だ。ならば吸血することも可能、と考えたエミリアは「幽霊の味」を確かめるべくこのような行動に出たのだ。結果的にパートナーの繭の行動を邪魔したことになるが、そこは仕方がないと思って諦めてもらおう。
 だが今度はそのエミリアが邪魔される番だった。彼女の右方向から剣が飛んできたのである。
「何をやっとるか、このスカポンタン!」
「うひゃあ!?」
 剣――セイバーの証である護身用の魔法剣「カルスノウト」を、エミリアはしゃがむことで回避する。そのまま壁に突き刺さった剣を投げたのはルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)、繭のもう1人のパートナーである。
「まったく、いくら幽霊が取り憑いているといっても、2〜3日でどうにかなると聞いていたからそれなりに安心していたが……」
 ルインは壁から剣を抜きながら、エミリアを睨みつける。
「そこのあーぱー吸血鬼の存在を忘れてたとはな」
「うるさいわね堅物剣士さん。ワタシはただ仲良くしたいだけですー。ねー、弓子ちゃーん」
「は、はぁ……」
 それにしては方法がまずいのではないだろうか。弓子はそう思ったが、エミリアはなかなか体を離してくれない。
「相手が同じく同性愛者ならともかく、見た限りではそうでもなさそうだぞ。いい加減、他人の嫌がることはやめたらどうだ?」
 抜いたカルスノウトをエミリアに突きつけ、開いた左手を左右に振り――ボクシングでいうフリッカージャブの構えである――ルインは威嚇するが、エミリアの方はすました表情を見せる。
「嫌がる? ワタシは可愛い女の子のために色々頑張ってるだけよ?」
「他人の都合を無視していることが問題だと言っている」
 そのまま睨み合ったかと思うと、2人は同時に動いた。
「いい加減この場でくたばれ! この色ボケあーぱー吸血鬼!」
「そっちこそナイト気取りやってんじゃないわよ! このむっつり妄想堅物剣士!」
 ルインの剣が唸りをあげ、エミリアの魔法が飛び交う。百合園、というより稲場繭のパートナー2人における定番の光景が、幽霊の目の前で起きてしまった――もちろんその幽霊はすぐさまその場から逃げ出したが。
「あうう〜……、また2人がケンカしてる……。悪い印象与えないといいんだけど……」
 頭を抱える繭。そしてそんな光景を遠巻きに眺めながら、弓子は1人呟いた。
「本当に、百合園って、色んな人がいるんですね……」

 彼女はただ役目を果たそうと思っただけだった。
 ツァンダにある洋菓子店でアルバイトに励んでいる藤井 つばめ(ふじい・つばめ)は、その店から「百合園女学院の校長にお茶菓子を配達するように」と頼まれ、先ほど、校門をくぐり、百合園女学院の中に入ったところだった。後は校長室へ行き「お届け物です」の一言と共に運んできたお茶菓子を渡し、料金と受領のハンコをもらえばいい。
 それで終わるはずだった。
「で、僕はどうして校長先生たちと一緒に歩いてるんでしょうか」
 現実に起きたのはこうだ。
 彼女が菓子入りの箱を持って校門をくぐり、校長室に向かって歩いていると、校長の桜井静香含め数人の集団と出くわした。幽霊騒動については全く知らなかったつばめを、同じく蒼空学園の所属であるテスラ・マグメル、騒動の中心である吉村弓子の2人が「ついでにどう?」という「ノリ」で見学に誘ったのである。つばめとしては、そのような騒動に巻き込まれる前に退散しようと思っていたのだが、運悪く菓子を校長室に運びきれていなかったため、そのままついていかざるを得なかったのである。
「まあ、今は他校生の見学も受け入れてるんですし、大丈夫と思いますよ」
「もちろん、急いで届けなければならないものであれば話は別ですが……」
 弓子とテスラにそう言われてしまっては断ることもできない。
「……まあ、いいか」
 菓子は「生もの」ではないため、長時間持ち運んでいても問題は無かったので、つばめはそのまま見学に参加するのであった……。

「休み時間になっても騒動は尽きない、か……。これはまた面白いことになりそうなのだよ」
 もちろんその間も、毒島大佐はカメラを回すことをやめなかった。