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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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第2章 戦場の戦士たち 3

 拠点にあってこそ、警戒はより神経を張られていると言っても良かった。
 マーゼン・クロッシュナーのパートナーである本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)の焦りを見せる叫びが、拠点全体に届く。
「警報が鳴ってるわ! 気をつけて!」
 ゴミくずを利用した砂地の鳴子が、カラカラと音を立てていた。同時に、獣のそれとはっきり分かるような狼の遠吠えが聞こえてくる。
「あ、あの鳴き声は……サンドウルフ!?」
 拠点兵の不安な声色が響いた。
 どうやら、マーゼンが事前に調べていたモンスターたちが、こちらにまで手を伸ばしてきたようだ。早見 涼子(はやみ・りょうこ)の仕掛けた地中の振動探知装置――獣の皮を薄くなめして張った器具に、コルクの玉のようなものをぶら下げたもの――も、モンスターの接近を知らせてくる。
 こちらは、地中を動く存在を感知するものだ。ということは、敵は地中を移動して接近しているに他ならない。
「これは……もしかして」
「もしかしなくても、そうでしょうね……!」
 涼子の引きつった表情に向けて返答すると、飛鳥は弓を構えた。
 瞬間――それは突如姿を現した。
「サンドワーム!?」
 地中から飛ぶように這い出たそれは、容赦なく拠点兵たちへと襲い掛かってくる。必死に弓矢で交戦する飛鳥に、覆いかぶさるようにサンドワームの口が彼女を飲み込み――それを防いだのは、クロッシュナーだった。
「うおおおぉっ!」
 気合の声と呼応して、彼の槍がサンドワームを突き飛ばす。
「ク、クロッシュナー……」
「大丈夫でしたか、飛鳥、涼子」
 クロッシュナーだけではない。彼とともにパトロールに出かけていた南カナン兵たちが、一斉にモンスターたちへと立ち向かった。拠点へと侵入してくるサンドウルフとサンドワームに交戦を広げる。
 もちろん、クロッシュナーの背後からはアム・ブランドもやって来た。
「魔法が使える者と弓兵は前衛の支援を! そうでない者は、イナンナ様を安全な場所にお連れして守るのです!」
 クロッシュナーの声が、拠点に響き渡る。
 彼の声に従うように、慌てふためいていた拠点兵たちは機敏に行動を開始し始めた。義勇兵も多いとはいえ、仮にも戦場に出る者。拠点だけはなんとしても守らねばならない。
 そして、シャンバラの勇士たちも同様だった。
「モンスターだと! いかにも悪っぽいな! 悪だ悪だ悪に違いない!」
 キュピーン、と瞳を光らせた木崎 光(きさき・こう)は、自慢の剣を構えた。狙いはもちろんモンスターであり、動機は「とりあえず悪は潰す」である。そして、標的となるのは見た目も派手でいかにもモンスターといった……サンドワームだ。
 光の手のひらに集まった氷結の力が、サンドワームに向けてぶつけられた。氷の力に動きが鈍るそれに、更なる追撃の火術、そして雷術がかかる。いわば火あぶりの刑であり、そこに白銀の剣が叩き込まれる。 
「うわはははは! 正義の味方、参上だぜ! ……コラそこ! 悪役ヅラって言うんじゃねえ!」
 もはやどっちが敵か分からぬほどの暴れっぷりであり、パートナーのラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)も思わず口を尖らせる。
「コラ光! だから一人で突撃するなと何度言えば理解するんだ君はーーーー!!」
「ははははっ! 正義の味方は一人でばっさばっさが当たり前だぜ!」
 いくらラデルが止めようとしても、自称正義の味方である光の戦いは止まらない。……まあ、事実ちゃんと敵と戦っているのは良いことなのだが。その容赦なさ加減は、子供ゆえの特権というべきか。
 ただ――きっと彼は、自分が何をしているかはっきりと認識してはいまい。戦うということがどういうことであるのか。シャンバラがカナンに介入するということが何を意味するのか。
(……たぶん、だけどそれは)
 思考を巡らせながらも、アデルは巨大な盾で敵弓兵の攻撃を防いだ。どうやら、モンスターだけではなく一般兵までも拠点に進軍してきたようだ。背後で戦う光は、とても楽しそうに暴れている。
 今はそれでいい。
(何があろうとも……僕は君と共にいつづけるよ)
 ラデルは決然としたよう、敵の攻撃を弾き返した。
 そんな、彼らから離れた場所では、モンスターをひきつけるランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)の姿があった。そのお嬢様らしい美麗な姿は、戦場において異質にも見えるが、決してひけをとることはない。
 槍を手に、箒に乗ってモンスターたちを鬼ごっこの鬼さながらに挑発する。
「さっ、どっからでもかかってくるといいですわ」
「姉さん、姉さん」
 どこか楽しげにモンスターたちを見据えるランツェレットに、シャロット・マリス(しゃろっと・まりす)の声がかかった。
「箒に乗って槍を振り回すのはやめたほうがいいよ。振った反動でひっくり返っちゃうよ」
「え、そうなの?……そうね、じゃあ、この槍はあなたの槍のスペアって事で」
「……うん」
 実はこのランツェレット、魔法での戦いはそこそこ得意だが、戦闘自体は不得手である。弟に上手くたしなめられて、彼女は「無謀なことはやめてよ」と言われてるとも気づかずに槍を収める。
 うむ、よくできた弟である。
 さて、無論、そんな会話の空気などお構いなしに容赦なく襲いくるモンスターたち。
 が――
「……んっと」
 シャロットはその、まるで日向のように温かな雰囲気からは想像できない体さばきで、サンドウルフたちの猛攻をかわした。次いで、その手に構える槍が彼らをなぎ払う。
「ミーレスっ! 姉さん!」
「がってんしょうちのすけ〜」
「はいはい〜、まかせといて」
 その隙を狙って、ミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)の銃とランツェレットの魔法が決定打を与えていた。見事なコンビネーションだ。
 モンスターたちは、そんなランツェレットたちに怒りの矛先を向ける。地中を奔るサンドワームが、彼女たちに向かって地鳴りを起こしつつ近づいてきた。
 だがそのとき、思いもよらぬことが起こる。
「きゃああっ……!」
「姉さんっ!」
 サンドワームの攻撃を避けたランツェレット。しかし、その目の前で、サンドワームの削った岩盤の下に巨大な穴が姿を見せたのである。かろうじてシャロットに助けられて、ランツェレットは落ちるのだけは避けられた。
「な、なんですの、これ?」
「地下を通ってる洞窟じゃないかな〜」
 サンドワームが通った跡にしてはなかなか大きい。恐らくははじめから地下に存在していたものなのだろうが……幸いというべきか、地下の洞窟にはそれまでランツェレットたちに襲い掛かっていたサンドウルフたちの姿が見えた。どうやら、穴が開いた拍子に落下したようである。
「不幸中の何とやらだね……って姉さん、早速洞窟を調べようとかしないの」
 謎の洞窟は探索好きには魅惑的に映ってしょうがなかった。
 とはいえ、今は戦闘中である。ウキウキと地下に降りようとする姉をシャロットはとりあえず首ねっこ掴まえて引き止めるのであった。
 そんなランツェレットたちの洞窟騒動を横目に見ながら、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は感心した声をあげた。
「主、向こうはすごいですね。巨大な落とし穴ですよ?」
「ほんと? すごいなぁ、みんな頭使ってがんばってるんだね。よーし、あたしもがんばらなくちゃ!」
「頑張りが……その料理ですか?」
 主――マビノギオンがわずかに呆れているような目で見つめる芦原 郁乃(あはら・いくの)の両手には、なにやらお皿と異物……ああ、げふん、「料理」が乗っていた。
「う、うう……だ、だって」
 郁乃は正直言って気が進まない様子で、しかし目いっぱいの振りかぶりで敵兵の口にその料理なるものをぶん投げた。それまで気合の入った声で味方兵と戦っていた敵兵の口に料理がジャストミートすると――顔は青々しくなり、密室に閉じ込められたように呼吸が苦しくなっていくようで、最終的に、バタリと倒れた。
「……ね?」
「見事です、主。殺人的料理もここまでくれば兵器ですね」
 実際は気を失っているだけなのだが、どうやら兵士たちの間ではすでに「悪魔の料理人」として戦場にその名がとどろいているようだった。郁乃を見ると、まるで歴戦の戦士を見たかのように逃げ出す敵兵たち。
 ただ、悲しきは……味方の兵士さえもどこぞの魔女だの悪魔が乗り移っているだのと畏怖の目を向けることであった。
 そのくせ――
「汝、光に還りなさい!」
 バニッシュの聖なる光を手のひらから放ち、モンスターたちと戦うマビノギオンには、「なんて美しい聖女なんだ!」「戦場の女神だ!」などと喝采の声があがる。
 郁乃とは雲泥の差であった。
「得意なことが生かせるのは素晴らしいことなのよ! そう、そうなのよあたし! 素晴らしいことなのよー!」
 ぶん投げたパンらしき料理は敵の口の中に入り、壊滅的な味覚破壊を起こした。砂地にはどんどん死体(気を失ってるだけだって!)が増えてゆく。
「これは……敵に同情するべきでしょうか……」
「う、うう……お役に立てたならいいんだもん!」
 涙を拭きながら、悪魔の料理人こと郁乃は戦った。主に自作料理で。
「主……泣いてますか?」
「泣いてないもん、心の汗だもん!」