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リアクション
第2章 戦場の戦士たち 4
拠点軍に襲い掛かるモンスターの猛攻は、想像を絶するものであった。事前に情報を得ていたとはいえ、モンスターが脅威なのは明らかだ。そして何より、義勇兵とシャンバラからの援軍を含めて構成される南カナン軍と砦軍とでは、一人一人の兵士の実力、そして兵数に差がありすぎた。
徐々に押し込まれてゆく拠点兵たち。彼らを率いる女神イナンナは、焦りを隠しきれなかった。
(……このままだと)
自らも果敢に戦う彼女であるが、倒れゆく兵士の姿を見て額に苦しい汗が滲む。彼女の思考が警告するとおり、このままであれば負け戦は必至だった。ある意味で、それは陽動という目的に適しているのかもしれないが……あくまでもそれは故意によるものに限られる。事実として“負ける”ということは、なんとしても避けねばならない。自らの代わりにと前線に赴いた、あの少女――朔のためにも。
「砂上の戦闘がおめーらだけの専売特許だと思ったら大間違いだぜ……! いくぜ、チャッキー、チョッキー、チュッキー。『砂地獄』の名を持つおめーらの力、とくと見せてやれ!」
アキラ・セイルーンの声に応えて、砂の中から三匹のスナジゴクが飛び出した。なんでも、彼に言わせると見た目で違いがあるらしいが、はたから見れば全く同じに見えるのだから不思議である。
それはともかく――スナジゴクたちはサンドウルフへと地中から突撃して、落とし穴の要領で砂の中に彼らを沈ませた。その隙に、フライングポニーに乗って空中を駆けるルシェイメア・フローズンが雷と火の魔法を放つ。
「あ、間違ったのじゃ」
「ちょ、ちょっ……こっちまで巻き込むなああぁ!」
魔法がアキラを襲ったのはさておき、連携して敵を潰してゆくアキラたち。
そしてイナンナとともに戦う水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、彼女の思いに呼応するよう、義勇兵たちを従えて敵軍に立ち向かっていた。
「傷ついたらすぐに後方に下がって! 必要以上に進軍しないように!」
緋雨の指揮に従うように、セレスティア・レインがサンドドルフィンに跨って、負傷した兵士を乗せて後退させる。
(これは必要な戦争……だけど、だからこそ被害を最小限に抑えたい。その為に……私たちは必要な冒険屋になるのよ!)
緋雨は、己の信ずる冒険屋の誇りを胸に、兵士たちを動かした。
とかく、義勇兵ともなれば一般の敵兵と戦うだけでも苦戦は避けられない。ましてやモンスターと戦うともなれば、無駄死に増やしてしまうことになるだろう。
兵士たちの後方から駆けてきたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、それを警告する。
「緋雨さん、一旦、全体を退かせましょう! このままだと、一気に攻め入られるです……!」
「麻羅! そっちは……」
「うむ、任せておくのじゃ。モンスターはわしが相手になろう」
緋雨の言わんとすることをすぐに理解して、天津 麻羅(あまつ・まら)がモンスターたちに立ち向かった。その隙に、緋雨たちは傷ついた兵士たちを連れて後退する。
無論――モンスターと対峙するは麻羅だけではない。ハンマーを担いだセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、サンドウルフたちを叩き払う。
「モンスターなら遠慮なく戦えるけど……」
「……可能なら、敵兵の命を奪うことはしたくありませんね」
セシリアの横で、襲い掛かってきた砦兵をフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の剣がなぎ払った。命を奪うまではしなくとも、戦闘不能にだけは陥らせる。誉れある騎士としての誇りが、彼女の意思を貫くのだ。
白馬に乗ったフィリッパに向けて。モンスターたちの猛攻がかかる。その隙を狙って敵の弓兵が彼女たちを狙う――だが、フィリッパたちの合間から抜けた矢が、弓兵たちを貫いた。
「ヘリシャ……!」
「こちらは任せてくださいですぅ」
遠距離からフィリッパたちを狙う敵兵に向けて、ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)の矢が狙い放たれる。のんびりとした口調とは裏腹に、それは的確に敵の肩口を貫いていた。だが……あくまでも命は奪わぬ。
戦いの目的は決して彼らの命を奪うことではない。それをセシリアたちシャンバラの戦士たちは理解していた。必要以上の殺傷を行うことはない。
しかし――状況は苦しかった。
「くっ……!」
闇のように暗き瞳で、鋭くこちらを睨みつけてきたサンドウルフが大勢で麻羅を囲む。その数に圧倒される麻羅だが、横合いからセシリアが援護に入った。彼女のハンマーが、サンドウルフたちを弾き飛ばす。
「す、すまぬ……セシリア」
「ぜーんぜん、問題ないよ! でも……この状況ってのはちょっと厳しいかもね」
本来、サンドウルフは砂を守る守護者の位置に立つモンスターである。サンドワームとて、自らの巣を荒らされない限り、これほどまでに暴れることはめったにない。
どうして、こうまでも……? 麻羅の目に映るのは、モンスターたちの体から時々見え隠れする闇の瘴気と、狂ったような黒い双眸だった。
(操られておるのか?)
こちらの予想を越えるその力も、もしやあの黒い何かが関係しているのか。
ドルイドとして――たとえそうでなくとも、サンドワームの友として、彼らを救いたい。しかし、襲いくる猛攻に抵抗するのが精一杯で、それどころではないのが現実だった。
押し込まれてゆく拠点軍と、倒れゆく兵士たち。兵士たちを守ろうとイナンナもモンスターと必死で戦うが、結果はなかなか伴わない。
このまま、終わってしまうのか?
「イ、イナンナ様っ!」
「……!?」
一人の兵士が叫ぶ声に気づいたとき、イナンナを狙った矢が既に放たれていた。だが――咄嗟に彼女が目を閉じた次の瞬間、聞こえてきたのは青年の声だった。
「ふぅ……間一髪。大丈夫ですか?」
ふと瞼を上げると、イナンナの視界に広がったのは空だった。視線をあげると、自らの体を持ち上げているのは、巨大なワイバーン。そして、それを駆るのは美麗ともいえる容貌ながらも洗練された瞳で彼女を見下ろす――ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)だった。
「あ、あれは……!?」
「……風の旅団だとっ!?」
ワイバーンを駆るための革鞍についているシンボルマークを見つけて、敵兵の一部が叫んだ。「風の旅団」――独立傭兵団を名乗る、独自の傭兵部隊だ。そして、何を隠そうこのウィングこそが、その団長に他ならない。
「あ、あなた……」
イナンナの呆然とした言葉を遮って、彼は張りのある声でイナンナに告げた。
「舌を噛まないようにしっかりと掴まっていてくださいね」
途端――ぐんと高度を下げたワイバーンが、敵軍へと突っ込む。脅威のスピードで空を飛び交い、その手に握る弓矢で敵兵を的確に貫いていった。恐らくは、狙ってのことであろう……爆弾矢が地面にぶつかると、地形を崩すほどの爆発が起きてモンスターと弓兵、魔法使い兵たちを一斉に無力化してゆく。
一見雑そうに見えながらも、戦いに精通した機敏な戦略性に、イナンナは感嘆の声をもらした。
「すごい……あんなに一気に……」
「私だけじゃないですよ、ほら」
すると、ウィングの見やった先で、怒涛に満ちた集団の声が聞こえてきた。
思わず、敵兵も含めた全ての兵士たちがそちらに視線を向ける。そこには――先頭に立つ黒い翼を模した旗を掲げた羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)を筆頭に、数多くの兵士たちが群れを成していた。
緋雨、そしてメイベルたちが歓喜の声を漏らして目を見開く。
「全ては美しきカナンを取り戻すために! つづけえええぇぇ!」
緋雨たちにウィンクをした得意げなまゆりが、獅子のような叫びを鳴らして馬を走らせた。それに続く兵士たちの群れが、敵軍へと突っ込んでゆく。
それは、圧巻とも言える光景だった。一気に増えた味方の軍勢が、敵兵たちに圧しかかる。形勢逆転。まさにその言葉が相応しかった。
「ゆけ! ゆけええぇ!」
まゆりだけでなく、彼女のパートナーであるシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)が兵士たちを誘導している。
「シニィさん! まゆりさん!」
そんな彼女たちのもとに、緋雨が駆け寄ってきた。
「間に合ったんですね!」
「いや〜、ちょっち危なかったけどね」
まゆりは乾いた声で苦笑する。あっけらかんとしているが、その汗ばんだ姿を見れば、どれだけ苦労したかは言うまでもなかろう。緋雨は彼女たちに尊敬にも似た目を向けた。
「いえ……これだけの軍を率いてこられたんです。よほど大変だったことはよく分かりますよ」
が――シニィが申し訳なさそうに口を開く。
「いや……そうではなくて……実はちょっと立ち寄ったお店のお酒が美味かったんでついつい長居してしまってじゃな。気がついたら一夜明けとった」
一夜明けてた?
緋雨の目に、それまでの尊敬の色から戸惑いの色が浮かび上がった。予想をあまりにも越えた台詞に、眼帯が思わずズルっとずれる。
「私も止めようとしたんだけどね〜。そこ、自家製でお酒造ってて、これがほんとに美味くってさ……ついつい私も飲んじゃって」
「ははははは、楽しい夜じゃったのお」
二人はごまかすように笑いあった。さすがに緋雨も呆れるが、とりあえずは、結果オーライ、か?
「ま、まあ、間に合って本当に良かったです……」
色々と引っかかる部分はあるが――ある意味、こんな二人だからこそ、これだけの兵が集まったのかもしれない。まったく、自分の心に素直すぎる人たちだ。
いずれにせよ、こちらの兵数の分は高まった。しかし、それで全てが上手くいくとは限らなかった。
「ぐあああぁぁっ!」「はぐぁっ!」
「兵士はモンスターから退くのじゃ! 無闇に戦っても犠牲者が増えるだけじゃぞ!」
モンスター。
その脅威がいまだ存在している。麻羅たちが必死で交戦し、ウィングという援軍も届いたものの……暴れ狂う彼らを一掃することは難しい。
まして、あの黒い影は――
(もしかしたら……)
一抹の希望を信じて、緋雨は麻羅に向けて叫んだ。
「麻羅! モンスターの黒い影に向けて、光を与え続けて!」
「……うむ」
麻羅も、すでに予想してはいたのだろう。彼女は自らが握る武器の光の力を存分に高めた。そして、サンドワームたちに向かって思い切りそれをぶつけてゆく。
しかし――
「ぬぅ……駄目か?」
いや、確実にサンドワームたちは動きが鈍くなっている。闇の瘴気は徐々に薄まり、彼らの目にも生気が戻りつつある。だが、強烈な鎖にも似た闇の力が、それを阻んでいるのだ。
サンドワームたちを操ろうとしている闇の力は無理やり彼らを縛りつけ、見境なく兵士たちを襲わせる。そう――敵兵でさえも。
そこには暴れるサンドワームの狂気しかない。だが、彼らとて好きで戦っているわけではないのだ。あの闇の瘴気が、彼らを操り続けているに他ならない。
(くそ……何か方法はないのか……!)
麻羅はきつく悔しげに唇を結んだ。すると……そこに聞こえてきたのは、静かなる歌声だった。
「メイベル……」
振り返った麻羅たちの目に映ったのは、軽やかに歌うメイベルの姿だった。まるでステージに上がったアーティストのように華やかでありながらも、一声一声に籠められた優しい声色が戦場に広がってゆく。
「な、なんだ力が……」
兵士たちの体に力が湧き上がり、ひざをついていた兵士でさえもそれまでの消耗が嘘のように立ち上がった。
だが――驚くべきはそれだけではなかった。
「サンドワーム……」
「キュオオオォォ」
麻羅の声に、サンドワームが返答するような鳴き声を返した。闇の瘴気が、徐々に失われていっている。歌声が暖かに彼らを包み、光となって黒き影を消し去ろうとしているのだ。
そして何よりも、敵兵たちの一部がその歌声に夢中となっていた。無論、戦い続ける者もあろう。しかし、確実にメイベルの歌声は彼らの心に波紋のように広がっていた。
「戦場の歌姫か……」
ウィングが人知れず呟いた。
メイベルの透き通るような繊細な歌声は――ただ、そこにある全てのものを優しく包み込んでいた。
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