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カカオな大闘技大会!

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第2章 決勝への階段 5

「あれは……やっぱり、そういうことなのかな?」
「でしょうね。はぁ……相変わらずというかなんというか」
 観客席でデジタルビデオカメラを回すリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)とともに試合の模様を見下ろしていた。レンズ越しに見える試合では、なにやら飄々とした雰囲気の青年と獣人の少女が闘っている。
 カチェアはそんな試合を見つめながら、どこかさびしげなため息をついた。その目は、二人という空間を見つめているように思える。
「どうしたの、カチェア?」
「……ううん、なんでもない」
 そんな、ため息をつかれているとは露知らず、青年――緋山 政敏(ひやま・まさとし)はリーズ・クオルヴェルの攻撃を受け止めていた。
 一見すれば隙だらけにも見える政敏にリーズは容赦のなく剣を振るうが、彼はわずかな動作で軽やかに避ける。まるで、それが自然であるかのように。
 そんな何てことのなさそうな受身に、リーズがムキになって突っ込むと、彼は刀を持ったままの拳で彼女の胸を弾くように突いた。
「……くっ!」
「甘いぜ、リーズ」
「ま、まだまだっ!」
 こんなにも、強かったか?
 かつて、集落のナイトパーティで彼と手合わせをしたことを覚えている。もちろん、そのときはただのショーとしての剣舞に過ぎなかった。本気で闘っていたかといわれれば、それは違うだろう。しかし、それはリーズとて同じことなはずである。
 振っても、振っても、それは政敏の影を斬るばかりだ。
「…………ッ!」
 だが――徐々にだが彼の姿を捉えきれるようにはなってきている。
 力に任せたリーズの剣は、どこか空気の流れとともに振るわれる自然体のものとなっていた。上体の歪みが直り始め、それまでも鋭かった剣線が、更にもまして風を切る。
 政敏の拳が、彼女を再び弾き返した。
「まだまだ、足りねーよ、リーズ」
「…………フッ!」
 無論――それにリーズが気づいているかどうかは、定かでない。
 政敏が足元をずらすと、リーズは得意の抜き身の一閃を繰り出した。再び、木の葉のようにわずかに身体を動かす。たいしたことのない動作だが、剣の軌道が予測できるからこその芸当だった。
 しかし――
「……わっと……」
「……当たった……わね」
 政敏のシャツに、はらりと切れ込みが入った。
 ……それまでに見せなかった大きな動きで、政敏は一気に後退した。そして、悠然としていた構えを解いて闘いへの気合を露にする。正眼に構えた刀が、光を受けて反射した。
「ケリつけようか」
「…………」
 そういうことだ。
 リーズは抜き身の剣を腰に戻した。ケリをつける。リーズは呼吸を整えた。力を蓄えろ。空気を感じろ。そして――振れ!
 お互いの刃がぶつかり合った。まるで、目の前にある壁を叩き壊すような衝撃が加わり、それを――自分の知らない何かを振り切るようにして、リーズは踏み込んだ。
 すると、流れるように滑った刀身ごと、二人はお互いに縺れ合う。
「きゃっ……!」
 リーズを押し倒すようにして、政敏が彼女の上にいた。
「……借りていけ。そして、返していけばいい」
「…………」
 きっとそれは、彼なりの励ましで……彼なりの生き方で……。私の剣はきっと、一歩ずつ先を切り開いてゆくはず。彼の導いてくれた、私の探す……道の向こうに。
「政敏、ありが――」
 そのとき、すでに政敏の目は別の何かに向けられていた。それは、汗でシャツの張り付いた彼女の胸元……縺れ合ったときに乱れたそこからは、少しだけ膨らんだか? と思える女性の証が。
「まだまだ、成長中ッッッッッ」
「――フンッ!!」
 次の瞬間。
 政敏の顔面に強烈な右ストレートがめり込んだのは当然の末路だった。

「いちちち……」
 ぼこ……と青あざになった右目周りに氷を当てながら、政敏は医療室で寝転がっていた。
 そんな彼のもとに、カチェアがやってくる。政敏の顔を覗きこんだ彼女の表情は、呆れたものになっていた。
「折角、頑張ったのに、どうしてあそこで電池切れなんですか」
「しょーがねーだろ? あれ、そういえばリーンは?」
「リーズさんのところに行ってますよ。なんか……キャラバンのこととか教えに行ってるみたい」
「そっか……」
 つぶやいて返す政敏。しばらく、カチェアは黙っていたが、やがて彼女はぽつりと口を開いた。
「ねえ……」
「んー?」
「届くといいですね。貴方の願いが誰も彼もに」
「…………うん」
 バレンタインディ――だからきっと、想いは届くはず。



「私を泣かそうなんていい度胸じゃない?」
 椎堂 紗月(しどう・さつき)は、挑発的にそう言い放つ娘を前にして微妙そうな顔をした。なにせ、闘技大会というほどだから対戦相手は男かと思っていたのである。
「私は十音・円(とおね・まどか)。売られた喧嘩は買ってあげるんだから!」
 円、と名乗るその娘は、紗月に向けてさすように拳を突き出す。
 色々と戸惑いはあるが――仕方ない。紗月の顔がようやく闘いへの意識を見せた。決然とした表情のそれを見て、円は心の中でつぶやいた。
(ふっふっふ……気づいてない気づいてない)
 円――いや、円という架空の娘に扮する平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)は気づかれないようにほくそ笑んだ。
(いやー、まさか女装して挑むのも面白いかなーと思ったけど、ここまで上手くいくとは。クセになる人の気持ちも分かるってもんだなぁ)
 きっかけは自分のパートナーに着せられたことにあるが、今では何気に楽しめるようになっている。元々が女性っぽい容姿であることが幸いしたのだろう。誰も自分が男だと疑うことはなかった。
 そしてそれは無論、こうしていま対峙する紗月にも。
 ただ、レオはだからといって決して手を抜く気はなかった。格好がいかに女性であろうと、いかにオカマであろうと、いかに変態であろ――(言い過ぎた)――と、闘いとそれは別物だ。
 まして、強い……とはっきり分かるほどの気配を発揮する紗月を目の前にしては。
 試合開始の宣告がされた。
「はあぁっ!」
 途端――紗月の拳は眼前に迫っていた。
「……っ!」
 速い……!
 こちらの予想をはるかに越えるスピードで、紗月はレオの周りを駆け回った。その姿をはっきりと捉えるよりも早く、拳と蹴りの応酬がレオを襲う。レオはなんとかそれをギリギリで受け止めていた。
「ぐ……」
「まだまだっ! いくよ!」
 しなりを生かした重みある一撃がどんどんレオに叩き込まれてゆく。
 スピードに特化した闘い方というわけか。だが、それなら……。レオは身体を半回転させると、片手を地に押し付けた。襲い掛かってきた紗月の拳を避けると同時に、彼は一気に自分の身体を弾き飛ばす。
「なっ……」
 まるでバネのように飛んだレオの足先が紗月の頬をわずかに叩いた。
 まさか、そんな大胆なカウンターを起こしてくるとは……。距離をとった紗月の目が、驚きに見開いてレオを見据えている。
「狙うは優勝! だからねー。負けてられないってのよ」
「…………」
 レオは不敵に笑って拳を向ける。
 ――負けてられない。
(そうさ……それは、俺もな)
 紗月は頬の傷からこぼれる血をぬぐった。手のひらのそれを見下ろす彼の瞳には、哀しげな色が映る。瞳は……やがて紛れもない道を見たように、鋭くレオを見つめた。
「……いくぜ」
「……受けてたーつ!」
 土煙が奔った。
 紗月のスピードが再びレオを翻弄する。だが、レオは対策を講じていないわけではなかった。
「…………!」
 突如飛び上がった彼の背中に生えるのは人工の飛行翼だ。それに目をやったとき、紗月は彼が飛び上がる寸前に放っていた光の力に気がついた。
 光術か……!?
 今は、迫り来るそれを対処するのが先だった。光の力を振り払おうとまとっていた仙風の衣をはいで薙ぎつける。しかし――違う!
「光術じゃない……!?」
「せいかーい! 惜しかったわねっ!」
 それは、人工精霊の光に過ぎなかった。
 恐らくは光術に見せるように精霊を動かしたのだろう。焦っていたとはいえ、だまされてしまったのはこちらの詰めの甘さか。
「終わりよ――ゴルディアス・インパクト!」
 上空から叩きつけるように振り落とされる力の奔流。
 紗月は、負けを予感した。だが――
(ここでやられて……こんなところでやられて、あいつを助けられるかよっ!)
 それはもはや悪あがきにも似た抵抗に過ぎないのかもしれなかった。しかし、紗月はそれでも諦めず、バランスを崩しながらも気力を振り絞った。
「う、おおおおおぉぉ!」
「…………ッ!」
 鳳凰の拳。
 左右の拳から放たれる鳳凰の力とレオの一撃がぶつかり合う。そしてそれは、大地を破壊するような巨大な力となって爆砕した。
「くああああぁぁっ!」
 お互いの叫び声と同時に、爆砕した大地に舞い上がる土煙。
 霧が晴れるように、土煙の中からようやく二人の姿が確認できたとき、そこに立っていたのは――ぼっさぼさになった金髪の先を焦がして拳を突き上げていた、紗月だった。
「ぐにゅ……」
 大地に伏すレオを見て、紗月はようやく安心してひざをついた。
 どちらが負けていたとしても、きっとおかしくはなかったはずだ。それでも……それでも彼が勝てた要因が何かあるとするならば、それは――
(……あいつの顔が、浮かんだからかな)
 紗月は、静かに微笑んだ。