リアクション
● 「私を泣かそうなんていい度胸じゃない?」 椎堂 紗月(しどう・さつき)は、挑発的にそう言い放つ娘を前にして微妙そうな顔をした。なにせ、闘技大会というほどだから対戦相手は男かと思っていたのである。 「私は十音・円(とおね・まどか)。売られた喧嘩は買ってあげるんだから!」 円、と名乗るその娘は、紗月に向けてさすように拳を突き出す。 色々と戸惑いはあるが――仕方ない。紗月の顔がようやく闘いへの意識を見せた。決然とした表情のそれを見て、円は心の中でつぶやいた。 (ふっふっふ……気づいてない気づいてない) 円――いや、円という架空の娘に扮する平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)は気づかれないようにほくそ笑んだ。 (いやー、まさか女装して挑むのも面白いかなーと思ったけど、ここまで上手くいくとは。クセになる人の気持ちも分かるってもんだなぁ) きっかけは自分のパートナーに着せられたことにあるが、今では何気に楽しめるようになっている。元々が女性っぽい容姿であることが幸いしたのだろう。誰も自分が男だと疑うことはなかった。 そしてそれは無論、こうしていま対峙する紗月にも。 ただ、レオはだからといって決して手を抜く気はなかった。格好がいかに女性であろうと、いかにオカマであろうと、いかに変態であろ――(言い過ぎた)――と、闘いとそれは別物だ。 まして、強い……とはっきり分かるほどの気配を発揮する紗月を目の前にしては。 試合開始の宣告がされた。 「はあぁっ!」 途端――紗月の拳は眼前に迫っていた。 「……っ!」 速い……! こちらの予想をはるかに越えるスピードで、紗月はレオの周りを駆け回った。その姿をはっきりと捉えるよりも早く、拳と蹴りの応酬がレオを襲う。レオはなんとかそれをギリギリで受け止めていた。 「ぐ……」 「まだまだっ! いくよ!」 しなりを生かした重みある一撃がどんどんレオに叩き込まれてゆく。 スピードに特化した闘い方というわけか。だが、それなら……。レオは身体を半回転させると、片手を地に押し付けた。襲い掛かってきた紗月の拳を避けると同時に、彼は一気に自分の身体を弾き飛ばす。 「なっ……」 まるでバネのように飛んだレオの足先が紗月の頬をわずかに叩いた。 まさか、そんな大胆なカウンターを起こしてくるとは……。距離をとった紗月の目が、驚きに見開いてレオを見据えている。 「狙うは優勝! だからねー。負けてられないってのよ」 「…………」 レオは不敵に笑って拳を向ける。 ――負けてられない。 (そうさ……それは、俺もな) 紗月は頬の傷からこぼれる血をぬぐった。手のひらのそれを見下ろす彼の瞳には、哀しげな色が映る。瞳は……やがて紛れもない道を見たように、鋭くレオを見つめた。 「……いくぜ」 「……受けてたーつ!」 土煙が奔った。 紗月のスピードが再びレオを翻弄する。だが、レオは対策を講じていないわけではなかった。 「…………!」 突如飛び上がった彼の背中に生えるのは人工の飛行翼だ。それに目をやったとき、紗月は彼が飛び上がる寸前に放っていた光の力に気がついた。 光術か……!? 今は、迫り来るそれを対処するのが先だった。光の力を振り払おうとまとっていた仙風の衣をはいで薙ぎつける。しかし――違う! 「光術じゃない……!?」 「せいかーい! 惜しかったわねっ!」 それは、人工精霊の光に過ぎなかった。 恐らくは光術に見せるように精霊を動かしたのだろう。焦っていたとはいえ、だまされてしまったのはこちらの詰めの甘さか。 「終わりよ――ゴルディアス・インパクト!」 上空から叩きつけるように振り落とされる力の奔流。 紗月は、負けを予感した。だが―― (ここでやられて……こんなところでやられて、あいつを助けられるかよっ!) それはもはや悪あがきにも似た抵抗に過ぎないのかもしれなかった。しかし、紗月はそれでも諦めず、バランスを崩しながらも気力を振り絞った。 「う、おおおおおぉぉ!」 「…………ッ!」 鳳凰の拳。 左右の拳から放たれる鳳凰の力とレオの一撃がぶつかり合う。そしてそれは、大地を破壊するような巨大な力となって爆砕した。 「くああああぁぁっ!」 お互いの叫び声と同時に、爆砕した大地に舞い上がる土煙。 霧が晴れるように、土煙の中からようやく二人の姿が確認できたとき、そこに立っていたのは――ぼっさぼさになった金髪の先を焦がして拳を突き上げていた、紗月だった。 「ぐにゅ……」 大地に伏すレオを見て、紗月はようやく安心してひざをついた。 どちらが負けていたとしても、きっとおかしくはなかったはずだ。それでも……それでも彼が勝てた要因が何かあるとするならば、それは―― (……あいつの顔が、浮かんだからかな) 紗月は、静かに微笑んだ。 ● |
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