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リアクション
第2章 決勝への階段 4
ある意味、観客たちは魅了されていたといっても過言ではないのかもしれない。
馬に乗った金髪の娘の姿はまるで夢に出てくる騎士王女のようなそれを思わせ、対し、そんな娘と相対して、柔にな微笑みながらも冷然として槍を構える娘のそれは、どこか気品の良い姫のそれにも通じている気がした。
馬が鼻を鳴らした次の瞬間には既に、騎士――真口 悠希(まぐち・ゆき)の剣が一閃していた。
「…………!」
しかし、それは弧を描くようにして回転した槍とぶつかり合って軌道をずらされる。次いで、今度は悠希へと、気品ある姫のような娘――ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の槍の穂先が軽やかに風を切って迫った。
だが、悠希の機動力はそれを上回る。咄嗟に馬を引き離して距離をとった彼は、続いて更に鮮烈な剣戟でロザリンドを攻めた。
剣が振られればそれははじき返され、槍が振られればそれは避けられる。互いに譲らぬ剣と槍が、ぶつかり合って激しい金属音を立てる。
再び距離をとった悠希は、わずかに口元を緩めた。額からこぼれた汗は、ロザリンドの強さを物語る。そして無論――それはロザリンドとて同じことだった。
「さすがですね……ロザリンドさま」
「ふふ……いえいえ。悠希さんこそ……まさか、これほどまで成長なさっていたとは思いませんでした。なにか……強い心がなければここまで闘うことはできないと思います」
ロザリンドのどこか見通すような目に、悠希は口をつぐんだ。
彼の目は、自然と観客席へと移っていた。百合園学院の仲間たちが、ロザリンドを、そして自分を応援してくれていた。オリヴィア、巡、そして――
「歩さんも……見ていらっしゃいますね」
どきりと、ロザリンドの声に悠希は胸をつかまれた気がした。歩の笑みを見て、胸が高鳴っている自分がいる。それが何なのかは分からない。しかし……きっとそれは……あの届かなかった光のような……。
悠希は、手綱を握る手にぎゅっと力を込めた。
「ボクは……弱い人間です」
「…………」
ロザリンドは何も言わない。ただ、彼女の目は切なく細められている。
「時々、分からなくなります。自分が強くなろうとする意味が何なのか。本当は誰かを助けたかっただけのはずなのに、自分勝手で……肝心なときに何もできなくて……弱い自分がそこにいるってことに気づいてしまう……」
「弱い自分……」
ロザリンドは遠く自分を見ている気がした。
「ロザリンドさま」
悠希はしばらく観客席にいる百合園の仲間見ていたが、やがてロザリンドに向き直った。その瞳には、決然とした色がたたえられている。
「ボクは……強くなります。もっともっと……強くなります。本当の意味で、誰かを守れる力を手に入れるために、本当の意味で――愛すべき人と向き合えるように」
「ええ……私も」
二人の目が鋭くお互いを見据えた。
瞬間――剣と槍の刃は、交錯した。
「はああぁっ!」
「はぁっ……!」
乗馬のスピードを生かして突撃した悠希の剣は、爆炎をまといながらロザリンドへと突き出される。まるで後ろに何か守るべきものでもあるかのよう、彼の鮮烈なまでの気合が、ロザリンドを圧倒した。
だが――旋風のごとく回転した槍が、剣の刀身を弾き飛ばす。そのままの勢いを殺さず、指先を逆手に起こしたロザリンドは続けざまに弧を描く。
瞬間――何かが天空に弾かれる金属音とともに、吹き抜けになっている空から降り注ぐ光が反射した。
「……っ!」
馬の悲鳴が聞こえて、続いて地に落馬する悠希の影。そのときにはすでに、持ち上げた顔の首元を槍の穂先が捉えていた。
主を落としてしまって哀しそうな鳴き声をあげる馬の蹄の音が虚しく響き……そして、勝利宣告が宣言された。
一瞬だけ静寂に包まれていた場内に、喝采が起こる。闘いの健闘をたたえているのだ。そして、それはロザリンド自身も。
差し出されたロザリンドの手を握って、悠希は起き上がった。
「まだまだ……ですね」
「そんなことありません。これから、一歩ずつ強くなっていくのですよ。私もあなたも、そして、お互いの心も……」
「…………はい」
そう、きっと――強くなる。
誓いを込めて観客席にいる仲間たちを見る悠希の瞳は、とても美しく、澄んだ色をしていた。
「ほほう……オリヴィア様の相方さんもなかなかやりますね」
「でしょぅ〜……でも、ちょーっと相手が悪かったかもねぇ」
雄軒とオリヴィアは試合の模様を見下ろしながら互いに会話を交わした。
「相手が悪い?」
「た、確かにそうかもしれませんね……相手が小夜子ちゃんだなんて」
雄軒の疑問に歩が苦笑して答える。
その理由とは――今まさにオリヴィアのパートナー、桐生 円へと迫った白銀の一閃が物語っていた。
「ちょっ、タンマタンマタンマァ!」
「……無理です」
「わわわっ!?」
慌てふためいて身を引く円の鼻先を、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の振るう容赦ない剣先が薙いだ。バックステップして後退した円に、小夜子の鋭い視線が刺さる。
「もう、なんで相手が小夜子さんなんだよ〜、勘弁してよ〜」
抽選運を嘆いて愚痴をこぼす円。とはいうものの、どうやら小夜子自身はやる気のようで、彼女は構えを解くことなく温和な微笑を浮かべた。
「いまさら嘆いても……仕方ありませんわ、円さん」
「……む……そうだけどぉ」
円はふくれたような顔になる。どうも、可能ならば小夜子と闘わずに事を運びたかったようだ。
円の気持ちは、よく分かる。自分とて、決して闘いたいと思っていたわけではなかった。しかし、時にはこういうときもある。それを嘆いたところで、何かが変わることはない。
だとしたら――
「精一杯闘いましょう。もちろん……お互いに楽しめるように、ね」
「…………」
円はしばらく黙っていたが、やがて自らの顔を両手でバチンと叩いた。
「……よし! じゃあ、遠慮しないからね!」
「ええ……望むところですわ」
円の手が拳銃を掴む。すでに弾丸は装填済み――回転。
銃口が吼えると、小夜子も地を蹴っていた。
「はああぁっ!」
地表近くをなるだけ低空で近づいた小夜子の刀が、風を切った。だが、円はそれを後退して避ける――しかし今度は、敵の動きを捉えることの忘れない闘いの避け方だ。
「そこだよ!」
銃弾が小夜子の足元を狙ってくる。
連続して鳴る銃声。しかし小夜子の刀は見事にそれを弾き、再び疾風の速さで駆け出した。遠距離と近距離。互いの利点を生かした闘い方が――一切の遠慮なく繰り広げられる。
(円さんは銃……ならばっ!)
定石だ。
小夜子は銃弾を避けると同時に相手の懐まで一気に飛び込んだ。刀を持たぬ片方の指先が、パチンと軽快な音を鳴らす。
「えっ……!?」
同時に、閃光が目の前で爆ぜた。
「まぶし……!
「いきます!」
瞬間――小夜子の剣線が輝きを持って一閃された。本来ならば、ここで決まるべき闘いだ。相手の視界を奪い、その隙を突いた剣戟。銃ならば……この距離に対抗できる術はない。
――そう、銃ならば。
「…………っ!」
がくん、と、小夜子は足を何かに引っ張られた。
そこにいたのは当然のごとく円ではない。彼女の足を引っ張ったのは、230センチほどの人型のフォルムを象り、まるで西洋の人形のように氷のゴシックドレスをまとっている存在。フラワシだった。
それは無論――観客席の中では一部の者にしか見えていない。いわばそこにあるのは実体を持たぬはずの霊だからだ。コンジュラーだからこそ具現化できる円のフラワシは、小夜子の足を氷結してゆく。
だが――生憎と。
「くっ……やあぁっ!」
「…………っ!」
小夜子は同じコンジュラーだ。姿が見えたからといって全てが解決されるわけではないが、見えぬよりかは遥かにマシである。
小夜子はまだ氷結の手を受けていない片方の足でフラワシを蹴り飛ばし、足の制限を受けない宙へと跳躍した。
しかし――空中とて動きの制限は受けるはず。ましてこちらのフラワシには、まだ氷のティアーズ・ソルベ以外にも、ハバネロ・タイラントの左腕という能力があるのだ。二つの弾丸を宙で避けることはできない。
「これで終わりにしなよ……!」
銃口が吼えた。
そのとき、彼女は信じられない声を耳にした。
「ええ、終わりにします」
――背後から。
二つの弾丸が穿った宙にいる小夜子は、撃ち抜かれると同時に霧散した。まるで、幻のごとく。そして小夜子の刀が、円の背中から首に添えられた。
勝利は、宣告される。
「……終わりましたわね」
観客たちの声に包まれる中で、円はどこか悔しそうな目で小夜子を振り返った。
「まさか……ミ、ミラージュ?」
「…………にこ」
「……くっそ〜、だまされたぁぁ、初歩的なトラップにぃ!」
黙って微笑んだ小夜子に、円は悔しそうな声をあげるのだった。
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