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リアクション
第3章 獣たちの咆哮 1
観客席にて、白砂 司(しらすな・つかさ)は自らのパートナーが出てくるであろう次の試合を待っていた。
出場口から出てきたパートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)を、彼は感慨深そうに見下ろす。
(準々決勝か……なかなか良いところまで進んだもんだな)
正直言うと、さすがにそこまで勝ち進めるとは思っていなかった。無論――彼女のことを信頼していないわけではないが、闘技大会のレベルは事前情報からしても高かった。
それでも勝ち進めたのは、きっと運の強さも関係しているのだろう。勝負は時の運とはよく言うものだ。その点においては、サクラコに分があったということだろうか。
(しかし……)
司はサクラコと逆側の出場口からやってきた少女を見やった。
サクラコはジャタの森に住んでいる三毛猫の獣人であるが……運命の悪戯か、相手もどうやら獣人のようである。ぴょこんと生えた耳と尻尾を見る限り、狼の獣人であろうと知れた。
そして、司はそこにどこか見覚えがある気がして、頭の記憶を捻り起こす。そこから導き出されたのは――
(クオルヴェルの集落の娘か)
運は勝利に味方もするが、対戦相手にも気まぐれを起こすというのだろうか。まさかあのときの魔獣退治の娘と出会うとは思いもよらなかった。ゼノの剣――彼女が祖父から受け継いだ剣があったはずだが、どうやら今回の闘いでは使用しないのだろう。そこは……幸いと思うべきか。
いずれにせよ、獣人同士の闘いだ。心なしかサクラコもいっそう気合が入っているように見える。
いつか、彼女とともに名をあげて名誉を得ることが出来たならば、そのときは……世話になっているジャタの森の獣人族たちにも、知らせに行こう。
(そのときが、本当の恩返しになるのかもな)
リーズは、まさかこの場で彼女に出会えるとは思っていなかった。
「お久しぶりです、リーズさん!」
「……あなたも出てたのね」
目を丸くするリーズに、サクラコは不敵にほほ笑んだ。
「はい、それはもちろん。これでも格闘家のはしくれ……出ないわけにはいきませんよ」
格闘家――その言葉に誉れある響きを発して、サクラコは拳を突き出すように構えた。同様に、リーズも腰に挿した自らの長剣の柄を握り、腰を落とす。
「そして……それはリーズさんも同じですよね」
サクラコのどこか無邪気さを感じさせる言葉に、リーズはくすっと笑った。
「そうね。確かに、同じだわ」
そう、同じだ。チョコレートを売ってなんろか路銀に出来ないかな、という思いが最初の原動力だが、その心の奥底では、闘いにワクワクしている自分がいるのである。
サクラコは、そんなリーズの心の輝きが見えているようだった。
互いに構えをとり、準備は整った。実況者の声が、試合開始を宣告する。途端――二人の足は同時に飛び出していた。お互いに軽やかな動きで詰め寄ると、拳と剣が交錯した。
「はぁっ!」
「ふっ……!」
同時に、二人の身体にめり込む刃の峰と拳。弾き飛んだ二人は身体のバランスを取り直して地に着地すると、再び構えをとった。頬の傷跡をさすって、リーズが口元を緩める。
「やるわね」
「……そちらこそ」
二人は互いを見据えあった。闘いはまだ始まったばかりに過ぎない。だが、その時点でも相手の実力の一部は垣間見えた。スピードはほぼ互角。力も、手数も……同じ獣人であるためか、そこに大きな実力の差はない。
それでも……勝ってみせる。
「はああああぁぁぁ!」
二つの獣の叫びが、場内に激しくとどろいた。
闘技場内に激しい揺れが起きたのは、そのときだった。
「な、なに……っ!」
思わず立ち止まったサクラコとリーズが見上げた場所――観客席の真ん中を割っていた階段から、噴水のように巨大な爆発が起きた。それは、まるで闇の瘴気を一塊にしたような禍々しい力の奔流。獣人の毛が自然と逆立つほどの強烈な殺気が、会場内全体に広がるようだった。
爆発は更にもまして観客席を破壊する。大勢の一般人が叫びと悲鳴をあげて逃げる爆発。その中心から現れた影は――昏い力を鎧のように纏う一人の男だった。
「あ、あいつは……?」
「六黒ッ!!」
男――三道 六黒(みどう・むくろ)の名を叫んで、リーズの前にレン・オズワルドが飛び降りてきた。彼はすぐにリーズたちを守るように進み出ると、即座に六黒に向けて魔銃の銃口を向けた。
「レン・オズワルドか」
「やはり……あの気配はお前だったか……」
「……左様」
六黒はさしたる感慨も抱かぬように答えた。いつの間にか、彼の隣にはパートナーであろう一人の影が召還されている。
妖艶たる雰囲気をただよわせるその美女――帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)は、不気味な笑みを浮かべていた。
「あなた、何が目的なのっ……! なんでこんなことをするのっ……!」
リーズは叫ぶように問いかけた。まるで見たことの無い男……しかし、彼が決して善意を持った者でないということははっきりと分かる。むしろ、脅威であると。それほどまでに、六黒の放つ瘴気は昏く淀んでいた。
「なぜ、か……」
「そうです! せっかく、誇りある闘いを楽しんでいたというのに、なぜ、このような非道なマネを……!」
サクラコがリーズに続けて怒りを露にした。だが、六黒はむしろそれを哀しげに見やると、諭すように口を開いた。
「闘いを楽しむか……しかし、所詮は見世物。演出は……必要であろう?」
「演出だと?」
「そうだ。力と力のぶつかり合い……闘いを楽しむというのであれば、わしもまたそこに加わろうぞ。命と命を削りあう、力の真理だけが在るべき闘いを……!」
いつの間にかレンの周りに集まっていた大会の出場者たち――数多くの強者たちに向けて六黒は告げた。
「お前は……まだそんなことを……」
「いつまでも問おう、レン・オズワルド。……力は他物をひれ伏すためにある。死と生を分かつ力……それがわしらの向かう道なのだ」
六黒は話すことなど無駄だというようにそれ以上声を発することなく、尾瀬からナラカの果実を受け取った。それを噛み砕くようにしてむさぼり食った六黒の身体に、それまでとは比べ物にならぬ圧倒的な魔の瘴気が満ちてゆく。
そしてそこには――虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)という奈落人の憑依がまじわり、葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が変貌する魔鎧が彼を包み込んでいる。
「力……これが、全てをひれ伏させる力よ!」
それが人と言えるのか……それすらも、危ういのかもしれない。
ただ――力という糧を得た魔物を前にして闘う者たちはただ一人として、逃げるということは決してしなかった。
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