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カカオな大闘技大会!

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カカオな大闘技大会!

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第2章 決勝への階段 2

 闘技大会も中盤に差し掛かってきて、観客席もよりいっそう盛り上がりを見せていた。そんながやがやと騒がしい観客に混じって、どこか生意気げに微笑む少女は次なる試合を待っていた。そんな彼女の横では、同じく試合を一緒に待つ小動物のような娘がいる。
「こういう闘技大会って間近で見るの初めてかも……わわ……おやつに持ってきたマカロン食べてる暇なんかないくらい緊張してきちゃった」
「そう緊張する必要はない、ミレイユ。どれ、わしもマカロンをいただいてよいか?」
「う、うん! もちろん」
 ぱくり、と一口マカロンを食べて、少女――ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はくすりと笑った。
「ふふ……しかし、バレンタインディに闘技大会ねぇ。恋と憎悪は紙一重……ならば死合い刺し合うもまた恋愛のようなもの、か?」
「そ、そんなもの、かな……?」
 隣の娘――ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は首をかしげる。どこか天然ボケ気味の彼女のきょとんとした目を覗き込むようにして、ファタは頷いた。
「うむ……じゃからこそ、ヒルダも闘い合いたいのかもしれんのぉ」
「そ、それってシェイドのことが……!」
「かかか……それは分からぬ。じゃが、うちのヒルダは情熱的じゃぞ?」
 ファタはからかうように笑った。
 とかく、真相は分からないが……これから始まる闘いがきっと面白くなるのではないかという予感がファタにはあった。
「どれ、来たようじゃぞ」
 闘技場内に現れたのは、ミレイユとファタ、お互いのパートナーだった。
「へへ……ダンナァ……今日はおもいっきり気分がイイ日だぜェ……なんせ、気兼ねなく闘えるスからネェ……」
 まるで何か薬物でもやってるかのような、快感を露にするヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)が対戦相手に指先を向けてケラケラと笑っていた。ねばつくようなその笑みは、彼女がどれだけ闘いというものに固執しているかを如実に表している。
 いや――闘いではなく、殺し合い……というべきか?
「それは、とても幸運な日ですね。私も、ヒルダさんと闘えるとあって嬉しいです」
 ヒルダに対して、闘いを前にしても静かな笑みを崩さないシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、そう言いながら手のひらに手袋をはめた。ぎゅっと引っ張ったそれを外れないように絞って、これからディナーでもとるかのように優雅に佇む。
 一瞬、お互いの間に静寂が流れた気がした。正確にはそれは、試合開始の合図がされた瞬間の静止だったのだが――瞬間、二人の拳はぶつかり合っていた。
「ほほぅ」
「ひ、ひあ……」
 ヒルダが拳を放てば、シェイドは足をたくみに使ってそれを叩き落し、自らが拳を突き出す。対し、ヒルダの手数はそれを勝る。まるで獣のように跳躍してシェイドの後ろに回りこむと、刃物のように鋭い蹴りと拳を放ってきた。
 しかし、その瞬間にシェイドはすでに次の手を打っていた。相手の足を蹴り払い、続けざまに二重のストレートを放つ。
 互いに譲らぬ肉体の攻防戦。ミレイユたちの目が追いつくのもやっとだった。
「ふ、二人とも応援したいけど、何て言えばいいんだろ? どっちもがんばれ〜! ……じゃ、ややこしいし、う〜ん」
 頭を悩ませるミレイユを置いてけぼりにして、闘いは更に苛烈を極めていた。
 蹴りと拳だけでなく、頭でのヘッドバットや爪による引っ掻きなど、なんでもありなヒルダのスタイルは、相手を翻弄する。
「ヒッハアアァ! ダンナァ、逃げてばっかってわけにはいかねぇゼェ!」
「……っ!」
 徐々に、観客たちの目からもシェイドが押し込まれていっているのは明らかだった。
 軽やかにヒルダの攻撃を避けるものの、その全てが避けきれるわけではない。傷を負ってゆくシェイドは、ついにヒルダの蹴りにぶっ飛ばされた。
「ぐ……っ!」
「ハハッ……ヒハァ……ゾクゾクして濡れてくるぜぇ……こいつぁ面白いナァダンナァ」
「……ですね」
 どこか足元をふらつかせる様子を見せながらも、それはヒルダの自由気ままなスタイルによるものだと知れた。彼女はビクンビクンと闘いの恍惚に酔うと、シェイドを仕留めてやろうと飛び込んだ。
 再び追い詰められるシェイド。だが、次の瞬間――彼の姿は塵となって霧散した。
「ナッ……!?」
「いきます」
 あまりにも順調に事が運び過ぎたことがいつの間にかヒルダの慢心を起こしていたのだろう。恍惚にばかりよって、脳内は本能的にも判断を見誤っていた。
 霧隠れの衣が生み出した霧散の力を用いて、瞬時にヒルダの背後に回りこんだシェイドの拳が、時間が止まったかのようにゆっくりと彼女の背中を捉えた。
 そして――
「フグアァ…………ッ」
 圧倒的な力のこもった拳は、ヒルダの脊椎を砕くかのよう彼女の身にめり込んだ。無論……そこにあって立ち続けられる者はいない。それまでの立ち回りが嘘のように、ヒルダは静かにくずおれた。
「ぐ……く、クソガァ……」
「は、はは……なんとか、勝ちましたね」
 意識ははっきりとしていながらも、どうやらヒルダは身体が言うことを利かないようだ。足に力が入らない彼女の傍で、シェイドは苦笑した。その身体に汗がびっしょりと張り付いていることから、彼にとっても決して甘い闘いではなかったことは物語られる。
「チッ……あんなダマシみたいなマネしやがって……」
「だって、ヒルダさん、手加減されるのは嫌いでしょ?」
 シェイドは彼女に微笑みかけた。
 ……そうだ。手加減は嫌いだ。こっちが舐められてるみたいな、あのクソみたいな目は大ッ嫌いだ。だから、彼女は全身全霊で闘う。殺しあう気で闘う。それを、恍惚として生きている。
 殺し合いは面白い。命の削りあいは、最高のゲームだ。
 手加減なんて、くそったれだ。
「へ……へへ……またやろうゼェ、ダンナァ……今度も、全力でサァ」
「ええ、また、ですね」
 シェイドは優しく微笑んだ。きっとそのときは……ルール無用の闘いを所望されるかもしれないと、期待と戸惑いを、同じほど抱いて。



「はい、と、いうわけで――」
「これより実況は二人体制でお送りしていきます。メイン実況者は私プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)、そして……」
「はい、エセ解説者にしてサブ的実況者、天真 ヒロユキです」
 プラチナムに促されて、いつの間にかビシっと伊達眼鏡をかけていたヒロユキが自己紹介した。
「えーと……シニィさんは?」
「『これから巷で有名なダイエット本を買いにいくんじゃ』と言っておりました」
「なるほど、フリーダムですね」
「というわけで、解説なんてやったことがないですが、不肖、この天真 ヒロユキ、頑張らせていただきます」
 真面目に受け答えをしながらもどこか大会の空気と噛み合っていないことを口にしながら、二人は試合を目前にして進行する。
「なんと今回、ちゃんと救護スタッフがついております」
 そう言ってヒロユキが紹介したのは、横で待機する二人の少女たち――エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だった。
「救護スタッフというより、応援も兼ねておるのだがな」
「兄さんが怪我したら、治療してあげるんです」
 達観したように呟くエクスとニコニコと笑う睡蓮たち。プラチナムはうんうんと頷いた。
「……マスターはこんなにも応援してくれる仲間がいて幸せですね」
「ああ、それは同感だな。が、それよりも……だ」
 瞬間――目の前で雷術の電撃が激しく奔った。
「既に試合ははじまっとるぞ」
「おおっとぉ! 唯斗選手、一気に電撃を奔らせる攻撃に打って出たぁ!」
 エクスに指摘されて、慌ててヒロユキが叫んだ。
 そう――すでに、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)とリーズ・クオルヴェルとの闘いは始まっていた。
「リーズ、俺は……お前に負けるわけにはいかないんだ!」
「それはこっちだって同じ台詞よ!」
「いや……違う」
 忍者のように素早く、リーズの目の前へと迫った唯斗の刀、そしてリーズの長剣が重なって激しい金属音を鳴り響かせた。二人の顔が、ぐっと近づく。
「俺の思ってるものと、お前の思ってるものはまるで違う! だからこそ……お前に勝って、そして認めてもらうんだ!」
「認めて……もらう……?」
 リーズは唯斗のいう言葉の意味を図りかねたが、いまはそれに気をとられている場合ではない。すぐに二人は再び距離をとってぶつかり合った。陰行の術をもってして消え去った彼の姿。こちらの死角をとるのが上手い唯斗のことだ――リーズは気配を察知して、横合いから迫った刀を防いだ。
 二人の均衡する攻防戦を見ながら、エクスが身を乗り出すように口にした。
「ぬぬぬ……リーズもなかなかやるな」
「で、でもいいんですか、エクス姉さん?」
「んぬ?」
「こ、このまま唯斗兄さんが勝っちゃったら、兄さん、リーズさんに……」
 睡蓮は、どこか哀しげな瞳をしたまま声を詰まらせる。それはきっと、目の前のこの、誰かを好きだと素直に思える少女に向けた瞳だったのだろう。
 エクスは、そんな睡蓮ににやりとしか顔をしてみせた。
「なに、この前とても良い話を聞いた。なんでも、一夫多妻制というモノがあるらしいではないか」
「一夫多妻制ですか……あ、あるにはあるんでしょうけど」
「それで万事解決するというものだ。ちゃんと唯斗には嫁にもらってもらわねばな」
 ふっふっふと不敵に笑うエクスに、睡蓮は苦笑した。
 いやはや、それで良いのですかエクス姉さん?
(でも……)
 多分だが、きっとそこにあるのはエクスの優しさな気がした。いまはまだ、闘う二人のことを応援しよう……そんな、彼女の優しさ。
 睡蓮が改めて試合に目をやったとき、すでに勝負は終わりを迎えようとしていた。
「……はぁっ!」
「きゃぁっ……!」
 リーズの剣を避けて懐にもぐりこんだ唯斗は、彼女の腹にひじを叩き込んだ。衝撃で長剣を手離してしまうリーズ。もはや、彼女の勝機は薄かった。
 気づけば――リーズをそのまま押し倒すような形になっている唯斗。二人の顔は、互いの息がかかるほどに近かった。
「ちょ……」
 羞恥に赤く染まるリーズが慌てて唯斗から逃れようとしたが、それを彼は拒んだ。
 今だ。今しかない。これが、きっと神様の与えてくれたチャンスってやつだ……!
 がっちと、唯斗の両手がリーズの肩をつかむ。
「リーズ、俺はお前が好きみたいだ」
「え……」
「あの夜……あの、ナイトパーティの夜、お前の笑顔を見て解ったよ」
 ナイトパーティ――獣人の集落で行われた、夜のパーティで、二人は再会していた。初めて出会った魔獣との戦いから、今日が三度目の再会。
「俺は……お前と一緒に生きていきたい」
 友達だと思っていた。
 信頼ある友であり、尊敬できる友人。きっと、これからもどこかで再会して、そのときには、楽しい冒険の話を聞かせてくれるんだろうと、そう思っていた。
 そんな、友からの告白。
「え……ええ……えと……」
 パニック状態だ。
 まるで自分の髪のように頬を赤く染めたリーズは、わちゃわちゃと手を振ってわけの分からない言葉を連発していた。もはや、何を言ってるのかさっぱりである。
「で、でも……ゆち……にににんは、え、エクス……さ……」
 じっと、黙ってリーズの目を覗き込んでくる唯斗。
 なんだろう、なんだろう、なんだろう……とにかく――!
「ふやあああああぁぁ!」
「げぶぁっ!!」
 ――羞恥のあまり、リーズの拳は渾身の勢いでアッパーを繰り出した。
 顎からぶっ飛ばされた唯斗は、そのままひゅるるる……どかん! と地に舞い落ちた。
「……な、なんで……」
「だ、だって……そんな…………そんな突然言われても……わからないもん!!」
「だからって……アッパー……ぐふっ」
 ばたりとつぶれた唯斗。
 これは……どう見ても……。
『えーと、リーズ選手……の勝ち……でいいの、かな?』
 もはや勝ち負けなどどうでもよくて。
 とにかく混乱する頭をどうにかしたいと、リーズは赤い顔をぶんぶんと振って闘技場を後にした。
「なんだかなぁ、だな」
 少しだけどこか嬉しい顔で、エクスはそう呟いた。