リアクション
● 「さあ、続いての試合はリーズ・クオルヴェル選手対、久途 侘助(くず・わびすけ)選手……なのですが…………」 実況席のサングラス少女は、歯切れが悪そうに言って周りをきょろきょろと見回した。 リーズはすでに準備を整えて場内にいるものの、対戦相手――すなわち侘助の姿が見当たらぬ。このままだと不戦勝になってしまうということを警告しながら、彼を待とうとし始めた。 そのとき―― 「どっかーん!!」 場内の大地が爆発し、そこから……奇妙なマスクを被った男が姿を現した。 「ふはははははっ! 悪の化身、久途 侘助参上! チョコは俺がもらったあああぁぁ!」 「…………」 父親だけでなくこちらもまた珍妙な相手とは……リーズは頭を抱えた。 しかし、どうやらあきれ返っているのはリーズだけではないらしく、観客席で侘助の応援に回っていたパートナーの香住 火藍(かすみ・からん)も頭を押さえていた。 「あんな登場して……は、派手すぎる……」 観客たちの空気からも「なに、あれ馬鹿なの?」という声が聞こえてくるようだ。 が、まあとりあえずは…… 「正体を名乗っておいてマスクする意味ってないんじゃ……」 「おお、そりゃそうか」 リーズの指摘に、案外素直に侘助はマスクを外した。 とはいうものの、悪役気分をやめるつもりはないようだ。高笑いして、リーズに向かってビシっと指を差してくる。 「リーズ、お前は本当にチョコがほしいのかっ!?」 「……そ、それはまあ……」 大会に参加した目的自体が、チョコを売って金を稼ぐことにあるリーズだ。ほしいのかと聞かれれば、もちろんである。 「そうか……よしその気持ちよく分かった! しかーし!」 侘助は頷いて納得したように見えたが、すぐに声を張り上げた。 「そう簡単に手に入れられると思うな! チョコがほしければ、まずは俺を倒してからにしてもらおうか!」 「…………なんだかよく分からないけど」 戸惑いは隠しきれないが……こちらも戦士。立ち向かうというのなら容赦はしない。リーズは、愛用の長剣を侘助に向けた。 「チョコは手に入れる。だから……望むところよ!」 お互いが構えをとったその瞬間、試合開始の掛け声がマイク越しに伝えられる。 瞬間―― 「……ッ!」 侘助の刀が、眼前に迫っていた。 「ふふふ、俺の二刀流を味わうがいい!」 声は学芸会の悪役のように気取っているが、そのスピードは風を旋風となって切り裂く。しかも、それは一閃だけではない。わずかに差をつけた二閃の剣筋が、リーズへと襲い掛かった。 獣人特有の俊敏な動きで後退し、なんとかそれをかわすリーズ。 だが、すでに侘助は地を蹴ってそれを追っていた。 「く……」 「おらおらおら、来ないならこっちから行くぜ?」 幾多にも重なるように、刀身がなんどもリーズに打ち振られる。そのたびに、リーズは長剣でそれを防ぎ、後ろへと引き下がりながら避け続けた。 なんだあいつは、と、若干小バカにしていた観客たちもどよめきの声をあげている。 (なんのかんのと……闘いで手加減できないのは、あの人のいい所なんでしょうかね……) 闘う二人を眺めながら、火藍はそんなことを思った。 闘技大会はイベント事でありながらも、戦士たちの誇りをかけた闘いである。それを理解しているのかもしれない。あるいは、彼の口元が笑みへと緩んでいるのを見るに……自分も、それを多少は楽しんでいるのかも。 (楽しみ方が歪んでる気はするんですがね……照れ隠しでしょうか) 火藍が見守る中で、打ち払われる金属音が連続で鳴り響く。リーズの剣と侘助の二刀の刀が、ぶつかり合っているのだ。 だが、その均衡を破り始めてきたのはリーズの剣だった。徐々に彼女の気合が洗練されていく。 「はぁ! はっ!」 「んぐぐ……」 今度は、侘助のほうが後退し始める番だった。 二刀流の手数をもってしてようやく歯止めを作ることの出来るリーズのスピードに、徐々に押し込まれてゆく。 (あんたはそんな所でへばる人じゃないでしょう……俺を落胆させないでくださいよ) 火藍の心が彼に伝わったのかどうかは分からない。 しかし、後退する侘助の足は引きとどまった。不敵な笑みとともに、再び闘いに均衡を作り出す。にやりとした余裕の笑みは、なにか秘策でもあるというのか。 それは―― 「ふふふ、そんなもんでチョコを渡せれると思うなよ! 恋人といちゃこらしたいなら、もっとお前の力を出してみろ!」 「いちゃ……!?」 ボッと赤くなったリーズ。 「ははははっ! イチャイチャラブラブバレンタインデーなど、俺がゆるさーん!」 「そ、そんなもんじ……そんなもんじゃゃないってのっ!!」 「げばぁっ!」 怒りと羞恥が入り混じった形相で、リーズが振りかぶった拳は侘助の頬にめり込んだ。そして呆気なく……彼はばたりと地に倒れる。 「ふっ……そ、その愛の力があれば、これからも大丈夫さ。お、俺の屍を……越えてゆけ……ぐふっ」 最後まで悪役をあきらめることのない台詞を口にすると、侘助は完全に動かなくなった。 まあなんというか…… 「因果応報ってやつですかね……変な悪役なんかするからですよ」 火藍の呆れた声こそが、事実であった。 |
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