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カカオな大闘技大会!

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第1章 盛り上がれ闘技大会 5

「もう、心配で追っかけてきたって……なに考えてるのよ!」
「ま、まあまあ、リーズ」
 しょぼんとして観客席に座る父親に怒鳴りちらすリーズを、ルカはなんとかなだめた。横では恭司が呆れるような困ったような顔をしており、そしてもう一人――
「で、あなたも共犯ってわけね」
「あ、あははー。い、いや、心配しておっかけてきた父親の気持ちってのもわかるじゃん? だから協力してあげようかなーと」
「その協力がこの覆面男Xのカンペってわけ?」
「……はは」
 アールドの横で同じく座らされている茅野 菫(ちの・すみれ)は、ごまかすように苦笑した。いつもは強気で挑む彼女も、さすがにリーズのいまの怒りを目の前にしてはおとなしくするしかなかった。
 下手なことを言ったら何をされるかわかったものではない。
「リーズ、そう彼女を責めるでない。全ては私がわる――」
「そんなことは分かってるのよ」
 リーズは父の言葉を遮ってギロリと睨みつけた。
「ったく……心配で追っかけてきたのは良いとしても、なんでそこから闘技大会に参加するかな……」
「いや、なんでも『ばれんたいんでぃ』とやらは意中の相手にチョコを送る日というではないか。父さんはもしやお前に意中の相手がいるのかと思ってだな……」
「ばっ……そ、そんなのいるわけないでしょっ!?」
 第一、だからこそ自分は集落から出て行ったのだ。
 名目上、彼女は花嫁修業で旅立っていることになっている。本当はある男を追いかけるためなのだが、それは決して好きという感情とは違うと思っている。
「うぅむ……なら良いのだが、半端な男では、私は認めんぞ」
「はいはい……もう、分かったわよ。とにかく、今回の大会中はおとなしくしておいてよね。じゃ、私はそろそろ出番だから……」
 リーズはそう言って、たてかけてあった剣を掴んだ。
「んじゃ、あたしはこのままリーズの応援でもするかな」
 菫はどうやら大会を楽しむ側に回ることを決めたようだ。ふいに、真面目な表情になったアールドがリーズに声をかける。
「リーズ」
「なに?」
「優勝しろ……クオルヴェルの名に懸けてな」
「……了解」
 ゼノの剣を背中に、彼女は観客席を後にした。



「さあ、続いての試合はリーズ・クオルヴェル選手対、久途 侘助(くず・わびすけ)選手……なのですが…………」
 実況席のサングラス少女は、歯切れが悪そうに言って周りをきょろきょろと見回した。
 リーズはすでに準備を整えて場内にいるものの、対戦相手――すなわち侘助の姿が見当たらぬ。このままだと不戦勝になってしまうということを警告しながら、彼を待とうとし始めた。
 そのとき――
「どっかーん!!」
 場内の大地が爆発し、そこから……奇妙なマスクを被った男が姿を現した。
「ふはははははっ! 悪の化身、久途 侘助参上! チョコは俺がもらったあああぁぁ!」
「…………」
 父親だけでなくこちらもまた珍妙な相手とは……リーズは頭を抱えた。
 しかし、どうやらあきれ返っているのはリーズだけではないらしく、観客席で侘助の応援に回っていたパートナーの香住 火藍(かすみ・からん)も頭を押さえていた。
「あんな登場して……は、派手すぎる……」
 観客たちの空気からも「なに、あれ馬鹿なの?」という声が聞こえてくるようだ。
 が、まあとりあえずは……
「正体を名乗っておいてマスクする意味ってないんじゃ……」
「おお、そりゃそうか」
 リーズの指摘に、案外素直に侘助はマスクを外した。
 とはいうものの、悪役気分をやめるつもりはないようだ。高笑いして、リーズに向かってビシっと指を差してくる。
「リーズ、お前は本当にチョコがほしいのかっ!?」
「……そ、それはまあ……」
 大会に参加した目的自体が、チョコを売って金を稼ぐことにあるリーズだ。ほしいのかと聞かれれば、もちろんである。
「そうか……よしその気持ちよく分かった! しかーし!」
 侘助は頷いて納得したように見えたが、すぐに声を張り上げた。
「そう簡単に手に入れられると思うな! チョコがほしければ、まずは俺を倒してからにしてもらおうか!」
「…………なんだかよく分からないけど」
 戸惑いは隠しきれないが……こちらも戦士。立ち向かうというのなら容赦はしない。リーズは、愛用の長剣を侘助に向けた。
「チョコは手に入れる。だから……望むところよ!」
 お互いが構えをとったその瞬間、試合開始の掛け声がマイク越しに伝えられる。
 瞬間――
「……ッ!」
 侘助の刀が、眼前に迫っていた。
「ふふふ、俺の二刀流を味わうがいい!」
 声は学芸会の悪役のように気取っているが、そのスピードは風を旋風となって切り裂く。しかも、それは一閃だけではない。わずかに差をつけた二閃の剣筋が、リーズへと襲い掛かった。
 獣人特有の俊敏な動きで後退し、なんとかそれをかわすリーズ。
 だが、すでに侘助は地を蹴ってそれを追っていた。
「く……」
「おらおらおら、来ないならこっちから行くぜ?」
 幾多にも重なるように、刀身がなんどもリーズに打ち振られる。そのたびに、リーズは長剣でそれを防ぎ、後ろへと引き下がりながら避け続けた。
 なんだあいつは、と、若干小バカにしていた観客たちもどよめきの声をあげている。
(なんのかんのと……闘いで手加減できないのは、あの人のいい所なんでしょうかね……)
 闘う二人を眺めながら、火藍はそんなことを思った。
 闘技大会はイベント事でありながらも、戦士たちの誇りをかけた闘いである。それを理解しているのかもしれない。あるいは、彼の口元が笑みへと緩んでいるのを見るに……自分も、それを多少は楽しんでいるのかも。
(楽しみ方が歪んでる気はするんですがね……照れ隠しでしょうか)
 火藍が見守る中で、打ち払われる金属音が連続で鳴り響く。リーズの剣と侘助の二刀の刀が、ぶつかり合っているのだ。
 だが、その均衡を破り始めてきたのはリーズの剣だった。徐々に彼女の気合が洗練されていく。
「はぁ! はっ!」
「んぐぐ……」
 今度は、侘助のほうが後退し始める番だった。
 二刀流の手数をもってしてようやく歯止めを作ることの出来るリーズのスピードに、徐々に押し込まれてゆく。
(あんたはそんな所でへばる人じゃないでしょう……俺を落胆させないでくださいよ)
 火藍の心が彼に伝わったのかどうかは分からない。
 しかし、後退する侘助の足は引きとどまった。不敵な笑みとともに、再び闘いに均衡を作り出す。にやりとした余裕の笑みは、なにか秘策でもあるというのか。
 それは――
「ふふふ、そんなもんでチョコを渡せれると思うなよ! 恋人といちゃこらしたいなら、もっとお前の力を出してみろ!」
「いちゃ……!?」
 ボッと赤くなったリーズ。
「ははははっ! イチャイチャラブラブバレンタインデーなど、俺がゆるさーん!」
「そ、そんなもんじ……そんなもんじゃゃないってのっ!!」
「げばぁっ!」
 怒りと羞恥が入り混じった形相で、リーズが振りかぶった拳は侘助の頬にめり込んだ。そして呆気なく……彼はばたりと地に倒れる。
「ふっ……そ、その愛の力があれば、これからも大丈夫さ。お、俺の屍を……越えてゆけ……ぐふっ」
 最後まで悪役をあきらめることのない台詞を口にすると、侘助は完全に動かなくなった。
 まあなんというか……
「因果応報ってやつですかね……変な悪役なんかするからですよ」
 火藍の呆れた声こそが、事実であった。