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カカオな大闘技大会!

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第1章 盛り上がれ闘技大会 4

 人を今にも殺すかねないとすら思える刃物の双眸に、まるで鬼のような尖った白髪。いまどきのヤンキーのような風貌でありながらも、その肉体は絞りきられて強靭なものである。
 ただの不良じゃない。そう観客が気づいたのは、白髪の鬼――ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)の技が恐怖すら抱くほどの力と速さをもって対戦相手を攻めたてていたからだった。
 悪鬼のごとく、目の前の敵を粉砕することのみを考えた破壊の手が次々と相手を攻める。
 その手に握られるハンドアックスが、一気に振りおろされた。
 が――
「ぬっ……」
 ジガンの目の前から、そいつは一瞬にして消え去っていた。前方から迫る刃物の気配。しかし――寸前でジガンはそれが幻影でありフェイクに過ぎないと気づいた。
 本命の背後から迫ったアサシンソードを、ジガンはとっさに飛んでよけることに成功した。
「……ほう、なかなかやるではないか」
 地を転がった勢いで立ち上がったジガンを見やって、感心したような声を対戦相手が発した。
 まるで子供かと思うように低い背丈であるが、眼鏡の奥の瞳は大人の悪戯げな色でジガンを見ていた。毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)――彼女は、指先でアサシンソードを転がしながら囁くように言った。
「ふむ……気合の入れ方は実に直線的だが、戦い方は効率的でもある。本能によるものか?」
「なにをゴチャゴチャぬかしてやがる……!」
 見下すようにも見えた大佐の視線に、ジガンは声を荒げた。
「実に興味深い対象だ」
 不敵に口角を緩めた大佐は、瞬間――ジガンの目の前にいた。
「くっ……」
「さあ、ついてこれるか?」
 大佐の両手に握られる幾多ものアサシンソードが、まるで無数の手のように襲ってきた。ジガンはそれを必死で食い止めてゆく。捉えきれぬ刃もあるが、それが致命傷を負わないのはひとえに自らを守る鎧のおかげであった。
 一見すると大した外観を思わせぬそれ――魔鎧ザムド・ヒュッケバイン(ざむど・ひゅっけばいん)は、確実に主を守っている。闘技大会のルール上、助力を与えることはできぬが……鎧としての能力にとて隙はない。
「ぐ、おおおぉぉぉ!」
 追い詰められてゆくジガンが雄たけびのような声を発した。
 途端――彼の身からあふれ出る鬼のような烈気は、一気に大きさを増した。速さでは勝てなくとも、この力と、この気合と、この絶え間ない闘いへの欲望で、目の前の敵を粉砕してみせる。
(面白れぇ……面白れぇよ!)
 ジガンの表情が恍惚に歪むと、彼は盾と鎧を駆使して大佐の刃を打ち払って迫った。大佐はそれを冷静に見極めて隙間を狙ってゆくが……ジガンの手は本能的にそれを防ぐ。
 余裕の笑みは消えているものの、大佐の目は興味深げな色を失っていなかった。
「はぐああぁっ!」
 ――眼前に盾が迫った。
 咄嗟に避けた大佐の横っ面を、ジガンのアックスが叩ききる。もはや、ルールを覚えているのかすら怪しい獣の戦い方だ。だが、大佐はにやりと笑った。
「面白いが……芸がない」
「……っ!」
 瞬間――大佐の腕にあるアンクレットが輝いたと思ったとき、すでにジガンの首元にはアサシンソードが突きつけられていた。それまでのスピードの比ではない。流星のアンクレット
がもたらした驚異的な速さは、ジガンがアックスを降ろすよりもはるかに上をいっていた。
「スピードというものはこれぐらいなくてはな」
 そこに悪鬼はいなかった。
 目の前の想像を越えた敵に、ジガンは呆然と立ち尽くすしかなかった。

「敗北……負……不……?」
「チッ……んだ、くそ……」
 闘技場控え室の隅で、ジガンは苛立った声を吐き出しながら座り込んでいた。それまで鎧となって彼とともにあったザムドは、人の姿になって彼と対面している。
“スピードというものはこれぐらいなくてはな”
 あのちっこい対戦相手の言葉が、ジガンの脳裏を過ぎった。
 えらそうなことを言いやがる。そう思いながらも、ジガンは自分の手が震えているのを知っていた。恐怖でもない。これは……可能性への期待だ。
 負けたことには腹が立つ。自分にも、あのちっこい奴にも。余裕の顔で勝ちやがって……。
 だが――
「……面白れぇ」
 ジガンは誰ともなくつぶやいて、唇を歪めた。そして、拳を力強くぎゅっと握ってポケットに突っ込むと、立ち上がった。
「いくぜ、ザムド」
 ジガンに従って、ザムドも立ち上がる。すると、そこにすっと誰かの手が小さな何かを持って差し出された。
「どうぞ」
「…………」
 そこにいたのは、優男とでも言うべきか、美しい笑みを浮かべる赤髪の青年だった。
「お疲れ様です。惜しかったですね……また、ぜひ参加してください」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。無言で立ち止まったままでいるザムドに、彼は小さなお持ち帰り用チョコを手渡した。そして再びにこっと笑うと、その場を立ち去る。
「なんだ……? あいつ」
「…………」
 ジガンの怪訝そうな声が聞こえる傍で、ザムドは手のひらのチョコをじっと見つめていた。
「甘味……ノウェム……嬉?」
「……さあな」
 闘技場を後にすべく歩き出したジガンの後を、ザムドは追う。大事そうに、チョコを手のひらに乗せたまま。

 橘 恭司(たちばな・きょうじ)は困惑していた。
「さあ、続いての試合は、橘 恭司選手ウウゥゥ、対――謎の覆面X!」
 目の前のそいつは、明らかに慌てて作ったであろう布の覆面を被っている。
 実況席から聞こえてくるサングラス少女の声が伝えてきた名前もそうであるが、まったく顔が見えない覆面男ということで怪しさ全開である。
「名前、年齢、容姿一切不明! 謎の覆面男の登場で、大会は盛り上がってまいりました! この得体の知れない対戦相手に、橘選手はどうでるのか!」
 ……それは俺も教えてもらいたい。
 恭司はくたびれた顔になった。色々と対策は練っていたが、まさかこんな奴が出てくるとは想定外である。
「ふふふふ……」
「おーっと!? 謎の覆面X、ついにその口を開きました! なんか口がもどもごとなって聞き取りずらい! ぶっちゃけややこしいぞ覆面X!」
「優勝は私がもらった……えーと、残念ながら君にはここでちりもつもれ……ん? いや、はうすだすと? ん……?」
 くぐもった声ながらも喋りだしたのはいいが、覆面Xはなにやらぎこちない喋りで声を詰まらせ、首をかしげた。すると「っと、どこだったか」となにやらごそごそと懐の中を探り始め、「あったあった」と一枚の紙を取り出した。
「えー、ごほん。残念ながら君にはここで散ってもらおう」
「はあ……」
「我が拳……存分に受けるがよい!」
 カンペらしき紙を見ながら、改めてビシっと決める覆面X。
 できれば対決をご遠慮願いたい、と恭司は思い始めたが、そうもいくまい。それに……
「恭司さーん! 頑張ってー!」
 観客席から、リーズ・クオルヴェルが彼に声援を送っていた。
 この闘技場で久しぶりに出会った偶然から応援をしてくれてるだけだが、それでも、声援を受けて負けるわけにはいかないのである。……一応、これでも男だ。
「き、貴様……」
 すると、リーズのほうへ目をやっていた恭司の背中に、言いようのないほどの殺気が触れた。もはや、それは悪寒に近い。恐る恐る振り返ると、そこにはなぜか肩を震わせて怒りを露にする覆面Xの姿が。
「貴様、貴様か……貴様がチョコを受け取る意中の男でラブラブウッフンとかする男なのか……!」
「な、なに、なんだ……!?」
 覆面Xから放出される悪魔のようなオーラに、恭司はたじろいだ。
「おおーっと、覆面X、これからの闘いへの前準備なのでしょうか。気合十分といった様子です!」
 絶対にそんな健全なものではない。
 明らかに敵意をもっているであろう覆面男の拳が力強く握られる。同時に、試合開始の声が張り上げられた。瞬間――
「なっ……!」
「うおおおおぉぉ!」
 一瞬のうちに目の前にまで地を蹴って迫っていた覆面男の拳を、恭司はなんとかかわした。そのまま相手の勢いを利用して、後転する要領で投げ飛ばす。
 覆面男はしかし、それを軽くいなして着地した。そして、再び恭司に連続した拳で攻めてくる。
 こいつ、成りはおかしいが強い……!
「貴様なんぞに、チョコは渡さん!」
 優勝賞品は自分がもらうという意思表示なのか? 不明瞭なことを言っているが、恭司はそれに疑念を持つ暇もなく相手とせめぎあった。お互いに格闘術を使用した拳と拳のぶつかり合い。
 重い拳が、互いの身体を粉砕するように穿った。
「ぐぅ……!」
「がはぁ……!」
 だが、それでも譲らぬ。
 拳の重みは向こうに分がありそうだが、こちらは手数で攻める。恭司は覆面男に投げ技と蹴りを複合させて攻撃した。
「くっ……貴様なんぞに、私は負けん! 負けんぞおおぉ!」
 何が覆面男をそこまで駆り立てるのか。
 獣の雄たけびのような叫びとともに、覆面の男はいっそうスピードを増して恭司へ迫った。その尾骨から生えているのは、紛れもない獣人の証たる獣の尾。
 こいつ、狼の獣人か。正体が一つ明らかになり、覆面男のスピードが増した理由も納得できた。相手にとって、不足はない!
 さて、そんな盛り上がる闘いの場よりも、だ。
「ん……?」
 恭司と互角の闘いを繰り広げる覆面男が獣人だと明らかになると、リーズの顔がしかめられた。
「あれって……」
「んにゃ、どうしたの、リーズ?」
 横にいたルカが、尋ねてくる。
「いや、あの身体にあの身長、それにあの声にあの尻尾は……」
「あー、狼の獣人みたいだね? 狼……ってことは、リーズと一緒か」
 そもそも、この闘技場だけでなくラムール自体に獣人は少ない。もともと森や林など自然を居住区に構えることの多い獣人族たちは、なかなかこういった都市部には住まないのだ。
(もしかして……)
 リーズの脳裏に一つの疑念が湧いたとき、恭司の拳が覆面男の顔を捉えた。
 咄嗟に避ける覆面男だが、直撃は免れたものの、その拳に肝心の覆面を剥ぎ取られてしまう。そこから露になった顔は――
「やっぱり!! 父さん!!」
「父さん?」
 きょとんとした声をあげたルカもそこにあった顔をよく見る。
 紛れもない、クオルヴェルの集落の長であり、かつリーズの父でもあるアールド・クオルヴェルの顔が、そこにあった。
「し、しまった……!? い、いや、リーズ、これにはわけがあってだな……」
 慌てて観客席のリーズに向かって弁解しようとするアールド。
 だが、そのとき――
「あ」
 すでに繰り出されていた恭司の回し蹴りが、みごとにアールドの脳天にクリーンヒットし、そして……
「ぐべ……っ!」
 ぐるんと一回転するほどの勢いで地に叩きつけられたアールドは、ピクピクとするばかりでそれ以上動くことはなかった。