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カカオな大闘技大会!

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第1章 盛り上がれ闘技大会 3

「おーい、コッチに弁当一つ頼むぞー」
「へい、お待ち! なににしやしょうか?」
「なんで江戸っ子なんだ? ……まあ、いい。そうだな、このラムールスペシャル弁当というのを一つ」
「お、お客さんお目が高いねぇ。こいつぁラムールでも有名な……」
「お父ちゃん! のんきに話してる場合じゃないでしょ! 他にもお客さんたくさんいるんだからっ!」
「おっとこいつぁいけねぇ。んじゃ、これラムールスペシャル弁当一つ。またごひいきに!」
 何かとノリのいいおっさんは弁当を一つ手渡して代金を受け取ると、出来のよさそうな娘のもとへとその場を立ち去った。
 そんな弁当係の名もなき登場キャラクターを困惑で見送って、とりあえず白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)はラムールスペシャル弁当を開けてみることにした。
「おお、これはなかなか……」
 中に入っている食材はどうやらラムールの各店がそれぞれ提供しているものらしく、この地では有名なものがいくつか確認できる。ボリュームも満足のいくものだ。これであの値段ならば、引っ張りだこなのも理解できる。
 うんうんと頷きながら、セレナは早速食べようとして――箸を握るその手が、ぴたっと止まった。
「こ、これは……」
 自らぶるぶると震えながら持ち上げたそれを見て、セレナは呆然と呟いた。それは、黄金に輝くような艶のある光沢を放ち、それでいてしっとりと軽い。まさに人の食を知り尽くしたといっても過言ではないほどの食感と甘さをもち、一つ一つが丁寧な職人の技をもってして作り上げられる。
 油揚げ――それは、神の与えた唯一無二の食材であった。
 それが、それがこんなところでもめぐり合うとは!
「しかし……」
 喜びに打ち震えていたセレナの表情は、ふとしかめられた。どれだけ油揚げがなにものにも勝る万能料理であろうと、セレナもセレナで数多くの油揚げを食してきている――言わば油揚げ需要者のエキスパートであった。
 果たして、ここの油揚げはいかなるものか?
「はむっ」
 油揚げ、口内へと投入。
 …………一口、二口。次の瞬間、セレナはかっと目を見開くと、顔を俯けてぶるぶると全身から震えだした。そして、
「うまい!!」
 一言、彼女はとびっきりの笑顔で叫んだ。生やしたままの狐の耳と尻尾が犬のようにふりふりと動いているのも、心からの喜びの証である。
「いやー、まさかラムールの油揚げがここまでうまいとはな。これは盲点だった」
 心の中の油揚げ上級リストにきっちりと書き込んでおいて、セレナは改めて食事を楽しんだ。そして、もぐもぐと食べながら闘技場に目掛けて声を張った。
「おー、風天まけるなよー」
「なにを……のんびり……言って……るんですかっ!」
 そう、既に――闘技場内では試合が始まっていた。ぶつかり合う剣と刀の金属音の間を縫って、九条 風天(くじょう・ふうてん)がセレナに返答した。そんな風天の一瞬の緩みへ、容赦なく白銀の剣が打ち振るわれる。
「よそ見をしている暇はないですよ!」
「…………っ!」
 ドレスのようなソードダンサーの服に身を包んだアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が、まるで踊るような接近戦で風天へと迫っていた。服と調和するダンスのような華麗な舞いとともに、素早い剣戟が繰り出される。空飛ぶ魔法を併用した攻めからは、まるで羽のように光が舞い散っていた。
「キャー! アリアサマー!」
「ステキー!」
 そんなアリアには、いつの間にか日本の女子高生的ノリのファンがたくさんついていた。……一部、おっさんたちが混じってはいるが。
 声援を聞いて、アリアは満足げな表情である。なにせ、今回の彼女が身につける装備は、ラムールの商人たちから借り受けたものだからだ。
 この闘技大会がもともと商人たちの宣伝効果を期待して開催されていたことから、「伝統は大事!」という彼女らしい理念のもとに各装備を借りて出場したのである。無論、その効果はファン達の声援から言わずもがな……更なる魅了たる闘いのために、アリアは剣を振るう。
「そこぉ!」
 風天が放った一閃を避けて、アリアは天のいかずちを放った。雷撃に襲われて、風天は一瞬であるが隙を見せる。そこに、アリアは瞬時に突きを繰り出した。
 しかし――
「ふむ……とったな」
 セレナの呟きと同時に、風天はアリアの予想だにしない行動をとっていた。
 本来――人は攻撃を避けようとするとき、本能的に後ろ、あるいは左右にさがるものである。それはわずかながらに心に潜む恐怖からくるものでもあり、それが最も安全な策でもあるからに他ならないのだろう。
 だからこそ、攻撃が重なり合う瞬間にさがる位置を予期して決定打を繰り出すことは、セオリーとも言える。えてして――セオリーは勝者によって覆される。
 風天はアリアの剣に向かって身を乗り出した。自らの刀を相手の剣に重ねると、それを弾くようにして上空へ跳躍する。
「……っ!」
 アリアがそれを追ったときには、既に遅い。
「これで、いかがですか?」
 背後へと回り込んだ風天の刀が、アリアの首へ穏やかに寸止めされていた。
 実況席から、勝者宣告が聞こえた。もちろん、それは落ち着いた笑みを浮かべる風天に他ならない。
「すごい……これだけ圧倒的にやられたら、何も言えないわ……」
 苦笑して、アリアは剣を収めた。
「そんなことないですよ。それだけ……ボクもムキになってたってことです」
 二人はお互いに笑みを交わしあった。風天も刀を収め、ふと、彼はアリアの鞘へと目をやる。
「ところで……その剣、良いですね……すごく丁寧に打ちこまれてる」
「ふふ……ラムールの路地裏で細々とやってるお店で売られてるものですよ。もし良かったら、地図でもお渡ししますけど」
「ほんとですか? 刀も売ってるかな……?」
 横並びで話しながら武舞台を後にする二人に、ファンや観客たちのねぎらいの声が届く。その中にいて、セレナは誰ともなく呟いた。
「……強くなったな」
 彼を誇らしく思う……そんな瞳を、微笑に湛えて。

 圧倒されていたのかもしれない。
 観客席の歓声の中には、呆然としたような感嘆の声が漏れていた。「すごい……」というその声をもたらすのは、武舞台で闘う少女と青年。
 観客に混じって席に座る相田 なぶら(あいだ・なぶら)のパートナー、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が、そこにいた。
「…………!」
「うわっととっ!」
 フィアナの巨大な剣が、連続して青年に覆いかかっていた。凄まじい大きさと重量をほこる剣を軽々と持ち上げて振るう、その猛然とした攻め方は、獅子のそれを思わせる。鋭く、そして重く、風をきる速さで、止まることのなくフィアナは攻めたてた。
 しかし、白髪のどこか飄々とした雰囲気を漂わせる青年は、慌てふためきながらそれを軽やかに避けていた。
 フィアナの渾身の一閃が振るわれる。
「おわぁっと!」
 慌てた声をあげてわちゃわちゃと動きながらも――しかし、直撃をまったく受けることなく、青年は飛びのいた。
「お、お、お? おー、首はまだ残ってたかー。いやはや、あぶないあぶない」
 青年――クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は、自分の頭を二、三度ぺたぺたと触り、そして首をさすりながら安堵の息をついた。
「しかし……つよいなぁ、お嬢さん。お兄さんちょっとビックリ」
 にへらっと笑いながら軽口を飛ばすクドを、フィアナは苛立ちをもって見据えた。
「……ふざけているのですか?」
「ま、まさか……お兄さん、可愛いお嬢さんと対面しててドッキドキなんですなぁ、うんうん。…………も、もちろん、ちゃんと闘いますよ?」
 さすがにフィアナの目が鋭く睨んできたので、クドは銃を示すように掲げた。
 何を考えている、この男……? 言葉と口数だけを見れば、明らかに頭の悪い素人のそれである。しかし……そんな頭の悪い男が運だけでこちらの攻撃を避けきれるはずもない。まして傷一つ負うこともなく、などは。こちらを試しているのか……?
 観客席のなぶらは、あれだけの攻めをしていたフィアナが、一度身を落ち着かせてクドと対峙していることに心配そうな目を向けていた。
 いや……考えるだけ無駄か。いずれにせよ。
「…………?」
 クドは、ふと観客席に見やっていたフィアナに怪訝そうな目を向けた。
「どうしたんですかい?」
「いえ……ただ、考えていただけですよ」
 フィアナは巨大な大剣を持ち上げて、構えをとった。その瞳には、一滴の迷いもない。
「全力でぶつかること。それが、私のやるべきことだと」
「……なるほど」
 クドはきょとんとした顔でぽつりと呟いた。わずかに……つま先はフィアナに向けて動いていた。
「それに、クド・ストレイフさん……あなたの本気も見てみたくなりました」
「…………」
 フィアナの唇が不敵な笑みを形作った。そうか、私は……
「参ります!」
 ――この闘いに、期待しているのか。
 フィアナの攻撃は、更にいっそうの速さと重みを増していた。それまで避けるだけに集中していたクドは、初めて彼女に反撃してきた。フィアナの剣を避けると同時に、引き金が絞られる。交差しあう銃弾と大剣のぶつかり合い。
 守ることを一切考えないとてもいうのか。フィアナはひたすらに突撃を繰り返す。銃弾をかわきれているのは、もはやその剣の大きさと突撃の速さによるものでしかない。
 クドの口から軽口が消えていた。それほどまでの烈気と強さを兼ね備えて、フィアナの攻撃は続く。
「うおおおぉ!」
 クドは自分でも驚くほど咄嗟に気合の叫びを上げていた。本気と本気のぶつかり合い。
 クドの懐に、フィアナがもぐりこんだ。
「もらいます……!」
「……っ!」
 避けきれない。
 しかし、クドは直撃を受けることだけはかろうじて避けようと、故意と衝撃だけをもらった。避けてばかりのその戦い方には似合わぬほど、彼の防御力は並々ならぬものだった。弾き飛んだクドを追って、フィアナが追撃する。
 瞬間。
「なに……っ!」
 フィアナの周りを、黒き炎が壁のように奔った。無数の焔が連なるようにして、フィアナを囲う。だが、フィアナの意志を止められるほど、それは脅威とはならない。大剣で炎の壁を斬り裂くようにして突撃する――直前。
 まさか……!
 フィアナは自分の誤りに気づいた。違う。これは足止めでも攻撃でもない。これは……
「ジ、エンド」
 カチャ……と、炎の役目に気づいたときには、フィアナの後頭部に銃口が押し付けられていた。続いて、炎は徐々に吹き飛ばされるようにして散った。
 観客たちの観るは、勝敗の決まった決定的瞬間だった。
「……炎は視界を失わせるため。最初からそのつもりでしたか?」
「まー…………いちおう、作戦としてはってとこはですねー」
「まったく……」
 自分の力不足と対戦相手の手間のこんだようなややこしい思考と、いろんなものに呆れるように、フィアナはため息をついた。そしてなにより……負けてしまったということに。
「これじゃ、示しがつかないですね」
「そうでもないみたいよ?」
「え……?」
 クドに指を指された背後にフィアナが振り返ったとき、そこの観客席にいるなぶらは、彼女に向けて親指をぐっと立てていた。
 よくやった。そう言ってる気がした。
 クドがほほえましそうな笑みで、フィアナに告げた。
「あんたのやりたかった役目だって、きっちり向こうには伝わってると思うよ」
「余計なお世話で…………って、そんなことまで気づいてたんですか?」
 クドは、先刻の闘いでの鋭い目が嘘のように、にははとかるーく笑った。
「まったく……不思議な人ですね」
「いやー、お兄さん、美少女の心なら読めるのです、うむうむ」
「びしょ……!?」
 もしかしたら――頬を赤く染めて戸惑うこのフィアナを見ることが、クドの最大の目的だったのかもしれない。