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リアクション
第2章 そこにあったはずのもの 6
保管庫の奥に積まれていた伝承や伝奇たる資料を読み漁る正吾は、すでにいくつもの本に手を出しては目的の手がかりさえ載っていないことに落胆していた。疲れたように本を戻す彼に、パートナーのヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が声をかけてきた。
「正吾……少し休憩したらどうだ?」
「……ああ」
そう言いながらも本棚を探すことを止めない相棒に、ヘイズは呆れるような目を向けた。しかしそれは、正吾を止めることはできないといった理解の色でもあった。
「まだ気にしてるのか?」
「…………」
ヘイズのそれが何を指しているのか、正吾は分かっていても答えることができなかった。口にすることが、自分の心を責めたてるような気がした。
「……守れなかった、か」
ヘイズの声が静かに聞こえた。
そうすると、あのとき――エンヘドゥを守れなかったときのことが正吾の中で思い起こされた。守ると、そう誓っていた。しかし、結果はあのザマだ。仕方がないと言えばそうなのかもしれない。現に、それを責める者はいなかった。
しかし――
「ヘイズ……」
「……ん」
正吾は本を閉じて、そのまま宙に向かって口を開いていた。
「俺は美那……エンヘドゥに、どんなことがあっても味方になると言ったんだ」
「…………」
「だから、彼女が本心……魂から敵対しているならシャムスさんやロベルタさんらとは敵対するかもしれないな」
ヘイズは何も口を挟むことはしなかった。ただ黙って、正吾の話を聞いていた。
「ただ……操られているならどんな犠牲を払っても彼女を取り戻す。そして、それを邪魔をする奴はぶった斬る」
正吾は歯を食いしばるほどの意志を込めていた。
その場にいなかったヘイズには、彼の意志に何も言うことはできない。いや、例えそれを見ていたとしても……きっと彼は何も言うことは、しないだろう。
「そうか」
ヘイズはそれだけを返すと、再び正吾とともに資料を漁り始めた。
心喰いの魔物――それがモートのことなのかどうかは分からない。ただ、何でも良い。ひとつでも、ほんの少しでも美那を救うための何かが見つかればと、祈りを込めて探す正吾のために……ヘイズはただそれを助けるだけだった。
「ふぅ……それにしても、見つからんのぉ」
「……そうだね」
本棚を探し続ける鳳明とヒラニィは、全然目的の品が見つからぬことに疲れを見せ始めていた。ヒラニィは、ふと疑問に思ったように口にする。
「ところで、どうしてそこまでしてシャムスたちの記録にこだわるのじゃ? 他にも使えそうなものはありそうな気もするが……」
すると、鳳明はどこか気恥ずかしそうに答えた。
「私、実の親を知らないし、義理のお姉さんは都会に出てから連絡が取れないし……だからかな? 血の繋がった家族は皆仲良いといいな〜、なんて思っちゃうんだ。美那さ……じゃなかったエンヘドゥさんちも、ね。たとえ、今はすれ違いで仲たがいしててもさ……」
ヒラニィにそう答える鳳明の顔は、どこか寂しそうで、羨ましそうでもあった。
「だから、この保管庫で『仲睦まじいニヌア家の風景』を探したいんだ。そうしたら、きっと彼女たちのことも、変わるような気がするから」
真摯なその思いに、ヒラニィは思わず何も言えなかった。どう言葉をかければ、と考えあぐねていたような気もする。しかし、彼女はすぐに明るく声を張った。
「ふっ、なるほどの。なら、安心しておくといい! ふっ、わしにかかれば物探し程度朝飯前よ! これがプロフェッショナルとアマチュアの違いじゃっ!」
「……ありがとう、ヒラニィちゃん」
「ぬっ!? べ、別に鳳明の言う姉妹仲良く云々に感化された訳じゃないのだからなっ。そこんとこよろしく!」
お礼を言われると、ヒラニィは真っ赤になった顔をそっぽ向けて芋ケンピをぽりぽりと食べ始めた。その後ろ姿が少しかわいくて、鳳明はついつい笑ってしまった。
「な、何を笑っとるんじゃ、鳳明っ!」
「ううん、なにも」
素直になれないパートナーを見ながら、鳳明は彼女と一緒にいられてよかったと、素直にそう思った。
茅野 菫(ちの・すみれ)は、かろうじて残されていた中央カナンの神聖都について書かれた資料に目を通していたが、やがてため息をついてそれを本棚に戻した。
神聖都の歴史やその当時の神官については記されているものの……さすがに記録が古い。それに、もう少し核心に迫るような何かがないかと期待していたのだが、そこはやはり南カナンのものだからということか、神聖都についてそのもの自体が大したものがなかった。
「何も、手がかりになるようなものはなかった?」
「まーね……そっちは?」
同じ歴史文献の棚を調べていたリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に尋ねられて、菫は子供とは思えないほどのふてぶてしい態度でリーンに聞き返した。とはいえ、リーンは気にすることなく彼女に向けて苦笑した。
「この城が建てられた頃のことや、ニヌアについての歴史はある程度把握できるけど……それ以上はなんとも……」
エリシュ・エヌマについての何かが記されていないかと期待していたのだが、どうやら見当違いだったか?
すると、会話していた二人のもとに慌てたように神野 永太(じんの・えいた)がやって来た。
「あれ、二人ともそこにいらしてたんですか? ちょ、ちょっと、向こうまで来てもらえませんかっ!」
一体、何があったのか。
互いを見やって首をかしげる二人は、先に向かっていった永太を追って本棚を後にした。
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