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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第3章 漆黒の罠 3

 そこは……書庫らしき場所のひとつだった。他の部屋と違ってひどく荒らされている様子が見られないことを考えると、どうやら魔物たちはここには気づいていないらしい。あるいは、ネルガルの手によってここが攻められたときに気づかれなかったのか。
 なぜならそこは、床下だったからである。
 薄暗い部屋の中で本を読んでいるのは、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)だった。――いや、正確にはテレサ・ヴァイオレット(てれさ・う゛ぁいおれっと)だ。スカサハの意識なき彼女は、普段からは想像できないナラカの仮面と巫女服を着て部屋を探索していた。
 そこに、アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)が声をかけてくる。
「どう? 何か見つかりました?」
「ふ、ふふ……歴史書がたくさんあるよ。とってもとっても面白そうなの」
 くすくすと笑うテレサに、アテフェフは顔をしかめた。
(全く……よりにもよってテレサとなんてね……あたしとしてはあの子とは関わり合いたくもないんだけど)
 スカサハの姿とはいえ妖艶かつ不吉に笑う彼女に、アテフェフはあまり良い気分はしない。その気分は、どこか癇に障るというのが一番近いのかもしれなかった。
 しかし、仕方あるまい。
 探索は鬼崎 朔(きざき・さく)から頼まれたことだ。……愛しき者のために尽力を尽くすのは、当然のことではないだろうか。
「ふ……ふふ……ふふふふ」
「どうしたの? アテフェフちゃん?」
「ううん、なんでもないですよ」
 恍惚に浸っていたアテフェフをテレサの声が引き戻した。すると、テレサは続けて一冊の本を彼女に見せた。
「なんですか、それ?」
「くす……とっても面白い本なの」
 そう言うと、テレサはアテフェフに本を差し出した。
 怪訝になりながらもその本を読み始めるアテフェフ。すると、そこに描かれていたのは……エリシュ・エヌマに酷似した飛空艇の姿だった。
「これって……」
「ねぇねぇ、朔ちゃんこれで喜んでくれるかな?」
「え、ええ……そうですね」
 すると、タイミングよく――アテフェフに朔からの精神感応が届いた。
『アテフェフ?』
「さ、朔……!」
 まるで飼い主を見つけたペットのように、アテフェフの顔が恍惚に歪んだ。テレサの目がそれを羨ましそうに見ているのが、なんとも言えなかった。
『そろそろ動きがある頃かと思ったけど……どうだった?』
「え、ええ……面白いものを、見つけたわ!」
 朔の声が久々に聞こえて、アテフェフは思わず叫ぶように言った。その顔は恍惚から半ば不気味ささえ思い起こさせるように歪んでいる。もはや彼女の頭の中には朔のことしかないのかもしれなかった。
『そ、そう……それで?』
「あ、そ、そう、えっと……」
 しかし、さすがに彼女も想いを寄せる本人の声に冷静さを取り戻し始めた。テレサから受け取った本を見下ろして、朔に声を返す。
「……テレサが見つけてくれた本に、エリシュ・エヌマっぽい飛空艇の絵が描かれてたの。しかも、随分古いお話の一部みたい」
 本来は、精神感応であれば口に出して喋る必要性はない。頭の中だけで会話をすることも可能であるはずだ。それでも彼女が声を発して会話しているのは、おそらくテレサのことを考えてのことなのだろう。……わざわざ「テレサが見つけた」と告げたことも、あるいは。
「それに……エリシュ・エヌマっぽいやつの近くに描かれてるこの人……これって、イナンナ様なんじゃないかな?」
『イナンナ?』
 朔の声が怪訝さを含んで鋭くなった。
 どうして、イナンナがエリシュ・エヌマと一緒に描かれているのだ? あれは、南カナンの地下にあった遺産のはずだ。それに、イナンナはそのようなことを一言も言っていなかったはずだが……。
「朔?」
『…………』
 朔の精神の声は途切れてしまった。どうやらなにか考え込んでいるようだ。再びアテフェフが彼女を呼ぼうとしたとき、その前に朔の声は復活した。
『ありがとう、アテフェフ、テレサ。とりあえず、もう少しだけ探索を続けて。……また何かあったらこっちから声をかける』
「わ、分かったわ」
 朔のその声には何か含んだものがあった気がしたが、アテフェフはそれに突っ込むことはなかった。今はとにかく、彼女の役に立てることをするべきだ。
 それは……横で無邪気にほほ笑んでいるテレサと一緒に。
「じゃ、続きを探しましょうか」
「うん、了解ー」
 いましばらく、彼女と一緒の探索は続きそうだった。



「ぬっふっふ……古城探索とは、なんてワクワクするイベントなの。お宝の匂いがプンプンするわ〜!」
 そう言って、言葉通りのワクワク顔でやたらとテンションが高かったのは羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)だった。
 古城を探索する一団の中ではしゃぐ彼女に、共にいる水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)のじと……とした視線が注がれる。
「まゆりさん……お宝って……目的はそうじゃなくて」
「あ、あはは……だ、大丈夫よ〜。情報纏めでしょ。ライターの基本は情報収集と纏めだからね! 大船に乗った気で任せてってば」
 ぽんっと自分の胸を打つまゆり。そこから飛び出ている無駄に大きな二つの玉を見ながら、緋雨は本当に大丈夫だろうかと思わざる得なかった。なにせ、「楽しいこと」をモットーに生きている彼女だ。ライターとしての情報能力はあるものの……とにかく心配は絶えない。
 そんな心持ちの緋雨に、あっけらかんとした声をかけるのは葛葉 杏(くずのは・あん)だった。
「大丈夫よ、緋雨さん。そんなに心配しなくたって、まゆりさんもやるときにはやってくれるわ……多分」
「お、アンアン、分かってるねー」
 いつの間にかあだ名で呼ばれているが、杏はさほど気にすることなく笑っていた。そんな彼女を見ていたら、ふと緋雨は気になることが浮かんできた。
「そういえば、杏さんはどうしてこの探索に参加したの?」
「え、私? いやー……実は私ってアイドルスターなんだけどね」
 アイドルは分かるがアイドルスターは分かりません。
 そんなツッコミが頭の中に浮上してきたが、聞くのは野暮だろうと緋雨はその言葉をなんとか飲み込んだ。
「私のファンが、白騎士なんつー、なぜか私より目立つポジションに立ってねー。これは元の地味キャラに戻さないといけないって思ったという」
「白騎士って……」
 彼女が言っているのは、まず間違いなくエンヘドゥのことだろう。
 地味……だったか? それ以前に、彼女のファンだったのだろうか。
「うーむ、白騎士許すまじ! と、いうわけでやってきたってわけ」
「な、なるほど」
 とりあえず、ニュアンスはよく伝わってきた。
「まー、あとは…………思春期と反抗期を拗らせると大変だわーなんてね」
「反抗期?」
「あ、いやいや、こっちの話」
 どことなく真面目な顔になってささやいた杏だったが、緋雨に聞かれても彼女は手を振ってそれ以上のことは言わなかった。