リアクション
第3章 漆黒の罠 5
武器庫の奥に密やかにあったのは階段であった。かつては何らかの牢屋にでも使っていたかのような不穏な空気の漂うそこを通ってゆくと、そこにあったのは魔物たちの巣を彷彿とさせる暗き部屋であった。そしてその奥には、鎖を巻かれた大剣があった。
そして、それを見やるは久我 浩一(くが・こういち)である。どこか飄然とした雰囲気をかもす彼は、大剣を持ち上げた。まるでそれは、竜でさえも一撃のもとに断ち切れそうな巨大な剣であった。これを軽々と扱える者はそうそういないだろう。
しかし――あるいはあの騎士団の中であれば。
そう思うと、どこかその剣はそれを想定して置かれていたのではないかとも思えてきた。浩一は、シグラッドの顔を思い浮かべる。
「死して尚、導くか。親心は偉大だね」
「シグラッドが、この剣をこのときのために残したと?」
浩一に声を返したのはパートナーの希龍 千里(きりゅう・ちさと)だった。彼女は周りを警戒しながらも、浩一の言葉が気になったようだ。
「さあ……それはどうかわからないけど、すくなくともこの大剣が隠されてるここの入り口は、誰にも見つからないように壁を上塗りされてたんだ。隠してたってことは、秘密があっておかしくないだろ?」
「……そうですね」
千里は頷いた。しかし、こうも思う。
(それは同時に――罠としても考えられますね)
ふいに聞こえてきたのは、何かの箍が外れる音だった。まるで千里の心情を合図とするかのように聞こえてきたそのときすでに――それは動き始めていた。
「壁が……ッ!?」
両側の壁が押し迫ってきていた。無論――このままでいればお互いに潰れてしまうことは必至だ。咄嗟に、二人は階段に向けて駆け出した。
――だが。
「まずい!」
剣を手に入れることと罠の発動は連動していたのだろう。両側に迫る壁だけではなく、階段にたどり着いたとき、階段を阻むかのように壁が降りてきていたのだ。このまま、ここで潰れるのを、まるであざ笑うかのように。
壁が、迫る――!
しかし……千里はあきらめていなかった。
「はああぁぁっ!」
次の瞬間、彼女の拳が正面の壁を撃ち破った。もともと脱走を防ぐための降下した壁であったことが功を奏したのだろう。壁を撃ち破ってそれを崩すと、なんとか階段に二人は躍り出た。そして、両側の壁がついにぶつかったのはほぼ同時だった。
「…………」
思わず、言葉を失う。なにせ、あと一歩遅ければ死んでいたも確実だったのだから。
とにかく、生還することは出来たのだ。なんとか呼吸を落ち着かせて、浩一は千里に言った。
「千里……ありがとう」
「いえ……」
あれだけのことがあったにも拘わらず落ち着いている千里は、半ばぶっきらぼうに答える。
「それにしても……よくあんな方法を思いついたね。壁をぶち破るなんて普通はしないよ」
「逃げるのは性に合いません。力ずくの方が私らしい。それに……逃げ場もなかったですしね」
そのとき、千里が薄く笑ったのを見て、浩一もまたほほ笑んだ。
まったく、いつもこれだ。彼女には、本当に助けてもらっている。感謝だけじゃ……足りないぐらいに。
「ところで、どうしてそこまでして剣を欲したのですか?」
ふと、千里が聞いた。浩一は大事そうに剣を抱える。
「何かを生み出すのには理由があるからさ……武器は人を傷つけるけど、それも誰かを守りたいからなんだと思う。この剣は罪を重ねてきたのかもしれないから、ああやって封印されてたんだろうけど……受け入れて共に進む勇気もきっと誰かが持ってるさ」
「貴方……らしいですね」
「はは……俺はこの剣も扱えるってわけじゃないだろうし、千里ほど強くはないから、結局、戯言なのかもしれないけどね」
自嘲するように浩一は笑う。しかし、千里はそれに同調することなく彼に言い返した。
「それは違う」
その瞳に湛えているのは、どこか哀しみと、そして信頼にも似たもののような気がした。
「貴方の方が強い。私は、貴方程……心から誰かに信を置く事は出来ませんから」
だから、共にあることを決めたのだ。
自分にもそれが出来るように。本当の信ずる関係を築けるように。いつか――貴方にも、追いつけるようにと。
「……でもさ」
浩一がほほ笑んだ。
「俺は千里が俺のことを信じてるってことも……信じてるよ」
「…………」
千里はしばし言葉を失った。
何か声を返そうかと唇を動かし始めたが、まるでそれを遮るかのようなタイミングで浩一が話を切り替えた。
「よし、それじゃあまずはリーンさんたちに連絡だな。とりあえず武器庫は確保したっと」
早速無線機を取り出した浩一がリーンたちへと連絡をとる。
その様子を見守りながら、千里はほほ笑んだ。普段は笑うことの少ない自分がほほ笑んでいるということもまた、彼女自身には驚きだった。
(こうして、貴方は私に勇気や感情をくれる。それも……やっぱり貴方の強さなんですよ)
その言葉は誰にも聞こえることなく、心の中で静かにつぶやかれた。
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そこは――恐らくは並大抵のことでは発見できないものであるだろう。真摯なる情熱と深き知見のもとにあって、初めて見出すことの出来るものであったに違いない。今は亡きシグラッドもまた、それを期待した上で、だ。
それは、巨大なエントランスの地下に隠されていた。飾られている10の石像をある一定の形に動かしたとき、初めてその道は開かれたのである。
その道の入り口で戦うのは、少年と巨大猫のようなゆる族だった。
「はぁっ!」
クロスファイアの炎を受けた魔物に対して、
シャロット・マリス(しゃろっと・まりす)はレーザーブレードを振るった。彼が扱いには少々大きめのそれは、唸りをあげると敵を一撃のもとに斬り裂く。
クロスファイアを放った張本人である
ミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)はそんなシャロットの姿にのほほんとした声をあげていた。
「兄ちゃん、かっこいいー!」
「はは……ありがと」
敵を追っ払って、二人はようやく地下通路を進んだ。その先にいたのは道を開きし少女である。少女は、地下通路を進んだ先にある膨大とさえ言える文様を見て感嘆の声を漏らした。
「すごいですわね」
それはある意味芸術と言っても過言ではなかった。中央に描かれるレリーフは見たところイナンナであるが、それを中心として浮き彫りの文様がびっしりと異次元でも表すかのよう描かれている。
少女――
ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)の目がじっくりとそれを見据えた。
「まるで古王国時代の遺跡のようですわ……実際、それは間違ってないのかもしれませんけど」
彼女の手がなぞらえたのは、イナンナのレリーフの左右に描かれている模様の一つであった。四角形と八角形。その中心には穴が空いている。
穴を険しい顔で見下ろしながらパートナーの
ティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)が言った。
「なんかあやしいぜ、この穴……」
これだけの模様の中にある穴は、確かに怪しげな雰囲気をかもし出している。
「シャロット、銃型HCの地図を見せて」
「ん……はい、姉さん」
ランツェレットは、義弟から銃型HCを受け取ると、オートマッピングの地図を確認した。実際に把握できる地図には、明らかに空洞的なものが確認できる。それも一種の建築様式であると理解することも出来なくはないが……どうも違和感はぬぐいきれなかった。
「シャムス卿ならば見つけられるであろう秘密……」
穴を調べながら、ランツェレットが考え込む。
そんな彼女の背後で、シャロットは腕にのっかるペットのサラマンダーを近づけた。薄暗い部屋の中だ。穴を調べるにも、光がある程度必要だろう。
「シャムス卿は弓の使い手でしたね、セフィロトボウの」
「弓の技術は随一っていうよね」
「イナンナの加護なくして装備できない弓……」
ティーレの声を聞いて、ランツェレットは再び頭を唸らせる。すると――やがて彼女は何か思い至ったように顔をあげた。
「……四角形と八角形の紋様」
自らが呟く声と視界に映るレリーフを確認する。
もしかしたら……このレリーフの意味は……。
「ティーレ、ホドとケセドの矢を持ってませんでした?」
「ん」
ティーレは、ランツェレットの表情がある答えを導き出したことを理解した。すかさず彼女が取り出したホドとケセドの矢を受け取って、ランツェレットは矢の先端をそれぞれの穴に突っ込んだ。
ケセドの矢は四角形の紋様、そしてホドの矢は八角形の紋様の穴だ。すると、二つの矢はまるで鳴き声でもあげるかのように光を発した。
「……!」
光は炎と氷を含み、やがて模様を魔力が伝いだす。蛍が線を描いて飛ぶようなそれは、最後にイナンナのレリーフをなぞった。そして――
「こうなってたのか」
自分が解いたわけでもないのになぜか自慢げな表情のティーレの前で、イナンナの像を割って扉が開いた。先は暗くて見えないが……恐らくは、シグラッドが隠した秘密に通じることは肌そのものさえもが感じていた。
「行きましょう」
どこか興奮冷めやらぬ声で仲間を促すと、ランツェレットは先導して先を目指した。
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