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リアクション
第2章 そこにあったはずのもの 3
「ロベルダさんは……心喰いの魔物について知っているかい?」
先を行く一行の中で、ふと黒崎 天音(くろさき・あまね)はロベルダにそう問いかけた。
「心喰いの魔物……ですか」
繰り返して言ったロベルダに、彼は含みある口調で続きを語った。
「先日とある『流れ者の村』に立ち寄った時に、先代領主と縁の深い人物と出会ったよ。どうやら魔術師らしい老婆だったけれど、品のある様といい随分高位の魔術師に見えたな。どうも昔は領主家の相談役なんかしていたような話だったね……で、その彼女から話を聞いたんだ」
相談役をしていた高位の魔術師……ロベルダは、確かにかつてニヌア家にそのような女性が仕えていたのを覚えていた。引退した今は南カナンのどこかでひっそりと暮らしているという話だったが、まさか彼女と会っていたとは。
ロベルダの興味深そうな瞳に唇を浮かして、天音は語り部のごとく言った。
「ただ唯一抗う手段があるとすれば、それは心の影に支配されぬ強さを持つしかない……もしかしたら伝説になるくらい過去にも、この地に現れた事があるのじゃないかと思ってね」
心喰いの魔物について知る者は、それこそその老婆を含んだ歴史と伝承に精通している者しかおらぬであろう。目の前の青年は、それを自らの足で耳にしてきたということか。そして、それに推測を立てている。
「ただの伝承に過ぎませんよ」
ロベルダは感心は見せたが、苦く笑って天音に答えた。
「私も、ほとんど知っていることはありません。しかし、かつて……確かにそのような魔物がこのカナンの地を襲ったという話はあります。名称については諸説ありますが、いわゆる“心喰いの魔物”というのはそれを現しているものなのです」
なにせ、あくまでも『伝承』に過ぎぬことだ。
文献と語り部の言葉だけで伝えられてきたそれをロベルダも確かに耳にすることはあったが、それ以上はよく分からなかった。
天音のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、ロベルダと相棒の言葉に低く唸る。
「心の影か……影が存在する、という事は光もまだそこにあるという事の様な気がするが。むぅ……影に支配された人間を元に戻す為の方策のようなものでも明らかにならんと、危うくておちおちそんな魔物には近づけられんぞ」
ブルーズはそんなことを口にして、ついと天音のほうに目をやった。すると、彼は背筋の冷えるような悪寒を感じさせる微笑を浮かべている。
ブルーズはこれからの自分の未来を想像して、ため息をつくしかなかった。
すると、そんなブルーズのため息に混じるようにして、
「クックック」
突然、畏怖を感じさせる不気味な笑い声が聞こえてきた。
はたと振り返った皆の中、ロベルダの護衛をしていた夜月 鴉(やづき・からす)の隣に悪魔ジョン・ドゥ・レル(じょん・どぅれる)が姿を現していた。
「心喰いの魔物とは……」
「……出てきやがったか」
ため息をつく鴉を見る限り、どうやらジョンが出てくるのはそう珍しいことではないらしい。道化師のような仮面をはめた不気味な姿をした彼は、ロベルダの前にすっと進み出ると、軽快ながら尊大な物言いでロベルダに問いを投げかけた。
「して……その心喰いの魔物に関する物も、この先の保管庫に眠っているのかね?」
「さあ、それはなんとも言えません。なにせ、私も来たことのない場所ですので」
不気味な悪魔に喋りかけられても動揺を見せないのは、さすがに長年の年の功を思わせた。
「しかし、シグラッド様の話では、重要な文献も残っているようですし……可能性はなくはないでしょう」
「クックック……なるほどなるほど」
どことなく、その笑い方も慣れてくればかわいらしく見えてくるから不思議なものだ。鴉はそんな勝手に出てきた悪魔に言った。
「どうせ出てきたんなら……護衛ぐらい手伝えよ」
「クックック……よかろう。我輩とてそのぐらいは断るまい」
むしろ帰ってくれといわんばかりの視線が皆の中から刺さるが、ジョンは気づいていながらも愉快そうに笑ってロベルダの護衛に混じった。
そろそろ通路もある程度まで進んできたように思える。
と、そのときであった――通路の向こう側の空間で、なにやら戦っている少女の姿が見えたのは。
「な、なんでしょうあれは……」
ロベルダたちがたどり着いたとき、そこにあったのは……超絶怪物大バトルであった。
「クク……ククク……」
ジョンにも負けないような不気味な笑い声をあげた少女――ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)は、その小さな身体のどこからそんなパワーが出てくるのかといわんばかりの巨大な戦斧を掲げていた。
更に彼女の体内からあふれ出る大量の瘴気が、まるで闇の底から召還したかのような黒き瘴気の使い魔たちを作り上げている。蛇、猪、犬、虎……そしてなぜかペンギンのような鳥だった。影そのもののような真っ黒なその瘴気の獣たちは、彼女を囲うベアウルフとオークたちに立ち向かい、蹂躙の宴を広げていた。
瘴気がぶちまけられる不気味な音がそこら中を奔り、闇の風が周りを吹き荒れる。その中でなぜか笑う小さな少女は、果敢にも立ち向かってきたベアウルフに戦斧を振るい、その身体を両断した。
「クク……ククク……これでは……どちらが……怪物か……わかりませんね……ククク……」
不気味に笑う彼女だが、その実はただの迷子が「化け物が襲ってきたので返り討ち」にしましたという程度に過ぎなかった。パートナーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)とはぐれてふらりとやってきたヤンジュスであったが、どこをどう通ったのかいつの間にか地下の暗い通路を渡っており、気づけばこうして戦闘開始である。
そんな大怪獣バトルを見ながら呆然とするロベルダたちであったが、その空気に緊張が走ったのは通路の奥から現れた三体の巨人を見てのことだった。
「あれは……」
巨人を見定めたロベルダの声が、静かに漏れた。
彼を守るように前に進み出た鴉とシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)たちに、一つ目の巨人は獲物を見つけたときの鋭い目を向けた。
――サイクロプスだ。シャウラは事前にルース中尉から聞かされていた情報からその名前を呼び起こした。
今回は幸いにも、銃ではない。敵に向けて矢を構えると、銃器を扱っていたときの血の匂いはしなかった。
手は震えていない。どこか現実離れした魔物が相手だからか、それとも既に殺意を向けることに慣れてしまったのかは定かではない。しかし……まだマシか。
(とにかく、ロベルダさんを守らないとな)
サイクロプスが現れたことで、戦っていたネームレスも一時後退していた。
その横で、サイクロプスを見つめるルイ・フリード(るい・ふりーど)が楽しげに笑っている。
「ほぅ……私も相手をしたことのないモンスターさんたちですね」
城に入る前、同じくネームレスと同様に迷子になっていた彼であるが、少なくとも悪い人ではないらしい。むしろどこかの恩返しをする鶴のように積極的に「力になりましょう!」と、やはり今のような満面の笑みを浮かべていた。
一転して敵の宝庫というわけだ。
奴らがネルガルたちによって放たれた魔物でないという可能性は高まったが、いずれにせよその真実は目の前の障害を倒して先に進まない限り分かるまい。
(気になるのは……魔物の種類だがな)
サイクロプスに向かって身構えた契約者たちの中で、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は不相応なほど冷静な頭でそんなことを考えていた。
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