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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第1章 魔の徘徊者 2

「では、あとはこちらに任せて」
「……わかりました」
 心苦しそうに顔を歪めながらも頷いたロベルダたちが城の中へと向かったのを見送って、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は振り返った。視界に映るのは、獰猛な牙を露わにして彼を睨みつける狼と豚の魔物たちだった。直前まで戦っていた魔物の一部は、彼の握る獲物が物語るように地に伏している。
 柄の両脇に刃を宿す星双剣を模した剣。レプリカだが、その力は並みの武具よりかは十分な精度を誇っていると言えた。
「さて……多勢に無勢か」
 魔物たちの本能的な思考は、大勢で彼を取り囲もうとしている。
 恭司はにやりと不敵な笑みを浮かべていた。なに、分が悪い賭けは嫌いではない。少なくとも俺はすでに賭けの一端に手をかけることには成功しているのだ。あとは……中に入った連中が上手く事を運ぶことを祈るのみだ。
 そして――後始末もな。
 恭司の手のひらに火術の炎が燃え盛った。それを見たとき、魔物たちがこれ以上の行動は許さないとばかりに、襲いかかってきた。
「ッ!」
 飛びすさった直後に、恭司は炎を放った。
 もともと、魔法というものに耐性の少ない魔物たちは炎にまみれて苦しい声をあげた。だが、恭司はそれを致命傷にしようとは思っていない。炎に脅えを見せた魔物たちの中に、彼は一気に飛び込んだ。
「はあぁっ!」
 気合十分に振るう双刃が、敵を斬り裂いた。続けざまに、双刃は止むことなく魔物たちを一閃してゆく。捉えることのできないその動きに、魔物たちは翻弄される――が、それを打ち止めたのは、一体のベアウルフだった。
 恭司の懐まで入り込んだそいつは、装備していた剣を荒々しく振るってきた。思わず飛びのいた彼の顔は、その明らかに違う洗練された動きにしわを寄せた。
「リーダー格というわけか」
 ある程度知性はあるということか。構えをとったそいつは仲間たちに向かって吼えて連中を動かしていた。
(……まずいな)
 多勢に無勢も無能だけなら恐れるに足らないが、統率がとれると厄介だ。
 更に、恭司にオークとベアウルフたちの追撃の手が迫った。連中の攻撃はなんとか避けきれるが、その隙を狙って刃を振るってくるリーダー格だけには手を焼いた。
 徐々に追い込まれてゆくのが目に見えてきた。このまま、受け手に回っているだけでは……
 氷結の力が敵の背後からなだれ込んだのは、そのときだった。
「!?」
「ふー……間に合ってよかったのです」
 下っ端の魔物たちを氷漬けにするそれは、お玉から放たれるアルティマ・トゥーレの力に他ならなかった。かすかに光を散らすお玉を握るのは、どこか場違いのような子供のような目をしている少女――オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)だった。
「恭司さん、大丈夫ですか?」
「お前は……先行して他の連中を送っていたんじゃなかったのか?」
「えへへへ……向こうはもう終わりましたんで、今度はこっちの番なのです」
 別ルートから仲間を送っていたオルフェリアは、無邪気に笑って答えた。その間にも、くるくるっと回したお玉が背後からも近づこうとしていたオークたちに冷気を放っていたのは、顔に似合わずさすがというべきか。
「それに、オルフェだけではないのです」
 瞬間。
 まるで主の声に呼応するがごとく、オルフェリアに向けて飛び込んでいたリーダー格のベアウルフとの間に、上空から影が舞い落ちた。振りおろされた剣を、その影は一瞬さえも動じることなく受け止める。
「させはせん」
 ベアウルフを打ち払って、現れた青年は声高らかに宣言した。
「我が名はジル・ド・レイ(じる・どれい)。我が誇り、我が名誉にかけて……仲間を守り抜く!」
 それはまるで……いや、本物の騎士と言うべきか。
 襲いかかる魔物たちを果敢に打ち払いながら、オルフェを守る姿は騎士のそれであった。オルフェたちと背中越しに戦いながら、恭司が申し訳なさそうにつぶやく。
「すまん……手間をかけさせる」
「いえいえ……どうってことはありませんなのです」
 恐らくは光条兵器なのであろう……お玉をくるくると華麗に回すオルフェリアは、次々と冷気で敵を氷結で足止めしてゆく。それに続いて、ジルと恭司は敵を確実に仕留めていった。
 ふと、恭司の背中から温かな光が彼を包み込んだ。それは神々しい神の息吹のような神聖さを持っており、彼の傷ついた身体を癒してくれる。
 恭司が目をやった横で、オルフェリアが微笑んでいた。
「オルフェたちは一人ではないのです。カナンの人たちのための場所を、一緒に切り開いてゆく仲間なのです」
「…………」
 仲間か。
 そうだな……だから俺たちは、こうして戦える。
「ジルと言ったよな」
「ああ、そうだ」
「よし、ジル……一気にいくぞ。遅れるな」
 最大出力の火術が魔物たちを包み込んだ。その瞬間に、恭司とジルは炎の中へと飛び込んでいた。長い間とどまってはこちらが炎にやられる可能性がある。しかし、抵抗力の弱まるこの隙に殲滅することが、数に対抗する術のひとつだ。
 ジルの白光の剣と双刃が唸りをあげて、敵をなぎ払っていった。
 そして、苦しいうめき声をあげながらも剣を横なぎに振るってきたリーダー格の攻撃を避けると、二人は背後から同時にそいつを貫いた。
 やがて――炎が消え去ったとき、倒れ伏す魔物たちの間に、煤をかぶった二人の男が立っていた。
「ふ、二人とも……だ、大丈夫なのですか?」
 駆け寄ったオルフェリアは、二人に心配そうに声をかけた。ジルと恭司は、お互いを見やって頬を緩める。そんな二人を見つめて、彼女は安堵の息を漏らした。
 いつか、この村の人々はここに戻ってきてくれるだろうか。……それは、オルフェリアには分からない。ただ、彼らと共に守り抜くそれが、人々の場所を取り戻すことになるのであれば、彼女は戦うだろう。
「…………」
 オルフェリアの瞳は、奥深い何かを宿したようだった。そして、くるくると回されたお玉の輝きは、彼女のそれを映す鏡のようでもあった。