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リアクション
第1章 魔の徘徊者 1
悠然と佇む城の中に住まうは、まるでその地を過去より住処にしているかのような我が物顔でのさばる亜人の化け物たちであった。狂犬など生易しいものだとすら感じるベアウルフとオークの大群が、城への侵入者たちに気づいて襲い掛かる。
だが、それを防ぐは――老女であった。
「ぬっ……やる……のぉっ!」
突撃してきたベアウルフの強靭な爪をシールドで防ぐと、老女……天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)は見た目からは想像できぬほどの力で敵を弾き飛ばした。そしてそのまま、べアウルフたちに向かって雷撃を纏った一撃を振るう。
打ち払った敵との間に空間が空くと、幻舟はしわがれた声で叫んだ。
「今じゃ、突撃するぞいっ!」
「よし……いくよ!」
それに呼応したのは、後ろに控えていた仲間たちであった。
瞬間、セフィロトボウの矢と氷術がなだれ込み、敵をなぎ倒す。背後に控えていたゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)、綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)の連携である。
敵は獣の本能で察したのか、一旦体勢を整えるようにじりっとさがった。その間に、ベアウルフが遠吠えをあげる。
仲間を呼んでいるのか? だとすると、多勢になる前に事を進めなくては……フリンガーは、背後で瞑想するかのように静かに銃器を慣らしていた男に声をかけた。
「いまです、ルースさん」
「……よし」
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は頷いた。
「いまのうちなら、屋上までいけそうです。内部はまだ狭くて策が使えそうですが……外のジーベックさんたちは囲まれる可能性もあります。出来るだけ……急ぎで」
「もちろん、そのつもりですよ。オレに出来るのは“撃ち抜く”ことのみですからね。役目は……きっちり果たします」
途端――ルースが駆け出したと思ったとき、すでに彼はベアウルフたちを飛び越えていた。素早い動きだ。魔物たちはそれに気づき、すぐにルースを追おうとする。
だが、迸った火の粉が壁のようにそれを防いだ。
「せっかく向かったってのにそれを追おうなんて無粋すぎるっての……大人しく、こっちに道を空けなさい!」
それが、合図となった。
風となって斬り込んだ幻舟を先頭に、それを守りつつ援護する二人の魔術と矢が、敵をなぎ払った。
「幻舟……! 上です、上に……」
「了解ですじゃ」
フリンガーの声に従って、幻舟は上階に向けて階段を駆け上った。城の中の戦いとなれば、上階から攻めたほうが戦いやすい。まずは上を獲ることが、先決だ。
駆け上る三人の後方から追いかけてくる魔物たちには、麗夢が魔術を放つ。氷術で足場を固められた敵に向けて、更にフリンガーはとどめの矢を放った。
「!」
上階からも、オークとベアウルフたちが攻め降りてくる。どうやら、遠吠えに反応した連中が降りてきているようだ。だが、たかだか亜人の魔物程度にやられる幻舟ではない。
横なぎに一閃する幻舟。そして、そこに麗夢の雷術が迸る。
一気に殲滅される魔物たちを見て、フリンガーは感嘆の声をあげた。
「つ、つくづく……麗夢の魔法には助けられるね」
「ふふふ、でっしょー。ま、これからはどんどん尊敬してくれていいよ」
「はは……」
苦笑するフリンガーであるが、自らの仕事も忘れてはいない。
背後に迫りつつあったオークたちに矢を放って、彼は幻舟の背中を追った。目指すは上。ヤンジュスの上階であった。
中庭に足を踏み入れたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の目に映ったのは、砂にまみれたせいであろう、茶こけて枯れきった草花の跡だった。かろうじて形を残す花壇の横に膝を折って、彼女はその枯れた草花に手をやった。
かさついたそれは、指先が触れるだけでボロ……と崩れてしまう。アリアはそれにはっと目を見開くと、次いで、かすかな声で呟いた。
「ここも……きっとたくさんの花が咲いていたのね」
その瞳には、儚く哀しい色が浮かんでいた。
綺麗にデザインされて配置される花壇の姿は、かつての面影をわずかながらに残している。ありありと浮かび上がる美しかった庭園の姿。アリアは悲痛に眉を歪めた。
これほどまでに廃した中庭の姿は見るも無残だ。少なくとも、彼女が地球からシャンバラにやって来てからというものの、ここまでのものを見るのはそうそうない。
「どうして……」
誰に問おうと言うのだろうか。ただ――アリアは行き場のない哀しみや怒りを含んでそう漏らした。
魔物の獰猛な唸り声が聞こえてきたのは、そのときである。
背後を振り返った彼女の視界に飛び込んできたのは、ベアウルフとオークの二種が群れを成した魔物たちであった。その数は10に近いだろうか。一人で相手をするには数が多く思える。だが……アリアは身構えた。
「これ以上――」
彼女の声に呼応して、まばゆい光のヴェールが彼女を頭上から包み込んだ。それ彼女の精神の形を象るがごとく、光の羽のように形を変えて、美しき白光を散らす。
魔物たちが、アリアへと突撃した。
「――好きには、させないっ!」
アリアは飛び込んだ。先頭から彼女に襲いかかるオークの頭を手がかりにして、宙に跳躍する。そして、光のヴェールが舞い散る中、天のいかずちを轟かせた。
閃光、そして雷撃が魔物たちを貫く。一撃の名の下に黒こげになったオークとベアウルフ。だが、それでもまた数の徒党が彼女を取り囲んだ。
果敢に、アリアは雷撃を起こして敵を叩き潰していった。無論――その威力は強力だ。たった一撃であっても、敵を仕留めるほどの力はある。
だが……
「くっ……ぁ!」
べアウルフの爪がアリアの腕を制服ごと切り裂いた。露になる肩と……その下の艶かしい下着。更に敵の追撃は止まない。足を切り裂かれ、スカートの裾が思い切りやぶけてしまった。
「はぁ、はぁ……まだ、負けられないっ」
かろうじて致命傷は避けているものの、圧倒的に数が不利だ。
しかし、アリアの目は諦めていなかった。まだ倒れるわけにはいかないのだ。ここにいたはずの人々が笑顔で語らえる明日のために――私は負けるわけにはいかない。
オークが下卑た声とともに、アリアに襲いかかった。彼女は反撃しようと精神を高める。だが、わずかに間に合わない。
「!」
思わず目をつぶったアリア。しかし、次の瞬間に聞こえてきたのは、攻撃をまともに受ける彼女の悲鳴でも、オークの歓喜の声でもなかった。
「……え」
銃声だ。
巨大な銃声が響いたと思ったとき、オークはくぐもった声だけをあげて倒れてしまった。はっと空を見上げるアリア。遠く、城の脇でそり立つ塔の窓からこちらを見下ろしていたのは……
「ルースさんっ!?」
「一丁あがり。そんでもって……ですね」
塔の窓から狙撃銃――レーヴェンアウゲン・イェーガーを構えているルースは、銃弾を装填して続けざまに引き金を引いた。唖然としていたアリアに背後から襲いかかろうとしていたオークとベアウルフを同時に撃ち抜く。
「ふー……間に合ってよかったですね。あとは……」
彼が誰ともなくそう呟いたそのとき、中庭に飛び込んできたのは軍人の声だった。
「行け行けえぇ! 突撃だっ!」
その声は、先頭に立つクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)だった。彼の声に反応した南カナン兵数名が、一気に中庭に踏み入った。その中には、彼のパートナーである島本 優子(しまもと・ゆうこ)の姿もある。
「敵の数は多いわ! 囲まれないように注意して戦うのよ!」
優子は南カナン兵たちに聖なる力を広げてその基礎能力を底上げさせた。これで、そうそう簡単にやられるということもないだろう。
その後、自らの手に生み出すのは光条兵器たる剣である。輝くブライトグラディウスを手にして、一気に優子は敵の群れへ攻め込んだ。
「はああぁぁっ!」
横なぎに一閃し、敵をなぎ払う優子。
「優子様、後ろですわ!」
天空から聞こえてきたのは、自らの翼で飛行する島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)の声だった。彼女の声に反応して振り返った優子の目に映ったのは、こちらに拳を振りかざしていたオークであった。瞬間的に、優子は地を蹴って距離をとると、すかさず一気に懐に飛び込んだ。斬りこまれたオークがくずおれるのを確認して、優子は続けざまに次なる攻撃を開始する。
そのとき、後方から兵士たちに指示を出すジーベックにヴァルナの声がかかった。
「ジーベック様、あ、あれは……!」
「……!?」
ジーベックたちの前に現れたのは、一体のサイクロプスだった。
ベアウルフ三体分はあろうかというほどの巨体を持つ一つ目のそれは、同じく巨大な棍棒を振り回していた。兵士の一人が不気味で鈍重な音を立てて殴り飛ばされるのを見て、兵士たちの顔に恐怖が浮かぶ。
サイクロプスは兵士たちに向かって襲いかかろうとする。だが、それを防いだのはアリアであった。振りおろされた棍棒に向かって、彼女の放つ雷撃がぶち当たった。
「今のうちに逃げて!」
すかさずジーベックは兵士たちを後退させた。一般の兵士に巨大なサイクロプスと戦うほどの力はない。亜人の魔物たちとの戦いを任せ、ジーベックはアリアたちとともにサイクロプスと対峙した。
「サイクロプスとはいえ、魔法に弱いのはベアウルフたちと同じだ。アリアさん……こちらで時間を稼ぐ間に、強力な一撃を頼みます」
「……了解しました」
アリアは精神を集中し始めた。この中で最も強力な魔力の一撃を振るえるとしたら、それはアリアに他ならない。だとすれば……狂いなく、一発で仕留められるように極限まで魔力を高めてみせる。
アリアが精神を集中する間、ヴァルナの生み出した大地の祝福が彼女を癒した。傷ついていたアリアの身体は、自らが踏む大地からの光を受けて徐々に回復してゆく。
ジーベックはちらりと塔に目をやった。すでにサイクロプスに照準を合わせていたルースのわずかに覗く顔が、こくりと頷く。
(さて……タイミングが命ですね)
サイクロプスが動き出した。棍棒を豪腕で振り上げ、そのまま横っ腹から振りおろしてジーベックたちを薙ごうとする。
瞬間――引き金が引かれるとともに銃声が鳴った。
「ガァ……ッ!」
サイクロプスの苦渋の声が漏れた。
豪腕を見事に撃ち抜かれ、振りおろそうとしていた棍棒ごと腕を沈めたのだ。
「優子、今だ!」
「任せといて!」
その隙を突いて、飛び込んだ優子の輝く剣がサイクロプスの腹をめり込むようにして斬り裂いた。そのまま、光条兵器が優子の手の中から姿を消え去ると、次の瞬間にはジーベックの手の中にラスターハンドガンとして姿を現してた。
「はああぁぁ!」
気合の声とともにハンドガンが咆哮した。
サイクロプスは腹を撃ち抜かれ、一気にくずおれる。それが好期であった。
(逃がさない!)
転瞬。
「天のいかずち!」
天空より、サイクロプスの頭上からいかずちが落ちた。まばゆい閃光となったそれはつづいて雷撃と化し、サイクロプスを貫く。そして――サイクロプスはぐらりと揺れると、悲鳴すらもなく地に沈んだ。
「他も……終わったみたいですね」
背後を振り返ったジーベックは、憔悴しきっているものの、なんとか他の魔物たちを追い払ってくたびれている兵士たちを見て呟いた。
しかし……既に枯れ果てた庭とはいえ、草木のある場所で戦うのはいささか心苦しいものだ。
(シャムスやエンヘドゥも……ここで遊んでいたんだろうな)
それが、いまやこうして魔物の巣食う城と化している。ジーベックは眉を寄せた。ふとそんなとき、彼はいつの間にかアリアが花壇の隅で座り込んでいるのに気づいた。
「アリアさん……どうしたんですか?」
「これ…………まだ……生きてる」
アリアが見ていたのは、枯れ果てた花壇の中で唯一赤みを帯びた花であった。確実にしおれてはいるものの、確かにその花は、まだ呼吸をしているように思えた。
「…………」
だが、ある意味でそれはあまりにも残酷なことなのかもしれない。
失われた仲間たちのなかで、かろうじて生きるその花は、ただ静かに終わりを待つしかないとも思えた。アリアたちは、それがはっきりと目の前に突きつけられている現実のような気がし、言葉をなくしていた。
すると――すっとかざされた手から力が漏れて、大地からの光が花を包み込んだ。アリアが振り向いたそこでは、ヴァルナが花に向けて大地の祝福を与えていた。
「ヴァルナさん……」
「これが花にさえも効くのかどうかはわかりませんが……」
ヴァルナは不安そうな声で言った。確かに、大地の祝福は癒しの力であるが――それが植物にさえも効くのかどうかははっきり言って分からないことだった。
それは、もちろん、アリアでさえも知っていることだった。しかし、ヴァルナは言った。
「でも……願うことはできますわ」
それは、何かにすがるような色であり、それでいて慈悲に満ちた優しげな瞳であった。真っ直ぐなその瞳は――アリア自身にさえも何かを思い起こさせるものだった。
だから――彼女は手をかざし、イナンナの加護である光の力で花を包み込んだ。
「……うん、そうだね」
温かな瞳で、そう呟いて。
花に光の力を与えたあとで、アリアたちはその場を後にする。最後に中庭を後にする前に、彼女は振り返った。
「すぐにまたここを花で満たすから……もう少しだけ、待っていてね」
その、かつての姿を取り戻そうとする決意の瞳に、赤い花にわずかに残る光はぼんやりと光っていた。
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