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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第19章 野生馬捕獲でヒャッハーしよう・3日目(2)

「……早い!」
 数メートル手前で右にターンを決められ、リネンは舌打ちをもらした。
 ペガサスで彼らの前に出ることはできる。しかしまるでどこにペガサスが着地するかを事前に読んでいるかのように、ペガサスの蹄が地に触れる前に黒馬は彼女たちを迂回するコースをとっていた。
 その動きはまるで馬というより犬のようだ。かなり細かいターンを入れて、ジグザグに走っても速度が落ちない。
「馬がこんなに走れるなんて…」
 あんな巨体のくせに。
 スタミナがあるのは分かる。しかし馬はもともと長時間走れるような構造にはなっていないのだ。
 全速の駆け足ではせいぜいが15分。40分以上駆けさせれば心臓がもたない。
 それを考えれば、捕まえられないのであれば一度逃がすべきだとは思うが…。
「あと10分追って駄目なら……今日は諦めましょう…」



「たしかにあの黒馬は、驚異的ですね…!」
 赤羽 美央は顔を上げ、群れの先頭を行く黒馬に目を向けた。
 その姿も、走りも。何もかも、並の馬から飛び抜けている。
 伝説の馬の再来と言われるのも分かる気がする。
「でも、周りの馬はそうじゃありませんから」
 みごとな統率力。けれどあの走りに最後までついていける馬は、おそらくいない。
 ちら、と後方を見る。
 群れを全力で追い始めて十数分。もうかなりの脱落馬が出ていた。
「せんせー、あちらの方にもいますよぉ」
 いちごなメイド服で箒に乗っている佐々良 縁が、息をあえがせてもう走れずに足を折ってうずくまる馬を指差して、パートナーの孫 陽に知らせている。
「ちょっと待ってください。こちらの子がすみ次第、向かいますから」
 獣医の心得で治療をほどこしつつ、呼吸が安定したところでランサーに引き渡した孫は、縁が少しでも落ち着かせようとなでている馬の方へと駆け寄った。
「――彼らがいるから、大丈夫ですね」
 では私はやはり、グラニを追い詰めることに専念しましょう。
「はぁっ!」
 ぐるぐる回転させていた投げ縄を遠心力で飛ばし、5番手を走る馬の首に引っ掛けた。
 必死に振りほどいて逃げよう、グラニのあとを追おうともがくその牝馬を、走り抜ける群れから引き離す。
「預かってください」
 捕獲はランサーに任せ、美央自身は新たな投げ縄を手に再び群れに向かった。
 そうして4番手、3番手と、順に投げ縄に掛け、群れから引き離していく。
 すると美央の目論見通り、群れに残った馬のレベルが下がり、グラニと他の馬との間に距離ができてしまった。
「さあ、どうしますか? グラニ」
 群れの馬に合わせて自らの速度を落とすか、それとも彼らを見捨てて自身のみ走り去るか…!
「! なにっ!?」
 グラニは、そのどちらも良しとしなかった。
 自身と群れが引き離されたことを知るや、砂煙を蹴立てて急ブレーキをかけ、強引にUターンをするやぴたりと足を止めた。
「――そうですね。それが、上に立つ者として最低限必要とされる心構えです」
 こうでなくては。
 美央は、ゾクゾクとこみ上げてくる震えを抑え切れなかった。
 群れの他の馬は、グラニに従い足を止めようとはしない。まるで初めからそう指示されていたかのように、彼の横を通りすぎて全速力で西に向かって突っ走っていく。
 その先にあるのは昨日陣たちが落ちたというクレバス。そして山に通じるなだらかな斜面だ。昨日、群れはあのクレバスを飛び越し、山に消えたという…。
「あの馬たちは関係ありません」
 毅然と立つグラニに告げる。その燃え立つようなサファイアの目を見れば、彼が何を考えているかは一目瞭然。自身の牝馬を取り戻そうとしているのだ。
 自分がここをどけば、グラニは牝馬を逃がすためランサーたちに襲いかかるは必定!
「勝負です、グラニ!」
 縄を手に、さながら闘牛士のように迎えうとうとしたとき――
「ちょっと待ってくれ!!」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、美央とグラニの間に自身の馬を割り込ませた。
「一体何を――」
「どうか、少し時間をくれないか!? シグルズ様がグラニを説得する機会を」
「こんなときにですか!?」
 あっけにとられた美央の気持ちは、アルツールにもよく分かった。
 ただ、馬となると――しかも、かつて同名の馬を愛馬としていたことを考えると――どうもシグルズは、客観的に見られないというか、感情移入せずにはいられないらしいのだ。
「強引に力ずくで捕らえるよりも、相手に納得した上で自主的に来てほしい、シグルズ様はそう考えておられるのだ」
 馬の自主性?
「ですが…」
 山で好き勝手、自由気ままに過ごしてきた野生馬が、拘束され訓練される軍馬としての生き方を自ら望むとは、到底思えないのだが。
 というか、それ以前に馬を人間が説得できるもの!? 言葉が通じないのに。
「あのー……ぼ、ボクも、アルツールさんに賛成します…。というか、してもいいでしょうか…?」
 おそるおそるといったふうに姫宮 みこと(ひめみや・みこと)がアルツールの横に進み出てきた。
 そわつく気持ちそのままに、両手の指をぐにぐに絡ませている。
「うちの揚羽が、やっぱりグラニを説得したいらしいんですよね…」
「ええっ!?」
 ちら、ちら、と背後を伺うみこと。そこでは、本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が並んで、グラニに正面を向けていた。
 2人とも武装は解除して普段着のまま、小刀1つ身に着けていない。
 揚羽いわく
『追うから逃げるのじゃ。武器を振りかざせばいらぬ恐れを生む。縄を持てば捕まえる気かと警戒心を持つ。そのような構えが最初からあっては、到底心を通じ合わせるなど不可能じゃ』
 ということらしい。
「――ボクは、一理あると思うんです。力で無理やり捕まえても、グラニはきっと心を開いてはくれないでしょう。
 ボクたちは、グラニをバァルさんにプレゼントしたい。このことで、彼の傷ついた心が少しでも癒されてくれたらと……そしてボクたちシャンバラ人に心を開いてくれたらと、強く願います! だけど、グラニがその犠牲となるのなら……それはやっぱり、間違いだと思うんです」
「シグルズ様も、グラニがバァルを気に入らなければ、また野へ帰したいらしい」
 よかった、そのことへの周囲の説得は、そう難しくはならなさそうだと、内心ほっとする思いでアルツールは隣に並んだみことを見やる。
(いかにもかよわそうな顔をして、強い目をした者だ)
 最初出てきたときは、ずいぶん内気そうな弱々しい子だと思ったのだが。
 感心するように、そう思った。


「グラニ……グラニと呼んでもいいかな?」
 シグルズはゆったりと構え、何も持っていないことを強調するように両手をだらりと下に下げたまま、目の前の黒馬に話しかけた。
「その名は、遠く懐かしい過去を僕に思い起こさせる…。
 ああ、言い忘れていた。すまない。僕の名はシグルズ・ヴォルスング。シャンバラという所から来たんだ。かつて僕が愛した馬と同じ名前を持つというきみに、ぜひ会ってみたくてね。僕は――」
「ああ、まだるっこしい!」
 とりとめのない話をして、友人となることを試みるシグルズに、揚羽がイライラと髪を掻きあげた。
 見ると、酒でも入ったように顔が赤い――というか、酔ってる。どう見ても。そのせいで、もともと短気なタチがさらに我慢がきかないようになっているらしい。
「これより妾とグラニはともに戦場を駆ける仲間となるのじゃ。戦友にお友達ゴッコはいらぬ! まずは酒じゃ! 酒を飲もうぞ!」
「ええっ!? 揚羽っ!?」
 後ろで驚くみことははなから無視して、揚羽は高級日本酒と大さかずきを突き出しながら進む。
「ふむ。それにしてもよく見れば、おぬしにも細かな傷があるのう。厳しい自然を一群のリーダーとして生き抜いてきたあかしというわけじゃな? 妾とどちらが多いかの?」
 と、いきなり上着を脱いで風に飛ばした!
「わわっ……揚羽ぁ〜!?」
 まるで自分事のようにみことはあたふた、周りを見回して真っ赤になってしまう。
 もちろん胸にさらしは巻いてあるが、何もこんな所で服を脱ぐ必要はないかと…。
 つか、馬とそんなこと競ってどうすんの?
「フフン……そうやってわれらを前にただ1頭立ちはだかるとは、おぬしも相当肝が据わっておると見える。それとも、よほどの戦好きというわけか? そう、妾も戦が好きじゃ。なぜ戦が絶えぬと思う? 皆戦好きじゃからじゃよ。じゃがこの時代、戦好きが長く生きられる筈もない。いずれ剣なり魔法なり喰らって死ぬのがオチよ。そしてともにこの世界の土へとかえる…。
 どうせ死ぬなら、妾と一緒に死んでみぬか?」
「ちょ、ちょっとちょっと揚羽!?」
 なんか、話があらぬ方向へ転がってるよーなんですけどー??
「揚羽、ほんとに分かってる? ボクたち、グラニをバァルにプレゼントするためにここに来てるんだよ??」
 さっき話した、ボクの立場はー???
 あわてふためくみことを振り返り、揚羽は一喝した。
「何を言うか! このみごとな馬を見よ! これぞ生まれながらの戦馬ぞ! いずれは一国の国主となるであろうわが騎馬となることこそふさわしいわ!!」
「ええええええーーーっ!?」
 もう完全にみことの立場だいなし。
「あ、揚羽ぁ〜…」
 ちょっと待って、と馬上から手を伸ばすみことの前、揚羽はずんずんグラニに向かって歩いて行く。
「グラニよ、妾と一心同体となって戦場を駆け回ろうぞ。さあ、きょうだいのさかずきを一献かわすのじゃ」
 がははっと高笑って近づく彼女を見て、グラニはくるっと背を向けて走り出した。
「逃げたー!?」
 がびん!
「――そりゃ、逃げますって…」
 酒くさい人間が、いきなり服脱いで酒瓶突き出しながら歩いてきたら。
 走り去っていくグラニに、あーあーあー、とアルツールがガックリ頬づえをつく。
 シグルズはユニコーンに飛び乗り、あとを追った。
「……やぁ。きみは本当に足が早いのだね」クレバスの手前でまたも止まったグラニに、シグルズが話しかける。「まるで風のようだ…」
 今度こそ、と、ユニコーンを下り、刺激しないよう少しずつ近づいた。
 あと3歩……2歩……1歩。
「触ってもよいか?」
 そっと、鼻面を撫であげる。短い毛で覆われた、ビロードのような手触りに感じ入っているとき。
 いきなりグラニが彼の胸元に鼻面を潜りこませ、強く突いた。
「!!」
 その動きは何気ないようでいて、巨馬の力は簡単に人1人を浮き上がらせ、投げ飛ばす。
「うわああぁぁっ!!」
 シグルズは気づいたときにはもう、クレバスからまっさかさまに落ちていた。
「シグルズ様!!」
「ちょっ……マジ!?」
「大変!!」
 駆けつけた全員が惨事を予想して目を瞠る。
「彼、何か飛行系のスキルを持っていましたか!?」
「ありません……シグルズ様は、グラニが警戒するからと、武装もすべて解かれて…!」
「――ちィッ! だれぞ、ロープを持て! 妾が下に下りる!!」
「揚羽は駄目です、酔ってるんですからっ」
「急いで投げ縄をつなげ! たしか、陣はかなり急流だって言っていたぞ!」
 この緊急時にあっては、グラニなど完全無視。
 クレバスの端から下を覗き込んだ全員の前で、シグルズは、奇跡的にクレバスから出た出っ張りの上に仰向けに倒れていた。
「シグルズ様!!」
「無事ですか!?」
 彼が助かっていたことに、わっと声が沸き上がる。
 そこに、ひょこっと夜魅がクレバスから姿を現した。
「ママ! ママ! 人が降ってきたよ! それに、上にみんなも…! あたしたち、助かったんだよ!!」



 それからは急きょ、3人の救出作業が始まった。
 リネンたち、ペガサスに乗る者が縄を手に出っ張りまで降下する。
「これに飛空艇をくくりつけて……そう。しっかりとね。夜魅ちゃんは私の前に…」
「コトノハさん、代わりましょう。私がロープで登りますから、キミはサシャに乗って上へ行きなさい」
「すみません…」
「上についたらすぐお医者さんに診てもらいましょう」
「よーし。ロープを引くぞー! みんな、飛空艇は案外重いから気をつけて引け!」
 わいわいと救出作業が進行する中、グラニは少しずつ彼らから遠ざかる。
「昨日からのあなたの動きは、つまりそういうことだったわけね」
 少し先で、立ちはだかる者がいた。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)である。
 ペガサスから下りて、グラニを刺激しないようペガサスは遠ざける。
「山での遭難者を助ける馬。たしかに伝説の通りね。ということは、あなたは本当にあのグラニなのかしら?」
 そう言いつつも、素っ気なく肩をすくめた。
 そんなことはどちらでもいい。たしかめようがないのだから。
 ようは、あの馬が捕まえられればいいのだ。
 話をしながら少しずつ、そんな素振りはちらとも見せないようにつとめて自然に近づく。
「そして今もまた、あなたはあちらに私たちの注意を集めたつもりなんでしょう? その間にランサーを襲撃して、自分の馬たちを取り返すつもり。賢いわね、本当に」
 でも、そうはさせない!
 ジリジリと近づいた祥子は、一気に横に回り込むやその背に飛び乗った。
「――はッ」
 すばやく腕を引いて噛みつきを避け、たてがみを握り込む。
「さあ、こんくらべよ、グラニ! あなたが勝つか、私が勝つか!」
「祥子さん! すてきですっ、がんばってくださいねー」
 こそっとパワーブレスを放ったあと。
 巻き込まれを避けるべく、十分距離を取った場所からイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が応援の手を振った。
 グラニはガツガツと蹄で土を削り、跳ね上がる。
 ジグザグに走り、揺さぶり、どうにかして背中の祥子を振り落とそうとしていた。
「……まだまだ!」
 ガクガクと前後左右に揺れる背の上で、祥子は懸命にたてがみを握り続ける。
 この気性の激しい炎のような暴れ馬を、ランサーたちの言うように膝で制御なんて無理だ。技術がないのもそうだが、一番のネックとして、祥子では軽すぎる。怪力の篭手をしていなければ、こうして握り続けてもいられなかっただろう。
「くッ……サイコキネシスが、効かない…!」
 いや、効いているはず。ただ、完全に抑え込むまでにはいかないだけで。
「――あッ」
 呼吸のタイミングを読まれ、時間差をかけられた。後足を跳ね上げた直後前足立ちしたグラニのたてがみが、指からするりと抜ける。
「きゃあっ! 祥子さん!!」
 ぽーんと飛ばされた祥子に、イオテスが顔を覆った。――でもしっかり、指の間から見ている。
「やるわね」
 祥子が地に叩きつけられることはなかった。勢い飛ばされたものの、空飛ぶ魔法↑↑を用いて空中でブレーキをかけていた。
「さすがです! でも祥子さんが振り落とされたりけがをしたときのヒールは任せてくださいね☆」
 なぜか今日のイオテスはテンションが高い。まるでそのときを期待しているみたいな言い方だ。
 いまいち緊迫感に欠ける応援ではあったが、応援は応援。文句を言うわけにもいかない。
 とりあえず小さく手を振って返し、彼女を振り仰いで待ち受けるグラニに再び挑もうとした次の瞬間。
 炎が地を走り、輪となってグラニを覆った。
「これは…!?」
 炎にあぶられ、急ぎ距離をとる。
「きみは一度挑戦し、敗れた。今度は俺の番だ」
 炎の輪の中に、氷室 カイ(ひむろ・かい)が立っていた。
 彼の後ろには、炎をはさんで雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が立っている。彼女がパイロキネシスでこの炎の壁を張り巡らせたのだ。
 外からだれの干渉も受けることなく、カイとグラニを1対1で戦わせるために。
「…………」
 祥子としては不服だった。まだ完全に力を出し切ったわけではないからだ。
 だが少し冷静になった頭で考えてみれば、空飛ぶ魔法↑↑の効いた軽い体で挑んであのグラニを押さえ込めるかというと、そうは思えない。サイコキネシスを使っても、飛ばされた。
 それにカイの言い分ももっともだ。
「分かったわ。でもあなたが失敗したら、次は私がいかせてもらうわよ」
 不承不承、イオテスの元まで退く。
「まぁ、祥子さん、手がこんなに……それに膝やふとももまで」
 擦り傷を負って真っ赤になった祥子の手足を治療していくイオテス。
 彼女にされるがままになりながら、祥子はカイとグラニの対決を見ていた。


 カイは無言で黒馬・グラニと対峙していた。
 牡馬というのは大きなものだが、それにしてもこの馬はかなり大きい。力もまだ有り余っていそうだ。
 しかも、先から執拗な追い回しを受けて相当苛立っている。
「――物量作戦で力ずくで屈服させても、おまえは認めはしないんだろう?」
 ならば。
 俺を認めさせたうえで捕まえるまで。
「いくぞ、グラニ」
 カイは銃舞を発動させた。


 グラニはカイがまとった、今まで相対してきたランサーたちとは違うオーラを敏感に感じ取っていた。
 近づけてはならない。
 本能的にそれと察知して、前足を立て、後ろ足を跳ね上げる。首を伸ばして所構わず噛みちぎろうとする。
 それを紙一重で避けるカイの全身には、小さな切り傷が走り、血が伝った。
(カイ……がんばって…)
 すぐ後ろでそれを見ている渚は、手助けしようにも炎の輪を維持するので精一杯。
 それに、まず間違いなく、自分が手を出せばカイは怒るに決まっているから。
 ただ彼を信じて、後ろから見守り続けるしかなかった。


「――こいつ、見えているのか…!」
 そんなはずはない、と思った。奈落の鉄鎖は目に見えるものではない。
 しかしそうとしか思えないほど、グラニは彼が奈落の鉄鎖を放とうとした瞬間にその場からサッと動いて距離をとる。あるいは、体をどかせる。
 見えない攻撃、しかも今まで受けたことがないであろう未知の攻撃を完璧に避けている。
 ならば、それができる可能性は?
「俺の視線か」
 拘束の対象物を見る目の動きで、攻撃を読んでいるに違いない。
 とすれば。
「一か八か……賭けに出るか」
 カイは防御の構えを解いた。
「……カイ!?」
 両腕を下げて立つ彼を踏みつぶそうと、グラニが両足を高く上げる。
 最も高く上がった瞬間、カイは蹄の下で前転し、グラニの下をくぐった。後ろ足から目を離さず腹の下を抜け、転がり出た所から後ろ足を狙って奈落の鉄鎖を放つ。
 グラニがこちらを振り返る前に、さらにもう1つ。
 突然後ろ両足に加重を受け、よたよたとグラニがよろける。
「――足を折れ、うずくまるんだ」
 祈るようにそうつぶやく自分の声に、カイは気づいていなかった。
 前足、さらに首にと、奈落の鉄鎖を放つ。
 重さに負け、グラニはとうとうその場に足を折り、どうと横倒しになった。ついに観念したのか、重くなった首を地につけて動かなくなる。
「すまない」
 炎の輪が消え、ランサーたちが駆けつけてくる中、そっと、汗で濡れた肌を撫でつけたのだった。