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波乱万丈の即売会

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波乱万丈の即売会

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第一章 序章への警笛

 小満が過ぎ、空気に湿気を含む季節がさしかかっている。
 地球の日本ではすでに梅雨入り宣言がされていることだろうこの時期、蒼空学園でとあるイベントが行われていた。

「おはようございます、皆さん。 校長の山葉 涼司(やまは・りょうじ)です。 本日はよい天気に恵まれてこの上なく……」
 
 年の侯は一般生徒と変わらぬはずだが、立場は一線を画していた。
 蒼空学園校長、それが涼司の肩書きの一つである。
 しかし彼にはもう一つ、生徒会長としての任も背負っていた。
 これだけで普段の彼の生活がどれほどハードなものか見当はつくだろう。
 そして今から開かれようとしているこのイベント開催に関しても、かなりの労力をつぎ込んだ。
 その甲斐あって、生徒たちも喜んでいた。
 しかしその喜びが彼の予想以上になるなど、夢にも思わなかったと壇上でマイクに向かっている涼司は内心思っている。

「とまぁ、堅苦しい挨拶はこれぐらいにしておいて……。 参加店の皆さんは今日一日頑張って下さい」

 彼の言葉の後、参加生徒たちが奮起の声を上げる。
 次の場面には黙々と中断していた作業を再開していた。
 
「……いやはや、まさかここまで大きなイベントになるなんてな」
「何言っているんですか? こうしたイベントはかなり人気だということを聞いていましたよ?」
「花音、外はどうだった?」
「もうこちらの予想を超えていてしっちゃかめっちゃかです。 各学校からの要請があるから助かりましたけど、とてもうちの人員だけでは……」

 壇上から降りて控室に向かおうとしていると、花音・アームルート(かのん・あーむるーと)が駆けよってきた。
 聞けば、外も凄いことになっているという。
 涼司は要望もあったこと、それに中々気軽に帰れない生徒たちのためにと気晴らしイベントを計画してあげた、つもりだった。
 ところがその波は各学校にも流れ、何故か他校の生徒から参加要望依頼が寄せられたのである。
 その数は数えられる、などと悠長なものではない。
 気付けば他校の生徒も参加可能、販売店参加も審査が通れば可能という一大イベントへと変貌していた。
 そして現在、開催場所である蒼空学園体育館前の入り口からは、最後尾が見えない行列が完成している。
 それも完結ではない、現在進行形で留まる事を知らなかった。

「……今日は派手な一日になりそうだな」

 涼司の言葉を花音はため息交じりに聞いていた。
 言うまでもない、とんでもなく忙しい一日になることは明白だった。


*** 2 ***

「でもまさか、同人誌即売会を高校で出来るなんて思わなかったですね〜」

 販売サークルが残りわずかとなった開場時間ぎりぎりまで準備に追われていた。
 その中で一人のんびりとした面持ちでその時を待つ女子高生シーラ・カンス(しーら・かんす)は、支給されたパイプ椅子にゆったりと腰掛けている。
 忙しいはずなのでが、彼女は労力を使っていない。
 サークル「深海堂」も彼女の提案から始めたものだ。
 でも彼女はあまり準備にやきもきしていないのはなぜか?

「シーラ、あなたも手伝ってください。 壮太さんにばかり働かせていないで、少しは動いたらどうなんですか?」

「え〜、でもぉ壮太さんは自分から、やるって言ってくれたんですよ〜?」

「ですが……」

「志位、気にすんな。 俺が好きで、やっているんだ。 気を使ってくれなくていい……」

 シーラのパートナー志位 大地(しい・だいち)がシーラも手伝うようにと請求する。
 しかし彼女は動こうとしない。
 すると今回、手伝いを申し出てくれた瀬島 壮太(せじま・そうた)が問題ないと答えた。
 その壮太は今、販売用のテーブルを持って準備を終えようとしていた。
 ただ大地には気になることがあった。
 瀬島 壮太が今回自分から手伝うと言ってきたことが一番の驚きであった。
 以前からの知り合いではあるが、毎回シーラに振り回されているので多分駄目だろうと考えていた。
 しかし大地の予想とは裏腹に何故か壮太は誰よりもやる気を見せる。

〜数日前〜 

「はぁ? 今度やる即売会に出店するから手伝え?」

「はい、さすがに大地さんと二人だけでは大変ですから」

「悪いが、こういったイベント事にはあまり興味ないんだ。 客としてなら行ってやるが、手伝いなら勘弁してくれ」

「そうですかぁ。 時に、このテープでデレている男の人は誰でしょうか〜?」

「……!? おま、それは……!!」

「手伝ってくれないのなら仕方ありません、これを当人に見せて後で楽しむしかありませんね〜」

「てめぇ! そいつをよこせ!!」

「無駄ですよぉ、マスターはちゃんと金庫に保管してあるので〜」

「金庫ぉ!? しかもマスターはって……!!」

「そういうわけですので、壮太さん? 手伝ってくれませんかぁ?」

〜そして現在〜

 大地の読みはあながち外れていなかった。
 そう、壮太はシーラに弱みを握られているので今回それをネタに半ば脅されたのである。
 壮太が以前とある友人にプレゼントを渡す時に起こした行動をシーラに隠し撮りされてしまったのだ。
 おまけに幾つにも複製しているような口ぶりに壮太は逆らうことは出来なかった。

『大丈夫ですよ〜。 手伝ってくださるのなら誰にも見せませんからご安心を〜』

 シーラのその言葉を壮太は信じるしかなかった。
 時折シーラを見ると、彼女は柔らかな笑顔を見せているが壮太には悪魔の微笑みにしか見えない。

「(泣かす……! 絶対泣かしてやるぞこの野郎……!!)」

「野郎とは失礼ですね? 私はこれでも立派な淑女ですよぉ〜」

「人の心の声を勝手に聞きとるなぁ!!」

「……(どうやら何やら脅されているようですね……)」

 苦笑いを浮かべながら、ふつふつとシーラに対する怒りを抑える壮太。
 そんな彼の心をいとも簡単に読みとるシーラに、思わず壮太は怒鳴り声をあげてしまう。
 その態度を見て、大地はシーラが何かしたと確信を持ったのであった。

「全く、始まる前から騒がしいぞキミ等は」

「良いのですよぉ、体が温まっていればこれからの戦にすぐ応戦できますからぁ〜」

 深海堂の隣のスペースには、サークル「ドリームウィーバー」を開いているアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー) がいる。
 始まる前からのシーラ達のテンションを見て、少々蔑みの視線を浴びせる。
 しかしシーラはこれも準備運動の一つと、簡単に切り捨てた。
 そんな彼女を見て、アーヴィンは含み笑いを浮かべていた。

「ところで、今日そっちが出す同人誌はどんな内容なのだ?」

「ふふふん! それは始まってからのお楽しみですよぉ〜」

「なるほど、キミも中々のようだなぁ」

 アーヴィンとシーラは互いに怪しげな笑いを浮かべている。
 その様子に壮太と大地は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 だが後に、その言葉の意味を知ることになるなどとはこの時考えもしなかった。


*** 3 ***


「いいですね皆さん!? 取り締まりは厳しすぎるくらいで構いません!! 怪しげな商品を売っているところは容赦なく連行してください!!」

 蒼空学園体育館別室、そこで花音は一際大きな声をあげていた。
 準備している販売店にも聞こえるくらいの大きさなので、牽制の意もあるのだろう。
 先日、涼司が資料として手に入れた同人誌の他の側面を花音は見てしまった。
 そのため彼女は猛反発していたが、涼司に説得されて渋々折れたのである。
 しかしそれとこれとは話が別、と彼女は談判した。
 結果、花音は本日会場を取り締まる風紀委員の統括長としての任を担っている。

「学生なのですから、良識あるものを売るのが当然です! いくらはねのばしの行事だからと言って羽目を外す事は言語道断です!!」

 蒼空学園の生徒のみならず、今回は他校の生徒も参加しているのでそれぞれの学校からも風紀委員が集まっている。
 しかし大半はいまだに力説している花音に圧倒されていた。
 確かに未成年なのに成年向けの商品を売るのはまずいと考えても、花音の言葉を聞いて何人か迷いが生じる者もいた。
 さすがにそこまで規制すると、後から猛反発がくるのではと不安に駆られる。

「そこまで過度に反応しなくてもいいって言ったんだけどな……」

「でも花音さんの意見も分かります。 さすがにいやらしいものを売るとなると、色々問題も起こりそうですからね」

「表現の自由っているのがあるだろう? だから、過激な表現はダメだけど唇が触れる、までならOKっていう目安を出したんだ」

「なるほど、だから花音さんも納得せざるを得なかったと?」

「あぁ、そこまで持っていくのに苦労したけどな」

 どこかの国の頂点に立つための演説の如く、力説している花音を涼司が半ばあきれながら見ていた。
 彼の隣には火村 加夜(ひむら・かや)も苦笑しながら、花音を見ている。
 加夜は今回風紀委員という役割にはない、ここにいるのも涼司が許可を出したからいられるのだ。
 涼司と話す加夜は、ふと行事が始まった後の事を尋ねる。

「涼司くん、開催した後何か用事あるの?」

「いや、閉会の時間までとりあえずは空いているぞ」

「じゃあ、良かったら一緒に回りませんか? 実は私も興味があるんです」

「そうか、実は俺もあるんだ。 どんな同人誌が出されているか結構楽しみなんだよ」

 仲睦まじく話している涼司と加夜の二人。
 お互いの思いが通じあっているので、何処にいても共に過ごしたいそうだ。
 しかし、デート場として即売会というチョイスは中々ユニークすぎるのでは? と傍で聞いていたとある男子生徒はふと疑問に感じていた。