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武装化した獣が潜む森

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武装化した獣が潜む森

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 時は遡り数日前。
 暖かな陽射しを背に肩に感じながらにヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)は薬草を摘んでいた。
 木々や茂みに寄り添い集まり生えている薬草の数々。魔法研究に役立つ薬草が、どこかしこに生えている。優しく丁寧に採取しなければならない事は分かっていても、その量の多さと種類の豊富さにヒューバートの手は生き生きと急いたように伸びていた。
「ん、あれ? いつの間に」
 採取しては麻袋に詰めてゆく、その麻袋が一杯に膨れていた。
「気付かなかったな」
 ヒューバートは腰を上げ、兄であるアーヴィン・マーセラス(あーう゛ぃん・まーせらす)の元へと向かった。兄の方はどんな塩梅だろうかと訊こうとしたのだが……。
 『聖者の絹衣』を着た兄は、眼鏡をかけている事も相俟ってか実に知的で、まるで聖人のように見えた……のだが……。アーヴィンは少しと離れた所で片膝をついてキノコに手を伸ばしていた。
「兄さん、それ……」
「ん?」
 アーヴィンが手にしているのは超強力なネムリ茸だった。小脇に置かれた麻袋の中に入っているのも全て丸ごと、ことごとく毒薬ばかりであった。
「なるほど、それは気付かなかったな」
「……はぁ。どうやったらここまで毒性のあるものばかり選べるんだか」
「美しいものには毒がある、という事だな。勉強になった」
「いや、見た目だって明らかに毒々しいでしょうよ」
「そんな事はない、危険なものだと思って見るからそう見えるのだ、ほら、これなんて実に美し―――」
 すっ転んだ。
 立ち上がろうとして、それもド派手に。靴紐を踏んでいるのに気付かないままに歩みだそうとして。180cm強の長身がビターンと派手にすっ転んでいた。
「あーまたお約束な」
「あぁいや、大丈夫だ」
 何よりも眼鏡を先に整えるのはメガネ男子の心意気か。そして次に彼が起こした行動は「装している『レザーアーマー』をコンコンと叩いて見せる」であった。
「身につけておいて正解だった。全く痛みを感じずに済んだ」
「あぁ……そう」
 『聖者の絹衣』の上から『レザーアーマー』を装備って……いや下に装備してても違和感はあるだろうが。ドジっ子? いや天然か。それでもまぁツッコまないのは彼の純朴な所もたくさん知っているからだった。
 ヒューバートアーヴィンの靴紐を結んであげている時「ここに居ましたか」とグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が駆け寄ってきた。
「グレッグ、それは木苺か?」
「えぇ、向こうの茂みにたくさんなってました」
 籠いっぱいの木苺をズイと見せた所で気付いたようで、グレッグは首を振って「大変なんです」と続けた。
「この一帯でグリズリーやラプトルに襲われたという方が居るんです。先程保護したのですが」
 そう言って示した後方にはランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)
ティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)の姿があった。
「外傷はありませんでしたが、念のため『リカバリ』は施してあります」
 2人とも冷静な顔つきをしている。襲われたというよりは、目撃し危険を感じたので避難してきたという感じなのだろう。
「とにかく一度戻りましょう。ここにもそれらの獣が現れる可能性もあります」
「司君……司君が今も一人です!」
「ここに居ないのですか?!」
「あぁ、この先に一人で行ったんだ、薬草をとるって言ってな」
「マズイですね。司君のことです、発見次第『よぉ〜しよしよし』と喉元を愛でようとするかもしれません」
「いや兄さん……さすがにそれは無いでしょ……」
「一理あります、司は命を大切に、そして一様に愛でる事のできる美しい心の持ち主ですからね」
「グレッグ……お前まで」
「とにかく急ぎましょう。司が頭をかじられる前に!」
 3人は駆けだした、パートナーである姫神 司(ひめがみ・つかさ)の元へ必死に駆けた。グリズリーに頭をかじられる前に! ハンマーラプトルの喉元を『よぉ〜しよしよし』する前にっ!!
 彼女の無事をただただ祈り、決死に必死に駆け向かった。

「…………と、いった不名誉な心配を受けていたわたくしは当然、頭をかじられているというような事も喉元を愛でるといった事もせずに……というよりまず! 遭遇していない上に遭遇したとしてもそんな事はしない!!」
 当時の扱いを思い出して再燃したのかは憤りと共に声を荒げた。「とにかく、合流した後に軽く周囲を捜索してみたのだが、その際にはグリズリーやラプトルの姿を確認する事は出来なかった」
「な〜るほど〜。で、ランランちゃんはグリズリーとハンマーラプトルの両方を見たのかな?」
 なななに『ランランちゃん』と呼ばれたランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)はその呼称に一瞬間を取られたが、すぐに気を取り直して調書に応じた。
「両方見ましたよ、近づかなかったのは正解でしたね」
「ふむふむ、それで? 目撃したときの状況はどんなだったのかな?」
 桃色の革手帳を開いてメモをとっている様を見て、ランツェレットは彼女が『宇宙刑事』なるものを自称していた事を思い出した。『宇宙刑事』……正直ピンと来なかったが、心構えは一端の刑事のつもりなのだろう。
「熊さんはトレーラーを取り囲んでましたわね、トカゲさんは走ってました」
「パワードシリーズを装備していたって聞いたけど」
「パワードシリーズかは知らんが」
 ランツェレットに半身隠れながらなままにティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)が鋭く言った。「熊は3mほどで下半身に装備、恐竜の方は2mほどでボディスーツみたいのを着てた。それがパワードシリーズかと言われればそう言えなくもない、って感じだったな」
「はっきりと見たわけではない、と?」
「あぁ。じっくり見てる暇なんてなかったし、スーツの事は詳しく知らないしな」
「ん〜〜でもグリズリーとラプトルはこの森では見かけないタイプの獣なんだよね?」
「そうね、でもこの森でUMA(未確認生物)が見られるのは、さほど珍しい事ではないの」
「えっ? そうなの?」
「あぁ。基本は猛獣と蛮族の住処だからな。イルミンスールじゃ日常茶飯事だ」
「そうかそうなのか〜、そうなるとグリちゃんとラプちゃんの出所を見つけるのは難しいかもしれないな〜」
(しれないな〜じゃないだろうに)
 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)がツッコんだ……心の中で。
 これまで静観を決め込んでいた。彼女の刑事ぶりをとくと見るため、そしてそれが彼女の謎を解くのに直結すると考えてたからである。
(M76星雲から来たという点も)
(宇宙刑事なるものを名乗っている事も)
(入学して間もないというのに少尉に任じられている事も)
(そもそも日本人でありながら「ななな」という名前である事が何より極めて不自然だろう!)
(てゆーか、どうして誰もツッコまないのだッ!! 怪しいって思うだろう、フツー!?)
 とまぁここまで色々と悶々と溜め込んでいたわけだが、それもこれもどれもまだ吐き出すにはまだ早い。否、本丸を攻めるにはまだ早すぎる、まずは外堀を埋める事から始めるのである、時の軍師ならそうしたに違いない故に―――
(飛鳥)
(了解)
 目配せに応えたのは彼のパートナーである本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)。彼女は実に真っ直ぐに、それでいて堀を埋めるべく要素を彼女に投げた。
「ね、ねぇねぇねえ、ラプトルを見付ける……いや、どうせ探さなきゃいけないんだし、そうするでしょ? それでね、あんたってティーカップパンダを探知できるんだからその力でラプトル、見付けられるんじゃない?」
 ………………うん、果てしなくぎこちないな。生業が忍者である故か、短語で用件を伝える術には長けていてもこうした誘導のような類のやり取りには不慣れなようだ。ん、まぁ用件は伝わっただろう。
「え〜、そんな事やったことないよ〜」
「ものは試しって言うでしょ……やってみてよ」
「う〜、わかった。やってみる」
 そう言ってなななは頭上の帽子を取ってアホ毛の自由度を解き増した。そうして瞳を閉じるとアホ毛を右に左にピコピコ揺らした。
 いやアホ毛だけでなく頭ごとピコピコピコピコと左右に揺らした後に「プハァッ」と息を吐き出した。
「ダメだ〜、やっぱり出来なかったよ」
(えっ、何なの? 今ので終わりなの? 息を止める素振りなんてなかったよね?)
 やはり彼女の探知能力はティーカップパンダ限定という事らしい。超能力者(サイオニック)としてずば抜けた力を持っているのではと疑っていたのだがこれもハズレだったようだ。
 しかしこんな事では諦めん。
(涼子)
(了解ですわ)
 次なる刺客は早見 涼子(はやみ・りょうこ)、彼女の大人びた雰囲気は対象の警戒心を一気に解くことだろう。
「なななさん、汗をかかれていますわ。ほら、首元も」
「えっ、あぁイイよ〜」
「いいえ、調査は始まったばかりですから無駄に体力を減らさない為にも、ねっ」
 教導団の制服は首が殆ど隠れてしまっている、首元の汗を拭うには襟元のボタンを外す必要がある。殿方の前での露出をさけるべく合理的になななを木陰、皆の刺客に連れる事に成功した。
(そうだ上手いぞ涼子、一気に畳みかけろ!)
 こ度の狙いは彼女の性別。男子トイレを平然と覗き込むという所業、並の女性ならば出来ぬこと、つまり彼女は実は男なのだ! 女装した男男の娘なのだっ!! それを確かめる時は今っ!
「あらまぁ、胸元にまで汗が流れてますわ。でも女性同士とはいえ、お胸を晒すのは抵抗ありますよね?」
「ん? イイよ」
「えっ、ちょっ―――」
(なっ!!)
 ハンカチを握った手を取って、涼子の腕ごと胸元に突っ込んだ。乱暴ではあったが確実に双丘を撫で、そして湿った汁を拭いとった。
(なっ……バカ……んがっ……)
(小振りプリン……小豆も2つ確かに……ぃえ、でも、でも今は手術する事も出来ますし、その技術たるや本物を凌ぐ柔らかさと重みを与えると言いますし―――)
 想定外の出来事に涼子でさえもショートしかけていた。マーゼンは完全に煙を上げている。
 隊長の離脱により作戦は終了、「さっぱりしたよ、ありがとう」というなななの声はもはや誰の耳にも届いてはいなかった。
 木陰から皆の輪の中になななが戻った時、目撃者の一人ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)ランツェレットと言い合っていた。
「だ〜か〜ら〜、こっちだって」
「いいえ、こちらです」
 ゲドーは北を、ランツェレットは東を指していた。まずはハンマーラプトルの目撃地点を目指そうという秀幸の案に対する答えが2つに割れたのである。
「ちなみにグリズリーは北東の方角だ」
「右に同じく」
 に同意したのはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)だった。彼もまたグリズリーに遭遇した一人だ。
「……わかった。ここで分かれよう、そうすることで作業効率は大幅に上がる、ミッション成功率は78%にまで跳ね上がる」
 「秀幸組」が北東部、「ななな組」が東、そしてゲドーを先導とする「別動隊」が北を目指す。
 それぞれに同じほどの生徒を振り分け、各地へ散った。連絡は教導団の無線を用いる、標的を発見次第報告しあうことを決めた。
 本章の終わりにもう一つだけ。天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)が言った「余所者は出ていけってんだよ」という言葉に反応したもう一方の男、それこそが「ハンマーラプトルを北で見た」と証言したゲドーであった。彼が思ったは(なるほど、確かにこいつ等は余所者だったな)であった。
 そんな彼が先導する「北へ向かう別動隊」の珍道中は次章以降に、たっぷりと。