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武装化した獣が潜む森

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武装化した獣が潜む森

リアクション

 東に向かった「ななな組」は、ハンマーラプトルの発見を成せぬままに今も東へと歩みを進めていた。
「あと一応確認しておきたいっスけど……」
 アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)なななに問いた。
「恐竜が着てるっていうパワードスーツって、最悪壊れても構わないっスよね?」
「ん〜そうだね〜。情報科としては回収しても壊れてたら困るって言ってたね〜、あっ、技術科も困るんじゃないかな壊れてたら」
「やっぱり壊したらダメっスか。キツイっスね」
 恐竜は斬るわけにもいかない、その上スーツを壊しちゃダメとなると気絶を狙うしかないって事に……相手はそれなりに俊敏だっていうし―――
「でもさ〜壊れちゃったら、しょうがないよね〜」
「えぇっ! イイんスか?」
「良くないよ〜、壊すのは良くないよ〜」
「えっと…………え?」
「だから〜壊さないように戦って、それでも壊れちゃったなら誰も文句は言えない、と、そういうカラクリになっているわけだね〜」
「そんなわけないでしょ」
「あだっ」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が手刀でなななの頭を小突いた。
「この件を任されてるんでしょ、だったらそんな適当な事いってないでしっかりやりなさい」
「ブー。リカちゃんはさっきから厳しすぎるんだよ〜」
「あのね、私たちだって事件解決に協力したいの、あなたがフワフワしててどうするのよ。それと『リカちゃん』って呼ばない」
「う〜」
 道中をずっと隣で歩んだ、その最中に幾度となく『ほらもっとしっかり周りを見て!』とか『速すぎる! 急ぐよりも目を凝らす!』と言っていたからだろうか、母と子のような構図が構築されてしまっていた。リカインとしては『彼女を放っておけない』と思って傍に居ただけだったのだが。気付けば世話焼きお姉さんのような立場になってしまっていた。
「なななさん」
 すっかりアホ毛もしなっているなななサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が笑みかけた。
「何か『禁猟区』をかけておけるような小物って持ってます?」
「小物?」
「私はこれにかけてもらったんです」
 そう言ってサンドラは『鬼払いの弓』を持ち上げて見せた。アレックスにかけてもらったのだそうだが、同じように自分もなななの小物に『禁猟区』をかけたいのだという。
「小物……」
「いつも身に付けてるようなものが良いと思うんだけど」
「いつも身に付けてるもの……いつも身に付けてるものか〜」
「あの、そんなに難しく考えなくても」
「ブラジャーかな」
「なっ! なんでブラジャーなんですかっ!」
「だっていつも身に付けてるでしょ? ダメ?」
「ダメです! もっと普通のにして下さい」「普通って……靴下とか?」
「……ん、まぁ悪くないですけど、それならせめて手袋にして下さい」
「なるほど〜、そういうのがイイのか〜」
「…………私が靴下を欲しがってるみたいな言い方しないで下さい」
「やっぱりインナー系がイイよね〜」
「やっぱりって何ですか、イイなんて一言も言ってないじゃないですか、っていうか下着類から離れて下さい」
「えぇ〜じゃあ、ハンカチとか?」
「そうです、そういうのです」
「面白くないよ〜、それにいつも持ってるとは限らないし」
「イイんです! いま持ってるならそれでイイんです!!」
「だったら初めからそう聞いてくれれば良かったのに〜」
「そうですけど! ぅ〜〜、でもそうじゃないぃ〜〜」
「やっぱりパンツにしよう」
「ダメですっ!!」
 キャンキャン言ってキャイキャイ騒いでいた。その光景は、というよりこんなサンドラは初めて見たなとキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は物珍しそうに見ていたのだが、
「まったく。騒がしいわね」
「あ、あぁ」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の声で我に返った。
「いや、すまない。返す言葉もない」
 身内を代表して謝罪した。自分たちが楽しんでいる間も彼女たちは真面目にラプトルの捜索を行っているのだ。
「しかし便利だな、植物と会話ができるというのは」
「今回は森だしね。まぁ、それほど深くは語ってくれないけど」
 『人の心、草の心』を駆使して木々から情報を得る。一つ一つは断片の情報、しかし文字通り地に根を張っているためだろうか、彼らの情報が隊の進路を決定付けていると言っても過言ではない。先も東から僅かに南の方向へ転換したばかりだった。
「御方様」
 パートナーの上杉 菊(うえすぎ・きく)が歩みを止めた。視線の先を追ったローザマリアも同じに笑んだ。
「見つけた」
 小恐竜の出っ張った頭、その後頭部が茂みの中で揺れている。更に奥の茂みにも同じような影が数体見られた。
「間違いない、ハンマーラプトルだわ」
「えぇ、そのようですわね」
 ハンマーのように前後に出っ張った頭、体には『パワードアーマー』を装備している。目撃者の証言通りだ。
「待て」
 共に息を潜めてクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が言った。
「あれがハンマーラプトルだと断定するのは早い、まして現時点で『パワードアーマー』だと断定するのは早計の極みだ」
 攻撃的な言いぐさにローザマリアは頬をヒクつかせた。
「断定なんてしてないでしょ、そうなんじゃない? って言ったのよ」
「軍人ならば己の言葉に責任を持て。先刻は対象を『パワードアーマー』を着たハンマーラプトルだと断定していたであろう」
「目の前にある情報から状況を正確に掴むことが必要なの、あれを見れば分かるでしょう? どう見たって『パワードアーマー』を着てるじゃない」
「なぜあれが『パワードアーマー』だと分かる。たまたま『パワードアーマー』に似た見た目の進化をした恐竜族という可能性だってあるだろう」
「それは苦しいわ、そんなの状況分析でも何でもない、ただのこじじつけよ」
御方様……
ボス、その辺にしとけ
 だけでなくクレアのパートナーのエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)も止めに入った。言い合っている場合ではない、もはや対象を観察し分析することでしか結論は出ないというのが両者共に共通の認識であった。
 対象の数も分からなければ策も立てられない。
「わたくしたちは風下から」
「ならオレたちは対角に位置取るぜ」
 なななを含めた一行を残して両者は偵察隊として、分かれてラプトルの群れに寄りていった。
「いや、あれはもうラプトルだよ、アーマー着た恐竜様だよ」
 風下に陣取って間もなく典韋 オ來(てんい・おらい)が疼き始めた。
「静かに」
 エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は瞳だけを素早く動かして、
「菊媛の合図が無い。まだ待機です」
「何が待機だ、敵が目の前に居るんだぜ、何を確かめる事があるってんだ」
「戦闘において相性の優劣はとても重要、それを見極める為にも敵は良く観察するべき」
「んなもん戦いながら探っていけばイイんだよっ!」
 跳びだそうとする典韋の腕をエシク・ジョーザはガシッと掴んだ。
「そうして無謀な若者は森に散りました」
「あたしがあんな恐竜に殺られるかっつーの!!」
 振り払って典韋が飛び出した。一足でラプトルの間合いに入ると、アーマー部分めがけて『轟雷閃』を放った。
「うぉらあっ!!」
 直撃―――したと思った、しかし当たったのは『方天戟』の切っ先だけ、ハンマーラプトルはとっさに後方へと退がり避けていた。
「だから言った」
 間髪入れずにエシク・ジョーザがラプトルの死角から『ブラインドナイブス』で斬りかかっていた。振り上げた斬閃は見事にラプトルの首部皮膚表面を裂いた。
 しかし『隠形の術』で気配を殺していても神経の反射が起こした反撃には大きな意味を成さない。斬り上げた次の瞬間には、ラプトルの堅頭部がエシク・ジョーザめがけて襲い来ていた。
「出番」
「はぁ?!! おい!!」
 手近にあるものを身代わりにして身を守る術、『空蝉の術』。今回の身代わりは血の気たっぷりの典韋だった。期待通り、刹那の出来事だったにも関わらず彼女は『方天戟』で堅頭部を受け止めた。
「てめっ……ふざけろよ」
「力には力、これも相性」
「あたしはおまえの盾じゃねェェ!!!」
 術と呼べるか、いや呼べない。これこそただの身代わり、盾避け。それでも直後のエシク・ジョーザの斬撃は、ラプトルのハンマーのちょうど真ん中を薙ぎ抉っていた。
「そうそう、初めからそうすれば良かったんだ」
「パートナーを盾にする事か?」
「まさか」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は『小型飛空艇ヘリファルテ』の桿を握り直してパートナーへ言った。
「対象の詳細なんて捕まえてから調べりゃいいって事だ」
「違いない」
 ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)も『小型飛空艇ヘリファルテ』を浮上させて飛び出した。
 典韋の単騎突撃により群れていたラプトルは既に散り始めていた。2人の狙いは北へ逃げたラプトル、2体が茂みを抜けて土道を駆けていた。
「おっと、そっちじゃねぇぜ」
 飛空艇を回り込ませて進行方向を塞いだ。森中に設置した罠へとラプトルを誘う為だが、驚いたことに同じタイミングで同じ事をしている者がいた。ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)の2人だ。
 彼は指先で鋭く東を指し、そしてすぐに地面へと下ろした。これだけの行為でグラキエスは全てを理解した。
「ゴルガイス」
「あぁ、それがいい」
 パートナーのゴルガイスも理解したようだ。『すぐ東に罠がある』、ロアはそう伝えようとしているのだと。
 森中に罠を設置した者同士だからだろうか、その上グラキエスたち同様ロアたちが操る機体も『小型飛空艇ヘリファルテ』と同じだった。
 自分たちが仕掛けたポイントまでは少しばかり距離がある、近くに彼らのポイントがあるならば。
「決まりだな」
 グラキエスたちもラプトルを東へ追い込む事に従事する事とした。
「そう、その先。そのまま、そのままだ」
 ロアが仕掛けた『登山用ザイル』の足掛け罠。長さ50mもの登山縄を何重に畳み張って強度を増している。飛空艇と同等の速度で縄にかかれば、さすがの巨体も転び倒れる。
「そう、そして倒れた先には―――」
 吹っ飛んだ先、釘を打つようにハンマーヘッドから地に突っ込んだ先には落とし穴が待ち構えていた。ラプトルの頭の重量は推測に過ぎなかったが、縄に飛び込む際の速度、そして吹き飛ぶ距離と着地点など。ほぼロアの計算通り、見事に2体のラプトルが落とし穴に落下した。
 身動きの取れない小恐竜にレヴィシュタールが『サンダーブラスト』を浴びせ続けて、これで終い。
「思ってた以上に良い肉だな」
「ふぅう〜ん、楽しみだ。肉にかけるソースとワインはお前の血だな」
「ソースは腕でも切ってかけるとして、ワインは? グラスないぞ」
「直接飲む、それに限る」
「だと思ったよ」
 何気なしに妖しすぎる会話が2人の間で交わされた。吸血鬼をパートナーに持つと誰もがこんな価値観に変わるのかしら。いいえ、どうだろうかと声を大にして主張し続けることもまた大切な事だと思いますよ。
 さて北へ逃げた2体が縄にかかったとき、時を同じくして駆けるラプトルを転倒させた男がいた。軍人探偵を名乗る三船 敬一(みふね・けいいち)である。
「さすがに頑丈だ、なっ! たっ! とぉっ!」
 『格安の自動車』から顔を出し、逃げるラプトルを狙撃していた。
 道は平らではないし、片手走行で追跡しながらという状況ながら敬一は正確に右足背面の筋の一点を狙い撃ち抜いてゆく。貫通はしないものの、5発もの弾丸が表皮にめり込んだ所でようやくラプトルは転倒した。
「よぉし、確保ぉ!!!」
 車を止めて勢いよく飛び出す。声をあげたが現場に居合わせたのは敬一ただ一人、仲間が到着するまでは自分で何とかするよりない。
「おっ! おぉっ! 暴れるなっ、このっ!」
 寝そべりながらにラプトルはハンマーのように長く堅い頭を振り回して抵抗した。ただし、闇雲に振っているだけにしか見えないその様からは「それが身を守る術か? いや、視界そのものが狭く俺のことも捕らえきれていないのかもしれんな」などとも思わせた。
「いかんいかん、考察は後だ。死なない程度にしてやるからな」
 狙うは頭部、何度かの射撃で動きが止まれば狙い通り、顔部に飛びついて離れた眼球の中央部に『魔弾の射手』で狙撃を行えば、さすがに昏倒するだろう。
 大きく狙いやすい胴体部ではなく、見境もなく振り回す頭部をしつこく狙う。敬一の狙いはあくまで捕獲、その為には堅い表皮であろうと頭部に衝撃を与えるのが常套だろう、と。全ては『パワードアーマー』を無傷で回収するために。
「破壊してしまうような方法を取るは依頼主の意向に反する」と探偵魂が彼に困難な道を行かせているのであった。
 時を同じ頃、
「ふぅぅううううんっ!!!」
 突進してくるラプトルをセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は正面から受け止めていた。
 自身に施しているのは『ドラゴンアーツ』、受け止めたのは『パイルバンカー内蔵シールド』。一度足を止めて再びに駆け出した瞬間を狙って飛び出したのだが、どうにかその突進を受け止めることに成功したようだ。
「ふぬっぅううううううう!! ぉあおっ!!」
 至近距離からシールドに搭載されたパイルを射出した。
 衝撃音、いや破砕音だろうか。シールド越しにラプトルのパワードアーマーの破片がバラバラと綻ぶ音がした。
「どうした? もう押して来ないのか?」
 パイルがアーマーを貫通したのだろう、そのダメージはラプトルの踏進力を明らかに低下させていた。
「悪いな、うちの秘術科は残骸だろうと解析可能なのだ」
 だから大いに壊しても結構、粉々に砕けようが灰だけになろうが検体さえ持ち帰ることができればそれで調査解析は可能…………。
「可能……ですよね? あれ? 可能ですよね秘術科のみなさんっ!!」
 遠く教導団の研究室にいる同胞たちが一斉に顔を背けた、そんな気がした。なんという事か……秘術科自体が最近全然息をしていないとは思っていたが、まさか己が技術にまで自信を失っていたとは。
「ふぉおおおおおおおお!!」
 しかしだからといっても時既に遅し。もう壊してしまってますもの、アーマーの腹部は間もなく粉々になりますもの。
 不安を振り払うようにセオボルトはシールドでラプトルの巨体を押し弾いた。
「やっぱり加速直後を狙うのが妥当よね」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は走行中のラプトルに『ワイバーン”デファイアント”(レッサーワイバーン)』を横付けさせた。
 さらにそこから回り込ませてラプトルの正面に出た。
「っと。さすがね」
 制止したのはほんの一瞬、それだけですぐにラプトルは駆け出した。
「お願いね、リネン」
「……まかせて」
 ラプトルの踏み込みに合わせてリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、
「……起動(イグニッション)」
 腕時計型加速装置『アクセルブレス(アクセルギア)』を発動させた。
 ラプトルの加速が如何に優れていようとも、体感速度を30倍にまで引き延ばしたリネンと同じに加速を始めたのなら、そうそう振り切れるものではない。リネンの『魔剣ユーベルキャリバー(L)(ブライトシャムシール)』がラプトルの脚に襲いかかった。
「……キレイに倒れて」
 強化型光条兵器の刀で何度も何度も人間で言えば弁慶さんの泣き所をそれはもう何度も何度も叩いたのでした。
 リネンの希望通りラプトルはキレイに前方へ倒れ込みましたが、脚部はグチャグチャに潰れてしまっておりましたとさ。
「こちらは片付きましたよ」
 ヘイリーなななの元へ戻った時、何やら場が騒がしかった。
「えぇっ! 本当に食べられるのかな?」
 言ったのはロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)だった。
「もちろん。いい匂いだろ?」
 ナイフに刺さった肉片が火で炙られている。ヘイリーたちはラプトルを昏倒させるに留めたが、ロアたちは昏倒させた後に肉を採取し焼いて食べていたようだ。
「うぅ〜ん、食べてみたいけどでもラプトルは重要参考人だからな〜でも食べてみたいな〜」
 ラプトルを重要参考人と位置づけるなら肉片を採られてる時点でダメでしょうに……。ヘイリーは一つため息を吐いた。
「うん、決めた! 食べる! ななな食べるよ!」
「その前に」
「あぁっ、お肉……」
 ヘイリーが肉を取り上げた。何かあれば無線で知らせる、これが決まりだったはずだ。ラプトルを捕獲(うち一体は食材に)した以上、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)や「別動隊」と連絡を取るのが筋というものだ。
「ぶぅ〜、イジワル」
 ブツブツ言いながらもなななは無線を手に取った。
 聞こえてきた秀幸の声はとんでもなく焦っていた。
「ちょうど今グリズリーが動き出した所だ、あとでかけなおす」
 ブツッと切られた。なななは余計に口を尖らせたが、ブーブー言わせる前に「別動隊」にかけさせた。
「…………………………あれ? 出ない」
 北へ向かった「別動隊」、自分たちと同じくラプトルを探しに行ったはずだが。
「あれ? 番号間違えたかな? もう一度っと」
 自分たちがラプトルを捕獲してしまった今、彼らがラプトルの追跡中であったり、まして交戦中であるとは考えにくい。
 それでもコールに応えはない。
「ん? みんなして何をしてるのかな?」