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決戦、紳撰組!

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決戦、紳撰組!

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 久我内 椋(くがうち・りょう)が提供した、外装は商店の一角へと、続々と負傷者が運び込まれてくる。 重々しい冊子がしまっている暗いその大部屋には、幾枚もの布団が敷いてあった。
 討ち入りによる怪我人だと信じて疑ってはいない坂東 久万羅(ばんどう・くまら)は、かいがいしく水を汲んだり運んだりしている。
 長屋では足りなくなった負傷者の数に、場所を移した本郷 翔(ほんごう・かける)本郷 翔(ほんごう・かける)は顔を見合わせていた。
 搬送を行っている商家の裏口は、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が目を光らせている。
 翔のスキルである根回しが、功を奏し、こうして負傷者の出自を問わない医療現場が出来たのは僥倖だった。大奥の奥医師も勤めたソールの名声は、ここへ来てから高まることを知らない。それはひとえに、患者の信頼を得られるように尽力する彼の手腕故なのかもしれなかった。
「俺としては、負傷する志士、巻き込まれる住民達を治療してあげたいと思う。
勿論、そうすることで、女の子からの人気が高まるならそれに越したことはないけど、今の扶桑の都の騒乱は、そんな不純なことを言っていられるほど平穏とは言えなくなっていると思うからさ」
 ソールは、初めこそそうしたことを口にしていたが、ひとたび患者に向かうと真剣だった。
 それを知っているから翔は提案したのである。
「双方の陣営に医療活動を行うことの許可を得て、抗戦を諦めた人、巻き込まれた住民の治療を行える体制を作りましょう」
 それに否を唱える物は、少しは荒廃が減退した扶桑の都においても、誰一人として射はしなかった。
「この許可の範囲は私達だけではなく、他の医療行為を行おうとする人達も範囲に入れていただこうとします。もっとも、他の医療活動を行う人に不純な動機がある可能性もありますが、医療活動そのものがまず必要だと考えておりますゆえ、その辺の思惑の有無は二の次、三の次です」
 特に話しを通しに出向いた継井河之助は、子供らしく柔和な表情で、それを歓迎したものだった。
「将軍家に仕える我らが暁津藩は、ひいては、仮に敵対勢力であるとしてもマホロバの民『皆』をまもるべきじゃからな」
 暁津勤王党を抱える藩の少年過労が、それを本心から口にしたのかは、今となっては誰にも分からない。
「体制が整えられた――ならば、患者を搬送出来るような手配も行いましょう。医療従事者のいる場所を記憶術で記憶しておき、大八車を用意し、そこに連れて行って貰えるよう有償で頼みます」
「それはこちらで手配いたしましょう」
 場所の提供を申し出た久我内屋を商う椋の言葉に、翔は正直驚かずにはいられなかった。
 それは、翔が、このように口にしていたときのことだった。
「費用は、私個人で負担したいと考えております。中立の医療活動というのは、どこからも支援が得られなくても仕方がないと言うことですからね。この労働を無償で行っていただくと言うのは、それはそれでどうかと思いますから、しっかりと賃金を払いたいです」
「確かに、中立というのは難しいでしょう。しかし、中立というのは、皆がマホロバのことを見定め、思っているという証ではありませんか」
 心底マホロバのことを考えている、若き久我内屋当主の言葉に、翔は返す言葉を見つけられなかった。
 こうして、久我内屋からの医薬品などの提供と、ソールの手腕の元、今宵も怪我人達の治療が行われていたのだった。
「翔の根回しを信用して、ある程度安全を確保してくれると信じて、怪我人達を搬送してもらって、治療を行っているけど――」
 なにやら視線を交わし合っている椋と翔の正面で、ソールは溜息をついた。
「魔法、科学を問わずに、必要な医療を最大限行わないとまずい」
 ソールの金色の髪に、揃って二人が視線を向ける。
「それに軽傷者や、今後指名手配をされる人間達は、早々に処遇を考えてあげないときついんじゃないかな」
 冷静なその言葉に、椋が頷いた。
「あくまでも……私が提供できるのは『一時的な身を置く場所』でしょう。池田屋からはそう遠くないし、裏口からはいってきていただければ其方は俺たちの住居スペースになるから誰か来ようとも中を調べるのにはそれなりの手続きがいる。時間は稼げるだろうと、そう思って此処を選びました。彼らもまた、マホロバを想っているのですから」
 施術後の処遇については、翔もソールも関知できない。
「だからあなた方に、不可侵の場を作っていただけて良かった」
 椋のその言葉に、翔が腕を組む。
「では、彼らをこの後、どうするつもりなのですか」
「無論――マホロバを想っていることが前提ですが……そうだな、マホロバにて生きていくのが辛いと思っている者達を久我内屋で雇って、シャンバラにある店の働き手になってもらおうと思っていたところだし」
「それでは、貴方にも害が及ぶのではありませんか?」
 翔の言葉に、椋が苦笑した。
「マホロバを想う気持ちは何処にいても変わらない――ただ、彼らの、その気持ちを潰してしまいたくはないのです。もし俺に被害が来るようであるならば、国外逃亡する皆の中に紛れてマホロバから離れてもいいと思っている。それの手段を使うかは六黒殿や朱辺虎衆のもの達に任せよう」
「中立の立場の私と、攘夷の者に心を許した椋様は、似て異なる道を歩んでいるのかも知れない。けれど、していることは同じです」
 翔がそう言葉をかけると、椋は微苦笑した。
「貴方は間違っていない。誰もが皆、より良いマホロバを模索しているのですから」
 その言葉に微笑んだ椋は、着物の裾を直すと、優しげに目元を緩めた。
「少し、外へ出てきても良いかな」
 それは黒龍こと、三道 六黒(みどう・むくろ)や、意識を取り戻した白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)達が運ばれてくる、少しだけ前のことだった。

 椋の向かった先は、東雲遊郭だった。
 まだ影蝋である天 黒龍(てぃえん・へいろん)達も、帰り着いていない頃合いである。
「俺が出来るのはここまでだ。疲れたな……桔梗の所でも行こうか」
 呟いた椋は、遊女――天神である在川 聡子(ありかわ・さとこ)の元へと向かった。
 遊郭で迎え入れてくれた聡子は、結い上げた黒く美しい長い髪を揺らしながら、目の下に赤いクマを作り、疲れた様子の椋を心配そうに見上げた。
「大丈夫?」
 穏和さと優しさの滲む茶色い瞳で、見上げてくる聡子に対し、椋は一時作り笑いを浮かべそうになり――けれどその気心の知れた安らげる瞳に、思わず双眸を伏せた。
 ――どうすることが、何を成すことが、このマホロバの為になるのだろう。
 気祝い手腕がずば抜けている彼にとっても、それは誠に不可解なものだった。
 だからただ安らぎを求めて、聡子の繊細な肩を抱き寄せる。
「俺は――正しいことをしたんだろうか」






 池田屋への討ち入りを果たし、朱辺虎衆や過激派の攘夷志士の大半を捉えた紳撰組は、凱旋するように、屯所へと戻った。そしてそこで火消しに追われ、残った扶桑見廻組の面々は池田屋の消火活動も行った。八咫烏彼岸花の面々も、扶桑の都が火事にならないよう、尽力してくれた様子である。
 ――もう、その夜は明けようとしていた。
 屋敷からも遠目に見えた二つの火災に目を細めながら、継井河之助は、一人で将棋をしていた。
 そこへ来客があったのは、卯の刻――明6つ近くになってのことである。
「かような時間に、いかようですかな、扶桑守護職」
 扶桑守護職である松風堅守は、喉で笑うと、通された継井の正面に座した。
「子供が起きているには些か遅い」
「家老は有事に備えて、眠りを浅くしているものですから」
「上手く逃げて、駒を人を切り捨てた子供の戯れは、実に見事であった」
 継井が一人行っていた将棋の駒の片方――王がいる一方の駒を勝手に進めた堅守は喉で笑って見せた。
「大老暗殺犯が出て行ったのは偶然のこと」
「存じておりますよ」
「その直後に、八咫烏が参られた」
「そうでしょうな」
「我を潰して、何のメリットがあるというのです」
「二千五百年前の天下二分の戦いでは鬼城家につき、『戦功大なり』の褒章に預かった、マホロバ西国の藩のひとつに不信感を抱かせることが出来れば、随分と物事がやりやすくなるでしょうな」
「それは嘘だ。ならば、もっと早くに八咫烏を呼ぶべきだった」
 つまらなそうに継井が言うと、堅守が煙管に火種をいれた。
「貴殿なら、いくらでも言い逃れをしたでしょうに」
「あたりまえです。我が藩主に迷惑をかけることなど――将軍家に逆らうことなど、我が暁津藩にはあり得ない」
「だから一つばかり、恩を売った」
「いらぬ心遣いですね」
「今後、マホロバはかわっていく。民草の手ではなく、幕臣の手によって」
「せめてその価値を滔々と解いて下されば、我も貴方への見方を改めたでしょう」
「わし自身がその価値を探っている。マホロバのことを思う嘆く民のなんと多いことか」
「思い上がられぬ方が良い、扶桑守護職殿――全ては、将軍家の初代から現在に至るまで、鬼城家の掌の上にある。我らには存ぜぬ深遠なる思慮があるのでしょう」
「では何故わしは扶桑守護職に任命されたのか」
 玉を手に、飛車角を退け、王手をかけた継井河之助は、蝶の羽をもぐ子供のような表情で嗤ってみせる。
「貴殿がその程度の器だからでしょう」
「これは参った」
「我は貴方が嫌いだ」
「存じている」
「明日限りで、我は家老の職を辞しましょう」
「それで?」
「さぁ。遊学にでも出ましょうか」
「――今後、『扶桑』が噴花するとしても?」
「その後の処理は貴方のような老害が――失礼。見識豊かな方がなさればいい」