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リアクション
■■■■第四章
0
まずはじめに分かったのは、Whodunitだった。
――鞘を置いたのは、楠都子で間違いがないだろう。
ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、橘 舞(たちばな・まい)が都子の介抱に出向いた為、ただ一人居室で考えていた。
次に分かったのも、フーダニットに付随して、Howdunitだった。
――それは、どのようにして鞘を盗み出したか、だ。
桐生 円(きりゅう・まどか)と伊東 武明(いとう・たけあき)からの情報を加味して考える。
――最後は、Howdunit……何故犯行に至ったか、である。
「ブリジットさん、ちょっとよろしいですか?」
そこへ紳撰組へ、自由に遊びに来ることが出来る中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が声をかけた。
頷いたブリジットは、奧の庭へと連れ出される。
おりしくもその場所には、ユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)達が居た。
――そこで彼女は、彼女達から、楠都子の過去を聴いた。
「何か助けになれば良いのですが」
ユーナの声に、ブリジットは一人微笑を返す。
これで……ハウダニットの用件が揃った。
「出来れば情報交換を――」
綾瀬の声に、ブリジットは頭を振る。結末が見えたからだった。
「そのまえに、真犯人の動機と犯行方法を吟味するべきだわ」
その頃、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、最後の策を用いていた。
それは――扶桑の街の空間に対してサイコメトリィを使う方法。
原理はプログラミング技法の1つ、オブジェクトオリエントの考えを利用して、連続なものを離散的なものを捉えて考えればいい……その際、脳に大量の情報が流れ込むことから膨大な負荷がかかるだろうが、超人的な精神を持つ私ならば情報を整理し、欲しい物を見つけることができるはずだ。
自信半分、不安半分といった心地で、ウィングは目を伏せる。
すると過去の、扶桑の都が瞼の裏に現れたのだった。
――朱雀は、上手くやっているのだろうか。
朱辺虎衆の首領である『彼』は、始まったばかりの紳撰組を見に行った。
そこにいたのは、男装をした麗人で、まだ幾ばくか幼さが残るせいか中性的に見えるものの、紛れもない美少女だった。
思えば、この時から『彼』の心は、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)に絡め取られていたのかも知れない。
「貴様は、攘夷志士の梅谷才太郎だな! 逮捕する」
高々とそう告げた彼女の手をかわし、華奢なその手首を掴む。
「やれるものならばやってみればいいやか」
「何を」
「どうして男装しちょるんじゃろうか」
「私は、侍だ」
「答えくじゅうていやーせん」
初めは、おなごだから、扱いやすいじゃろうと思った。
けれどその真の通った価値観は、簡単に曲げることなど出来なかった。
だから不安になって朱雀に尋ねたものだ。
「人選ミスがやないのじゃろうか。げに扱いにくそうだ」
「あのくらいの信念がなかったら、いつか本物の新撰組に見つかったときに簡単に斬られてしまうわ」
都子が――朱雀がそう言うのであれば、それもそうなのかと思った。
だからいつも目を離さないように、監視していた。
――けれど、その内に。
「勇理ちゃん、お団子食べに行かぇい?」
朱雀こと都子の監視と、紳撰組を警戒していたはずだったのに。
気がつけば、『彼』は――梅谷才太郎は、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)に心を惹かれていた。
初めから、進む道は異なっていた二人である。
けれど恋情は、その様なことを考慮してはくれないのだ。
――このままでは、駄目になる。
――このままでは、革命どころか、一人のおなごに注心して、終わる。
――このままでは、それでは、ついてきてくれた皆を見捨てることになる。
梅谷は、悩まずには居られなかった。
自分の意思に反して、胸が高鳴り、その横顔を見るだけで、愛しいと思う相手の出現を。
遣り方こそ違った。
その上、相手は、都子の言の葉に乗せられて紳撰組を組織した。
けれど、それでも。
「マホロバを――扶桑を想う、気持ちは同じじゃ」
それは、朱辺虎衆の誰にも聴かせることが出来ない独白だった。
「じゃけんど俺にゃ、やらんとならんことがある」
そんな言葉が谺した所で、ウィングはサイコメトリィを止めた。
「恋――愛に生きられない、苦痛か」
ウィングのその言葉を聞く者は、そこには誰もいなかった。
1
池田屋への討ち入り間際――楠都子の元へと来訪者があった。
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)である。
「今回の梅谷暗殺事件の裏側を大凡把握しています」
それは半ば口からの出任せだったのだが、都子は思わず息を飲んだ。その様子に確信を持った優斗は続ける。
「一人で抱え込む必要はない」
「どうしてその事を……」
「僕に出来ることなら、助力します。だから、一人で抱え込まないで下さい」
優斗のその言葉に、逡巡するように、都子が視線を彷徨わせた。
「……だったら、そう思うのなら……勇理の傍にいてあげて」
「では、貴方の傍には誰が居るんですか?」
「私は……」
考え込むように俯いた都子は、それから唇を噛んだ。
「誰かに一緒にいて貰う資格も、一緒にいて欲しいと感じる心も持ち合わせてはいない」
その回答に、優斗は逡巡していた。彼の考えはこうだった。
――…前回の勇理さんの証言の『都子さんと同室で眠っていた――誰かが入れば気付いた』という状況で見えた朱い牛面をつけた黒装束姿の者が鞘を抜く場面を鑑みれば、自分の周りで動かれても気にならない程気心の知れた人物が…楠都子さんが今回の一件に一枚噛んでいる可能性が高い。
そして『鞘に残されていた勇理さんへ向けられた強い意志』や恐らく夢ではないであろう『琵琶を弾きに来た少年』……こちらも朱辺虎衆の方で、恐らくは梅谷さんのように勇理さんに近しい人物なのでしょう。
だから都子の話を聴きに来た彼は、なにかあるなと直感的に感じながらも、何も言えないのでいたのだった。
その頃、局長である勇理はといえば、皆を前に作戦を練っていた。
各隊の組長達が集まり、手順を確認していく。
これは監察方の尽力故に、可能になった作戦立案だった。
「そんな寂しいことを言わないで欲しいな」
優斗の言葉に、都子が我に返ったように息を飲む。
「その、私は」
「少なくとも、僕は一緒に――見守っているよ」
「……勇理を局長を裏切っても?」
「裏切るの?」
「別に」
「だったら――見届けるよ。それを約束する」
「こんな事は言いたくありませんが――朱雀様は裏切っているのではありませんか」
朱辺虎衆の女が言った。彼女は綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を拘束し、身内に引き入れた人間だ。
場所は、朱辺虎衆の面々が集う、池田屋の一角である。
「だとしたら、なんじゃ?」
面を撫でながら、首領が問う。
「制裁を加えるべきです。そうでなければ、皆の秩序が――」
「ほう。ぬしは、秩序の為に、この場へ属していたのか」
「そうではありません! ですが」
「思い出してみると良い。どうして、朱辺虎衆へと入った?」
「それは――……このマホロバをより良い所にしたいから……」
「良し悪し、善悪――これらは流動的な言葉ぜよ。朱雀の良しと、君の良しは違うのかもしれん。秩序とは――多くの『良し』を守る為のもんじゃ。俺はそう思うぜよ」
「首領……」
「ぬしにも見つかると良いな」
二人がそんなやりとりをしている背後を、忙しなく朱辺虎衆の面々は走っていく。
「首領には――見つかったんですか?」
朱辺虎衆の女が訊ねる。
「見つかった。やきといって叶うこととはいえんけれど」
そんな二人のやりとりを、天井裏から聴いている者がいた。
レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)とカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)である。
スキルである隠れ身とイナンナの加護を駆使し、ブラックコートで武装した彼は、考えていた。
――しかしあの近藤勇理という奴……あの歳で、しかも精神的にはまだ未熟であるにもかかわらず、あれだけの組織をまとめ、そしてあの人望……面白い奴だ。
「あの女、面白い奴だ」
……あいつ個人への協力だけは引き続き行うか……。
そう考えた彼は、紳撰組と無関係を装い、紳撰組の者には行けない所で、彼らには聞き出せない情報も得ようと潜入調査を行っていた。
「紳撰組との繋がりがバレないよう、近藤と接触するのは、付近に近藤以外の人物がいない時だけにしないとな」
ふとレギオンがそんな事を呟いたとき、振り向いたカノンと視線があった。
その美しい青い瞳を見据えながら、考える。
……カノンにはこういう血生臭い事に関わって欲しくは無いんだがな……。
彼のそんな心中などしらず、カノンは少しばかり怒っていた。
カノンは天井裏に誰もあがってこないように、見張りをしている。
危なくなったら何か合図を出して、特技の密偵で変装する手はずになっていた。
それにしても、と考える。
――レギオンがあの勇理って子の為に情報収集するって言ってるし、あたしも付いて行かなくちゃ!
と、彼女は意気込んでついてきたのである。
――レギオンがまた危険な事とか、残酷な事とかしかねないし……。
「だけど何より……『あの女、面白い奴だ……』ってどういう意味!?」
考えているうちに思わず声を上げそうになった彼女は、慌てて口をつぐんだ。
カノンは忘れていた。現在レギオンの頭の中からは、恋愛の事などするりと抜け落ちていることを。しかし密かに響いた彼女の声を、甲賀衆を追いかけて池田屋まで辿り着いていた城 紅月(じょう・こうげつ)が聴き止めて、顔を向けた。
2
副長の算段で、まずは池田屋周囲の包囲網を固めた紳撰組の隊士達は、くらい月明かりの最中、池田屋目指して進んでいた。壱番隊は、先に池田屋へと突入していて、店の周囲は二番隊が包囲している。
「池田屋ですかぁ、とうとう此処まで来たんですねぇ」
レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がそう呟くと、隣で長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が頷いた。
「扶桑の未来を作る為」
参番隊組長のレティシアの強い声に、淳二が長い得物を携えながら嘆息した。
四番隊組長である彼は、曇天に似た重々しい雲が、この身に巣喰っている気がしてならなかった。隊を率いた二人が真っ直ぐに歩いていく。
傍らには紳撰組から助力を頼まれた、相田 なぶら(あいだ・なぶら)とフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が歩く姿がある。先発隊である柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が池田屋の正面に立ち、扉へと手をかけた。
中では朱辺虎衆の面々が待ちかまえている。
――その時のことだった。
双方の前に、三つの人影が現れる。
それは樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、そして玉藻 前(たまもの・まえ)だった。
紳撰組とも扶桑見廻組とも異なる第三勢力彼岸花の面々だ。
「今のままでは再び扶桑の噴花がはじまります……そうすれば今扶桑の都を襲っている病魔や天変地異がマホロバ全土に広がる可能性がある……その時動ける人達がいなければマホロバの民は次々と死んでゆくでしょう、その最悪の事態に備えるためにも貴方達の力を借りたいんです。お互い通したい想いと言葉があるでしょうけど、それはマホロバがあってこそ……そのマホロバを護るためここは退いてくれませんか?」
刀真が凍てつく程真剣な眼差しでそう告げると、幾人かの隊士が怯んだように後退した。
「貴方達は?」
淳二が問うと、刀真が微かに笑った。
「彼岸花を口にすればその先にあるのは彼岸のみ、死にたければ今までと同じ活動をいていれば良い、殺してあげます……そして気に入らなければ俺を殺せば良い、今すぐにでもね」
すると月夜が続けた。
「私達も都の治安を乱したい訳じゃない……私達なりに都を守るために彼岸花は今まで活動してきた、これからもそうする」
そんな彼女を一瞥してから、刀真は紳撰組の一同へと視線を戻す。
「まあ君達が人を殺したいから『扶桑の為、マホロバの為』って理由を掲げて暴れているなら話をするだけ無駄ですが」
一方の玉藻 前(たまもの・まえ)は、朱辺虎衆の面々へと視線を向けていた。
「店の中で暴れるでないよ……」
彼女はそう注意を促すと、スキルであるアボミネーションを用いて、畏怖を与え周りの人間を黙らせた。そして内心で思案していた。
――刀真達の言わんとしている事も分からないでも無いが……無茶だろう? 確かに有事の際に人手はあるだけ欲しいだろうがこの場で言っても意味ないと思うが……まあやるなら付き合うがね。
「我らに想う事、言いたい事はいくらでもあるだろう……我らは扶桑の元にいる、何時でも来れば良い」
玉藻 前(たまもの・まえ)がそう告げたとき、池田屋へと新たな来訪者があった。
「全員、刀を収めよ! マホロバの民同士がこれ以上傷つけあう事は許さん!!」
それは鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)の声だった。傍には、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と沖田 総司(おきた・そうじ)の姿もある。
「……お前達は何故戦う? お前達はマホロバを愛してはいないのか? 何故マホロバの民を……同胞を平然と傷つけ合える?」
彼女は、鬼城家の者として、マホロバの守護者の誇りをもって改めて呼びかけた。
「一同に確認する、自分が守ろうとしているものは、創ろうとしている未来は『幸福なマホロバ』なのか? それとも『自分達だけにとって都合の良いマホロバ』なのか? 前者ならば刀を収めよ……これ以上他の誰かのためと称して……流されて同胞を傷つけるな。戦いは終わりだ……この場は『新撰組』が預かる!」
その言葉に、総司が一歩前へと出た。
「最初に言っておく……俺はかなり強い! ……じゃなくて紳撰組や扶桑守護職のようないくらでも代りのきく末端といくら戦って倒しても世の中は変わらないぜ? 本気で世の中を良くしたいなら……その術を学びたいなら試衛館に来な」
灯姫の護衛役として同行した彼だったが……灯姫からはマホロバの民を斬らないように、弟分や孔明からは志のありそうな人物は更生を促すように頼まれているので、戦う事になった場合でも、基本的には峰打ちで対処しなければ。
そう考えながら、彼は刀の柄に手を触れた。
――無駄にエネルギーが有り余っている輩達――不逞浪士や朱辺虎衆を門下生に誘う。
――そしてそのエネルギーがマホロバのために正しく使われるように試衛館で鍛え更生させる。
それが狙いでもある。
「自分達だけにとって都合の良いマホロバを築いてきたのは誰だ――!」
だが止めに入った面々の声は、朱辺虎衆の耳には入らなかった様子である。
突如として刀や手裏剣で攻撃を始めた彼らの気配に、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が、自身の率いる隊へと散会を命じ、体勢を立て直してから踏み込むように指示を出した。先発隊も同様で、続々と踏み込んでいく。
ただレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)だけが、微笑んで、隊士達を見た。
「あちきも中にはいるけど――中で見たあちきの事は全て忘れるように」
彼女の、目が笑っていないその表情に、一同は勢いよく頷いたのだった。
「紳撰組、参番隊組長、レティシア・ブルーウォーター参る」
こうして紳撰組の手による、池田屋への討ち入りは進んでいったのだった。
「とうとう陰流――天震乱魔流剣術を使う時が来たんですねぇ……やるしかないですねぇ」
「陰流?」
その声に気がついて、思わず淳二が訊ねた。
「活人剣で二刀順手持ちの陽流――天震乱磨流と違い、陰流は殺人剣で二刀逆手持ちです―皆にに教えたのは陽流で有って陰流では――ダメなんですよぅ。忍者の流儀も入ってますしねぇ」
のんびりとした口調とはいえ、レティシアの茶色い瞳には、人一人射殺せそうな程の鋭さが込められていた。彼女の迅速な行動と死角からの刺し――そして敵は悪夢を見ながら次々と冥府に落ちていった。血飛沫が彼女の隊服を汚したが、それはほぼ全て返り血であった。初めこそ彼女に狙いを定める攘夷浪士達もいたのだったが、空蝉で避けた彼女は、かろやかに床を蹴り地を舞うと、深々と相手の肩を刺す。
血飛沫の音が、止むことを知らない池田屋。
「得物はアサシンナイフ二刀流です、池田屋の中では太刀は使い物になりませんからねぇ」 喉で笑いながら呟いた彼女は、姿勢を低くし俊敏に、相手に悟られることなく敵を闇へ葬った。
「すごいな――……」
既に紳撰組の他の隊士達は、隣室へと向かっている。
だから血だまりの中に佇むレティシアを見たのは、淳二だけだったのかもしれない。
「これで足止め役の雑魚はあらかた片付けたと思うねぇ。後は任せても良いかねぇ、四番隊組長」
「ああ。――何処へ行くんだ?」
「こうみえてあちきだって乙女なんですから、いつまでも汚い身なりでいたいとは思わないねぇ。無粋なことは聴かないで欲しいねぇ」
なにやら風呂に入る準備を始めたと思しきレティシアから視線を背けながら、淳二は頷いた。
こうして三番隊の隊士達と四番隊の自分の部下達の統率を任された淳二は、洒落たアクセサリーを揺らしながら、隣室の戦闘風景を一瞥していた。次は何処を陥落するべきか。
そう考えていた彼が、一瞬の隙を見せたとき、背後から朱辺虎衆の青年が降りてきた。
南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)である。
反射的に刀を抜いた淳二と、得物を振り切った光一郎の間で白銀の剣が音を立てる。
アルティマ・トゥーレで刀から冷気を放った淳二に対して、光一郎は微笑を浮かべた。
さざれ石の短刀を突き出し、淳二を石化させようとした光一郎だったが、もう一歩の所で交わされて、苦笑混じりに吐息する。
「やるじゃん」
「お前は?」
討ち入りまでの間、扶桑の都を警戒しながら進んできた淳二は、急な襲撃に眉を顰めていた。これは攘夷志士と紳撰組だけの戦いではない――朱辺虎衆と紳撰組、あるいはその他の集団が与していることを疑わずにはいられない、慎重を期する戦いだ。
だが、元来正義感が強い淳二は、ここで朱辺虎衆の装束を纏った者を見逃す気など、そうそう無かった。
――それは、光一郎もまた同様であるらしい。
二人は間合いを取り、互いの瞳を睨め付け合った。
光一郎につられるように、二人の朱辺虎衆の者が、天井間際から降りてくる。
それをチェインスマイトで迎撃した淳二が一息ついた所で、光一郎がその懐へと飛び込んできた。奈落の鉄鎖が炸裂し、その場の重力に淳二が息を飲む。
そこへ朱い牛面をつけた南臣魚〜里ち坊がやってきた。
淳二が目を伏せている間に、手を叩いて二人は入れ替わる。
「俺は、むぎゅたんの加勢に行ってこないとならないじゃん」
光一郎はそういって笑いながら、三道 六黒(みどう・むくろ)の事を思い出していた。
「助けに来ると言っただろう!」
その時隣室から怒声が響いた。
それを聴きながら綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は顔を見合わせている。
さゆみは紳撰組の隊士の言葉を聞きながら考えていた。
――ここは争乱の地であり、自分たちはここに身を置いている以上、いずれ何らかの選択を迫られる……今回はその時が来たということ。
心中でそう繰り返してから、さゆみは武器を手にした。
「『不逞浪士』とひとくくりにされている彼らだけれど、彼らと接している内に朱辺虎衆――と不逞浪士といい紳撰組といい、互いに譲れぬ者を背負っているのだと言うことに気づいたの。そこに絡んでしまった以上、そしてそこで情と言うものを抱いてしまった以上、傍観者としてではなく、私は、朱辺虎衆として戦うわ」
さゆみはきっぱりとそう口にすると、カルスノウトを手に、紳撰組の隊士達に襲いかかった。スキルであるソニックブレードを駆使して、『敵』を両断していく。
その隣ではアデリーヌが、火術と雷術を使って加勢した。
二人の攻撃に、三番隊と四番隊が大打撃を受けようとしたその時のことだった。
駆けつけてきた海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)が、それらの攻撃をはねのける。
彼は紳撰組の六番隊組長だ。
ソニックブレードの俊撃に、さゆみとアデリーヌが一歩後退する。
六番隊の到着に安堵している面々の前で、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が魔剣ティルヴィングをふるった。相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、加勢するように英雄の盾で皆を守る。それから彼は、紳撰組の皆に、ヒールを施した。
まだまだ――それでも、討ち入りは始まったばかりだった。
「知り合いなんですか?」
先程の紳撰組隊士と朱辺虎衆の少女のやりとりに、なぶらが問う。
彼は考えていた。
彼は以前、朱辺虎衆の調査依頼を受けた人からまた依頼として朱辺虎衆討伐を頼まれた。
その経緯で、今回は、紳撰組に協力しているのである。
――以前の調査でも詳細は余りつかめなかったし、丁度良い機会だ。
――朱辺虎衆の面々を捕らえて色々と情報を聞き出そう。
「色々あって、な」
その回答を聞きながら、なぶらは腕を組んだ。
――敵の数、戦力等詳しい状況は分からないけど、紳撰組討ち入りに備えてかなりの戦力を用意してるだろう。こちらも本腰を入れて取り掛からないと。
天井から轟音が響き渡ったのは、その時のことだった。
3
夜更けの池田屋を、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が見守っていた。
――戦場になるであろう池田屋を空から高みの見物と洒落込もう……そう考えていた遙遠ことハルカにとっては、邪魔なものが一つあった。屋根である。
そこでハルカはひらめいた。
「見辛いから池田屋を破壊して見やすくするのです〜」
彼には、扶桑の都で起こっている諍いになど何の興味もなかった。ただあるのは、好奇心ばかりである。――自分の身が危なくなったら逃げるのみだ。
「紳撰組と朱辺虎衆の衝突……面白そうなのです〜、是非見届けないとですね〜きっと強者の集いになるでしょうし」
何度目になるか分からないそんな想いを言の葉に乗せ、ハルカは腕を組んでいた。
スキルである地獄の天使とダークビジョンを用いて、夜空を飛んで池田屋上空から観戦しているハルカは、目をスッと細めながら微笑んだ。
「高みの見物ってやつですかね。どんな戦いが繰り広げられるか楽しみなのですよ〜」
屋根の吹き飛んだ池田屋の上階は、彼の目にもよく見えた。
そうして空から俯瞰していると、彼は『逃げ道』が一つだけ用意されていることに気がついた。そしてその先には、扶桑見廻組がいることも。
「面白くなってきましたね」
この戦いがどうなるのか、烏天狗と名高い彼は、ただニヤニヤしながら見守っているのだった。
その頃、白虎の名を継いだ白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は、階下の喧噪に耳を傾けながら魔鎧のアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)を纏い、松岡 徹雄(まつおか・てつお)の傍にいた。
徹雄が考えていた。
――世界樹の事や不逞浪士による尊攘活動と、ここも慌ただしい場所だね。まあ得てして動乱の時はそういうものか。志を持つ浪士達、それに加担する者、利用する者、止めようとする者。彼らの思惑や、それに伴って動く時代の流れ。それらに興味なんてないさ。おじさんはただ、『仕事』をするだけだからね。
――その仕事とは、様々なことがある。
例えば彼は――裏では『掃除屋』と呼ばれる稼業をしている。仕事中は終始無言を貫き、行動にも一切のためらいがなくなる。ちなみに裏稼業はあくまで副業で、本業は清掃員をしていた。
けれど他者の彼に対する評価は――少なくとも表では、パラミタの至るところで清掃員をしている気のいいのんきなおっさんだ。
竜造は、じっくりと戦闘を観察していた。相手の動き、太刀筋。それらから、百戦錬磨の勘で、『敵』の強者と雑魚の区別をつけていく。
「あっちに強い奴らがいるようだがぁ、まぁまずはこっちの処理をしないとな」
掠れた笑い声を漏らし、竜造は武器である長ドスを握りしめた。これは、虎徹を分解・改造するという、聞いた人間によっては発狂しかねない所業の産物である。といっても、柄と鞘を既存のものから白木製のに変更しただけなので、ある意味改悪とも呼べなくもない。だがそんな些細なこと、ヤクザ・ブレードには関係ないと言わざるを得ない。一応手入れはされてるようで刀身は綺麗なものだった。
彼は、相手の動きと、頭に叩き込んだ池田屋の構造を利用した――歴戦の立ち回りで攻撃を受け避けしながら動きつつ雑魚を斬り捨てていく。
すると数人の紳撰組隊士と遭遇した。
「弱いな」
だが臆することもなく、『なぎ払い』で一掃する。
「数は力。だがな、屋内戦じゃそうとも限らねえんだよ!」
そこへ、紳撰組の討ち入りに便乗して現れたのは東條 カガチ(とうじょう・かがち)と東條 葵(とうじょう・あおい)、そして佐々良 縁(ささら・よすが)、佐々良 皐月(ささら・さつき)達だった。
紳撰組の制止ををふりきり新星である白虎の元へと訪れた彼らは、竜造に向かい刃を構える。
「さって、お礼まいりと行きますかねぇ?」
皐月から武器を受け取りながら、縁は微笑する。
超感覚で気配を探り、エイミングとスナイプ、シャープシューターを併用で相手に確実に銃弾を叩き込みながら、彼女は笑った。
かろうじて攻撃を受けながしながら、竜造は笑ってみせる。
「嗚呼、雑魚の掃除は終わった。思い切り殺しおうぜ?」
その時葵が、『鬼神力』を解放した――。
「思うまま喰い散らかしてやろうか。君達もマホロバの『同胞』なら、この鬼の血がどういったものか位ご存知だろう?」
その声に、幾人かの攘夷志士が怯む。
怯んだ彼らに対して、蚕養 縹(こがい・はなだ)が襲いかかる。そこに出来た隙を突いて、カガチが踏み込んだ。辺りに鮮血が舞う。
カガチは、抜刀術で素早く斬り込んだ。『何時も通り』余計な事は考えない。
――鴨ちゃんに敵う為に鍛錬してきたんだ。
――強敵相手でもやれるはず。
「ま、どんな強敵でも鴨ちゃんほどじゃあねえけどなあ」
呟いた彼の正面で、白虎は地に伏した。
――完全にトドメさせなくてもいい。
カガチはそう考えていた。
「一太刀、浴びせられればあとはいい――てめえが縁ちゃんにくれた分だ」
――俺はどうなってもいいけど、女の子に、ダチになんかする悪い子は許せない。
そんな信念の元、彼らは朱辺虎衆四天王の一人、白虎を倒す。
「これで終わらせてあげる、さよなら」
皐月のその声に、縁は目を伏せ呟いた。
「面倒だなぁ――さっさとくたばれ!」
それが白虎の最後だった。恨みとばかりに攻撃した縁と皐月は、白虎を名乗る白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の体が、階下へ落ちていく所を見た。深追いしようとした彼女達を、カガチが止める。
「このままだと、こちらも討ち入りに巻き込まれる」
奇しくも彼がそう告げたとき、池田屋に火の手が上がったのだった。
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