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冒険者の酒場ライフ

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冒険者の酒場ライフ

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 調理場に立つ挑戦者はそれぞれ、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)上杉 菊(うえすぎ・きく)、そして先ほど到着した謎の肉を使う弁天屋 菊(べんてんや・きく)親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)のコンビの三組である。
 候補生一同が、調理場を一時的に借りて熾烈な料理バトルを展開する。
 見守る観衆が「美味しそう!」と思うと同時に「カロリー……」と呟ける料理が、出来上がっていく。
 ちなみに、審査の公平性のため、誰がどの料理を作ったかは董卓には伝えられていない。
 調理場でつまみ食いを堂々と実行しようとする董卓をルカアコが抑えている間に、各候補者の料理が遂に出揃うのであった。
「へぇ……いい感じだなぁ」
 董卓のテーブルに並べられた各種の料理を董卓が五感を全て動員して眺める。
「食べていいの?」
「どうぞ?」
「じゃあ……いっただきまーす!!」
 董卓がまず手を伸ばしたのは、番号が1番の料理であった。
1番……それは、最もシンプル且つ、格式高い料理であった。
『地酒』と、そのツマミとなる『塩』である。
「うん……酒場と言えばお酒だよねー」
 董卓がうれしそうに盃を煽り、その手が止まる。
「こ、これは……」
 直ぐ様、別の盃を取り口に含む。
飛露喜、十四代、久保田、雪中梅、飛良泉と有名所ばかりだ……スパイシーな辛口から雪解けのような甘口まで……しかも、カロリーが高い! 美味しい!!」
 また、董卓は塩を一掴みし、目を丸くする。
「ん? まさか……」
藻塩、岩塩、溶岩塩……全て天然のものばかりだ!! うーん、塩だけで酒の味を際立たせているのか……参った! 凄く美味しいや!!」
 絶賛する董卓の言葉に、調理場にいた麻羅が静かに微笑み、隣の緋雨を見やる。
「どうじゃ? 緋雨。わしの料理はシンプルイズベストの本質を突いているのじゃ。地酒はカロリー高いし、つまみなぞ塩で十分なのじゃ」
 董卓を唸らせればいいのじゃな。神のこのわしにとっては簡単な事なのじゃ!と言いきった麻羅と緋雨が、1番の料理の作り手であった。
 そんな麻羅に緋雨が含み笑いをしつつ、小声を出す。
「ふっふっふ、麻羅はまだ甘いわね!」
「なんじゃと?」
「何だ!! こ、これは!!」
 董卓の声に麻羅が振り向く。
 董卓は何かの粉がかかったラードの角切り(謂わば、チーズのような外観)を口にほうばり、絶叫していた。
「う、美味い!! うますぎる!! もっと、もっと食べたいよおおおおおおぉぉぉぉ!!」
 董卓の絶叫に店の中を暴風が吹き荒れ、ウェイトレス達が「きゃあ」とスカートを手で抑える。
「な、なんじゃあの粉は? 塩? いや違うな……」
 緋雨が麻羅に解説する。
「あの粉はあの有名なお菓子、ハッピー○ーンに掛かっている魔法の粉よ! 中毒性が高くて、粉が掛かった食べ物を食べ始めると手が止まらなくなるのよ♪ そして、その粉をラードに掛けた物が私が董卓さんに出した料理よ! 名付けてハッピーラード!!
「ハッピーラードじゃと!?」
「そう。ラードの高カロリー、魔法の粉の中毒性、これを合わせた料理があれば他の人達には負けないわ! これで私達のお店、『神の酒場』のオープンは間違いなしよ!」
 そうは言いつつも、実は緋雨は「(この料理に合う飲み物は炭酸が抜けたコーラなんだけど……麻羅が日本酒を用意してるのよね〜)」と心配していたが、董卓がラードを片手に日本酒をグビグビやっているのを見て、案外合うのかもねと考えを改めていた。

 緋雨と麻羅の料理を完食する勢いで食べる董卓を、心配そうな見ているの女将候補者の菊であった。
 そんな菊の肩を抱き寄せるローザマリア。
「御方様……?」
「勝負する前からそんな不安げな顔はやめなさい」
「……はい、失礼しました。でも……」
「ねぇ? もし菊が女将になれたら、お店の名前は『菊媛屋』なんてどうかしら? 素敵だと思うわよ?」
「御方様……はい! わかりました」
 菊の茶色い瞳に自信がみなぎる。
「御客様の要望に最大限応えるは女将の務めにて――及ばずながら、わたくしも全力を尽くしまする」
「そうそう。第一、菊媛が全力で作った料理だもの、美味しいに決まってるわよ!」
 二人が見つめる中、董卓の前に2番と書かれた料理が運ばれてくる。
「うあああぁぁーー!! そうそう、こういうガッツリ系、食べたかったんだよぉぉ!!」
 董卓の前に現れたのは、豚骨ラーメン。しかも氷が浮かんだ『冷やしラーメン』である。
 すなわち、丸一日スープを煮込んだ豚の背脂こってりな豚骨ラーメンに氷を浮かべて冷やし、ラーメンばちの淵には隙間なくチャーシューを敷き詰め、その上に御好みで甲府名物鳥もつ煮を乗せた龍虎拉麺(冷やし豚骨チャーシューメン鳥もつ煮添え)である。
 箸を持った董卓が、麺の山へ挑んでいく。
―――ズルッズルルッ
 店内に董卓が麺をすする音が響く。
「んまぁぁぁぁいッ!!」
 董卓の言葉に、菊がローザマリアと視線を交わして微笑み合う。
「これは凄い料理だよ!! 確かにアツアツの豚骨ラーメンは美味しい。だけど、そこを敢えて冷やしで挑んだ! しかも丸一日くらい煮込んだ豚の背脂から出たスープであるのに、油が凝固しないよう絶妙なバランスで作ってある!!」
と、麺をまたすすり、
「ひひゃも……(ゴクンッ)、麺は細麺という基本を守りつつ、パンチとしてのこの鳥もつ煮が絶品だ!! B級グルメの将軍だね、こりゃあ!!」
と、麺より早くスープを飲み干す董卓。
「スープ、もうないの? え!? あるの!? 頂戴!! 満杯で!!」
「替え玉」ではなく「替えスープ」を用意し、こってり濃厚な豚骨スープを心行くまで堪能して貰うという菊の作戦が見事命中したのであった。
 ローザマリアが菊を見る。
「やった! 高評価だよ、菊媛?」 
「はい。嫁ぎ先の出羽(山形)名物の冷やしラーメンと、生まれ故郷の甲斐(山梨)名物の鳥もつ煮――二つの力を一つに致しました……でも御方様?」
「え?」
「わたくしが本当に嬉しいのは、董卓さんがあんなに喜んでわたくしの料理を召し上がってくれることです」
 そう述べる菊の顔には輝く程の充実感がにじみ出ていた。
 昔、「カレーは飲み物」と言ったといわれる董卓に、「豚骨スープは血液」という新たな迷言が誕生する運びとなったのは言うまでもないだろう。


 試験の開始前、「俺が食料調達で応援したんだからな! 負けるんじゃねぇぜ!!」と、バンカラスタイルの姫宮和希から激励と、肉の塊を譲り受けた卑弥呼は、しっかりと頷いていた。
 だが、今は目の前の2つの料理のクォリティの高さからその自信が揺らぎ始めていた。
「ああ、あたいが負けたら和希になんて言おうか……チューチュー」
 冷蔵庫で冷やしたコンデンスミルクのチューブを口につけ、チューチューと飲む卑弥呼を菊が呆れた顔で見つめる。
「卑弥呼。おまえ……余裕あるのか無いのかどっちなんだよ?」
「え、どうして?」
「そんな甘いもん飲んで……」
「日本の小学生なら学校から帰ったら、まず冷蔵庫からコンデンスミルクの缶をとりだして、チューチュー吸って甘い物成分を補給していたのは常識でしょう?」
「どこの日本だよ……」
 そう言いながらも菊自身、やや緊張を隠せずにいた。
 董卓が最後に食べる3番の料理は菊と卑弥呼の料理である。
 和希が命からがら採ってきたという白い巨豚の肉、この脂身を確保しておき、卑弥呼の指示に従って実際に調理したのは菊であった。
 勿論、それまでも菊は蒼木屋の厨房でも調理担当として腕を振るっていた。
 一応、家庭料理系や、野菜屑などを利用した節約料理、かぼちゃのプリンなどのお袋の味系が得意分野でありつつ、ジャンクフードや焼いただけの肉とか食べている荒くれ者達に不足しがちな、栄養とか家庭の温もりのようなものを安く提供できればと考えていた菊の料理はかねがね好評であった。
 それは、『安い素材でも調味料や料理方法を工夫すれば短時間で美味い物を提供できるだろう』という趣旨が彼女にあったためと言える。時間を掛けずに手間かけてというやつである、キャベツダレをかけたキャベツなんかが良い例だろう。
 また逆に、もつ煮のように作業の合間を利用して時間を掛ける事で美味さを引き出せるものも得意であった(カレー味のもつ煮なんかもいけるらしい)。
 もちろん、そこはシャンバラの国境にある蒼木屋。
 荒くれ共の多い土地柄だから、ボリュームのある料理も忘れないようにしていた。
 そんな菊が卑弥呼の指示の元に作った料理は、『ポークソテー』であった。