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第18章 整備士の誕生日――ただし指令つき

 イコンによる戦闘、強化人間たちによる騒乱、はたまたパラミタと地球を巻き込んだ大騒動。
 特に前2つに関わってきた天御柱学院の生徒には休まる暇など無かったのだ。まして、誕生日を祝う暇など……。

 その日、天御柱学院の整備科学生である十七夜 リオ(かなき・りお)の元に奇妙な手紙が届いた。
『おはよう十七夜君。
 何を言ってるのかさっぱりわからねーと思うが、ひとまず頭がどうにかなりそうなことにはならないと思うから安心してもらいたい。
 形式がちょっと違うので早速本題に入るが、君の最初の使命は、海京の空港施設、その6番カウンターにて学生証を提示することにある。ただし、正午(リオが手紙を読み始めてから2時間後)までにだ。
 その瞬間、君がどういう目に遭おうが、当局は一切関知しないからそのつもりで。
 なお、この手紙は水につけて消去してくれたまえ。成功を祈る』
「……何がなんだか」
 この文面の構成から察するに、おそらくは「スパイ小作戦ごっこ」のそれなのだろう。手紙の差出人が、パートナーのフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)であるとわかると、リオはこのゲームに付き合うことを決めた。
「まあ、最近整備だの出撃だの何だのとで忙しくて、フェルと話もできてなかったような気もするしね。埋め合わせということで、付き合うか」
 それに、この手のゲームで指示されることは「達成可能」なものばかりというので、難しいことを言われたりはしないだろう。リオは言われた通り手紙を水につけて文字を消し、準備もそこそこに家を出た。

「なんて暢気に考えていた時が僕にもありました!」
 リオは思わず乗っている飛行機の中でそう叫びそうになった。
「このゲームを行う前に言っておくッ! 僕は今フェルの『指令』をほんのちょっぴりだが体験した。い……、いや……、体験したというよりは全く理解を超えていたんだけど……、あ……ありのまま今起こった事を話すよ! 海京の空港施設でフェルの姿を見たと思ったら、いつの間にか那覇行きの飛行機に乗せられていた。な……、何を言ってるのかわからねーと思うが、僕も何をされたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。超展開だとかいきなりオチから入る技法だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてないよ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ……」
 要するにこうである。
 まずリオはフェルクレールトの指令に従い、海京に存在する空港施設へと足を運んだ。

 そもそも海京には飛行機で日本、及び世界に飛べるだけの空港が存在し、航空機が発着する光景を見ることができる。また航空機だけではなく、船も出ており、ここから軽く旅行に出かけることが可能なのだ――嘘かと思うかもしれないがマジな話である。もっとも、イコンが発信できる程度の施設が備わっているのだから、空港や港が存在していても別段おかしい話ではないかもしれない……。

 それはともかくとして、空港の指定されたゲートにてリオは学生証を提示した。
「うちのパートナーから、ここで学生証を提示するように言われたんですが……」
 ゲートの管理人は学生証に記載された氏名を認めると、リオに次なる指示を出した。
「十七夜リオ様ですね、お待ちしておりました。パートナー様からは、今から1時間後の沖縄・那覇行きの飛行機に乗られると聞いておりますので、ゲートをくぐってそちらでお待ちください」
「……はい?」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。フェルクレールトの指示で、このまま沖縄行きの飛行機に乗れというその意味がわからなかった。なぜあの「スパイ小作戦ごっこ」で飛行機が出てくるのだろうか。
「あの、いかがなさいましたか?」
 ゲート管理者が固まるリオに声をかけ、そこでリオは現実に戻ってきた。
「え、えっと、ちょっと待ってください。僕はただここで学生証を出せと言われただけで、どうして飛行機に乗るのか全く聞かされていないんですが、これって一体どういうこと――」
 そこまで言った時、後ろから何者かに肩を叩かれた。リオがそちらに振り向くと、指令を出したパートナーがそこに立っていた。
 だがリオが覚えているのはここまでだった。振り向いた瞬間、リオの視界は暗転し、そのまま気を失ったのである。事実は、振り向いた瞬間に、そこに立っていたフェルクレールトがリオにヒプノシスを叩き込んだのである。
「では、後はお願いします……」
「かしこまりました」
 何もわからず「とりあえず」といった風に眠らされたリオは、事情を知っているらしいゲート管理者、及びスタッフによって那覇行きの飛行機に無理矢理乗せられたのである――ちなみにフェルクレールトはそのすぐ後、リオの1本前の便で、同じく沖縄へと飛んでいた。
「ほんとに記憶がさっぱりだよ……。フェルの姿が見えたと思ったら、そこからの記憶がないんだもんなぁ……」
 目覚めた時には手元に置かれていた、おそらく空港スタッフからのものであろう手紙を読み返す。
『この度は、お客様に語迷惑をおかけして申し訳ございません。本日のこの流れは全て、十七夜リオ様のパートナーでありますフェルクレールト・フリューゲル様からのご指示でございます。この飛行機は、現在、沖縄・那覇へと向かっており、空港から出た所で「次なる指令」が渡されるとのことでございます。どうぞそれまで、空の旅をお楽しみくださいますよう、心よりお願い申し上げます』
 さらに手紙には、リオの荷物はきちんと運んでいるため、空港にて受け取るよう指示が書いてあった。天御柱学院所属の契約者であることが証明されているため、愛用のハンドガンを没収されることは免れたが、少なくとも空港で取り戻さなければならないことには変わりは無かった。
「ま、たまにはこういうのもいいかな……」
 もはや開き直るしかない。リオは観念し、そのまま空の旅に身を委ねた。

『……おはよう十七夜君。空の旅は楽しかったかね?』
 那覇に着き、空港にて荷物を取り戻して外に出ると、フェルクレールトが連れている事務員が、その手にオープンリールのカセットテープデッキを持って待ち構えていた。おそらく次の「指令」なのだろう。
「っていうか、もう口頭指示でいいじゃんか! どうしてわざわざカセットテープなんだよ!」
 リオの叫びに、その事務員は「こういうゲームですので」とだけ答えた。
「ええい! こうなったらもうヤケだ! どんな指令だってやってやんよー!」
 頭を抱えながらリオがテープを再生すると、そこからフェルクレールトの声が聞こえてきたというわけである。
『さて突然沖縄に連れてきたのにはわけがある。私はこの頃どうにも暇である。主に君が相手してくれないことによるものだが、まあ忙しいのだからそれは仕方が無いとして……。ひとまずその埋め合わせというものをしてほしいと思って、このような指令を出すことに相成ったわけである』
「フェル、それはマジにすみません……。色々忙しかったんです……」
『そこで君の使命だが、事務員に持たせた地図とパンフレットに従い……』
 そこまで言ったフェルクレールトの声が止まり、しばらくしてからまた聞こえてきた。
『まず水族館にてジンベエザメの写真を手に入れ、次に……』
 そこでリオは気づいた。行く場所を指示する間に、サイコロを振っている音が聞こえてきたのだ。
「って、サイコロ!? 今サイコロ振ってなかった!?」
『ガラスの美術館に行ってガラス作りを体験し、最終的に指定したホテルに来ることにある。時間は問わない』
「結構色々行かされるんだね……。っていうか、サイコロで行く場所決めてたのかよ!」
『言うまでもないことだが、君もしくは君のメンバーが道に迷い、あるいは金銭が尽きてしまったとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは事務員が回収する。成功を祈る』
「はいはい、で、これがその地図とパンフレットか……。あの、ところで――ってもう事務員さんがいない!?」
 事務員に何事か聞こうとしたリオだったが、肝心の事務員はいつの間にか姿を消していた。ものすごい早業である。神速の動きを見せる契約者もびっくりである。
「まったく、しょうがないなぁ。やるか……」
 これもパートナーに対する埋め合わせのため、と自らに言い聞かせ、リオは指示された場所へと向かった。

 沖縄のホテル、その1室にて、フェルクレールトはこまごまと何事かの準備を進めていた。設置されていた丸テーブルに四角い箱、天井付近の壁には飾りつけ、冷蔵庫の中にはジュースを何本か、そして部屋に入ってすぐには見えない場所に「ある物」を隠しておく……。
(テープに吹き込んだ指令の前口上……、あんなの、単なる方便だよ)
 フェルクレールトがリオに「指令」を出した理由は「埋め合わせ」ではなかった。本心はその逆にあった。
(そう、逆だもん。リオったら、ここ最近、新型機やら何やら、その上整備の勉強だ講習会だと忙しそうだったんだもの)
 リオを動かした本当の理由は「慰労」だった。整備士として働き続けるパートナーを何とかして休憩させてやろうというのが、フェルクレールトが指令を出したその真相だったのである。
 だが直接「慰労したい」と言ったところでそれを素直に聞くようなリオではない。だからこそ、回りくどい方法だが「スパイ小作戦ごっこ」を利用して慰労会を計画したのだ。
(楽しんでくれたら、いいんだけどね……)
 こんな「サプライズ」に、リオは満足してくれるだろうか。回りくどいことをした自分を怒るだろうか。不安はあったが、彼女にこの計画を中断する気は無かった。何よりも「自分がそうしたいから」やるのだ。
 そうして時間が過ぎていき、椅子に座っていた彼女の耳にノックの音が転がった。
「フェル、僕だよ」
 扉の外から聞こえてくるパートナーの声に、フェルクレールトは思わず椅子から飛び出していた。誰にも会えない顔はせず、ドアをゆっくりと開ける。
「いらっしゃい、リオ」
「指令全部、こなしてきたよ」
 パートナーを迎え入れ、フェルクレールトはつい浮き足立ちそうになる体を抑えながら部屋を歩く。
「でもさ、埋め合わせっていうなら何も僕がああして動く必要は無かったと思うんだけ、ど――おおっ!?」
 部屋の奥に足を踏み入れたリオの目に飛び込んできたのは、やたら豪華に飾りつけがなされた小さな宴会場だった。
 驚くリオに振り返り、フェルクレールトは笑顔で、壁にかけられた紙の文字を読んだ。
「リオ、お誕生日おめでとう。それから、今日もお疲れ様」
「こ、これってまさか……!」
「1ヶ月近く遅くなっちゃった誕生日会だよ。あなたのね」
 その時のリオの顔は、驚きと嬉しさが半分ずつ浮かび上がっていた。それでいて同時に呆れもしていた。まったく、何て回りくどいことをしてくれるんだこの子は!
「フェル……」
「なぁに、リオ?」
「……ありがとう」
 遂行者はそれだけを言った。
「さて、誕生日会を始める前に、指令の確認だね。リオ、首尾は?」
「うまくいったに決まってんでしょ。まずは、はい、これ」
 リオが先に差し出したのは、ジンベエザメの写真だった。だがその裏には水族館の名前とロゴが記載されていた。
「あれ、これって自分で撮ったものじゃないの?」
「僕も最初はそうしようかと思ったんだけどね。でもさ、これならホラ『その水族館に行った記念品』にもなるんじゃないかなって」
「水族館で売ってる記念品とは、やるじゃない。で、次の美術館はどうだった?」
「ガラス作りでしょ。もちろんうまくいきましたとも」
 続いてリオは、提げていた鞄の中から丸いグラスを2つ取り出した。
「せっかくだし、僕とフェルの分、グラスを作ってきたよ」
「……気が利きすぎだよ、リオったら」
 2人分のグラスを作ってくるというパートナーの「暴挙」に、フェルクレールトは呆れて、笑った。
「うん、これで指令は達成だね。お疲れ様」
「どうも」
「というわけで報酬をあげなきゃね」
「え、いや、報酬なんてこのパーティーだけで十分――」
「バカ、これは誕生日パーティーなんだよ? だったらプレゼントが『つきもの』じゃない? 指令の報酬と誕生日のプレゼントを兼ねて、はいこれ」
 言って彼女はベッドの影から大きなジンベエザメのぬいぐるみを取り出した。
 それを渡されたリオは、もう笑うしかなかった。
「まったく……、ここまでされちゃったら逆に色々お返ししなくちゃいけないじゃないか」
「何言ってんの。これはリオのためのパーティーなんだから、思う存分楽しまなくちゃ」
「いや駄目だね。っていうか、それだとフェルの方はどうなるのさ。僕だけ祝ってもらうのは不公平じゃない?」
「…………」
 その言葉を耳にしたフェルクレールトは目を丸くし、次の言葉で赤面した。
「明日になったらすぐ帰るつもりだったけど、予定は変更! もう1日ここにいて、明日は2人で色々見て回ろう。それが僕からフェルへのプレゼントってことで!」
「……バカ」
 整備士たちの誕生日会は、どうやらまだまだ終わりそうにないようだ。