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あなたもわたしもスパイごっこ

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あなたもわたしもスパイごっこ

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「地図だと、こっちの方角だから……、そろそろ見えてくるかな……?」
 そうして再び歩き続けること10数分。見えるのは荒れ果てた荒野の地面ばかり。本当に目的地に向かっているのかどうか怪しくなってくる同行者4人だった。
 だが地図を手に歩くアレックスに道に迷ったような様子は見られない。ということは着実に向かっていっているということなのだろう。高島要がパラ実のどこにいるのか全く考えてこなかった4人は、何も言わずにアレックスの後をついて行く。
「……そういえばアレックスよ、肝心の目的地って、一体どこなんだ?」
 誰も何も言わない状況に焦れたのか、ジャックがそう口にした。
「お前は地図を見てるから、まあおおよその見当はついてるみたいだけどよ、俺らは全員パラ実生じゃないから、そもそもこの辺にどんな施設があるのかもわかんねえ。そろそろどこに向かっているのか、話しちゃくれねえかな?」
「……それもそうだな」
 そういえば今までその辺りの話をしていなかったか、とアレックスは渋い顔をした。聞かれなかったから答えなかっただけなのだが、確かにいい加減話しておかないことには全員のストレスが溜まる一方だろう。
 ひとまず立ち止まり、アレックスは4人に向き直る。向かう施設名を挙げようとしたのだが、その言葉は途中で割り込んだ契約者の声によって止められてしまう。
「俺が今から向かおうとしてるのは――」
「すみませーん、ココってどこですかー?」
 アレックスに向かって能天気に声をかけたのは鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)だった。なぜか氷雨の手には棒付きアイスキャンディーが握られている……。
「……どう見てもシャンバラ大荒野ですが、何か?」
「それは見たらわかるよー。ボクが聞きたいのはさー……、って、あれ? お兄さんどこかで見たような」
「他人の空似じゃね?」
「いや確か大きい剣が好きな女の子と一緒にいた……、あ、そうそう、アレックスさんだ!」
「はい、正解」
「こんにちはー、こんな所で何してるんですかー?」
「…………」
 話がだんだんとずれていく氷雨に、アレックスはこめかみを押さえながら自分の状況を説明した。
「へぇー。今、【スパイごっこ】なんて流行ってるんだねー。確かに名前からして好奇心をそそられるよー」
「そうですか」
「で、アレックスさんはその指令の最中なんだ。お疲れ様ですー」
「お気遣いどうも」
 適当に相槌を打ったところで、今度はアレックスが質問する番だった。
「で、そんな氷雨はこんな所で何してるんだ?」
「え、ボク? ボクは今絶賛迷子中だよ!」
「迷子って、威張って言うことか?」
 もちろん威張って言うことではない。
 氷雨が何を思って荒野を歩いていたのかは本人のみぞ知るということなのだが、事実だけを言えば、氷雨は地図を手にどこかの町に行こうとしていたのだ。
 だが生来の方向感覚の鈍さが災いして、数分もしない内に迷子になってしまったというわけである。
 さらに迷った場所は荒れた地面しか無い大荒野。歩き続ける内に手持ちの食料――と呼んでいいのかどうかわからないお菓子の数々も尽きかけていた。
 そんな時にアレックスたちを見つけたのは氷雨にとって幸運だった。とりあえず道を聞き出して近くの町に行けば、食料の調達ができる。問題はその町に辿り着けるかどうかなのだが……。
「というわけで、アレックスさんの邪魔する気は無いけど、どう行ったら町に着くかだけ教えてくれないかな?」
 さすがに「指令」の途中で割り込んだことには責任を感じているのか、氷雨は申し訳無さそうに頭を下げる。
「まあそれくらいなら別にいいぜ」
 自作の地図を広げ、近い町を探す。自分たちがいるのは荒野中心部よりも北の方。となれば近いのはヴァイシャリーかキマク、あるいはザンスカールである。だがヴァイシャリーは周囲を水で囲まれており、辿り着くのは少々難しい。となれば、ひとまず行きやすいのはパラ実の校舎が郊外にあるキマクである。
「この位置からだと……、あっちの方へ真っ直ぐ行けば大丈夫だな」
 地図と方位磁針を確認しながら、アレックスはキマクの方へと指を向ける。
「あっちでいいの?」
「ああ。とりあえずキマクについたら別の誰かに道案内頼むとかすればいいんじゃねえかな」
「えへへー、ありがとう。じゃあ、アレックスさんも指令頑張ってねー」
「おう、適当に頑張るわ」
「要ちゃんによろしくねー」
 言いながら氷雨はキマク方面に向けて足を進める、はずだった。
 だが氷雨が向かった先は明らかにキマクの方向ではなかった。
「ちょっと待てい! 誰がそっちに行けと言った!?」
「ほえ?」
 突然怒鳴られた氷雨が振り返る。
「そっち行くとアトラスの傷跡、ついでにツァンダじゃねえか! ここからだとかなり遠いだろ!」
「あれ、キマクってこっちじゃないの?」
「今俺が指差しただろうが! 何でそっち方向に行かねえんだよ!?」
「え、指差したのはあっちだよね?」
 言って氷雨は「東側」を指す。
「ばかやろう! そっちはヴァイシャリーだろうが! まあ距離的にはキマクとほとんど同じだからいいけどよ!」
「じゃあそっちに行こうかな」
 距離が同じならばと氷雨はヴァイシャリーに向かおうとするが、今度はその足が「南」を向いた。
「だから何で無理矢理違う方へ行こうとするんだよ! そっちはヒラニプラだろ! 遠いだろ!」
「え、だからヴァイシャリーってあっちの方……」
「しかも今指差してるのはザンスカールだ! 川挟んで向こうは森だぞ! どんだけ遠回りしようとすれば気が済むんだよ!」
「むー、それじゃどっちに行けばいいのさー!」
「とりあえず今向いてる方から『回れ右』しろ。そうすれば大丈夫」
「回れ右……」
 だが氷雨は何を思ったか90度左を向いた。
「誰が『左向け、左』をやれと言った!? まあいい、今度はもう1回同じ動きをしろ」
「同じ動き……」
「って、何でそこで『回れ左』なんだよ! 一体どうすればそんなに違う方向を向けるんだ!? わざとか!? わざとなのか!?」
「うあー、もうどうすればいいのさー!」
「ああもうしょうがない奴め!」
 さすがに頭にきたアレックスはその場で氷雨の両肩を掴み、無理矢理方向を整える。向けたのは最初に言ったキマク方面だ。
「ほら、こっちだ。後はこのまま真っ直ぐ行けば大丈夫。わかったか!?」
「はーい、わかりましたー」
 アレックスに促されるまま氷雨は歩き出した。だがアレックスは全く安心できなかった。あれほどの方向音痴なら、まず間違いなく「真っ直ぐ進んでいるつもりでカーブする」だろうと予測し、そして事実そうなるのだから……。
 ところでこの場にいた誰もが言わなかったことがある。パートナーに携帯で連絡を取って迎えに来てもらおうとはしなかったのか、と。もちろん、携帯が電池切れであれば話は別だったが……。

「さて、迷子を1人送り出したところで話を戻すか。俺が行こうとしてたのは……」
 残った同行者4人に向かって、アレックスは地図を広げた。
「この辺にあるオアシスの1つだ。要がテープレコーダーで言ってたヒントに該当する施設といえばここしかない」
 要の出したヒントは、
・シャンバラ大荒野のとある場所
・結構見晴らしの良い建物
・近くには何かしらのスポーツ施設らしきもの
 だった。
 パラ実生が知っている施設の中で該当するものといえば、ほぼ2年前、女はスポーツ施設で球技を、男は近くの建物に殴りこみをかけ、互いに大暴れしたあの場所。
「美衣弛馬鈴(びいちばれい)大会運営本部。あいつがいるのは十中八九ここだ」