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あなたもわたしもスパイごっこ

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あなたもわたしもスパイごっこ

リアクション

「さて、一式のレンタルは完了、と。後は待つだけ」
 翌日の午前9時、アトラスの傷跡にて1人の男が遂行者の集団を待ちわびていた。指令者の博季である。
(マイトさんのことだから、友人や知り合いにも連絡を回してるだろうな。何となく今回の面子が想像できちゃうのはなんでかな……)
 その集まるであろう面子――マイト、誠一、皐月&夜空、くららの顔を想像し、そしてその連中が持ってくるかもしれない物を想像した。具体的にこうだというものは浮かばないが、漠然と「すごいもの」を持ってくるであろう事は考えていた。
(あまりに『すごいもの』を持ってこられるとなると、招待する意味が無くなるよね……)
 そうなることを予想して、博季は海水浴を楽しむためのグッズ一式をあらかじめレンタルしておいた。ただ1つ、スイカ――もちろんスイカ割りのためである――だけはレンタルではなく「購入」という形だったが。
(みんなが揃ったら、ここからパラミタ内海へ行く。そこで貸切の海の家に向かう。そしてみんなに楽しんでいただこう……)
 あらかじめ博季はその海の家を下見に行っていた。博季曰く、
「その時の経験から言わせてもらえれば、あそこはかなりいい場所ですよ。景色も海も、本当に綺麗なんです。あんな場所に海の家があるというのは、贅沢なのか間違いなのかはわかりませんけど……」
 誘われた面子は、果たしてどのような反応を見せるか。そのリアクションが非常に楽しみな博季だった。

 そんな彼の元に最初に辿り着いたのは皐月だった。
「よぉ、待たせたな」
「おはようございます、皐月さん」
「おはよう、博季」
 簡単な挨拶の後、博季は確認するべきことを問いただす。
「皐月さんがここに来たということは、遂行者ですか?」
「ああ。後はマイトと誠一とくらら、それからオレのパートナーの夜空が来る」
「……なんとな〜く想像してたんですが、予想通りでした」
「マジかよ、そりゃすげーな」
 言いながら皐月は乗ってきたチャリオットから何かの袋を下ろしていく。
 その様子に博季は不審を覚えた。
「あの、皐月さん。一体何をやってるんですか?」
「待ってろよ。今からちょっと作業に取り掛かるからな」
「は?」
 博季は皐月の言わんとしたことがわからなかった。これからやってくるであろうメンバーを待って、それから現地に向かうはずなのだが、皐月は一体どんな「作業」を行うというのか。
 それに気になることがあった。皐月は、今日はパートナーの中で夜空を連れてきているというが、現時点において、その肝心の夜空の姿がどこにも無かったのである。
「そういえば夜空さんは、どうしたんですか? 来るはずですよね?」
「……あいつは、後から歩きで来る」
「ど、どうして……?」
「……オレが乗り物間違えたからな」
「?」
 一体皐月と夜空に何があったのか。その理由は10数分前にさかのぼる。
 皐月は「海を作るのに忘れてはならないもの」と指令内容を判断し、そしてそれに必要なもの――塩を買ってきた。
 それも尋常な量ではない。スーパーマーケットやコンビニエンスストアで買うようなものではなく、直接業者ないしは業務用スーパーにて購入した「100kgの塩」である。
 海水の塩分濃度は一般的に5〜50%と言われている。水1トンに対してのそれは50〜500kg。今回用意した分は言ってみれば「塩分濃度10%」に相当する量だった。
 皐月は集合場所であるアトラスの傷跡、その付近に海を作るつもりでいた。海水を持ってくれば話は早いが、彼としてはそのような手抜きを行いたくはなかった。
 そこで彼は【雪だるま王国】秘蔵の盾「コキュートスの盾」を精錬し直した浮遊する棺型の盾「氷蒼白蓮」の魔力を利用して1トンの氷を作り、それをナイトの技「ランスバレスト」を応用して氷を地面に打ち込み、地熱で溶かす。そこに塩100kgを流し込み、さらに別で調達してきた「ワカメ」を浮かべ、釣ってきた魚――内海で釣り、それを同じ内海の水をたたえたバケツに泳がせておいたもの――をそこで泳がせて、即席の「海」を作る。という計画を立てた。
 ここまではよかったが、いくつか問題が発生した。まず購入した100kgの塩を運ぶのに、皐月は小型飛空挺アルバトロスを使うつもりでいた。4人乗りの飛空挺であるため、多少の荷物を乗せる分には問題が無いからである。だが、
「おい皐月、この塩、アルバトロスで運ぶつったよな?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
 塩の山を目の当たりにした夜空が、頭をかいて皐月に「現実」を突きつけた。
「そのアルバトロスはどこだ?」
「…………」
 その時点で皐月も気がついた。肝心のアルバトロスを持ってくるのを忘れてしまったのである。
「うわ、しまった! せっかくこれ運ぼうと思ってたのに、いきなり失敗か!?」
「おいどーすんだよこれ! 集合の前にドボンか!?」
 そこで皐月は思い出した。アルバトロスは無いが、今の自分にはもう1つの乗り物があるではないか!
「そういえばチャリオットがあったな。これに乗せていくか」
 これで当面の運搬については解消された。だがここで夜空が口を挟んだ。
「チャリオットで運ぶのはいいけど、その分人が乗れねえぞ?」
「…………」
 実はチャリオットは「2人乗り」である。塩100kgを乗せるには、どうしても1人分を消費しなければならない。つまり、皐月か夜空が徒歩で集合場所に行かなければならないのだ。
 結局皐月は夜空を歩かせることにした。何しろ自分には、塩を運ぶ以外に海を作る作業があるのだから。
「マジで? 本気できついじゃん!?」
 そんな夜空の叫びを無視して――心の中では泣いていたかもしれない?――皐月は集合場所にやってきたのである。
「というわけで今からここに海を作ってやるから、それまでそこで見学してろよ」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ皐月さん!」
 話をしながら氷を生み出す皐月に、たまらず博季は静止の叫びをあげた。
「僕は確か『海に忘れてはいけないもの』って言いましたよね!? それがどーして海を作ることに繋がるんですか!」
「え、だってそれ『海を作るのに忘れてはいけないもの』って意味だろ?」
「何言ってんですか! 普通に考えて『海で遊ぶのに忘れてはいけないもの』のことでしょうが!」
「えっ! それちょっとした心理トラップじゃねーのか!?」
「どんなトラップですか! っていうか誰がここに海を作れと言いましたか! 『パラミタ内海、海の家1日貸しきり無料招待券』がザンスカールの商店街の福引で当たったから、都合があって行けない妻の代わりに友人を招待しようという話ですよ!? マイトさんから聞いてないんですか!?」
「なにぃ!? マイトの奴そんなこと一言も言ってなかったぞ!?」
 一体どういうことだこれは。2人は同時にそう思ったが、事情を知っているはずのマイトがいないことには、ここで議論を重ねても仕方が無いと悟るしかなかった。
 遅れること数10分、ようやくやってきた夜空は皐月にこう言い放った。
「マジで!? それ超アホじゃん!!」

 そのマイトは現在、くららと共に軍用バイクで集合場所に向かっている最中だった。先日の食事会の後、別れた2人は集合方法について話し合ったところ、くららが「移動手段を持っていない」ということが判明した。そこでマイトが軍用バイクを引っ張り出し、くららを迎えに行き、彼女をサイドカー部分に乗せて移動しようという話になったのである。
「ところで撫子、ホシの様子は大丈夫なんだろうな?」
 バイクを運転しながら「警部」は尋ねる。聞かれた方である「撫子」は、複雑な表情をしながら返した。
「もちろん大丈夫ですけど……」
「ん、どうかしたのか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
 くららが思っていたのは、マイトの使う「隠語」についてであった。マイトは【刑事馬鹿】と呼ばれるほどに刑事が好きなのだが、主に好きなのは「日本のドラマ」である。そのため彼の口からは日本警察が使用している隠語が多く飛び出すのだ。「ホシ」など、特にそうである。
 今回はスパイっぽく動くとか言っておきながら、使う言葉は刑事で、雰囲気もやっぱり刑事なのは一体どういうことなのだ。くららはそう考えていたのだ。
 結論から言えば、マイトにスパイの雰囲気を出させるなど到底不可能だったということである。もっとも、くらら自身はこういった「刑事もの」の雰囲気も好きではあったが。
 そんな彼らの目の前を1台の飛空挺が通り過ぎた。ミサイルが搭載されたそれは、俗に言う小型飛空挺ヴォルケーノであり、その操縦席には誠一が乗り込んでいた。
 それを見た瞬間、その身に流れる刑事の血が騒いでしまったのか、
「……前の車を追うぞ!」
 などと口走りながら、マイトはバイクの速度を上げた。
(マイトさん……。やっぱりあなたは『刑事』ですわ……)
 どうせなら無理にスパイを演じようとしなくてよかったのに。くららはもはや彼の刑事熱について、色々と諦めるしかなかった。

「馬鹿者! それは指令書に感光紙を使った君の責任ではないか!!」
 皐月がやろうとしていたことと、それに伴う博季との論争の一部始終を知り、大事な情報を言わなかったとして吊るし上げを食いそうになったマイトは博季に向かって全力で怒鳴った。
「だって、光に当てるだけで何もせずに『消去』ができるんですよ? すごく楽でいいじゃないですか」
「その楽を求めた結果、君の書いた指令の前口上部分が感光してほとんどわからなかったんだ!」
「ええーーーーーっ!?」
 そして指令を受け取った当時の真相を知った博季はその場で絶叫した。
「紙を開いたらいきなり書かれてた文字が消えていくんだぞ。指令の本題は何とかなったから大丈夫とは思ったんだが、まさかそんなトラップが仕込まれていたとは……!」
「あうううう……、マイトさんにまでトラップ呼ばわりですかぁ……」
 自らのうかつさによる後悔で、博季は地面に両手と両膝をついた。
「なんだ、そういうことなら2着も持ってこなきゃよかったなぁ……」
 ぼそりと呟いた誠一の言葉は、ひとまず誰の耳にも入らなかった。
「やれやれ、つまり今日の面子は、男4人と女2人、この場にいるメンバーだけで遊びに行くと、そういうことだな」
「そういうことになりますね……」
 指令書の全文をその場で暗唱した博季のおかげで真相を知った面々は、ひとまず件の海の家へとそれぞれの乗り物を進めることにした――皐月の用意した塩100kgはアトラスの傷跡に残してきた。誰かに利用してもらうなりと処分してもらうしかないからである――。何にせよ、招待してくれたということについては全員が喜んだのである。
「で、でも、その海の家は本当に素晴らしいんですよ。これは本当」
「でも結局は海の家だろ? 別に大したことなさそうじゃねーか」
 チャリオットに夜空と乗り込み、その上で自らは魚とワカメの入ったバケツを持ち、皐月がのんびりと言う。
「まあ確かに海の家そのものについては皐月さんの言う通りですね。ですけど、現地に行ったらぜひとも感動してくださいね。それだけの威力があることは保障しますから」
 自信たっぷりに胸を張る博季に、皐月は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「その言葉、忘れんなよ?」
「荒野に海を作る」作戦が失敗した以上、皐月としてはその海の家での光景を楽しみにする他なかった。
「ああ、そういえばアシュリングさん。いいのを連れてきたんですけど、見ます?」
「ん、何ですって?」
 誠一の声に反応した博季がそちらを見ると、そこにはヴォルケーノを運転する誠一の右腕に抱えられた1羽のパラミタペンギンがいた。
「ぺ、ペンギン!?」
「そうペンギン。うちに1羽だけいたのを連れてきたんだよねぇ」
「へぇ〜。結構かわいらしいんじゃないですか。撫でてみても?」
「駄目」
 光る箒を寄せて、ペンギンの頭を撫でようとした博季の手を、誠一はするりとかわした。
「えっ、どうして?」
「とりあえず現地に着くまではおさわり厳禁、ということで」
「そんな〜!」
 それまでその愛くるしい姿を愛でることはできないのか。博季は歯噛みしながら地団太を踏んだ。
 そんな彼らの後方で、軍用バイクのサイドカーに乗り込んだくららはマイトに頭を下げていた。
「マイトさん、今日の送り迎え、ありがとうございました」
「ん? ああ、別に問題無い。どうせこの後の帰りも送ることになるんだろうし、気にしなくていいぞ」
「移動手段が無くてすみません」
「なに、それはその内手に入るだろう」
 そのような談笑を残して、彼らは一路、パラミタ内海へと向かった。

「いやおかしいでしょそれは! いくら僕が【雪だるま王国】のメンバーだからって、どーしてペンギンの着ぐるみなんですか!!」
「海だし、アシュリングさんはリア充だし、雪だるまだし」
「どんな超理論ですか! っていうか、それを着ないとペンギンへのお触り禁止って意味がわかりませんよ!」
「だってペンギンだよ? ペンギンを相手にするなら自分もペンギンにならなきゃ意味が無いじゃない」
「それ以前に指令の意味わかってます!? 『海で忘れてはいけないもの』ですよ!? ペンギンの着ぐるみが必要不可欠だなんて聞いたことありませんよ!」
 件の海の家に辿り着いた面々を待っていたのは、構えはそれほど上等とは呼べないかもしれない簡素な建物と、それを無視できるほどの絶景だった。確かに先ほどの主張に違わず、その景色も、また海それ自体も美しいと言わざるを得なかった。何しろ皐月が開口一番、
「ああ……。確かにこりゃ、感動するわ……」
 と目を細めて絶賛したほどなのだ。
 そんなこんなで海を見て感動した後は、持ち寄ったものの確認である。その先陣を切ったのが誠一だったのだが、それに対する博季の反応が先の通りなのである。
「大体こんな暑い時期に熱い着ぐるみですか……。これならファイアプロテクト使えるようにしておくべきだったかな」
 熱や炎に対して抵抗を得るナイトの防御技「ファイアプロテクト」。これがあれば着ぐるみを着ていても多少は熱さに耐えられただろうが、今日はその心得を忘れてきてしまっていた。今の状態でこれを着るのは非常に勇気が必要だった。
 ついでに言えば、先のペンギンは海に着いた際、博季と一瞬目を合わせたかと思うと、そのまま何事も無かったかのように、方向転換の後に海に飛び込んでいってしまった。
「では、俺たちの指令も確認してもらうかな」
 続いてマイトとくららが持ち込んだものを博季に見せ付けた。それは2着の水着で、片方は男性用、片方は女性用だった。
「2人いるものだと思ってたからな、両方用意した」
「ああ、確かに水着は必需品ですね。これが一番まともかも……」
 言いながら博季は2人の水着を確認する。
「う〜ん、この女性用の方……。多分妻の分として、ですよね?」
「ええ、まあ、そんなところですわ」
「……なんですかその煮え切らないような答えは?」
「実際は『指令者がもし女だったら』という基準で決めましたの」
「……?」
「つまりは、あなたの体型が女性のものだったら、こういうのが似合うかな、と」
「まさか、着せるつもりだったりしません……、よね……?」
「それはさすがに『まさか』ですわね」
 多分、という言葉は飲み込んでおいた。
「しかしマイトさんのこれ、形はいわゆる普通のトランクスタイプなのはいいんですけど……」
「何か不満でも?」
 さも当たり前かのようにマイトは受け流す。
「どーしてデザインが『狼』なんですか!?」
「ああ、そういうことか」
 博季の叫びにマイトはようやく得心が行ったように笑顔を見せた。
「そりゃまあ男は狼だから?」
「何でそこで疑問系なんですか!」
「いやすまん。実はあまりよく考えていなかったんだ」
「いや考えましょうよ! ここは海なんですよ!? 海なんだから狼じゃなくてどっちかと言えばサメでしょーが!!」
「サメはやめておいた方がいいと思うぞ。ガスボンベをくわえさせられた上でライフルで吹っ飛ばされるから」
「僕の口はどれだけ巨大なんですか!!!」
 まともに物を選んだのはいないのか! 博季は心の底から叫んでいた。それと同時に博季は安堵していた。やはり海水浴一式をレンタルしておいて正解だった、と。

 その後、彼らは日が暮れるまで遊び続けた。
 ゴムボートで海に漕ぎ出し、はたまた皐月が釣ってきていた魚を焼いて食べ、博季が買っておいたスイカでスイカ割りを楽しんだ。

「……ま、なんだかんだ有るけどね。ちょっとの平和とダチとが居れば、こうやって遊べもするもんだ。だから、さ、少年。忘れずに愛を歌っいてようぜ。Love and Rock。必要なのはそれだけだ。それさえ有れば、何だって出来る」
「ほとんど何もしてなかったくせに、何カッコよくしめようとしてんだよ」
 皐月のツッコミが夜空に届いたかどうかはわからない。

 真夏の海は、ひと時の夢を彼らに見せていた。