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あなたもわたしもスパイごっこ

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第3章 降霊者覚醒大作戦

 蒼空学園にはどういうわけか「のぞき部」なる奇妙な部活動が存在する。その活動内容はもちろん「女子生徒の体をのぞく」こと。今から2年前に設立され、今でこそ大掛かりな活動は無いが存在それ自体はいまだに残っているという、蒼空学園の唯一無二の特徴なのか、はたまた黒歴史レベルの恥なのかよくわからない団体である。
 ちなみに対抗勢力も存在し、女子の集まりを【パンダ隊】、男子の集まりを【キリン隊】――現在は解体され【あつい部】に吸収合併されたとか――という。
 元蒼学、現在パラ実に籍を置くセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)は正式にパンダ隊に所属しているわけではなかったが、のぞき部のターゲットにされてきたという経歴がある。ある時は着替えを、またある時は風呂をそれぞれのぞかれ、そしてその度に実行犯を殴り倒してきた――明確な事件記録として残っているかどうかは定かではないが。
 そんなセシルの目の前に、見た目がラブレター風の手紙と、1本の「槍」があった。手紙に差出人の名前は無く、槍も自分のものではない。両方ともセシルの「下駄箱」に入っていたものだ。
 パラ実は学校組織ではあるが完全な形での校舎は存在しない。あるとすれば「校舎跡」である。パラ実生の中で特に勉学を求める者はこの校舎跡に集まり、青空教室で勉強することになっている――とはいえ、これはパラ実の「1つの形」に過ぎず、絶対に校舎跡に来なければならないという決まりがあるわけではない。特に学校の雰囲気を味わいたい者は、例えば下駄箱に自分の野外用靴を入れ、上履きに履き替えるといったことを行い、時にはその中に何かを入れられていたりする。例えばラブレターなのだが、セシルの下駄箱に入っていたのはまさにそれと、そして下駄箱を貫通する形で槍が突き刺さっていたのだ。もちろんその槍は今は引き抜かれているわけだが……。
「ラブレター……、一体誰がこんなことを……?」
 槍の吟味は置いておき、まずは手紙の内容を確認する。
 結論から言えばそれはラブレターなどという可愛げのあるものではなかった。彼女が目の敵とするのぞき部、そして彼女がライバルと認識する【のぞき部部長】――弥涼 総司(いすず・そうじ)からの指令書だった。
『おはよう、親愛なるフォークナー君。散々のぞき部の邪魔をしてくれている君に、今日は1つ指令を受けてもらおうと思っている』
「し、指令……!?」
 セシルはこの一文だけで戦慄を覚えた。普段から敵対しているはずの男から、なぜこのような文章を受け取らなくてはならないのかわからなかった。
「指令」ということは、これはつまり「ミッション・ポッシブルゲーム」なのだろうということはわかったが、それにしてもそれを行うという意図がわからない。
『実は私はフラワシ使いのコンジュラーである。だがなぜ自分がコンジュラーになったのか、その経緯については全くの不明。気がついた時にはフラワシを操ることができるようになっていた、といったところか、とにかく私は自分の知らぬ間に、一緒に送ったそのコリマの霊槍に突き刺されたというわけだ』
 どうやらセシルの目の前にある槍は、契約者をコンジュラーにするための「コリマの霊槍」であるらしい。下駄箱に突き刺さっていたということは、総司は下駄箱をフラワシ使いにするつもりだったのだろうか――当たり前の話だが、下駄箱はフラワシ使いにはなれない。
『まあそのような経緯については大した話じゃあない。本題に入ろう』
 だったら先に本題から入れよとセシルは思ったが、最近のこの男はコンジュラーになった影響か、持って回ったような言い回しを使うことが多くなっており、それにいちいち付き合っていてはこちらの精神がもたないため、その部分だけセシルは考えるのをやめた。
『私は知らぬ間にコンジュラーにされた。コンジュラーになったことそれ自体は歓迎されるべきことではあるが、それにしても知らぬ間になっていた、というのはさすがに気に入らない。のぞかれていると思ったらいつの間にか殴り倒していた、という君が実にうらやましい』
「勝手にうらやましがっていてくださいませ……」
『私は「自分の知らない間になっていた」ということが気に入らない。そこで私は考えた。それならばその仲間を作ってやろうじゃあないか、と……』
 何となくこの後に書かれているであろう指令内容が想像できたが、念のためにセシルは手紙に目を通す。
『そこで君の使命だが、現在部屋で寝ている、私のパートナーのアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)に、一緒に送った「コリマの霊槍」を挿入して、フラワシ使いにすることにある。君にとっては、いわば立場逆転の「逆のぞき」といったところか』
「なんと無茶苦茶な……」
 思わずセシルはツッコミを入れていた。自分がフラワシ使いになったのだから他の連中もそうしてやろうとは、自分勝手にも程がある。一応、自分のパートナーなのだからそれほど大きな問題にはならないのだろうが……。
『例によって君、もしくは君のメンバーが着替えシーン等をのぞき部にのぞかれ、あるいは風呂をのぞかれたとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで』
「……関知するまえに阻止してさしあげますわ」
『なお、この手紙の内容は自動的に消去される。成功を祈る』
 総司からの手紙にはそのように書かれていた。
「自動的に消去? 燃えるのでしょうか……――!?」
 そう思った矢先、セシルの目の前で手紙が変質した。文章が消え、その代わりに1つの「絵」が浮かんだのである。
 それは一体どこで撮影したのか、セシル・フォークナーのセクシーショットだった――そういえば総司はソートグラフィーの技を持っていた……。
 その写真を見せられたセシルはわなわなと体を震わせた。ただでさえ女性の敵として排除すべきのぞき部、その部長からのこの挑戦的な指令内容を見せられたのだ。これはもう受けざるを得ない。
「ふ、ふふ……。いいでしょう。のぞき部部長様からの指令、完全にこなしてみせますわヒャッハー!」
 パラ実的な雄叫びを上げ、セシルは槍を手に、一路アズミラが眠る部屋へと向かっていった。

(結構あっさり侵入できましたね……)
 アズミラの部屋には比較的簡単に入ることができた。ドアの鍵はセシルのピッキングで簡単に開けられる程度の代物で、特にトラップの類が仕掛けられているということはない。警報装置も無く、大きな音を立てさえしなければ誰でも入れるようだった。
 そして当のアズミラは――当然といえば当然だが、今まさにミッション・ポッシブルゲームが行われているとは思っておらず、セクシーなネグリジェを身にまとい、暢気に寝ていた。ただでさえセクシーな体格をしているアズミラがこれまたセクシーな寝姿をしているというのは、健全な男性諸君にとっては目の毒か、はたまた目の保養となるのか。
 だが今のセシルにとってはそのようなことはどうでもよかった。とりあえず手に持ったこの槍でアズミラを刺し、フラワシ使いにする。それだけで指令が達成されるのだ。
 ならば早くやってしまおうと、セシルはその切っ先をアズミラに向ける。
(特に深く突き刺す必要は無いんでしたっけ……)
 仰向けに寝ているアズミラの右肩の辺りに狙いを定め、セシルはその槍を押し出した。
「えいっ♪」
 小気味良い音と共に、アズミラの体に霊槍が突き刺さる。
 そして当然のことながら、アズミラはその痛みに耐えかね、絶叫した。
「いっだあああああああぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁッ!?」
 突然何をされたのかよくわからないまま、アズミラは痛む右肩を押さえる。幸いにして傷は深くないようだが、それにしても何があったのか。
「!?」
 起きた拍子にふと人の気配を感じ、そちらに目をやる。するとそこにはエプロンドレスを身に着けているが、雰囲気だけどことなく海賊っぽい少女がいた。
 アズミラは目の前の少女が何者なのかと思う前に叫んでいた。
「あ、あなたッ、いつからいるのッ! どこから入ったッ!?」
 少女――つまりセシルは別段驚くことなく、淡々と質問に答える。
「つい5分ほど前からですわね。どこからというのは……、そこのドアから」
「全然気づかなかったわ……!」
 そして突然その少女が1本の槍――つまりコリマの霊槍を持っていることに気がついた。
「あ、あなた、その槍……」
「あれ、おかしいですね。すでにフラワシ使いになってるものだと思いますのに……」
「ふ、フラワシ使い?」
「ん〜、折角なのでもうひと刺しいきましょう。それっ♪」
「な、何を――ってあいったあああああッ!」
 アズミラの意思を無視してセシルはさらに霊槍を突き立てる。防具という防具を身につけていないアズミラに槍の一撃を受け止めることは不可能だった。
「さっきから何すんのよ!」
 思わずアズミラが飛び掛るが、その前にセシルがベッドに押さえ込んでしまう。実戦経験はそれなりにあるアズミラだったが、鬼神力を発動し額に角を生やしたセシルのパワーには勝てなかった。
「無理ですよアズミラ様、鬼神力を解放した私にパワーでは勝てませんわ」
 アズミラを押さえ込みつつセシルはまたしてもコリマの霊槍を振り上げる。
「い、いい加減にしなさいよ!」
「はうっ!?」
 さすがに何度も刺されてはたまらないと、アズミラは押さえられていない足でセシルの腹に膝蹴りを叩き込む。そのショックでセシルの体のバランスが崩れる。そこを見計らい、アズミラは体を入れ替え、自らがセシルをベッドに押し付ける形にした。
「まったくどこの誰だか知らないけど、いい加減この場で大人しくしなさいよね!」
「嫌です! これはミッション(指令)なんです!」
「サブミッション(関節技)の間違いじゃないの!?」
「今日はスパイなんです!」
 さっきから何を言っているのかわからない。アズミラは目の前の少女が何かしらの精神異常者だと断定し、その手から槍を奪おうとする。
「っていうか、さっさとその槍どこかに放り出しちゃいなさい!」
「駄目ですわ! これが無いとフラワシ使いになれないんです!」
「……あなたまさか、それで私をフラワシ使いにしようと!?」
「だからさっきからそう言ってるのですわ! さっさとフラワシ呼びやがれェェェェ!」
 再び鬼のパワーでアズミラを転がすと、セシルはその体に3回目となる突き刺しを敢行した。
「あんぎゃああああぁぁぁッ!?」
「いい加減これで降霊してもおかしくないんですけど……」
 その時、セシルの耳にどこからともなく声が聞こえてきた。
「そんなんじゃダメダメ! もっとこう、変な槍出したり! 入れたり! 出したり! 入れたり!」
「え、連打するのですか?」
「むしろラッシュで!」
「というか、一体どなたなんですの?」
「天の声です」
「なるほど〜、天の声なのですね」
 もちろん実際は天の声などではなく、事前に部屋に侵入し、クローゼットの中に隠れて一連の光景をのぞいていた弥涼総司その人であるが……。
 そして変化はすぐに訪れた。
「さっきから何度も何度も……、一体何をするだアーッ!」
 ベッドに組み敷かれたアズミラから赤い人型の何かが浮かび上がる。炎を身に宿したかのようなその人間大のそれはまさに、コリマの霊槍によって生み出された「焔のフラワシ」だった。
「ん? 何かしらすごい威圧感が……?」
 コンジュラーではないセシルの目にそのフラワシの姿は映らなかったが、アズミラの身に何かが起きたらしいことはわかった。
「おおお! で、出やがったぞ……! 予想以上のアズミラのパワー!」
 その光景に総司は興奮を隠し切れなかった。
「いい加減そこから離れなさい!」
「ふぎゃあっ!?」
 アズミラが呼び出した焔のフラワシでセシルを追い払おうとする。セシルの方も負けじとアズミラを組み伏せる。セシルとしてはアズミラをフラワシ使いにできたので本来ならすぐに離れるべきだったのだが、何しろ彼女は「敵対する者はとりあえず殴り倒せばいい」という思考回路の持ち主であるため、離れるという選択肢は存在しない。
 そのまま2人はベッドの上でくんずほぐれつの乱闘を繰り広げる。もう今の彼女たちには相手を叩きのめすという意識しか残っておらず、文字通りのキャットファイトに発展していた。
「くう〜ッ! オレは今猛烈にエキサイトしている!!」
 もはや天の声としての役割を放棄し、総司はその光景に見入っていた。

 しばらくの後に、勝利を収めたのはアズミラの方だった。
「はぁ、はぁ……、やった……」
 フラワシを発現させたままアズミラは肩で息をしていた。
「終わったのよ! この女はついに私のフラワシの元に敗れ去ったッ! 不死身ッ! 不老不死ッ! ウフフフフフフフッ♪ フラワシパワーッ!」
 フラワシ使いになった影響なのか、どことなくキャラクターがおかしくなったアズミラは、その場で狂ったように笑い続けた。
「アハハハハハハハハハ、これで何者もこのアズミラ・フォースターを超える者はいないことが証明されたッ! 取るに足らぬ人間どもよ! 支配してやるわッ! 我が『知』と『力』のもとにひれ伏しなさいッ!」
 種族吸血鬼のアズミラは、たった今フラワシ使いとなったが、総司はその光景に少々の後悔を覚えていた。
(やべぇ……、アズミラが壊れた……! フラワシ使いにするの、やめときゃよかったかなァ〜……?)
 ひとしきり笑い続けたアズミラはゆっくりとその首を総司――が隠れている方に向けた。
「ところで総司、そこにいるんでしょ? さっさと出てきなさい」
「ナニッ!?」
 いつの間にばれていたのか、アズミラはじっとその方向を見つめている。
 数秒後、観念したのか総司がクローゼットの中から姿を見せた。
「な〜んかさっきからおかしいと思ってたのよね。ミッションがどうのこうのと……。それって、最近流行の『スパイ小作戦ごっこ』ってやつでしょ?」
「あ、やっぱり、気づいてました……?」
「こんなアホみたいな状況に巻き込まれたら嫌でも気づくわよッ!」
 ベッドから立ち上がり、アズミラは焔のフラワシと共に総司に向き直る。
「と、ところで、どうしてオレがここにいるとわかったんだ?」
「天の声とか言って大騒ぎしてたら、少なくとも近くに誰かがいることくらいわかるに決まってんでしょうがッ! 聞いたことのある声なら尚更よッ!」
「くそ……、何となく気づかれるんじゃないかと思っていたが、こうもあっさりとバレるとは……!」
「このゲーム、全部あなたの差し金だったのね!」
「いやまあその差し金っつーか、全てのシナリオを仕組んでおいた黒幕っつーか――」
「とにかくあなたが絡んでいるのはわかったわッ! ハァァァ〜〜〜〜〜!」
 自分のパートナーがこの事態の首謀者だったと知ったアズミラは、その怒りをフラワシのエネルギーに転化する。彼女に寄り添う焔のフラワシが、その両の拳に炎を纏わせた。
「もうこの際ミッション・ポッシブルなどどうでもいいーッ! でもあなただけは『けじめ』よッ! 3度も突き刺された私の体の復讐であり、このアズミラの新しい誕生祝いッ!」
 炎を拳どころか周囲にも撒き散らし、アズミラはゆっくりとパートナーに迫った。
「総司ッ! あなただけはッ! どうしても今ブチのめさなくてはならないッ!」
「ゲッ!」
 さすがに身の危険を感じた総司が自身のフラワシ――ナインライブスを呼び出そうとするが、その前にアズミラが行動する方が早かった。
「READY……」
 その小さな呟きの後、フラワシの拳が総司を襲った。
「GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAーーーーーッ!」
「あぶぎゃうううーーーっ!!!」
 アズミラのラッシュを受けた総司はそのまま部屋の壁を突き破り、その向こうにある別の壁に体をめり込ませた。
「スゥ〜〜〜〜、ハァ〜〜〜〜……」
 総司を殴り倒したことでスッキリしたのか、アズミラはネグリジェ姿のまま大きく深呼吸した。
「スンゴク爽やかな気分だわ。新しい下着をはいたばかりの、正月元旦の朝のよーにねェ〜〜〜〜〜ッ」

 後にアズミラは、この一方的な殴打シーンをテニスのワンサイドゲームにたとえ、自身のフラワシに「ラヴゲーム」という名前をつけた。
 また一瞬壊れた彼女のキャラクターは、しばらくすると元に戻っていたという……。