天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【新米少尉奮闘記】テストフライト

リアクション公開中!

【新米少尉奮闘記】テストフライト

リアクション

 ヒラニプラ北部の飛行場では、真新しい(少なくとも、そう見える)飛空艇が滑走路に引き出され、離陸の準備が進められていた。
 遺跡から発掘された後、輸送機として見事に生まれ変わった飛空艇は、新たに塗られた塗料でぴかぴかと輝いている。
 その勇姿を一目見ようと、教導団の生徒や、噂を聞きつけた他校生や、周辺の住民までもが集まっている。決して少なくない人数だが、飛行場が広々としている所為で混雑しているという感じはしない。しかしむしろその所為で、見物客はともすれば、立ち入り禁止となっている飛空艇の周辺や、格納庫の中までも自由に歩き回れてしまいそうな雰囲気が漂ってしまっている。
 なので、地上からのサポートに着いている教導団の生徒達はその対応や誘導に追われていた。
 飛空艇の傍で、万が一の襲撃に備えている大岡 永谷(おおおか・とと)も、どちらかというと襲撃してくる子供達にお引き取り頂くことに時間を取られている状態だ。
「ほら、急に動くかも知れないから危ないぞ」
 一応観覧席というか、見学者の見学エリアはセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)達がロープで仕切っているが、子供達はロープの下をくぐり抜けて突撃してくる。
 それを抜け目なくとっ捕まえて、見学エリアへと連れ戻す。
 こんなことをしに来たんじゃない、と少しだけ悲しくなる大岡だったが、しかし不穏な噂が有る以上、いつ襲撃があってもおかしくない。
 気合いを入れて警備へ戻っていく大岡の横を、棒付きのキャンディを片手にした女の子がきゃっきゃと歓声を上げながら走り抜けていく。
「そちらは立ち入り禁止だぞ、お嬢さん」
 それをフィッツジェラルドのパートナー、瀬尾 水月(せのお・みずき)がすかさず捕まえる。
 「キリッとした顔で立ってれば良い」とフィッツジェラルドに言われてやってきた瀬尾だが、ただ立っているなど瀬尾のプライドが許さなかった。役に立つところを見せてやる、とばかりに、主に子供の相手に精を出している。
 その近くでは、瀬尾とパートナーを同じくする孫 策(そん・さく)が、立ち入り禁止の旨が書かれている黄色と黒のしましまのテープをあちらこちらに貼り付けていた。
「これ、俺が来る意味あったのか?」
 飛空艇の回りでは教導団の生徒達と一部の外部生達が、空での警備の打ち合わせをしていたり、飛空艇の状態のチェックに奔走している。とはいえ、自分の回りには野次馬と、はしゃぐ子供達だけ。
 一応警戒してはいるが、怪しい人影などは見あたらず、また(今のところ、ではあるが)襲撃の気配もない。
 暴れる気満々で来た孫としては些か物足りない。
「まあまあ、コレでも食べて」
 そう言ってフィッツジェラルドが孫に差し出すのは彼の魂、芋ケンピ。またか、と思いつつ孫は袋から一本頂戴して口へ放り込んだ。
「何かあったときの備えです。まあ、現状暇なのは解りますがな」
「解ってるって、コレも仕事だもんな」
 フィッツジェラルドが方を竦めると、孫もまた苦笑を浮かべる。
 何もないのが一番だと言うことは孫も承知だ。――物足りないけれど。

「飛行ルートの最終確認を行います」
 そんな長閑な観覧席とは対照的に、いよいよその時を迎えた緊張からか、少しいかめしい顔をした小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)が、教導団のメンバー達と打ち合わせを進めている。
「これが現在の天候情報だ」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、手にした携帯端末に表示させた天気図を小暮に示す。ヒラニプラの上空に大きな雲は無し、風は穏やか。
「天気には問題なさそうですね。よし、ルートの変更は行いません、計画通りで行きましょう」
 小暮の指示に、輪に加わっている一同が頷く。
「装甲の強化については? 必要ならやっておくよ」
「ありがとうございます。でも、今回は現時点でのデータが欲しいので、このままにして下さい」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が提案するが、小暮は丁重に断る。
「小暮少尉、飛行ルート上にある不時着可能ポイントを確認したいのですが」
 端末でルートを確認していた叶 白竜(よう・ぱいろん)が手を挙げる。
「おいおい、不時着とか縁起でも無いことは止めようぜ?」
 その隣で叶のパートナーの世 羅儀(せい・らぎ)がおどけた調子で口を挟むが、叶にじろ、と睨まれて黙る。
「シミュレーションは常に最悪を想定するべきです。それより、機関室はどうしたのですか」
「はいはい、行ってきます、行ってきますよ」
 機工士としての経験を積むように、と叶から言われている世は、ひらひらと手を振ると、小暮に会釈してから輪を外れた。
「可能であれば、不整地離発着の性能も調査したい。安全に不時着――というのはおかしい話だが、リスクの少ない地点を挙げておくことに賛成だ」
 世が退散するのを見届けてから、改めてクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が叶に賛同する。小暮もそれに頷いた。
 等高線の入れられた地図を参考に、見通しの良い平地を数カ所確認した。それを搭乗員を始め、同行する護衛の面々全員の携帯端末へ送信して共有すると、打ち合わせを行っていたメンバーは飛空艇へと乗り込んだ。

 飛空艇の機関室ではトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が、パートナーのミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)と共に機器の最終点検を行っていた。
「アイドリングがきちんと上がっているかはこっちのメーターで確認するの」
 アーティフィサーであるウォーレンシュタットが、不慣れなファーニナルに丁寧な指導をしている。ファーニナルは言われたとおりの計器を確認し、ネジのゆるみがないか、バルブは開閉できるか、一つ一つ確認をしていく。
「このボルトのチェックは?」
「このレンチを使って。右に簡単に回ってしまうようならしっかり締め直すこと」
 ウォーレンシュタットがファーニナルのベルトに引っかかっている工具ポーチからレンチを取り出す。が、サイズが合わなかったようだ。
「子敬、そこにある工具箱を取ってくれませんか?」
 突然声を掛けられた魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、これですか、と人の良い笑顔を浮かべて足元にあった金属の箱を持ち上げた。
 専門知識の無い魯粛は専ら、ファーニナルとウォーレンシュタットの手伝いと、あとは他の生徒達の邪魔にならないことを心がけているくらいで、やることはない。
 窓のない機関室では雲を眺めることも出来ないので、船内の見回りに出ているテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)に着いていった方が良かっただろうか、と離陸後はそちらに行ってみようかと算段する魯粛だった。