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古戦場に風の哭く

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古戦場に風の哭く

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第二章 動き出す、刻
「……うぁっ!?」
「優?!」
 『其処』に足を踏み入れた瞬間神崎 優(かんざき・ゆう)を襲ったのは、酷い眩暈だった。
 神薙一族の末裔……優はそもそも血の影響で霊感が強い。
 故に感じ取ってしまうのだ、この空間を満たす、大量の魂の歪みを。
 その『村』もまた歪んでいた。
 外は満月が輝く夜だというのに、そこは薄暮のようにぼんやりとしていた。
 そして何より、そこには悲嘆と慟哭が満ち満ちていた。
「おい、顔色悪いぞ」
「……大丈夫、だ」
 心配する神崎 零(かんざき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)に何とか笑みを作るものの、気分は完全には回復しない。
 それでも、此処で退くわけにはいかなかった。
「俺は、大丈夫だ。さぁ、村人達の元へ、行こう」
 村人たちを、その魂を解放してあげたいと願い、懸命に耐える優に刹那も聖夜もそれ以上、何も言う事は出来なかった。
 ただ。
 零はそっと手を握り、優の肩に体重を預けると。
「大丈夫、私が側にいるから。だから無理だけはしないでね」
 愛する人にそう、囁いた。
 優の苦しみを少しでも和らげたいと、受け止めたいと、願いながら。
「こんな……」
 その光景を目にして、
 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は思わず言葉を失っていた。
 恐怖に満ちた女性の悲鳴、苦悶の表情を浮かべ地に倒れる男、『死にたくない死にたくない』と繰り返す老人……泣き叫ぶ子供。
「……魔鎧にされる前……私の領地が、悪魔達に滅ぼされた際の事を思い出すわね……」
 天ヶ石 藍子(あまがせき・らんこ)の表情も沈痛なものとなる。
 それは、過去の光景だった。
 『その時』に在ったであろう、惨劇。
 だがこの閉じ込められた村で、死者達は今も囚われ苦しんでいた。
「どうしても、重ねてしまうわね。あの悲痛な叫びと」
 藍子にとって忘れられない、過去の民と重なる叫び。
「……私は、また護れなかったのね」
「……」
「くす。わかってるわよ。どうしようもなかったことくらい。……それでも…ね」
 藍子はパートナーの眼差しに気付き、小さく自嘲じみた笑みを浮かべ。
「僕たちの平和は、亡くなった方の犠牲の上に成り立っている。だからこそ、亡くなった方の想いは絶対に無視しちゃいけない」
 博季は慰めの代わりに、決意を口にした。
 そう、その為に。
「貴方達の想いを、僕に預けてください」
 亡者の傍らに膝を付き、告げた。
 悲しみに苦しみに痛みに囚われている死者には、通じない。
「っつ!?」
 暴れる女性の爪が博季の頬に掠り、微かに朱を走らせ。
「僕には…。まして、僕一人になんて荷が重すぎるのはわかってる。背負いきれるなんて、思いあがるつもりもないけれど」
 それでも構わず、博季は声を思いをほとばしらせた。
「それでも…、貴方達の想いは、きっと貫いて見せるから。貴方達の想いを、きっと明日に繋げてみせるから」
 ふと、女性の動きが止まった。
 視線が博季に向けられる……他者を認識する。
 その心が、止まっていた時を僅かに、けれど確かに、動かす。
「だから…、少しずつでもいい。貴方達の想いを、僕に預けてください。一人の魔術士として、僕と僕の剣で…。きっと、貫き通してみせるから」
『あっ、ああっ……』
 縋りつく手は細く、だが、強かった。
『わたっわたし、死にたく、ないっ……あの子が、家で待って、のに』
 慟哭を、博季はただ黙して受け止めた。
 彼女らの怨念も、恨み辛みも、悲しみも全部……出来る限り受け止めて上げたかった。
「僕は受け止めたい。彼らの想いを、聴かせて欲しい。この人達の想いを無下にするようでは、僕は前には進めないから」
「貴方達の犠牲は、絶対に無駄にはしないわ」
 藍子もまた嘆き崩れ落ちたままの男性に懸命に語り掛けていた。
「貴方達の無念、晴らす事はできないかも知れないけれど…。何の慰めにもならないかもしれないけれど…。それでも、もう誰も貴方達と同じ目には会わせない。それだけは、約束させて」
 止まっていた時を動かす……それは決して簡単な事ではなかったけれど。
 根気良く語り掛け、少しずつ動かして行く。
 勿論、それは博季達だけではない。
「大丈夫です、もう怖い事は何もないのですから」
 うずくまる男性に刹那はいたわりを込めて告げ、その背をそっと撫でた。
 触れたその身体は、触れる事が出来るのに、出来るからこそ、哀しいくらい冷たかったけれど。
「俺には難しいコトはよく分からないけど」
 聖夜は少しだけ口ごもってから、自分の気持ちを正直に上らせた。
「このままじゃアンタ、ずっと独りなんじゃないか? それってすごく、哀しくないか?」
 怖くて怖くて怖くて、それ故に全てを拒んで。
 だけどそれではずっとずっと孤独のままで。
 それは辛くて寂しい、と聖夜は知っているから。
「本当にこのままでいいのか?、このままこうしているのが幸せなのか?」
 そして、優は膝を付き相手の目をじっと見つめ、問うた。
 その瞳が不安と困惑とに揺れているが、逸らさず。
 気付くのを待った。
 この『人』の中で、止まっていた時が動き出すのを。
「やはり『死にたくない』この未練が一番厄介ですね」
 死んでしまった人間にこれを言われてもどうしようもありませんから、御凪 真人(みなぎ・まこと)は一度だけ目を閉じた。
 それでも、この村の多くの人達はそう思って逝ったのだ。
「でも、説得するしかありません。手荒な真似はあまりしたくは無いですから」
 真人は『死にたくない死にたくない』と繰り返す老人の痩せた肩を労わる様に抱いた。
「パラミタで亡くなった人の魂はやがて地球で転生するそうですね。こんなところで止まらず循環の輪の中に戻る方が良いと思いますよ」
 温もりと共に思いが伝わるといいのに、と願いながら言葉を重ねる。
 『死んでしまった』この事実は変えられない事だ。
 だが、転生して再スタートする事は出来るから。
「ただ、来世は素晴らしいとかは言えません。その転生の先が不幸なの『かも』知れませんから。でも、ここに止まればその『かも』すら無いのですよ。ならばこのまま何も変わらぬ不幸より、可能性と言う来世を選んでみてはどうです?」
 死の恐怖に雁字搦めになってしまったその心を、引っ張り上げるように。
 救い上げ導くように。
『……来世』
 濁っていた瞳にぼんやりと、光が灯った。
「転生すればもうそれは自分自身とは言えないかも知れません。ですが、このまま生に執着したまま嘆き、悲しむ事しか出来ないのなら、笑い、楽しめるかもしれない方に賭けては良いのは?」
『あ、あぁ……じゃが、ワシだけでは……ばあさんや倅夫婦や孫を置いてはいけん』
「大丈夫です」
 死にたくない理由は人それぞれで。
 切なくも愛しい、彼らが少しでも救えますように。
「貴方も貴方の大切な人達もみんな、俺たちが輪廻の輪に戻しますから」
 真人は安心させるように、頷いてやった。


「安心しろ。【森の魔女】は善きものの助力者(グッドフェロウ)だ」
 小さな村の神殿……というにはささやか過ぎる建物で、【森の魔女】瓜生 コウ(うりゅう・こう)は周りをぐるりと見回した。
 件の刻、ココに集いそのまま命を落としたのだろう、女子供を。
「戦が始まった時、村人はどうしただろうか? 小さな村の中で戦火を避けようと、少しでも頑丈な建物篭ろうとしたのではないだろうか、そしてそれは、教会や神殿のような宗教施設だっただろう」
 そんなコウの予想は当たった。
 と同時にコウの胸に切ない痛みが走る。
 突然の災厄。
 女衆や子供たちは窓や戸を閉めきり、怯えながら、か細い声で祭神に祈りを捧げたのだろう―そして裏切られた。
 神は彼ら彼女らを救ってはくれなかった。
 どんなに祈っても願っても縋っても、彼らや彼らの大切な者を救ってはくれなかったのだ。
 その無念はいかほどだろう、と思い馳せたコウは「だから」と瞳に強い光を灯した。
「だから、今度は、裏切りはしない。善きものの助力者(グッドフェロウ)たる【森の魔女】が、弱き者が戦火に一方的に蹂躙されぬよう助力する」
 怯える者達を鼓舞するように声を張り、宣言したコウは。
 彼女らを励ましつつ、共にバリケードを築く準備を始めるのだった。

「どうやって無念を晴らしたらいいんだろう?」
「涼、私いい方法を思いついたの!」
 新川 涼(しんかわ・りょう)ユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)は顔を輝かせた。
「あのね、村人同士でうまく解消できる組み合わせを見つけて、引き合わせることで解決させるの」
「どういう事?」
「ん〜、ほらあそこで打ちひしがれている男の人達を見てみて」
『このまま独身のまま死ぬなんて、イヤ過ぎる』
『うう、せめて女の子と付き合いたかった』
『つーか、ちゅうぐらいかましとけば良かった』
「……うん、何か分かった気がするっていうか、あの辺みんなあんな未練ばっかりです!?」
「まぁまぁ。とにかく、そういった女性を見つければいいのよ」
「それって合コン……」
「や、それだけじゃなくてほら。逸れた恋人同士とか家族とか、色々探してみましょうよ」
 とか言いつつ。
 引きが良いのか悪いのか、結局涼とユアが集めてきた男女(注・死者です)で、嬉し恥ずかし合コンパーティーがなし崩し的に開かれてしまったわけだが。
「いいのかなぁ、瓜生さん怒ってない?」
「いいんじゃないの? あの人達、喜んでるし。空気が明るくなると他にも、他の事に目を向けてみようって人も出ると思うしね」
 とりあえず安全な処、という事で小神殿に身を寄せた。
 何かあったらこき使われそうだが。
「誰かいないか」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)は崩れた家屋に慎重に歩を進めた。
「村の外で戦いが起こっているなら、親は子を守るために家屋の物陰か……あれば地下に子供を隠しているだろうな」
 そう考え、危険を承知で家の中に入る壮太達。
「あっちも始まったみたいね」
「あぁ。だが、オレ達には関係ないさ」
 外から微かに聞こえる剣戟を拾ったミミに、壮太は緩く首を振った。
 武器を持っていたら子供を怖がらせるだけ……故に、壮太はまるっきり丸腰だったが、臆した風はなく。
 その時、カタっと小さな音がした。
「オレは壮太、瀬島壮太って言うんだ」
 そしてそこに小さな人影を認め、壮太は両手を上げると、ゆっくりとそっと告げた。
「怖がらなくていい、オレはあんたたちを助けに来たんだ」
 暗闇の中、怯え躊躇う気配が、僅かに息を飲むのが分かり。
「だからもう、隠れる必要はないぞ」
 【光精の指輪】で灯した明かりに浮かび上がる、煤けた子供のあどけない顔。
「ぼうず一人か? 父さんや母さんは……?」
 尋ねると子供は唇を強く噛みしめた。
「……まさか」
「壮太、こっちに来て!」
「ぼうずも来いよ……外の音が怖いか? 大丈夫、あれは村の危機を知って、守りに来てくれた奴らの戦いの音だ」
 そう言って、手を引いてやると、地に縫いとめられていた子供の足がふわりと動いた。
 そうして手を繋ぎ向かった家屋の裏口と思しき場所には、子供の父親と思しき男性が倒れていた。
「ほら、お子さんでしょ? 大丈夫、ちゃんとここにいるよ」
 ホンの数歩の、けれど絶望的なまでの距離。
 それが今ようやく、互いを認識出来るまでになって。
「よく、頑張ったな」
 ずっと我慢していただろう子供の頭を撫でてやると、その顔がくしゃりと歪み。
 子供は父親との距離をゼロにした。
『ぅえっ、父さ……父さん、父さん父さんっ……』
『ごめん、ごめんな。父さん、お前を守ってやれなくて』
「いや、あんたは子供を守り通したよ……だって逃げずに、子供を助けに来たんだろ?」
 言ってやると、父もまた子を抱きしめたまま声を上げて泣き出した。
「良かったな」
 赤ん坊の頃、親に捨てられた自分……オレのようにならなくて本当によかった、と壮太は思い。
「だが、これほど親に愛されながら、死ななければならなかったなんて、な」
 目の前の子どもを見て、やりきれない思いを抱えてしまうのだった。