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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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 ■ みんなでお弁当 ■
 
 
 
「では、皆で集まって食べましょうか」
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は皆がお弁当を食べる用にと、大きめのレジャーシートを野に敷いた。
 パラミタに来るまで近遠は、こうして太陽の光の下で活動することなど考えられなかった。契約が近遠をピクニックに参加することさえ可能なようにしてくれたのだ。
「暖かい山はいいですね。最近、めっきり寒くなりましたから」
「ええ。なんだか一足先に春が来てくれたような気分でございますね」
 近遠がビニールシートを敷くのを手伝いながら、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も微笑んだ。
 冬のきりきりとした寒さから解放されてのピクニックは、いつも以上に心が躍る。
 近遠らが敷いてくれたシートの上に用意してきたお弁当を広げようとして、御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)がもじもじと出した包みに目を留めた。
「あれ? セルファも作ってきたんですか? 珍しいですね。いつもは俺任せなのに」
「べ、別に真人に食べてもらいたいわけじゃないわよ。みんなの分を作ってきたついでよ、ついで!」
 サンドイッチならパンに具を挟むだけだから自分にだって作れるからと、お弁当に挑戦してきたのだけれど……実際やってみると、勝手が分からない分難しい。
「味付けはあまり自信ないけど、思いはいっぱいこめたつもりよ。いざ尋常に勝負!」
 やや歪でへんにょりしているサンドイッチを、セルファは場に出した。
「……何の勝負なんですか」
 苦笑しながら真人が出したお弁当は、俵型のおにぎり、卵焼きや唐揚げの入ったオーソドックスなものだ。
 食べやすさや取りやすさを考慮して、全体的にやや小ぶりにしてある。
 形の揃ったおにぎり、色合いを考えて詰められたおかず。まるでお手本のような仕上がりだ。
 量は多いけれど、余ったらきっとセルファが全部食べてくれるだろう。
「あたしもたくさんお弁当を作ってきたのですわ」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)に背負ってもらってきたお弁当を示した。
「確かにたくさんなのだよ。というか、作りすぎではないかと思うのだが」
 ユーリカの作った弁当をビニールシートの上に下ろしながらイグナが言う。
「あら、料理は一度に沢山作った方が美味しくなるのですわ」
 それはユーリカの主義でもある。
 ただでさえいつも作り過ぎなのに、今日は皆の分までと一層たっぷりとした量になっている。
「大丈夫ですよ。きっとセルファが食べますから」
「……真人。私がどれだけ食べると思ってるのよ」
 当然のように言う真人をセルファは軽く睨みつつも、真人の作ってきたお弁当に箸をのばした。
「ん、美味しい」
 すべてにおいてそつなく作られたお弁当は、味付けも火の通り具合もちょうど良い。
 真人はセルファの作ってきたサンドイッチを口に運び、ふむ、と呟いた。
「……どう?」
 美味しいです。
 そう言ってしまうのは簡単なことだけれど、真人は評価をはっきり述べることにした。
 お世辞でごまかしてしまえば、セルファの料理は上手くならない。悪いところをちゃんと言うのが、真人のなりの優しさだ。
「見栄えはまあ、仕方ないですよ。味の方も少々……具材の水分の処理が出来ていないので、パンがぐっしょりしている部分があります。それと、野菜が分厚く切られているので、味のバランスが良く無いですし、サンドイッチも崩れてしまっていますね。あとは、パンを無理矢理切っているので切り口が潰れてしまっています」
「……どうせ私は料理作るのは上手くありませんよ。食べる方が専門ですよ」
「頑張っていることは伝わってきますよ。ん〜、良かったら料理を教えましょうか?」
「いいわよ別に」
 女の子としては、恋人の方が料理出来るというのはかなり立つ瀬がない。かと言って、真人に教わるのも癪だ。
(いつか料理上手くなって驚かせてやるんだから!)
 そう誓いながら、セルファは自分の作ってきたサンドイッチを食べている真人に言う。
「それ、無理に食べなくていいから」
「味はともかく一生懸命作ってくれたものですから、ちゃんと全部食べますよ。別に食べて死ぬわけじゃないんですから……多分」
「一言多いんだってば。もう!」
 真人は料理はそつなくこなせても、乙女心の理解はまだまだだと思いつつ、セルファは真人のお弁当をやけ食いするのだった。
 
「さてっと。ヒイロドリちゃんを何とかする前に、まずはお弁当よねー」
 ターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)に言われ、シンディ・ガネス(しんでぃ・がねす)は用意してきたお弁当を出した。
 何だか面白そうだからとターラがピクニックへの参加を決めた為、シンディはとばっちりで連れて来られたのだ。
「弁当まで作らされたのか?」
 世話が焼けるな、とジェイク・コールソン(じぇいく・こーるそん)に言われ、実は、とシンディはターラをちらっと見る。
「確かに私も作ったけど、1人でじゃなくてターラも一緒に作ったのよ」
「えっ……ターラって料理出来たのか?」
「そうみたい。私もびっくりしたわ」
 囁き交わすシンディとジェイクに気づくと、ターラは失礼ねと笑った。
「料理なんて適当に煮たり焼いたりしたら、案外出来るものよ」
「てきとう……」
「と、取り敢えず私も味見したから大丈夫なはずよ」
 どよんとしかかるジェイクを、シンディが力づけた。
 
 
 慌ただしいパラミタの毎日だけれど、たまにはこんな風にのんびりするのも良いものだ。
 今日は目的関係なくピクニックを満喫しようと、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)はパートナーのミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)南 白那(みなみ・はくな)を誘って山にやってきていた。
 お弁当は開けてのお楽しみ、ということで、3人がそれぞれ別々に作って持ってきた。
「まずは俺の弁当からだな」
 淳二が開けた弁当箱には、焼き肉、串カツ、肉団子と、スタミナのつきそうなものが詰まっていた。
 食べたら力が出そうなものをチョイスする辺り、淳二らしいと言うべきか。
 茶色に偏っている淳二のお弁当と対照的に、ミーナの作ってきたのは彩りが綺麗なお弁当だ。
 緑のブロッコリー、赤のミニトマト、黄色とオレンジのパプリカ。
 野菜多めのお弁当は見た目ばかりでなくバランスも良い。
「デザートもこちらに持ってきましたから、食後に食べて下さいね」
「2人とも美味しそうなお弁当だね。私はちょっと失敗しちゃったんだけど……」
 白那が恥ずかしそうに蓋を取ったお弁当の中身は、唐揚げ、卵焼きという定番だ。少し形が崩れていたり、端っこが焦げていたりと、2人の作ってきたものと比べるとあらが見えるが、それでも一生懸命に作ったのが分かる。
「へぇ、どれも美味しそうだね。ちょっと写真撮らせてねー」
 クマラはそう頼むと、お弁当の中身と3人を一緒にカメラに収めた。こうやって写真に撮っておけば、エオリアに今度はこんなお弁当が食べたい、とリクエストできる。
「このアスパラのベーコン巻きおいしそー。食べてもいい?」
 写真を撮るついでに、クマラはミーナのお弁当の中身をねだった。
「ええ。たくさん作ってきましたから遠慮無くどうぞ」
「わーい、いっただきまーす! キレイな弁当だねー」
 嬉しそうにおかずを摘むクマラに、淳二も自分のお弁当を出す。
「良かったらこっちも食うか?」
「食べる食べるー。こっちの唐揚げももらっていい?」
「私ので良かったら……」
 淳二のも白那のもつまむと、クマラはポケットからお菓子を出した。
「お弁当おすそ分けしてもらったお礼だよっ。あ、お菓子の袋はこっちのゴミ袋に入れてね」
 山を汚さないように、とクマラはゴミを回収してからまたお弁当巡りに戻った。
「すげー! ここの重箱何段あるのかな。1、2、3……」
 ユーリカの作ってきた大量のお弁当に感心しつつ、クマラはシャッターを切る。
「良かったら食べるの手伝って下さい。ボクたちだけでは絶対に食べ切れませんから」
 近遠が言うと、イグナも頷いた。
「ここまで運んでくるのもかなり重かったのだよ。帰りはぜひ中身を空にしていきたいものだな」
「あら、良い空気の中でのお弁当は、食も進むものですわ。多めに作らないと、せっかくのピクニックでお腹をすかせる人が出ないとも限りませんもの」
 断じてこれは作りすぎでないと思っているユーリカは反論したが、一緒に食べてくれる人がいること自体は歓迎だから、どうぞどうぞとクマラを招き入れた。
「こちらに小皿もございます。どうぞお使い下さいね」
 アルティアが取り皿を渡していると、
「あ、ここにいた」
 クマラを捜してエースがやってきた。
「羽目を外して他の人に迷惑かけたりしてないだろうな?」
「オイラ迷惑なんてかけてないよー」
 ただお弁当パラダイスを楽しんでいるだけだとクマラが言うと、近遠も頷く。
「こちらとしても食べるのを手伝ってもらえて助かります。良かったら皆さんも一緒にどうですか?」
「そうだな。じゃあ俺たちのもこっちに持ってくるか」
 色々つついた方が楽しいだろうからと、エースは他のパートナーたちを呼びにいった。
 
「さーて、お楽しみのお弁当の時間ね」
 セレンフィリティはピクニックだから自分もお弁当を作ると言ったけれど、セレアナに全力で阻止された。レトルトでも人外魔境の食べ物に化学変化させる、との評判のセレンフィリティにかかっては、お弁当も凶器になりかねない。
 だからこのお弁当は、セレアナが料理本片手に作ったものだ。セレアナも料理が得意ではないけれど、教本があればそこに書かれている通りに作ることができる分、セレンフィリティよりもずっとましだ。
「たこさんウィンナー、作ってくれた?」
「どうしても入れて欲しいって言うから、ちゃんと作ってきたわよ。形はあんまり良くないかも知れないけど」
「それ食べさせて。あーん」
 甘えて口を開けるセレンフィリティに、セレアナはやれやれと笑う。
「本当に、甘えん坊なんだから……」
 そう言いながらも、セレアナはたこさんウィンナーをセレンフィリティの口に入れてやった。
「ふふ、みんな仲良しね」
 そんなピクニックの光景に、アルメリアはぱしゃりとシャッターを切る。
 お弁当を囲んで、思い思いにくつろいでいる人々は皆楽しそうだ。
 春の景色は普通に春が来た時にも撮ることができるけれど、今日こうして楽しんでいる人との出会いは一期一会。
 皆のお弁当をつまんだり、お喋りしたりと輪に加わりながら、アルメリアは何枚も何枚もピクニックの様子をカメラに収めてゆくのだった。