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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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 ■ トリトリトリ ■
 
 
 
 尾羽を抜こうとアゾートたちが移動して行くのを見送って、ターラは灯世子に聞いた。
「で、どうやって注意を惹きつけるつもりなのかしら?」
 ヒイロドリに近づいて熱い思いをするのはごめんだけれど、注意を引くくらいなら手伝っても良いと言うターラに、ジェイクが逆に尋ねる。
「そう言うターラは何か作戦はあるのか?」
「全然」
「……あ、やっぱり何も無いのか」
 ジェイクがため息をつくと、シンディもやれやれと肩をすくめる。
「ターラはまた何も考えずに参加してるのね……攻撃喰らう可能性もあるってことを自覚してくれないと、こっちの身が持たないわ」
「ま、まぁ、変な作戦を考えられるよりはマシだろう」
 うん、きっとそうに違いない。ジェイクは自分にそう言い聞かせた。
「作戦は無いけど、何かすることがあれば手伝うわよ」
「あたしは鳥の水笛持ってきてみたんだよー」
 灯世子は縁日で売っているような水笛を、ひょろろろと吹いて見せた。
「上手に音が出せるまでに、ずいぶん練習したんだよっ」
「口笛でもいけるんじゃないかな? 鳴き声に似せた口笛で鳥に仲間が居ると思いこませるって本で読んだことがあるよ。あと、眠りの竪琴を持ってきたから、これと羽純くんのヒプノシスで眠らせたり出来るか試してみようと思うの」
 なるべく平和的にいきたいねと、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)を振り仰ぐ。
 そうだなと答えながらも、羽純の内心は歌菜とは違っている。もちろんヒイロドリに怪我などさせたくはないが、もし万が一、歌菜が危険になった場合は……どちらを優先するかなど考えるまでも無い。
「アゾートの嬢ちゃんを手伝ってやらんとな」
 パラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)はフィリップといういつもの偽名を名乗り、今回も助手2人を連れてアゾートの手伝いだ。
「……こんなこともあろうかと……ツカサ、袋……」
 表情には殆ど変化はないけれど、アイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)はどこか楽しそうに月詠 司(つくよみ・つかさ)に言う。
「……え、袋ですか?」
 パラケルススとアイリスから持たされていたおもちゃの袋を司が開けてみると、中からは鳥のきぐるみが大量に出てきた。道理で嵩張って重いと思った。
「まさかコレを着て誘き出せと……? いやいや、いくら何でもすぐバレますって! 大体、近づけないくらい熱いそうじゃないですか。無茶ですよ、無茶!」
 そんなことをやらされてはたまらないと、司は目一杯首を横に振った。
「……大丈夫……あと、コレ……」
 手持ちの中から探して唯一見つけられた耐熱装備……フレイムワンピースを差し出した。
「ツカサ、自然に目を向け、直接触れてこそ錬金術の神髄が見えるってモンだぞ。俺もガキん時そうやって色々と学んだもんだ……」
 パラケルススはかつて人として生きていた頃のことを懐かしむような目をした後、ツカサににやりと笑ってみせた。
「つーわけで、コレも修業だ。ホレ、さっさと逝って来い♪」
 師匠にそう言われ、アイリスに迷いのない目で見られ、司は遂に観念した。
「ハァ〜、分かりましたよ……では序でにファイアプロテクトもお願いしますね」
「……ん、おとうさんも……」
 偶には師匠らしいところも見せないとと、アイリスはパラケルススにも着ぐるみを着るように促した。
「って、ぇ、俺も? いやいや、俺ぁツカサみたいに物真似上手くねぇし〜」
「私だって上手くないですよ。師匠、アイくんの言うとおり、偶には師匠なら師匠らしく、ビシッと決めてくださいよッ♪」
 普段の仕返しにと、司もここぞとばかりに師匠を強調する。
 調子に乗りやがって、という目つきで司を睨んでから、パラケルススは舌打ちした。
「……しゃあねぇなァ〜。やってやるかァ」
「……オススメは、コレ……」
 アイリスは『セクシー? なメスっぽいきぐるみ』を選び出した。
「いや、アイくん……確かそれ、誘き出せるのは鳥ではなく犬の方だった気が……」
 それ以前に着ぐるみの中の人の末路が、と焦る司を横目に、パラケルススはよしっ、と早速仕返しをする。
「んじゃツカサはソレな♪ 折角アイが勧めてくれてんだ、ちゃんと着てやれよ」
「師匠〜」
 恨みがましい目をしても、司の味方をしてくれる者はいなかった。
 
「軍師としてヒイロドリの注意をひきつける任務は成功させなけばならないわ」
 諸葛亮子と名乗っている諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)は、やる気に溢れ、けれど口元には笑みを浮かべて言った。
「鳥の着ぐるみを着ることによって仲間と思いこませ、その後、更にわらわ達人間も巻き込んで遊ぶように誘導して、警戒心を解き近づくチャンスを得る、名付けて『トリ・トリ・トリ作戦』!」
「……そんなおバカな作戦、成功するはずないでしょう!」
 論外、と風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は速攻で却下した。
「わらわの作戦はチョー完璧。その成否の要は優ちゃんが鳥になりきれるかどうかよ」
 反論など何処吹く風と、亮子は作戦の説明と、どう鳥になりきるかをとくとくと優斗に言い聞かせた。
「だから無理だと言っているでしょう。そんな作戦は却下ということで、僕は超人のスキルである鳥人的肉体を活かして……あれ? 僕は……」
「優ちゃんは鳥、鳥なのよ」
「そう、僕は鳥人……ですから鳥の着ぐるみを着て……同じ鳥として……ヒイロドリと一緒に遊び、友情を築き上げなくてはならないのです……
「さすが優ちゃん、よく分かってるわ。さあこれが鳥の着ぐるみよ。よろしく頼むわね」
 洗脳完了、と亮子は小さく呟いた。
「これで優ちゃんはチョー一流の鳥になったわ」
「僕たちはどうすればいいの?」
 亮子がこっそりと優斗を洗脳したことには気づかず、ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)が尋ねる。
「優ちゃんがヒイロドリの警戒を解いてくれるから、灯世子ちゃんと一緒に近づいて、ヒイロドリと遊ぶのよ。遊びに夢中にさせれば、尾羽の数本なんて抜かれても気づかないはずよ」
「分かりました。ミアさん、灯世子さん、頑張りましょう」
 テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)も優斗が自分を見失っているとは露とも知らずはりきった。
 
 
「ヒイロドリ様に於かれましては御気の毒な事とは存知まするが、これも賢者の石の為――尾羽を頂きとうございまする」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は口上を述べると、氷術で発生させた冷気でヒイロドリ周辺を冷やした。菊と協力し、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)もヒイロドリ近くの岩を氷結させ、温度低下を狙う。
「今の季節は冬にございまする。この寒さは、本来あるべき自然の摂理」
 春の陽気の中に氷と冷気を投じ、ヒイロドリの興味を惹きつけようというのだ。
 ヒイロドリが寒さを感じているのかどうか分からないが、羽毛を膨らませたりという反応は無い。だが氷は恐らく見たことがないのだろう。日の光を反射する硬質な物体に興味を持ったのか、よく見ようとするようにそちらに踏み出した。
 途端。
 ヒイロドリは不意に飛び上がった。
 気配を消して近づいていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、ヒイロドリをくすぐったのだ。
 かなり驚いたのだろう。ヒイロドリは周囲に原因を求めるように、首だけでなく身体ごとで回り、ばさばさと翼を振る。
 注意を引くという点ではかなりな成功だが、翼を動かしたり方向を変えたり脚を踏み換えたり、と落ち着かなく動かれてしまっては尾羽抜きの者たちが待機する位置さえ決められない。
「随分な驚きぶりだな。ヒイロドリは気が小さいのであろうかの?」
「これまで触られたことなんか、ほとんどない所為じゃないかしら」
 ヒイロドリの慌てふためきぶりにグロリアーナが発した問いに答えたのは、ヒイロドリから離脱してきたローザマリアだった。
「さすがに熱いわね。周囲の温度を下げてもらったくらいでは、ヒイロドリの影に潜んでいられないわ」
 もうちょっとくすぐってみたかったのに、とローザマリアはまだ落ちつきなくうろうろしているヒイロドリを見やった。
 炎に焼かれるような熱さを感じたのだけれど、こうして離れてみればローザマリアの金髪一本ですら焦げてはいない。
 それでも、山に住む生き物はこの熱さに耐えてヒイロドリに寄ろうとはしないだろう。山の動物は本能的に炎を避けるものでもある。
 運悪く逃げ損ねた生き物と接触することはあれど、積極的に自分に触れてこようとする者の遭遇はヒイロドリにとって稀な体験ではないだろうか。
「火傷を負わせぬ炎であっても、熱ければ皆に忌避されるのは必定。孤独な鳥なのでございまするね」
 まだ驚きからさめていないヒイロドリの様子に、菊が小さく呟いた。
 
 
「このままだと尾羽が抜けない。強烈なインパクトで興味を惹く必要があるな」
 アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は俺に任せろと進み出て、今まで光学迷彩で姿を隠していたウーマ・ンボー(うーま・んぼー)を呼んだ。
「いくぜ、マンボウ。お前の見せ場だ」
「承知。いつものアレで良いのだな?」
「それ以外に何があるってんだ?」
 アキュートとウーマは互いに目を見交わし、にやりと笑い合う。
「皆の者、見るが良い。漢の十八番は、生き様そのものである」
 そうウーマが宣言すると、どこからともなく軽快な音楽が流れ出した。
 そしてウーマの発する、これがまさに生き様ボイス。
「ハァ〜〜〜ッ ウッ!」
 ウーマのかけ声を合図に、アキュートはマンボのリズムにのせた軽やかなステップを踏む。
 前に後ろに左へ右へ。
 踏み込んでは戻し、戻してはまた踏み込み、時には華麗なフルターン。
 そのステップを彩るのは、ウーマの振り鳴らすマラカスだ。
 音楽にあわせ絶妙なリズムを刻み、いやがおうにもマンボ気分を盛り上げる。
「ふむ、あれか」
 カレンが尾羽を抜きたいというので、そのフォローをしようとしていたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)だが、どうすれば良いのか全く思い浮かんではいなかった。が、アキュートとウーマのマンボを見て、これだ、とひらめく。
 ヒイロドリの前で踊れば良いのだと。
「我もまぜてもらおうぞ」
「おう、望むところだ!」
「それがしも負けてはおられぬな」
 ジュレールの参加で、アキュートとウーマも一層マンボに拍車がかかる。
 マンボなど踊ったことのないジュレールは、適当にぐねぐねと身体を動かした。マンボというより蠕動運動だが、なに、音楽にのってさえいれば無問題だろう。
 アキュートのステップが弾む。
 ジュレールがぐねぐねとうごめく。
 ウーマがマラカスをフリフリ、お尻をフリフリ。
「ハァ〜〜〜〜〜ッ ウッ!」
 ウーマが素敵ボイスでマンボを締めくくったその時には、ヒイロドリはさっきまで自分が軽いパニックに陥っていたことも忘れたかのように、赤い目を見開いて固まっていた。
 
「うまく興味を引けてるみたい。もっと畳みかけて行こっ」
 歌菜が口笛を鳴らすと、羽純も同様に口笛をヒイロドリに聞かせた。
 夢から覚めたようにヒイロドリが口笛の聞こえた方向に首を回すと、そこには着ぐるみトリトリーズたちが勢揃いしている。
「さあツカサ、精々セクシーに頼むぜ」
 面白がっているパラケルススに茶化されながらも、司はセクシーだと思われるポーズを取ってみたりと奮闘する。
「師匠もさぼらずにやってくださいよ」
「やってるだろ。見て分かんね〜のかよ」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、パラケルススも翼をばたばた動かしてみせた。
「仲間ですわよー。ヒイロドリですわよー。この華麗な姿に、悩殺されずにいられませんわよねー」
 ノートは着ぐるみではなく全身羽まみれ。必死に腕を振ると着ぐるみにはない天然の羽がひらひらと自然な揺れを演出する。……まあ、羽は自然でも見た目はかなり不自然なのだけれど。
「僕は鳥人……鳥人ユウト……クェェェーッ!」
 着ぐるみの翼をぴんと伸ばし、雄叫びを揚げる優斗の様子に、ちょっとやりすぎたかも知れないと、亮子にそこはかとない不安がよぎる。
「よし、それじゃあ私たちは二手に分かれましょう」
 どちらがより注意をひけるのか競争だと、富永 佐那(とみなが・さな)加藤 清正(かとう・きよまさ)と組んで、北条 氏康(ほうじょう・うじやす)今川 義元(いまがわ・よしもと)の組と勝負することにした。
 佐那と清正は全身に落ち葉や枝をまんべんなく貼り付け、蓑虫に扮している。
「それではただの落ち葉の塊にしか見えぬのではないか?」
 氏康の指摘に、佐那は不敵に笑ってみせた。
「私たちの作戦はここからが本番なのです。肥後の殿、よろしくお願いしますね」
「よっしゃ、佐那。いっちょ俺たちの連携、見せてやろうじゃないか!」
 2人が練り上げた、名付けて『蓑虫体操作戦』。
 ただ蓑虫になっているだけではただの路傍の石。ならば目立つ動きをして気を引けば良いのだ。
 清正は佐那を肩車すると、2人して両腕を広げた。
「トンボのポーズ!」
 続いて佐那の足を清正の膝上に置き、清正の頭をすっぽりと抜いた。
 佐那の足を清正が固定し、佐那は両腕を広げる。
「サボテンのポーズ!」
 運動会で良く見られる組み体操だ。
 ヒイロドリよりも、周囲にいる人の視線が2人に集まる。
「義弟よ、わたくしたちも負けてはいられませぬぞ!」
 これは勝負なのだからと意欲を見せる義元に、氏康は頭を抱える。
「おぉい、今川の兄者、本当にやるのか」
「勿論ですぞ。いざ、出陣!」
 金銀派手な衣装に赤い蝶ネクタイという目に優しくないお揃いの衣装をつけた義元と氏康は、ヒイロドリの前にずいと進み出た。
 彼等の作戦は、『掛け合い漫談』だ。
 まずはボケ役の義元がのんびりと話し出す。
「いやぁ、今日は本当に暖かいのぅ〜」
「そうじゃのう、兄者」
「これはまるで我らの領国、駿河と相模のようだな」
 義元のボケに、氏康はすかさずツッコミを入れる。
「それは相駿だっちゅーに!」
 相駿と早春をかけた渾身のギャグだったのだけれど。
 春の暖かさなのにも関わらず、ブリザードが吹き荒れるような感覚がするのは何故だろう。
「……何だか、滅茶苦茶寒い気がするのだが」
 こっそりと小声で言う氏康を、義元は案ずるなと力づけた。
「……これこそ、すべって寒いと思わせて注意を引く作戦。何も問題はないですぞ」
 ヒイロドリが人語を解するのかどうかは不明……というより、人語を解する他の生徒たちがきょとんとしている。
「これは……おあとが宜しく無いようで」
 氏康は場の寒さに耐えきれず、義元を引っ張って退場していった。
 
「漫談はとかくとして、着ぐるみには興味もってるみたいかなっ。このまま惹きつけておけば、尾羽抜く人も動けるかも」
 もう少しの間がんばって、と灯世子ぴーひょろろろと笛を吹く。
「優ちゃんもがんばっているようね」
 亮子は鳥着ぐるみ姿の優斗に満足そうに目をやった。すっかり鳥気分になっているから、優斗は何の構えもなく自然体でヒイロドリの近くにいる。自分ながらなんという完璧な作戦だと亮子は悦に入った。
「優斗お兄ちゃんがヒイロドリへの警戒を解いてくれてるから、もう少し近づいてみようよ」
「そうですね。そろそろ大丈夫そうです。灯世子さん行きましょう」
 ミアとテレサは灯世子を誘って、作戦通り優斗の仲立ちでヒイロドリと友だちになろうとした……が。
 近づいてくる3人を見た優斗の目がきらりと光った。
(俺は鳥人……ヒイロドリの友……不審な奴は排除です!)
 なりきり過ぎてしまっている優斗にとっては、ヒイロドリに近づこうとする不審な人物を許してはおけない。
「キェェェェェーっ!」
「ひょわぁーっ?」
 まさか優斗にタックルをかけられるとは夢にも思っていなかった灯世子は、不意を突かれてまともにひっくり返った。
「……って、あれ? 僕は一体何を?」
 灯世子とぶつかった衝撃で正気に返った優斗は、目をしばたく。と、怖い顔をしたテレサとまともに視線が合った。
「……優斗さん、灯世子さんを襲うだなんて破廉恥なまねをして……覚悟はできていますよね?」
「は、はれんち……?」
「優斗お兄ちゃん、灯世子ちゃんを押し倒すなんて血迷ってるの? 遺言があれば聞くよ?」
 押し倒すなら灯世子でなく自分であるべきだろうと、ミアも睨む。
「へ? あれ? わあっ」
 優斗は倒れている灯世子の上から飛び上がって退いた。
「……いや、あの、テレサ、ミア、違うんです。僕は別に灯世子さんを襲って押し倒そうなんて思っていたわけではなくて……気が付いたらこうなっていただけで……いや、ですから……あの〜その〜……」
 申し開きしようにも、優斗自身何故自分がここにいて、こうなっているのかさっぱり分からないときている。当然、そんなしどろもどろの言い訳が通用するはずもなく。
「ま、待って……話せば分かる……かも知れないですから! ぎゃあああっ」
テレサの光条兵器とミアとそのペットたちに袋叩きにされる優斗から、風祭 隼人(かざまつり・はやと)はそっと視線を外す。
「……俺には何も見えないな。うん、何も聞こえないし、何も知らない」
 関わり合いになるまいと、隼人は尾羽抜きをするアゾートの手伝いの方へと回った。
 
 
 鳥の着ぐるみが仲間に見えるかどうかは甚だ怪しいところだが、ヒイロドリの優しい、けれどどこか哀しげな赤い瞳は、着ぐるみたちに釘付けになっていた。
「歌菜、あまり前に出すぎるなよ」
「あ、うん。気を付ける」
 ヒイロドリの様子を熱心に見ていた歌菜は、羽純の指摘に少し後ろに下がった。
「できればヒイロドリが眠ってくれるといいんだけど……」
 ヒイロドリにとっても抜く側にとっても、眠っているうちに事が終わるのが一番楽なはずだ。歌菜は眠りの竪琴を奏で、ヒイロドリを眠りに誘う。羽純もヒイロドリに催眠術を施して歌菜のフォローをする。
 柚木貴瀬も眠ってくれるといいとの期待を込めて、ヒプノシスをかけた。
「ほん少し、お眠り……ね?」
 祈るような気持ちだったけれど、ヒイロドリはまったく眠る様子は無かった。
「眠ることのない鳥なのかも知れないね」
 ふとかけられた声に振り向いた尋人が、黒崎、と呼びかける。山の入り口で別れたきり、どこに行ったものやらずっと姿を見せなかった黒崎天音だ。
 これを、と天音が見せたデジタルビデオには崖の岩肌が映っていた。
 草木もほとんどない岩だらけの崖。そのわずかにせり出した部分にヒイロドリがじっとしている。
 風があるのか、ヒイロドリの炎が軽く靡いていた。
「たぶんここが巣だと思うよ」
「え、でもここ何もないですよ」
 歌菜は画面に目を凝らしてみたが、ヒイロドリの足下にあるのは岩だけで草や枝で編まれた巣はない。
「そう。こんなところではゆっくり眠ることも出来ないだろうね。他に眠るための巣があるのかどうかまでは分からなかったけど、もしかしてヒイロドリは眠ることを知らない生き物なのかも知れない」
 休息を終えたのか、ヒイロドリは炎の翼で羽ばたいて飛んでいった。その姿をしばし捉えたあと、映像は終わった。
「眠らせられないなら、痺れさせるしかないかな」
 ヒイロドリの動きを阻害できれば、尾羽を抜くのも抜いたあと逃げるのも容易になる。歌菜は眠らせるのを諦め、ヒイロドリへと身体の動きが鈍くなる毒粉を撒いた。
「俺たちはどうする?」
 瀬伊に聞かれ、貴瀬はそうだなぁとヴァイオリンを取り出す。
「せいぜい興味を惹くことにしようか。郁、歌ってくれる?」
「うん、いく、とりさんにおうたをうたってあげるー」
 郁の幼い歌声にあわせ、貴瀬はヒイロドリに向けてヴァイオリンを弾くのだった。