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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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 ■ それぞれのピクニック ■
 
 
 
「きゅうりはこれくらいで足りますか?」
「うん、十分だよ。お手伝いありがとう……ってか、ミツバの方がこういうこと上手だねー」
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)は感心してミツバ・グリーンヒル(みつば・ぐりーんひる)が切った材料を眺めた。
 ミツバが手伝ってくれるというので、きゅうりやトマト等のスライスを頼んだのだが、どれも薄く均等に揃っている。
 のぞみたちは寮住まいで食堂を利用しているから、普段は料理をすることはない。
 けれど今日はピクニック。やっぱりお弁当は作ってもっていきたい。
 それに、今日のピクニックは少しだけ特別でもあった。
 のぞみと沢渡 真言(さわたり・まこと)のパートナーのうち、女子だけを誘ってのお出かけ。いわば女子会ピクニックだ。
「女子だけの集まりなら、ミツバも大丈夫だもんね」
 のぞみはそう言いながらミツバに手伝ってもらって準備したオープンサンドの材料を、バスケットに詰め込んだ。
「よーし、お弁当出来上がりー、っと」
「こちらも用意できましたわ」
 讃岐 赫映(さぬき・かぐや)は漆塗りの一段重箱を風呂敷で丁寧に包んだものを抱えた。
 
 真言はのぞみの幼馴染みであり、また執事でもある。だから2人はパラミタで行動を共にすることも多い。けれど、互いのパートナー同士がきちんと顔合わせをしたことは無かった。
 だから冬でもピクニックが出来る山の話を聞いて、これを機会にパートナーの女子会を開いてみようと思い立ったのだ。
「では先ず自己紹介といきましょうか」
 真言に促され、淡いピンクのウェーブの髪に赤い瞳のティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)が一番に口を開く。
「わたくしはのぞみ様のことも、ミツバ様、赫映様のこともよく存じていますけれど、改めてご挨拶させていただきますわね。ティティナですわ。どうぞよろしくお願い致しますわね」
 少し人見知りするティティナだけれど、今日ピクニックに来ているのはよく知った人ばかりだから平気だ。
 ティティナに続いて、月・来香(ゆえ・らいしゃん)も自己紹介する。
「私はのぞみちゃん以外と会うのは初めてですね。月来香です。普段あまり出歩くことがないので、皆さんとお話しできるこういった催しはとっても歓迎です。楽しい時間となるといいですね」
 花妖精である月は、先のふんわりしたストレートの髪に月下香の白い花を咲かせている。のんびり微笑んでいる姿は穏やかで、真言も含めてパートナーたちの姉代わりとなっているのも、何でも受け止めてくれそうな月の雰囲気による所も大きいのだろう。
 その月に視線で促され、グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)はもじもじと身体を揺らした。グランはのぞみのことは知っているけれど、ミツバは顔を知っているだけで話したことはない。赫映のこともあまり知らないから、仲良くできるかどうかかなり不安だ。それでも勇気を出して、
「…………お名前、グラン。……」
 とだけ言うと、大急ぎで真言の後ろに隠れた。
「私も自己紹介しておきましょう。沢渡真言です……と改めて名乗ると、なんだか照れてしまいますね」
 一応これもけじめだろうからと名乗った後、真言は少し笑った。
 真言側の紹介が終わると、今度はのぞみ側だ。
「ミツバ、です。あ、ミツバ・グリーンヒルです。おやつと……苺が好きです」
 知っている顔が多いけれど、自己紹介となるとやっぱり緊張する。無事名乗り終えると、ミツバは安心してほわっとした笑顔になった。
「讃岐赫映です。のぞみはわたくしが大図書室に住んでいるんじゃないかと言うのですけれど、そうね、もしわたくしを捜すことがあるなら、大図書室に来ていただければ早いとは思いますわ」
 読書が趣味で、時間さえあれば大図書室に入り浸っている赫映はそう言って、ちょっといたずらっぽく笑った。
「最後はあたしね。三笠のぞみ、おやつも本も好きー。ふたり共々よろしくねっ」
 のぞみは皆を知っているけれど、顔合わせの礼儀として自分も名乗ると、始めよっか、とお弁当を持ち上げて見せた。
「ではシートを敷きますね。グランちゃん、手伝ってもらえます?」
 月はグランと一緒に用意してきたシートを敷き、水筒に入れてきたお茶を配る。
 のぞみがミツバに手伝ってもらって作ったお弁当は、オープンサンドだ。
 イギリスパン、ライ麦パン、チーズ、ハム、スモークサーモン、トマト、きゅうり、ゆで卵、オリーブのスライス、ちぎったレタス。それにバター、タルタルソース、クリームチーズも用意してきた。材料を持ってきただけ、と見えるけれど、実はタルタルソースは自家製の自信作だったりする。
「好きに載せて食べてね!」
 お気に召すまま、アズユーライク。
 真言が作ってきたお弁当は、みんなが食べられるように、鮭、梅、昆布の定番おにぎりに、唐揚げ、卵焼きにたこさんウィンナー。フライドポテトに漬け物に、トマトとキュウリを爪楊枝で刺した簡単サラダ。
 それを思い思いに食べながら、他愛ないお喋りに花を咲かせる。
 緊張も人見知りも、知っている人が間に入ってくれることによって、自然とほぐれてゆく。
「ミツバ様、おやつがお好きならぜひこちらをどうぞ。メインはお姉様に任せてしまいましたけれど、その分、デザートに腕をふるいましたのよ」
 ティティナが作ってきたのは、小さなカップにいれたベリー系がのったムースケーキとプチシュークリーム。女子会なのだから、デザートは必須だからとはりきって作ってきたものだ。
「おいしそうー。いただきます」
 ミツバは嬉しそうにムースケーキを食べると、とろけそうな笑顔になった。
「わたくしのもよろしければ……」
 赫映が開いた重箱には、うさぎリンゴが整然と並んでいる。うさぎリンゴがツボにはまってしまった赫映が、見た目のインパクトも狙って詰めてきたものだ。
「うさぎのリンゴ……」
 重箱にびっしり並んだうさぎリンゴにのまれているグランに、ミツバは食べますか、と爪楊枝に刺して差し出した。ミツバはちいさな子と一緒になるのは珍しいので、ちょっと世話を焼いてみたくなったのだ。
「あ……りがとう……」
「リンゴはお好きですか? たくさん剥いてきましたから、遠慮無く食べてくださいね」
 グランに微笑むと、赫映は他の皆にもリンゴをすすめた。
 おにぎりとサンドイッチ、デザートとフルーツ、水筒から注がれるお茶。
 女の子同士の気が置けない話。
 ぽかぽか山での女子会の時間は穏やかに流れてゆくのだった――。
 
 
 
「ヒイロドリがいるくらいだから、ここなら久しぶりにあの子と遊んであげられるかな」
 春の気候の山を楽しんでいたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は、そっとニーベルンリングに触れた。指輪にはめ込まれている緋色のクリスタルには炎が封じられているが、触れても不思議と熱くはない。
 そのまま魔力を集中して、フレデリカはフェニックスを召喚した。
 ヒイロドリと同じ大きさに、と願って喚び出したのだけれど、現れたのはいつもと同じ大きさのフェニックスだった。
 炎を纏った鳥は優雅にして美しい。
「ヴィーちゃん、こんにちは」
 フレデリカはヴィゾフニルと名付けたフェニックスに呼びかけた。
「いつも大変な思いをさせちゃっててごめんね」
 炎への耐性を高めた上で頭を撫でてやろうとしたけれど、フェニックスの纏う炎の為にままならない。
 けれど、召喚者であるフレデリカの感情を読み取り、フェニックスは喉を逸らした。
 自らを喚んだ者に大切に思ってもらえることは、フェニックスにとっても嬉しいことなのだろう。
 そしてまた、フェニックスが喜んでくれることが、フレデリカの喜びでもある。
「ふふっ、普段はこんなことしてられないものね。今日は一緒に遊びましょ」
 もしかしたら遊んでいるうちに、ヒイロドリがフェニックスを仲間だと思って出てきてくれるかも知れないし、とフレデリカはヴィゾフニルを大空へと羽ばたかせる。
 その美しさに見とれた後、フレデリカも空飛ぶ魔法でヴィゾフニルの隣へと舞い上がり、一緒に空の散歩を楽しむのだった。
 
 
 
 どんな力がこの山に働いているのだろう。
 山はどこもかも暖かい。
「この季節にピクニック出来るんだから、かなりの熱量だよね」
 普通に湧いている温泉でなくとも、この熱で温められた泉があるのではないかと、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)と共に、温泉を探して歩いた。
「ここに小川が流れてるから、多分こっちの方……かな」
 水の流れを頼りに水脈のあたりをつけると、北都は超感覚を使って、水や温泉の臭いや音を感じ取ろうとする。
 そんな北都に害が及ばぬようにと、クナイは周囲に警戒しつつ進んで行った。
 超感覚を頼りに山を彷徨うことしばし。
 北都は木々の向こうを指さした。
「あそこ……湯気が出てる。行ってみよう」
「ああ北都、危険ですから私が先に参ります」
 湯の温度がちょうどいいとは限らない。熱湯でも噴き出してきたら危険だからと、クナイは防御を固めると湯気の出ている周辺の様子を確かめた。
 湧き出た泉が温められたものなのだろう。2人が入るには少し狭めだけれど、お湯の温度は丁度良く、危険なものも無さそうだ。
「これなら大丈夫そうですね」
「じゃあ入ろうか」
 もし温泉があったら是非入ろうと思っていたから、服の下にはあらかじめ水着をつけてきている。北都とクナイは手早く服を脱ぐと、ほんわりと湯気のあがった温泉に浸かった。
 湯につかると、自然と口から息が漏れる。癖のない気持ちの良い湯だ。
 温泉に半身浸かったままで、北都とクナイはピクニック用に持ってきたお弁当を広げ、仲良くつまんだ。
 淡く立ちのぼる湯気ごしに見えるのは、山の緑と花々の色。
「景色もいいし、温泉気持ち良いし最高だねぇ」
「ええ、本当に」
 北都と天然の温泉に入っているのだから、クナイの気分も勿論最高だ。
「あー、牛乳持ってくればよかったかも。風呂上がりにはつきものだよね」
 残念がる北都に、ピクニックに牛乳ですかとクナイは笑う。
「私は牛乳よりも甘いデザートをいただきたいですね」
「デザート?」
「ええ」
 そう言ってクナイは北都の口唇をついばんだ。
「ほら、甘い……」
「クナイ……」
 こんなところで、と北都は落ち着かない視線を周囲に揺らす。他の誰の目もないけれど、それでもこの山に沢山の人が来ているのは確かなのだから。
 触れるだけの口付けから、より深く。けれど、戸外だからクナイもそれ以上はしない。
「北都、顔が赤いのは上せたせいではありませんよね」
「あんまり恥ずかしいこと言わないでね……他の人が来たとき、誤魔化しきれなくなっちゃうから」
「では続きは帰ってからにしましょうか」
「うん……」
 一層赤くなった北都はクナイの顔を見ていられなくなって、冬の日差しを反射する水面の輝きに目を落とした。
 
 
 
 冬なのに暖かい山があると聞いてきた十五夜 紫苑(じゅうごや・しおん)がピクニックに行きたいと言い出したので、樹月 刀真(きづき・とうま)はパートナーたちを誘って山にやってきた。
 お弁当や山では必要のない上着は封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の連れている白虎に預け、身軽に山歩きを楽しむ。
「とーまと月ねーちゃんと白おねえちゃんとピクニック!」
 紫苑は嬉しくてたまらない様子で皆の間をぐるぐる回ってはしゃいでいる。
「紫苑は私のことはねーちゃんで白花のことはおねえちゃんと呼ぶけど、その微妙な差は何?」
 気になっていたことを聞いてみた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に、紫苑はあっけらかんと答えた。
「白おねえちゃんの方がおっぱい大きいし、優しいもん!」
 その差が呼び方に表れているのだと言う紫苑に、月夜はイイ笑顔を向け……紫苑の両頬をむにーっと引っ張った。
「私の方が優しくて胸が小さい?」
「ってイターッ! ねーちゃんイタイよ!」
 じたばたと紫苑は手を振り回すが、月夜は笑顔のまま頬を引っ張り続ける。
「月夜さんやめて下さい、紫苑さんの頬が伸びてしまいます!」
 紫苑の叫びに慌てた白花の肩から飛んだ蒼い鳥が、つんつんと月夜をつついた。
 仕方なく手を離した月夜に、どうしたんですかと白花が聞く。
「だって紫苑が私の方が胸が小さいと言うから……」
 答えながら月夜はじっと白花の胸に目をやった。
 確かに大きい。それに……。
「手触りも良い」
「月夜さん! 何で私の胸を触るんですか〜」
「これがねーちゃんとおねえちゃんの差?」
 白花の胸を確認する月夜を紫苑が励ます。
「大丈夫だ! とーまはおっぱいの大きさとか気にしないぞ! だから抱きつけ! そうしたらとーまの心があったかくなるから!」
 フォローになっていない言葉に月夜がまた頬に手を伸ばすと、紫苑は急いで両手で頬を隠してゴメンナサイと謝ったのだった。
 
 見晴らしの良い所まで来ると、刀真は持ってきたバスケットを開けて、白虎にもご苦労さまと弁当を分けてやった。
 弁当の中身は、おにぎりに卵焼き、鶏の唐揚げとマカロニサラダやプチトマト。刀真と白花が作ったものだ。
「おにぎりも卵焼きも美味しい!」
 紫苑は両手でおにぎりを持って、大きな口でかぶりついている。
「刀真あーん」
 月夜は鶏の唐揚げを刀真の口元に差し出した。
 この前の学食のお披露目会の時、最初に月夜たちに食べさせなかったことをまだ意識しているのだろうかと思いつつ、刀真は素直に口を開けた。
「ん、美味しい」
 自分が作った弁当だけれど、人に食べさせてもらうとどこか違う気がする。
 お返しに、と刀真は卵焼きを差し出し、月夜はそれを嬉しそうにあーんと受けた。
 それをじっと見ている紫苑に、白花はサラダをフォークに取って近づける。
「はい紫苑さん、あーんして下さい」
「サラダはいらない! 鶏の唐揚げもっと頂戴」
「さっきから野菜を全然食べてませんよね。はい、あーん」
 白花に促され、紫苑は唸る。
「む〜……あーん」
 サラダはあまり食べたくないけれど、これで刀真とお揃いだと、紫苑は白花があーんしてくれたサラダをもしゃもしゃと食べるのだった。
 
 お弁当の後、白花を枕に昼寝をして、刀真たちは山を下りた。
 山を出ればそこは冬。
 手を握ってねだるように見つめてくる月夜の視線に応えて、刀真はその手をコートのポケットに入れる。そしてもう片方の手で手袋をはめようとしていた白花の手を握って反対側のポケットに入れた。背中にはおぶさっている紫苑の温もり。
 その温かさに、大切な人が傍で寄り添っている安心感を得ながら刀真は家へと帰って行くのだった。