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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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 ■ 餌付けと交渉 ■
 
 
 
 しばらくは警戒と興味を露わにしていたヒイロドリだが、生徒たちはこちらを見てくるだけで特に何も動きがない。
 次第に警戒も興味も薄れ、生徒たちに据えていた視線もやや緩む。
 もうこの場から去って巡回を続けようかとはかるように空を見上げたり、また視線を戻したり、と首を動かしはじめたヒイロドリに、ルイは持参してきたイワシなどの魚類を出してみせた。
 手に載せて差し出してみると、ヒイロドリはじりっと下がった。
「こっちはどうかな……」
 翠はお弁当のふたに、鶏の唐揚げ、サラダのレタス、おにぎりと卵焼きを載せて、恐る恐るヒイロドリに差し出した。
「相手が鳥なんだから、鳥の肉や卵はまずいんじゃないか?」
 勇刃はツナマヨのサンドイッチとグラタンを押しやってみる。
 そのどれに対しても、ヒイロドリは何だろうというように目をやっただけですぐに興味を失った。
「あたしは貝を持ってきてみたんだけど、どうかな?」
「……これも……」
 貝を持っていこうとする七瀬歩に、プリムが未憂の作ってきたお弁当の具材やデザートのお菓子を渡した。
「あゆむん、これもあげてみるー? あたしだったら甘いもののほうがいいけどねー」
 何を食べるのかが全く分からないヒイロドリだから、とりあえず考えついたものを試してみようと、リンが渡したのはリュウノツメだ。
 歩は幸せの歌を歌ってそれらの食べ物を差し出してみたけれど、こちらにもヒイロドリははかばかしい反応を見せてはくれなかった。
 警戒しているからというのではなく、それが食べ物なのだという感覚が無い様子だ。
「魚、貝、鶏肉、卵……肉食ではないのでしょうかね。料理や菓子は食べたことがないものだから、口をつけないのかも知れません」
 ヒイロドリを観察してルイが言う。
「豆とかナッツはどうかなぁ。山に住む鳥が普段食べていそうかなって思ったんだけど」
 山に普通にありそうで鳥の好むものをと考えて、久世沙幸はナッツ類を小皿に少量入れてみた。
「木の実とかは良さそうだよね。あと、柿の実とか好きな鳥は多いみたいだよ。ボクたちもこの時季に森にある果物とか種とかををイルミンスールの森で採ってきてみたんだけど……ヒイロドリがいると寒くならないみたいだから、こういうの食べたことあるかどうかは微妙だけどねっ」
 赤城花音は、大量に運んできた果物や種を下ろす作業に入っているリュートの横に寄る。
「兄さん、しっかりね♪」
「はい。ヒイロドリの尾羽は賢者の石を創るのにどうしても必要なものだそうですからね」
「そうじゃなくて。ボクが見逃すとでも思う? なるほどね〜♪ リンネちゃんのこともあったけど、新たな出会いが縁として実るように、今はしっかりとお互いの面識を深めることが大事だもんね!」
「花音は……ボクの心の死角を的確についてきますね」
 声を潜めて肘で突いてくる花音に、リュートが思わず苦笑すると、申 公豹(しん・こうひょう)も興味を持った様子で、ほうと呟く。
「童も面白いことになりそうなのですね。ワクワクしますよ」
「い、いえ……確かに心惹かれるものはありますが……まだ……気持ちを伝えるには早いでしょう。少しずつ……絆を深めていきたく思います」
「まだ伝える意思がないとは面白くありませんね。段取りが必要とは面倒なことです」
 けれどそれも観察の楽しみになるかと、公豹は花音に冷やかされているリュートを見やった。
 ナッツ類、果物、種をヒイロドリの近くに置くと、皆は一旦下がって様子を窺う。
 ヒイロドリはそれらを見て、ちょっと首を傾げるような仕草をした。
「食べていいんだよー。食べて食べてー」
 灯世子がごはんを箸でかき込んでいるような動作でヒイロドリに呼びかける。まさか鳥がそんな食事の仕方をするはずはないので、それが食べることを意味しているのは伝わりそうもない。
「こうやって、ぱくっと……」
 歩は沙幸が持っていた残りのナッツを口に入れ、食べるふりをしてみせた。
 ヒイロドリはまた首を傾げると……。
「あ、食べた!」
 ナッツをくちばしでついばんだヒイロドリに、沙幸が嬉しそうに笑う。
 数粒ナッツを食べると、ヒイロドリは今度は花音の置いた果物をつつき、再び生徒たちの方を見た。
「どんどん食べていいんだよー」
 相変わらずごはんをかきこむ仕草で灯世子が呼びかけるが、ヒイロドリはそれ以上口はつけなかった。お腹がすいているから食べたというより、こうするのかと確かめただけのようだ。
 ヒイロドリが食べてくれた為、生徒たちの間にほっとした空気が流れる。ゆるんだ緊張に、ヒイロドリも生徒たちが害意を持っていないことを感じたらしい。
 餌付けというほどではないが、最初のぴりぴりした警戒を解くことには成功したようだ。
「もう写真を撮っても平気かしら?」
 ヒイロドリを目当てに来たのだから写真に収めたい。アルメリアはヒイロドリの様子を確かめながらカメラを構えてみた。
 特に嫌がる気配はない、と見てシャッターを切る。
「炎の感じが上手く撮れているといいんだけど……」
 アルメリアの隣で、柚木貴瀬もヒイロドリを撮った。
「とりさんのおしゃしん?」
「そうだよ、郁。こんな生き物、もう見られないかも知れないからね」
 郁に答える貴瀬を、アルメリアはヒイロドリをバックにパシャリと1枚。ヒイロドリも良いけれど、やっぱりそれを巡る人の写真の方が面白い。
 カメラを向けられても知らん顔している程度にはうち解けたヒイロドリだったけれど、近づこうとすると途端に警戒を見せた。
「ブラッシングは無理かなぁ」
 もっと仲良くなりたいのだけれど、触れられるようになるまでにはもっと時間が必要となりそうだ。
「よし、ここからは交渉だな」
 ヒイロドリとの関係は悪くないとみて、アキラはアヒル園長をよろしくとヒイロドリに向けた。
 が、アヒル園長はヒイロドリよりもその前にある餌に気を取られて、そちらに行こうとばたばたしている。
「やっぱりダメかぁ」
「パラミタペンギンはどうでしょう」
 コトノハも自分の連れてきたペンギンに交渉させようと試みたけれど、ペンギンはヒイロドリの熱さを嫌がって離れようと必死に暴れるばかりだ。ペットには頼れそうもないので、コトノハは直接聞いてみた。
「尾羽を頂けますか?」
「ヒイロドリ! オメーの尾羽がどーしても必要なんだ! ワリーけんど1本……じゃねーか、4本だけ分けてくんねーか?」
 アキラも自分で呼びかけてみた。
 けれど、ヒイロドリは何の反応も示さない。
「ただくれと言ってもヒイロドリも承諾しないだろうな」
 交渉しているのを眺め、佐野 和輝(さの・かずき)はひとりごちた。
 重なっている為にヒイロドリの尾羽は数えられないが、多くの鳥の尾羽は12枚程度。飛行の安定や減速、方向転換の為に大切な尾羽の3分の1を抜きたいと言われても、ヒイロドリも困るだろう。
「でもこれも、アゾートの賢者の石創りに巻き込まれついでだよね〜」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が悪気無く言った。和輝も今までアゾートの行動に協力したり巻き込まれたりして関わってきたから、賢者の石の完成まで協力をしてみるつもりでいる。
「ルナ、頼めるか?」
「いいですよぉ〜」
 和輝に頼まれたルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)は快く頷いて、和輝の肩にちょこんと乗った。
「尾羽が欲しいのはあくまでこちらの都合だ。なるべく穏便に済ませておきたい」
「どうしても無理なら、強硬手段もやむを得ないけどね」
 そのための準備も一応してきたからと、アニスは水を入れたペットボトルを振ってみせた。
「わかってるですよぉ〜。動物さんを苛めるのは良くないのですよぉ〜。そうならないように交渉してみるですぅ〜」
 和輝を足代わり兼護衛として、ルナはヒイロドリに話しかけた。
「貴方の尾羽を、少しいただけないですかぁ〜。代わりに、もし居住場所を求めているなら、自然がたくさんあるところを紹介するですよぉ〜。食べ物とかだったら、私が知ってる秘密の自然果樹園を教えるですよぉ〜」
 けれどやはり言葉が通じた様子は無い。ヒイロドリは動くルナの口元にちらりと目をやったのみで、すぐに興味を失った。
「やっぱり鳥さん語はわからないですぅ〜」
「まあ、そうだろうな」
 通じなかったと肩を落とすルナを和輝はご苦労様とねぎらった。
 
 交渉しようにも言葉は通じず、通じたとしてもヒイロドリが尾羽を抜くことを受け入れるような要素は無い。
 これ以上はどうしようもないと、アキラは
「あとは任せた!」
 と交渉を断念した。
「こっそり後ろに回り込んで抜くしかなさそうだね」
 アゾートは覚悟を決めると、ヒイロドリに気づかれぬように大きく迂回してその背後を目指した。