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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、元学友の黒崎 天音(くろさき・あまね)を誘って、薔薇の学舎で開かれる予定のクリスマスパーティーの買い出しに来ていた。
 天音は元々、尋人と同じ薔薇の学舎の生徒であったのだが、今はいろいろあってシャンバラ教導団に身を置いている。しかし、線の細い天音が国軍に籍を置いているというのが、尋人は心配でならない。
「教導団って訓練ばかりという印象だけど……黒崎はあまり無理をしないで、大怪我しないでね」
「心配してくれてありがとう……まあ、その辺はブルーズが目を光らせているから」
 買い物をしていてもついつい、天音のことを心配してばかりな尋人に、天音は自分のパートナーのことを思い出しながら答える。
 ついでにそのオカンぶりも思いだし、思わず口元には苦笑が浮かんだ。
「それもそうか」
 尋人もまた、彼の正確を思い出して納得する。
「それより鬼院こそ、乗馬でまた薔薇の植え込みに突っ込んだり、珍しい動物に夢中になって怪我したりしないようにね?」
「う……」
「この間だって……」
 二人は他愛も無い話を続けながら、市でパーティーに必要なものを買いそろえる。
 お菓子に飾りつけ、招待状用のカード、買わなければならない物はたくさんある。
 しかし、尋人にはもう一つ、どうしても買わなければならない物があった。それは、天音へのクリスマスプレゼント。
 一緒に居る今買うわけには行かないけれど、天音の長い髪を留めるための髪留めを贈ろうということは決めている。
 今日は、天音がどんな髪留めをしているのか、しっかり観察するつもりだった。
 買い物もおろそかにはできないけれど、ついつい、尋人の視線は天音の髪留めと、それが留めている豊かな髪に注がれてしまう。
「少し疲れたね……静かなところで、少し休もうか」
「あ、ああ、そうしよう」
 いつの間にか一通りの買い物は済んでいて、二人の手には結構な量の荷物があった。
 足を止めた天音の提案に従って、二人はゆっくりと公園西側の静かなエリアに移動する。
 尋人はまだ、天音へのプレゼントを決めかねていた。
 今日の天音の髪飾りは、臙脂色のリボン。ベルベットだろうか、光沢は無いが上質な艶がある。
 天音の一歩後ろから、じっとそれを見つめる。
 右、左、右、左。天音の歩みに合わせてゆらゆらと揺れる尻尾は、穏やかな光沢を持ち、絡むこと無くさらさらと彼の背中で踊っている。
――何が似合うかな……
 そう考えているはずなのに、思考は全く働いていない。
 ただ、右、左、右、左……
 綺麗な髪だ。
 さぞ、触れたら心地よいのだろう。柔らかそうで、しなやかそうで。
 触れてみたい、という欲望が、尋人の頭にむくむくと満ちていく。
 触れたら、変に思われないだろうか。
 髪に触れるくらいは、構わないだろうか。
 あのリボンを解いて、髪を下ろした姿を見たい。
 もっと――近くで――
「鬼院?」
 天音の声にふと我に返ると、至近距離に彼の顔があった。
 うわぁと間抜けに叫んで、数歩後ずさる。
 天音の髪を捕まえようとしていた手が、中途半端に宙に浮いた。
「……猫じゃらしみたいな効果があるとは思わなかったよ。それとも……触ってみたいのかい?」
 自分の長い髪を肩越しに引き出して手櫛で梳きながら、天音は悪戯っぽく笑う。
 いいよ? と誘うように微笑まれては、尋人にあらがうことなどできない。
 ふらふらと誘われるまま、吸い込まれる様にその、深い黒を宿す髪に手を伸ばす。
 何かとても大切な物に触れるかのように、そおっと手のひらの上に乗せてみる。
 思った通りそれはしっとりとしていて、艶やかで、柔らかくて、良い匂いがした。
 指に絡めるようにして梳ると、まるでどこにも引っかかること無くするりと指の間をすり抜けていく。
 その感触が心地よくて、尋人は何度も何度も、指の先に天音の髪を遊ばせた。
 はじめは毛先だけで満足していた指先は、しかし少しずつ貪欲に、もっともっととその心地よい感触を求める。
 天音も止めない物だから、尋人の指先は徐々に大胆さを増していく。
 結び目の近くを指先で撫ぜ、柔らかな手触りのリボンをしゅるりと解いた。リボンの下には細いゴムがあったけれど、それも指を掛けて解いてしまう。
 はらり、と、いつもは固く結ばれている天音の髪が背中に広がった。
 ああ、と尋人の口からため息が漏れる。
「ずっと……こうしたいと思ってた……」
 尋人はそっと、天音の髪の一房を指先に取る。
 そして恭しく、その黒髪に唇を寄せた。騎士が淑女の手の甲に触れるように。
「黒崎のこと……ずっと、守りたい。守れる強さを持ちたい」
 さながらそれは、誓いの口づけ。
 色素の薄い瞳が、深い緑色の瞳を正面からじっと見つめる。
 息が詰まるような沈黙。
「……そんなに見つめていたら、僕の顔に穴が開くよ」
 それを破ったのは、天音のヘッドバッドだった。
 ムードも何もかもぶちこわして突然額を貫いた強烈な一撃に、尋人の目がいろいろな意味で潤む。
 危うくその場でうずくまって泣き出しそうになった、その時。
 今度はこつん、と優しく額が合わせられる。
 吐息さえ感じられそうな至近距離に、天音の顔がある。尋人は目が回りそうだ。
「ありがとう、鬼院」
 真意の読めない笑みを浮かべ、天音が笑う。
「……メリークリスマス」


■■■

 
 神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は、公園西側でぼんやりとベンチに座っていた。
 パートナーがどうやら、自分の誕生日プレゼントを買ってくれているらしい。何となく気を遣って、別行動をしていた。
 と、そこへ。
 天音のパートナーであるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、ふらりと現れた。
「すまない……我のパートナーを見なかっただろうか」
 暇そう、と言ってはいささか失礼だが、何をしている風でも無い紫翠に、ブルーズははぐれてしまった自分のパートナーの特徴を告げる。ここを通ったのなら、見ていただろうから。
 しかし、紫翠は申し訳なさそうに首を振る。
「すみませんが、仰るような方は見ておりません」
「そうか……」
 そう言って肩を落としたブルーズは、軽く会釈すると紫翠の隣に腰を下ろした。
「お疲れですか?」
「ああ、少しだけな」
 やれやれとため息を吐くブルーズに、紫翠はクスリと笑うと、
「暖かい物でも、飲みに行きましょうか。途中で探し人も見つかるかもしれない」
と誘った。
 ブルーズは、それもそうだと腰を上げる。

 その頃、紫翠のパートナー、シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は、クリスマス市でパートナーへ贈るプレゼントを探していた。
「やべぇ、あいつの誕生日忘れてたぜ……」
 良いのがあるかな、と思いながら市を見て回る。
 アクセサリーがよかろう、とは思っているのだが、ピンと来る物はなかなか無い。
 いつも身につけておける物と言えば、指輪か、ピアスか。
 少しずつ探すターゲットを絞って行く。
 結局、紫翠の瞳の色に合わせた、深い緑の石が嵌まった十字架のピアスにした。
 ラッピングはシンプルにして貰い、さてどうやって渡そうかと頭を悩ませながら、パートナーの元へ戻ろうとすると。
 あちらの方から、ちょうど探していたパートナーが歩いてきた。
 おおいと声を掛けようとしたが、その隣には別の人影があった。人影……というよりは竜の影だったが。
 なぜ自分以外の人間と連れ添っているのか、シェイドはいささかむっとする。
 つかつかと二人の元に歩み寄ると、よお、と声を掛ける。
 紫翠はしかし、驚く様子も見せずに「買い物はもう良いのですか」と微笑んだ。
 それにああ、と生返事をするシェイドは、じっとブルーズをにらみつけている。
「俺のパートナーが何かしたか?」
 あからさまに敵意をむき出すシェイドに、ブルーズも少々むっとして、
「少し付き合って貰っていただけだ」
とにらみ返す。
 しかしシェイドは怯まない。
「こいつはオレのものなんで」
 堂々とそう宣言すると、紫翠の手をぱしんと掴んで、そのまま抱き寄せる。
 そういうことか、とブルーズも肩をすくめる。
「それは失礼したな」
「ごめんね、タイムオーバーみたいだ」
「そのようだな。我は一人で探すとしよう」
 シェイドの様子に肩をすくめて、紫翠はブルーズに手を振った。シェイドはそれすら気に入らない様子だったが、しかし人捜しを手伝っていただけと分かれば何も言わないだろう。
 ブルーズと分かれてから、シェイドはしっかりと紫翠の手を握った。
 そして、そのまま堂々と手を繋いで帰途に着くのだった。