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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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「……ここって」
 本郷 翔(ほんごう・かける)は連れてこられた公園を見てピンと来た。
 曰く、クリスマスの妖精が同性カップルを応援してくれるんだとかなんだとか。
「……ソール、懲りてませんね……」
 今日翔をここへ連れてきたソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)は、楽しそうに翔の一歩前を歩いている。
 ソールに聞こえないよう呟くと、翔はため息を一つ。
 日頃から、ソールが自分に対してそういうアプローチを掛けてきていることは分かっている。
 なんだかんだと理由を付けて拒み続けて居るけれど、どうやら諦めるつもりは無いらしい。
 しかし、日頃の感謝を込めて、とかいかにも怪しい理由で誘われたにも関わらず断らなかったのは、翔自身、ソールのアプローチを満更でも無いと思っている証拠だ。
 ただ、甘い話が苦手な所為で、素直にうんと言えないだけで。
 ならば、背中を押してくれるというクリスマスの妖精に、力を借りるのも悪くないのかもしれない。
 翔は何も知らないふりをして、中央広場へ向かうソールの後を黙ってついて行く。
「ほら、綺麗だぜ翔」
 広場につくと、ぱっと視界が開ける。
 その視界いっぱいに、薄化粧をした木々と、舞い落ちる雪の粉。
 少しずつ世界が薄紫色に染まり始める中、点り始めたイルミネーションがぼんやりと辺りを照らしている。
「そうですね……」
 静かな声で答えながら、翔はソールに歩み寄る。
 するとソールはすかさず翔の肩を抱き寄せた。その抜け目のなさと積極性に内心少し呆れながらも、翔は薬の所為にしてそのまますり寄る。
 それを薬の効果と勘違いしたソールは、してやったりという顔で笑う。
「なあ翔……キスしても良いか?」
 翔の頭を撫でながら抱き寄せて、そっと耳元で囁く。
 ぽ、と頬を赤く染めながらも小さく頷く翔に、はじめは頬へ触れるだけのキス。
 それだけ、と意外そうな顔をして無防備に顔を上げたところで、唇に触れる。
 最初は軽く触れるだけ。でも、角度を変えて何度も。
 今までに、「必要だから」と偽って唇を重ねたことはある。
 けれども今日は、少し違う。
 ソールの唇が、優しく翔の唇をなぞる。
 それから、親愛のキスとは違う、恋人のキスを与えた。
 はじめての行為に、翔は一瞬驚いた様に目を見開いた。けれど、すぐにためらいがちに瞼を伏せて、ソールの洋服にしがみつくようにしてそれに応じる。
 体験したことの無い感覚だったけれど、こうしていると幸せと、安心感が全身を包んでいく。
 もちろん恥ずかしさはある。しかしそれよりも今は、心地よさが勝っていた。
 いつもの翔からは想像も付かないような素直な反応に、ソールはいよいよ決心する。
「翔……」
 声を低めて、耳元にささやきを落とす。
 その真剣な声に、翔はひく、と肩をふるわせた。
「……愛しているぜ」
 心からの言葉。偽りの無い思い。
 恋人として、共に在りたいと。
「ソール……」
 翔はじっと、パートナーの瞳を見つめる。
 初めて告げられたまっすぐな言葉。
「……嬉しい」
 何とか絞り出した、精一杯の肯定の返事。
 少しでもその気持ちが伝わるよう、ソールの背中をぎゅうと抱きしめた。
「……ありがとな」
 ソールは安心したような顔でふっと笑う。
 そして、翔の背中を抱き返した。
「優しくするぜ」
「……ずいぶん、手が早いんですね」
 少し呆れ気味に呟く翔にはお構いなしで、ソールは翔の洋服の裾から手を入れてくる。
「……人前ではやめなさいと言っているでしょう……」
「じゃあ、家に帰ればいいのか?」
 挑発的に笑うソールに、しかたありませんね、とだけ答える。けれどソールにはそれで十分だった様だ。
「それじゃ、早く帰らないと。あ、帰ってからやっぱ無しとかはナシだぜ?」
「分かっていますよ」
 ため息混じりに笑って、翔は踵を返す。
 慌ててソールもその隣に並ぶと、二人はそっと手を繋いだ。

――私も、愛していますよ。
 声には決して出せないけれど、翔はそう思いながら、ぎゅっとソールの手を握りしめた。

 
■■■


 黒いとんがり耳付きの帽子をかぶった清泉 北都(いずみ・ほくと)は、パートナーであり、恋人であり、この帽子の送り主でもあるクナイ・アヤシ(くない・あやし)とふたり、クリスマスデートにやってきていた。
 クナイの方は、去年北都があげた白い帽子とマフラーを身につけている。
 二人で過ごすクリスマスはもう三回目だ。
 ずいぶんと長いこと、二人の時間を刻んできたように思う。
「中央広場に行きましょうか」
「うん、そうだねぇ」
 クナイの提案に従って、二人はゆったりとした足取りで中央広場へと向かう。
 少し寒かったから、途中でホットココアを買った。
 それを飲みながら歩くうち、気がついたら中央広場へとたどり着いていた。
 広場への道はなだらかな、と言うには少々急勾配の坂になっているのだが、全く気にならなかった。
 二人はそのまま、広場の中央は避けて隅の方で立ち止まる。
 人工の雪がはらはらと舞い散るのを見つめながら、ココアの残りを少しずつ口に運んでいる北都を、クナイはじっと見つめていた。
 まるでキスをするときのように尖ってコップを迎えに行く、その唇が。
 ふう、とココアを冷ますために吐き出される、白い吐息が。
 たまらなく愛おしくて、クナイは思わず抱きしめた。
 わ、と慌てたついでにココアを取り落としそうになるのを何とかこらえて、北都は自分を抱きしめているクナイを驚いた様に見上げる。
「嫌、ですか?」
 人前でこうすることを、北都は嫌がる。
 それは十分承知しているけれど、我慢することなどできなかった。
「……嫌じゃ、ないけど……」
「恥ずかしい?」
 クナイの言葉に、北都はうん、と小さく頷く。
 けれど、今日は、クリスマスだから。
 他のカップル達だって、抱きしめ合って、愛し合っているのがここからも見えるから。
「……少しくらいなら、いいよ」
 小さな声で囁くと、クナイは嬉しそうに微笑んで抱きしめる手に力を込める。
「大好きです、北都」
 優しい声で告げられる愛の言葉に、返す言葉はまだ持てないけれど。
 北都は恥ずかしそうに、クナイの背中に手を回す。
 二年前は、抱きしめられても抵抗しないことが唯一の愛情表現だった。
 一年前は、服の裾を握ることしか、できなかった。
 でも、今年は。
「クナイ」
 北都の方から名前を呼ぶ。
 なんですか、と顔を上げたクナイの頬を捕まえると。
 精一杯背伸びをして、唇に触れた。
「クリスマスプレゼント……気に入ってくれたかな?」
 顔を離してから北都が呟くと、クナイはかぁっと頬を真っ赤に染めている。
「……そんなことをされたら、我慢できなくなってしまうじゃないですか」
 予想外の北都の行動に、クナイは驚きと、喜びとが入り交じった複雑な顔をして、北都を強く抱きしめる。
 それから、北都の後頭部に手を回して、少し強引な、深いキス。
 火が付いてしまったクナイに翻弄されながらも、北都は一生懸命にそれに応えようとする。
 その姿が愛おしくて、クナイは一層強く北都の体を抱きしめる。
 白い雪と、きらびやかなイルミネーションの下で、それに負けないくらい、素敵な想い出を刻むように。


■■■


 さてその頃。
 北都のもう一人のパートナーであるソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、恋人の久途 侘助(くず・わびすけ)と共に中央広場にやってきていた。
 お互いに気を遣って、互いの存在が気にならない程度の距離を取って、ベンチに座っている。
「寒いのは……苦手だ……」
 ぶる、と震えながら、ソーマは侘助にすり寄る。
 そして、一緒に巻こうぜ、と手にしたマフラーを侘助に差し出した。
 去年北都がくれた、二人用のロングマフラーだ。
「えへへ……暖かいな、ソーマ」
 一本のマフラーの中で、ふたつの体温を共有する。一人でマフラーをしているよりも、心なしか暖かいような気がしてくる。
 マフラーの所為で自由に動けない所為にして、一層距離を縮め合う。
 こつん、と、侘助がソーマの胸に頭を預けた。
「ん……ソーマの鼓動の音が聞こえる気がする……安心するなぁ……」
 とくん、とくん、と、脈を打つ音は聞こえないけれど、拍動に合わせて上下する胸の感触は伝わってくる。
 それがなんだかとても暖かい。
「当たり前だ、お前専用だからな」
 そう言ってソーマが笑うと、侘助はぽっと頬を染める。
 そんな侘助の姿を見てクスクスと笑ってから、ソーマはそうそう、と荷物を取り出した。
「作ってきたんだ、一緒に食べよう?」
 紙袋の中から取りだしたのは、手作りのシュトーレン――ドイツ発祥のクリスマス菓子だ。
 うわあ、と侘助の目が輝く。
「すげえ、魔法みたいだな!」
 きらきらとしたまなざしでソーマの手元を見つめている侘助の、その目の前で、ソーマは丁寧に施してあったラッピングを解いていく。
 真っ赤なリボンをしゅる、と解き、緑色のペーパーを外す。出てきた箱を開ければ、そこには果物がたっぷり詰まった焼き菓子が並んでいる。
 どうぞ、と微笑むソーマの声と共に、侘助は早速、嬉しそうに手を伸ばした。
 あーん、とまるで子供のようにシュトーレンを頬張る侘助を見ながら、ソーマの心にふと悪戯心がわき上がる。
 いつも束ねられている侘助の髪に指を伸ばすと、束ねているゴムを引っ張ってそのまま外してしまう。
 腰の辺りまである柔らかな髪が、ふわりと広がる。
「あ、あにふうんら」
「いいからいいから」
 何をするんだという侘助をまあまあとなだめ、ソーマは先ほどまでシュトーレンを包んでいた真っ赤なリボンで、ソーマの髪を束ね直した。大きなリボンを作るように蝶結びをして留めてやれば。
「完成ー! 俺がプレゼント……ってな」
 へへ、と冗談めかして笑いながら、しかし我ながら傑作だとソーマは内心自分を褒めた。
「今夜は、お前を貰って良いか?」
 蕩けるような甘い声で囁いてやれば、言葉の意図を理解した侘助の頬が赤く染まる。
「……ソーマの、仰せのままに」
 けれど、侘助は照れるでも無く断るでも無く、穏やかに笑うとソーマの手を取った。
 そして、その薬指に嵌まっているシルバーのリングに唇を寄せる。
「覚悟しておけよ」
 近いのキスを受けたソーマは、ふふ、と楽しそうに笑う。
 それから、忘れ去られていたシュトーレンを指差して、改めて召し上がれ、と告げる。
 侘助はそうだったな、と笑うと、食べかけのシュトーレンを口に放り込む。
 そして。
「ソーマ、お前も食べろよ」
 そう言ってソーマを振り向かせると。
 えい、とソーマの頬を両手で包み込むようにして、口にくわえていたシュトーレンを押し込んだ。
 口移しされたシュトーレンを驚きながらも飲み込んで、ソーマは嬉しそうに目を細める。
「……まさかお前の方からしてくるとは、思わなかったぞ」
 その分嬉しさもひとしおだ。
 ソーマは自分の分のシュトーレンを口に挟むと、お返しだとばかりに侘助に口づけた。
 口いっぱいにシュトーレンを押し込まれ、それでも解放してもらえず、侘助はむうむぅと唸って抵抗の意を表すけれど、ソーマはお構いなしだ。
「熱くしてやるぜ?」
 寒さなんか、吹き飛ぶくらいに。