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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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「日奈々、大丈夫?」
 公園西側のベンチに座り込んだ冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)を、そのパートナーで、伴侶でもある冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が心配そうに覗き込んでいる。
 人工雪の噂を聞いて見に行こうかという話になったのだけれど、思った以上の人出があって、人混みが苦手な日奈々が疲れてしまったのだ。なので、二人はゆっくりとできる場所を探して公園の西エリアへとやってきていた。
「雪、綺麗でしたかぁ?」
 少し落ち着いてきたのか、日奈々が千百合に問いかける。
 日奈々は、目が見えない。気配を読むことには長けているので、また千百合の介助のおかげもあって、日常生活にそれほどの支障はない。けれど、こういうとき、千百合と同じ物を見ることができないというのが少し、寂しい。
「うん、綺麗だったよ! 白くて、ふわふわってはかなくて……そのはかないところが、綺麗なんだよね」
 しかし、嬉しそうに語る千百合の言葉から、目で見ることはかなわなくても心で見ることができる。
 だから、日奈々にはそれで十分なのだ。
「千百合ちゃんが、楽しんでくれたなら、良かったですぅ」
 えへへ、と嬉しそうに笑う日奈々の姿に、千百合もうん、と優しく微笑む。
「千百合ちゃんもそこ、座って下さい」
 日奈々に促され、立ちっぱなしだった千百合は日奈々の隣に腰を下ろした。
 すると、よいしょ、よいしょと日奈々が千百合の膝の上に、向かい合う形で乗っかってくる。
「日奈々?」
 別に二人はラブラブの夫婦……婦妻?……であるので、こんな風に千百合が日奈々を膝の上にのせることは珍しくない。
 けれど、日奈々の方から積極的にこうして接触を求めてこようとするなんてことは、珍しい。
 驚きを隠せない千百合を、しかし日奈々は、良いから良いからと丸め込んで、ちょこんと膝の上に収まった。
 そして、千百合の頬に両手を添えると、そこにゆっくりキスを落とした。
「ん……いきなりどうしたの、日奈々?」
 まだ日奈々の意図を掴みきれない千百合は、甘んじて口づけを享受しながらも問いかける。
 すると、日奈々は恥ずかしそうに笑いながら、
「えへへ……なんだか、すごく、こうしたくて……」
と応える。先ほど中央広場で雪を浴びたときに、薬の成分の影響を受けてしまったようだ。
「そっか……そういうことなら、いつもみたいにいっぱいしてあげるね」
 日奈々の言葉に、千百合はにっこり笑うと日奈々の体を慈しむように探ろうとする。
 けれど、日奈々は小さく首を振った。
「いつも、してもらってばっかりだから……今日は、私が、千百合ちゃんにいっぱい、してあげます」
 その言葉に、千百合はそういうことかという納得と、おとなしい日奈々の突然の発言に対する驚きとが混ざり合って、とっさに返事ができなくなる。
「……ありがとう、日奈々。そうしたら、あたしにいっぱいして」
 けれど、それでも一呼吸の後には穏やかに笑って応えた。
 うん、と微笑んで、日奈々は千百合の体を抱きしめる。
 そして、溶け合うような口づけを交わした。


■■■


 パティシエール「薔薇の雫」。
 相沢 かしこが店長を務める、ヴァイシャリーの小さな菓子店は、クリスマス市に出張露店を出している。
 並んでいるのはこの市の為に特別に開発した、クリスマス向けのケーキが数種類。
 そのうち、雪だるまの形をしたチーズケーキと、クリスマスツリーの形をしたバタークリームのケーキを買って行く人影があった。
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)のふたりだ。
 今日は夫婦で、クリスマス市を見に来ている。
 かしこの店の噂は前から聞いていて、気になっていたのだ。立ち寄らない手は無い。
 ふたりはかしこの店の他にも、スイーツを並べている店に片っ端から立ち寄っては、美味しそうなお菓子を一つ二つ買い込んでいく。
 そう、二人の目的はクリスマススイーツの食べ歩きだ。
 ケーキのような、その場では食べづらいものは持ち帰りにするが、ドーナッツなど、食べやすいものはその場で頂いてしまう。
「美味しいね、羽純くん」
「そうだな。……そっち、一口くれないか」
 二人は美味しい物に囲まれて、幸せを満喫している。
 去年の今頃はまだ夫婦では無かったけれど、同じように羽純が隣に居た。
 少しずつ、二人の関係は変わっていく。
 けれど、二人で居ることは、ずっと変わらない。
 それが幸せで、歌菜はふふ、と口元に笑みを浮かべた。
「どうした、歌菜。変な顔して」
 思わずゆるゆるに緩んだ頬を、羽純がぎゅうと抓る。
 しかし、そんな羽純の顔も幸せそうに緩んでいた。
 怒ることもできずに、もう、と歌菜は羽純から視線をそらす。と。
 スイーツの露店では無いけれど、雑貨を扱う店が目に入った。
 手袋やマフラー、帽子などを扱う店だ。そこに飾られている、真っ白な手袋が特に目を惹く。
 ふわふわのミンクボールが二つ、アクセントに付けられているデザインで、もふっとした毛糸素材のミトン型。
「うわぁ、可愛い!」
 どうしよう、買っちゃおうかな……と、歌菜が財布と相談していると、羽純がすっと手を伸ばしてその手袋を取った。
 あれ、と歌菜が見ているうちに、てきぱきと会計を済ませて、その手袋を購入する。
 そして、クリスマスプレゼント、と歌菜に向かって差し出した。
「……ありがとう、羽純くん! うれしい……!」
 歌菜は幸せそうに目尻を下げ、羽純にぎゅっと抱きつく。
「じゃあお礼に、今夜は羽純くんの好きな物を作るよ」
 何が良い? と羽純の顔を覗き込むと、少し悩んでから、
「それなら、暖かいシチューと、パンがいい」
と笑う。
「うん、じゃあ、材料を買って帰らないとね」
 とびっきり美味しいのを作るから、と笑う歌菜に、期待している、と頭を撫でてやる羽純。
 ふたりは幸せそうに、再び歩き出す。

「あのね、羽純君」
「何だ?」
「来年も、再来年も、ずっと……こうして二人で過ごせたらいいね」
「……ああ」

 素っ気なく応えながら、羽純は歌菜の手をそっと握りしめた。


■■■


 右を見ても左を見てもカップルだ。
 皆川 陽(みなかわ・よう)は、勝手に落ち込んでいた。
 パートナーであるテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)に半ば無理矢理連れてこられたのだけれど、クリスマスイベント中の公園なんて、右を見ても左を見てもカップルばかり。
――むっきー、どうせボクなんて、カノジョなんて生まれてこの方居たこと無い負け組ですよーだ! クリスマス許さんっ!!
 ……などと思っていることは、おとなしい顔には出さないけれど、内心は穏やかで無い。
 一歩先を歩いているパートナーだって、今はこうして一緒に居るけれど、どうせそのモテ顔でもって女の子とイチャコラしまくるんだろう。どうせ次の日まで帰ってこないんだ。わざとらしく散歩に誘ったのだって、どうせ「僕、今晩居ないから、ご飯は一人で食べてね」とか言うつもりなのに違いない。
 そんな、勝手な妄想ばかりが頭を駆け巡っていく。
――ボクの事だけがスキ、とかいったくせに。
 以前告げられた言葉が、陽の頭をぐるぐると巡る。
 テディの軽い足取りが恨めしい。どうせそのまま、どこかへ飛んでいってしまうんだ――
「ほらほら、見てよ陽!」
 雪だよ雪、とはしゃぐテディの声も、陽の耳には届いていない。
 うん、雪だね、と生返事を返す。
 そのほかにもテディは何事か言っていたようだけれど、陽は自分の妄想に捕らわれて聞いていない。
 するとテディが、不意に陽に背を向けて歩き出した。
「テディ……!」
 陽はたまらず、テディの洋服の裾に手を伸ばして、捕まえる。
 あっちには何があるんだろうな、と歩き出そうとしていたテディは、くんっと洋服を引っ張られて足を止める。
「陽?」
「どこにも……行くなよ……」
 陽は、目元を真っ赤にしながら、小さなかすれた声を何とか紡ぐ。
 本当は、手を繋ぎたい。
 ボクだけを見て、と、ちゃんと、伝えたい。
 けれどやっぱり、恥ずかしい。
 思いがせめぎ合って、陽はテディの服を握る手に力を込める。
「ここに……居てよ」
「陽……」
 テディは、改めて陽に向かい合う。
 普段、なかなか素直に気持ちを伝えてくれない陽と、少しでもスキンシップを深められればと――正直だいぶ邪な気持ちで連れてきては居たのだが、思惑とは裏腹に、陽はなにやら思い詰めた様子。
 どうしたのかと思っていたのだけれど――こうして、不器用ながらに自分を求めてくれている。
「陽が、僕のことを求めてくれるなら――僕はもう、どこへも行かない。僕の、一生を捧げるよ、陽」
 いつものへらっとした笑顔は一度引っ込めて、テディは真剣なまなざしで陽を見据える。
 そして、その場で跪くと、恭しく陽の手を取った。
「本当に? 本当に、どこへも行かない?」
「ああ。ずっと、陽だけの傍に居る――」
 誓うよ、と言って、テディはそっと陽の手の甲に唇を合わせる。
 それは騎士としての誓い。
 そして、恋人としての誓いでもあった。
 陽はようやく、自分の誤解に気づく。
 テディは決して、意地悪をしたくて自分を公園に連れてきたのでは無いと言うこと。
 ――これは、ただのデートだった、ということ。