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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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 桐生 円(きりゅう・まどか)は、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)の右手を取って、公園中央の広場へと向かっていた。
 その手には、クリスマスイベントのチラシが握られている。
「なんか、同性カップルを応援してるんだって。どんなキャンペーンなんだろうね?」
 円はちらりと振り返って、手を繋いでいる恋人の顔を覗き込む。
 普段何かと忙しく飛び回っているパッフェルに、今日はクリスマスにかこつけて少しだけ無理を言った。
 そんな時にちょうどイベントのチラシを見つけ、気になる一文に惹かれて公園へとやってきている。
 曰く、「同性カップルを応援しています」。
 同性婚が可能なこともあって、日本よりは遙かに同性カップルの市民権が確立されているパラミタとはいえ、やはり同性のカップルというのはいろいろと自然の摂理に反する。だから、どうしたって肩身の狭い思いを強いられることも、ある。
 そんな自分たちを応援してくれるというのだ。気にならない訳が無い。
 ……と、円が思っているかどうかはともかく、そう思うカップルは少なくないようで、公園は結構な賑わいを見せている。
 もちろん、クリスマス市目当ての買い物客や、普通にクリスマスムードを楽しみに来ている男女のカップル、家族連れの姿も見えるけれど、町中一般に比べて同性カップルの姿は多いようだ。
「普段は言えない思いを伝えることができる、とか、ロマンチックな場所なんだって」
 円の説明に、パッフェルはそうか、と気があるんだか無いんだか分からない、淡々とした声で返事を返す。
 けれど、無表情に見えるその口元は微かに緩んでいて、頬も心なしか赤らんで見える。寒さの所為かもしれないけど、きっと楽しんでくれているのだろう、と円はにっこり微笑む。
 中央広場までの道のりには、色とりどりのイルミネーションが点っている。
 冬の夜に、凛とした色の光りはよく映える。
 幻想的なその景色に、円もパッフェルも、口には出さないけれど、心が躍る。
 広場に近づくに連れて家族連れは少なくなり、辺りはしんと静まりかえってきた。遠く、どこかで流れているのだろうクリスマスソングだけが聞こえてくる。
「綺麗だね」
 円は足を止めて、零すように呟いた。
 その視線の先には、まるで花が咲いたかのようにピンク色に染められた、桜の大木。
 今は花も葉もすべて落とした裸の姿だけれど、枝に渡された小さな電球が無数の花を咲かせている。
 所々に丸や星の形をしたライトもぶら下げられていて、さながらピンク色のクリスマスツリーだ。
 周囲の木々には電球色のライトが取り付けられているだけで、逆にそのシンプルさが中央の一本をひときわ華やかに演出している。
 そこへ、はらはらと細かな雪の粒が舞い降りてきた。
「あ、雪だ……」
 人工降雪機によるつくりものの雪だけれど、雪を作り出す原理は自然のそれと同じなので、触れれば冷たく、しかしすぐにはらりと溶けてしまう。天然のものと違うのは、少しだけ結晶が大きいということくらいだ。
 手のひらに取ると、溶けるまでのほんの一瞬、六角形を集めた綺麗な幾何学模様を楽しむことができる。
 円は手を伸ばして、雪の結晶を捕まえようとする。
「見てみて、綺麗だよ」
 ようやく一つを捕まえて、嬉しそうにパッフェルに見せようとする。けれど、そのわずかな間に、円の手の上で雪の粒ははかなく水に姿を変えてしまう。
「あ……残念」
 口をとがらせる円の姿に、パッフェルはクス、と小さく笑う。
 どき、と円の胸が跳ねた。
――やっぱり、好きだなぁ……
 理由は分からないけれど、改めて、しみじみと、そう思う。
 普段は口数も少なくて、表情も豊かでは無いけれど、たまにこうして見せてくれる笑顔とか……いや、控えめで、ちょっと近寄りがたい雰囲気をまとっていることも、全部全部、いとおしいと思う。
 なんだか無性にパッフェルを抱きしめてしまいたくなって――でもそれは恥ずかしくて、我慢しようとする。けれど、我慢しようとすればするほど、抱きしめたいという思いは大きくなっていって、胸が苦しくなる。
 繋いでいる手に、思わず力が入った。
「どうした、円?」
「ちょっと……疲れたから、ベンチでゆっくりしたい……」
 心配そうな顔でこちらを向くパッフェルに、円は俯きながら答えた。
 触れたい、なんて考えている自分が恥ずかしくて、気づかれたくなくて、顔が上げられない。
 そんな円を心配するように、パッフェルはゆっくりと歩いてくれた。
 ちょうど木陰のベンチがあいていて、そこに二人並んで腰を下ろす。
 いつも以上にぴったりと寄り添う円に、しかしパッフェルは何も言わなかった。
 円はそのまま、頭の重量に任せてパッフェルの肩へともたれ掛かる。
 接触する面積が増えて、ほのかな体温が伝わってくる。
――キス、とか、したいな。
 抱きしめたくて、もっともっと、触れていたくて。
 好きなんだから、当然なのかもしれない。
 けど、なんだか自分がとてもいやらしい子にも思えて、円は戸惑う。
 こんな気持ち、初めてだった。
 つい、視線がパッフェルの唇をとらえる。
――柔らかそうだな……でも、少し冷たそう。だけどきっと、しっとりしてて、優しいんだろうな。
 せめて……指先で触るだけなら、許されるだろうか?
 円の手が、そっとパッフェルの頬に触れた。
 ひとさし指を伸ばして、ちいさな唇をなぞる――
 と。
 不意に、吸い寄せられるように唇が触れた。
 視界いっぱいに、愛しい人の顔が映り込む。
 何が起こったのか分からなくて瞬きをした瞬間に、それは離れていってしまったけれど。
「……びっくり、した」
 それは紛れもなく、パッフェルからの不意打ちのキス。
 ようやくそれを理解した円は、ぱくぱくと口を動かす。
「恋人でしょ?」
 これくらいしてもいい、と微笑むパッフェルに、円の頬がカッと赤く染まる。
「そ……そうだけど」
 キスしようとしていたのは自分なのに。パッフェルの方からしてくれるなんて、思っても居なくて。
 暫く、早鐘のような心臓は収まりそうに無い。
 それを口実に、円はパッフェルに寄り添ったまま、二人で暫くぼんやりとイルミネーションを見つめていた。